珈琲の匂いが鼻孔をくすぐる。この世界は紅茶が主流なので、この場に呼ばれた時だけの楽しみだ。セシルは雑談を終えて、用件をこの地下墓地の主から告げられて黙考していた。
「エ・ぺスペルの領主代理か……」
「冒険者としての依頼ではないが、そういうことだ。この近辺の調査は完全に終わったわけだし、しばらく安定に時間をかけるのが良いだろう」
アインズの口調も気安いのか、命令なのか判然としない。
リ・エスティーゼ王国の属国化は着々と進んでいる。その過程で宗主国たる魔導国がエ・ランテルしか所領を持っていないというのも威厳が出ない。そこで西で最も近いエ・ペスペルの割譲となったわけだ。
ただ、エ・ランテルと同じように直接支配とは当然いかない。ここは英雄モモンと魔導王自身がいるからこそ、安定している。まさかモモンを出張させるわけにもいかず。
そこで登場するのが“金鎖”だ。同じ人間種として安心感が出るだけでなく、見栄えが良い面子揃いだ。その能力も実に国政向きである。
「領主代理をなぜ俺に? カルの方が圧倒的に向いているが……」
「いくら何でも目立ちすぎるからな。王国は女性領主自体珍しいみたいだからな。それに俺と同じ苦労をお前にも味わってほしくて……」
「お前……」
「それに最近は遠出が続いただろう? 傘下におさめた国の調整にも時間が必要だから、一か所で腰をすえてみるのも気分転換になるんじゃないか?」
「まぁ……何かあったら〈
こうしてセシルは新たな仕事に取り掛かることになった。確かに冒険は良いものだが、ここ最近は辟易するぐらいしたものだ。カルカたちと落ち着いて生活するのも悪くは無いかもしれない。
「でもなぁ……部下はアンデッドなんだよな」
「そこは仕方ない。ついて行けない民を整理するのも目的というわけだ。いやぁ。トップというのは中々大変だぞ? 定期的に愚痴の会でも催そうじゃないか」
「はいはい。まぁ侵略じゃないだけマシな仕事と思っておくよ」
理屈自体は合っているので、セシルは引き受けることにした。武技を修練する時間があれば良いなと思いながら、久々のお茶会は終了した。今後は間違いなく多くなるだろう。
いよいよ出発の日となった。領主代理直轄部隊となるデス・シリーズを引き連れてエ・ランテルの城門を抜けていく。騎乗動物は住人を刺激しないよう……アンデッドを連れている時点で刺激もなにもあったものではない……“金鎖”は通常の馬に乗っている。
クーデリカはレメディオスの馬に、ウレイリカはレイナースの馬に同乗していた。
「領主代理ねぇ。カルとケラに補佐してもらえれば、なんとかなるか」
「基本的な方針はアルベド……様から来るでしょうから、あとは合わせるだけで済むでしょー。小さな国と考えれば治めるのはそこまで難しくはない……というかならないですね」
「魔導国が治めることになったと聞いて、逃げ出す住人も多いでしょうから。どうやって減った税収内でやりくりするかが焦点ですね」
「私とレイナースは騎士団だな。ついてくるのがデス・ナイトたちというのが気に食わんが……向こうで徴兵して人間の部隊を作っても良いかもな!」
レメディオスの発想は成人となると徴兵される聖王国から出ている。まぁ王国もバハルス帝国との戦では農民たちが駆り出されていたものだが……折角それがなくなったのに強制はできないなとセシルは考えた。
デス・ナイトたちは質はともかく、量はそれほど下げ渡されなかった。できれば農作業などにも使いたかったが……当面の間は治安維持か。セシルは内心で結構細かく考えていた。有用かどうかはともかく。
今回の人事はアインズの気まぐれが大きいが、冒険者部門が“金鎖”頼りであることの脱却など色々な意味を持つ。セシルにとっても出世のチャンスになるかもしれない。
「まぁ……気楽にとはいかないだろうが、お前たちと一か所に留まるのも悪くない」
「はい! セシルさん、頑張りましょうね!」
なにを頑張れというのか。カルカの気合は十分のようだった。ケラルトはもう地図を読み始めているし、レメディオスはレイナースに騎士団が人間であることの重要性を説いている。
さて……自分はどういう態度で臨むべきかな。セシルはあまり威張るのが好きではない。ただの剣士にこんなことを任せたのはだからこそだと理解できるが……NPCの連中とは永遠に親しくなれなそうなセシルだった。
エ・ペスペルに来るのは二度目だ。あの時もここは魔導国の影響が強くなるだろうと思っていたが、現実はもっと早く進行した。
あの時は軽口を叩いていた衛兵二人は直立し、誰何もせずに一団を通す。彼らは自分の顔を覚えていただろうか? セシルには分からなかった。
「エ・ランテルでも思ったが、街の門衛はこんなに少なくていいのか」
「まぁ二人は確かに少ないですが、防壁の多いエ・ランテルならともかく、ここは近づかれたら既に負けですからねぇ。うっふっふ。むしろ連絡要員を増やして機動力を増した方が良いでしょう」
「足場も舗装されていないな」
「セシルさん、お金は湧いてこないのです。まずは収入からですよ……ええ、昔さんざんに味わいましたから」
エ・ペスペルの人々は家の内側にこもって見ている人々と、好奇心が勝って外に出てきている人たちで分かれている。その目に映るのは恐怖など負の感情ばかりで、期待や好感などは一切なかった。
「みんな、きんちょうしてる?」
「そうだなクーデリカ。我々の姿に恐れをなしている! クーデリカはデス・ナイトにもひるまないのにな!」
「お姉ちゃんたち、みんな、いい人なのにね」
「そうですわね、ウレイリカ。ただ、普通に生きている人にとっては改善も改悪も恐怖なのですよ」
「むずかしい」
「ええ、難しい話ですわ」
セシルはその話を聞いていた。なるほど、良くなることも恐ろしいのか。まず求められるのは変わらない日常。改善するならその後なのか? 悩みながら領主館に向かって進んでいった。
「それでは、これが前年までの資料です」
「ああ、助かるよ……前の領主様は?」
「健康上の理由で……というかアンデッドが来るというので一足先に王都へ財産ごと向かいました」
「そうか。別に奪ったりしないのにな」
領主館の執務室でセシルは、ソーントン・エルムという前任者の補佐に会い、職務を続けてくれるよう頼んだ。茶髪をぴっちりと撫でつけて、いかにもやり手の若い文官という感じである。よほど優秀なのだろう。年齢は三十ぐらいに見えた。
「それにしても残ってくれて助かるよ。しばらくは様子見しようと思っていたから」
「平民がここまで上りつめるのにする苦労は中々ですよ。その努力を無駄にせずにしてくれる選択肢があるなら、飛びつきますよ」
アンデッドの国相手にそれができるのだから大した度胸であった。セシルが見たところ善人でも悪人でもないので補佐してくれるのにありがたい人材でもある。
「仲間は生活環境を整えているが……そこから補佐二人、治安維持に二人だそうと思う。協力してやってほしい」
「はい。しかし、変わっていますね。アダマンタイト級冒険者の方が実入り、というか使える額は多そうですが」
「魔導国じゃ冒険者は公務員だよ。月給制だから大して変わらない」
「あのアンデッドたちはどうなのです? 悪を広めたりはしませんか?」
「むしろ法を遵守し過ぎるのが問題だ……斬られる人が出ないように魔導国のやり方を短期間で広めたい。普通にしていれば問題ないんだがな。頼めるか?」
「そこは命令してください、領主代理。要点をまとめていただければすぐに取り掛かります。実はある程度、法律に関する情報は既に流しておりまして」
そこで執務室にカルカとケラルトが顔を出した。お茶のセットを運んでいる。
「同じ補佐になるカルとケラだ」
「初めまして。とりあえず皆でお茶にしましょう」
「いえ、私は……」
「法の公布でしょう? はい、これが最低限守るべきことを書いた紙です」
ケラルトとカルカはすでに最初やるべきことを知っていた。この二人がいればどうにかなる証拠でもあった。レメディオスたちも現れて、お茶会の準備が進む。
どうやらエ・ペスペルの執務室は前より騒がしくなりそうだった。
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滅b…行く国が無くなって来たので日常回の練習も兼ねて異動
デス・ナイトがルビじゃなくなってるのはデス・ウォリアーとかも来てるため