エ・ペスペルの執務室はまずお茶会で使われるという、なんとも締まりのない始まりであった。ソーントンはそれでも前よりはマシだと言っていた。なんと、全領主ほとんどを部下に丸投げして、執務室に来ることは稀だったという。
セシルはセシルで俺が同じことできないじゃないか、などと考えていたが、諦めて真面目に参加することにした。それにより、領主代理から孤児まで同席する珍奇な光景が展開された。そこら中から椅子を集めて明らかに使われていない領主用の机に集まる。
「食糧庫はそのままで良かったですよ。といっても簡単なクッキーぐらいしか作れませんでしたが……一応大都市なんですけどねここ」
「食えれば良いとまでは言わんが……いや、ケラのクッキーは美味いんだが……普通の領主館にある物の基準が分からん。普通はもっと色々買い占めてるのか?」
「いえ、あの方は自分の分だけが良ければそれでいいという方だったので……贅沢品は元々領主一族分しかないんですよ」
エ・ランテルの近くの大都市……発展の余地は十分あったが、そこにあぐらをかきすぎて価値が暴落したのがエ・ペスペルだった。以前来たときの“木樽亭”をセシルは思い出していた。銀貨で店主が買収できたぐらいだ。
それでも住人数分、税が取れれば領主一家ぐらいは贅沢できる。善意はないが、悪意も少ししか持ち合わせていない小者それが前領主一家だった。ただ、その少しの悪意に領主の怠惰が付けば、大都市一つ腐らせることができるのだ。もっとも、だからあっさりと割譲されたのだろうが。
「ほら、二人とも食べこぼすな。それとお茶はカル様が手ずから淹れてくださったものだ。もっと味わって飲め」
「にがーい」
「しぶいっていうんだよね。こういうの」
「二人とも砂糖とミルクは入れて良いんですよ? レイナースも砂糖いるかしら?」
「いえ、お構いなく。あまり砂糖を入れては私の体重が……」
後ろの光景にソーントンは心を和ましたようだった。確かにどこの領主館に行っても見られる光景ではあるまいが、同時に首を傾げた。
「そういえば……どなたが領主代理の奥様なので?」
ピシリと、空間に亀裂が入ったのを誰もが感じ取った。本人たちすら触れない話題だった。
「まぁ、それは……私が一応リーダーですし」
「カル様。そいつは私の剣であり、訓練兵ですよ」
「まぁ素直に言える関係じゃないですよねー」
空間のヒビは当人たちが包帯を巻いていく。触れないのは壊れるのが怖いからではなく、今の関係が気楽だからだ。しかし、いずれ決着をつけなければならない。年齢とかそういった要素に。
「というわけで、保留中なんだ。俺があっさりと決めてもいいんだが、とうの肩書に俺が価値を見出していないからな。向こうで決めてもらう……あ、レイナースは違うが」
「そうですね。貴族でなくなった実家に価値はありませんから、私はゆっくりと決めますわ」
「はぁ……」
女性陣三人が現実に帰ってくるまでに結構な時間を要した。さてと、とお仕事の時間だと皆が精神を切り替えた。まずクーデリカとウレイリカをどうにかせねばならないので、部屋に連れて行った。子ども部屋らしきところがあって助かった。
「さて、ソーントンをがっかりさせて悪いが、俺は嫌がらせ半分に面白半分で領主にされた。そして魔導国は貴族制とは呼べない。アインズ・ウール・ゴウンを主体とした頂点を支える国だ。政治的にはまず善政を敷いている。言い方を変えれば国主のために善政であることを求められているということだ」
「そんな理由で?」
「魔導王陛下が白と言えばカラスは実際に白く塗られる国だ。たとえ面白半分でも叶えるために全力が使われる」
クーデリカとウレイリカを送ってきたレメディオスとレイナースが帰って来た。カルカは茶を淹れなおしながら聞き、ケラルトが女教師のような姿勢を取った。
「さて、能力すら不明なセシル様。ここを治めるにあたって、手に入れなければならないものがあります。何でしょう? 新しい体制でもっとも大事なものです」
「もっとも大事……そうか。食い物だな?」
「あながち間違ってもいないハズレ解答をよこしてきますねー……まぁ正確には財源。つまりはお金です」
「ん? 税収が低いのか? まだ前年までの記録を見ていないんだ」
着任したばかりのセシルは民衆への顔見せすらまだなのだ。よって特別無知というわけではない。長い年月で擦り減ってはいるものの、肉体があった時の彼はそれなりの学歴があった。学歴があるだけで凄い世界だったのだが、そこは置いておいて。
「先ほどお話した通り、前領主はご自分さえ良ければいい方でした。よって大幅な増税も減税もされていません。なんとか隠せましたね。ただ……減ったものは減ったものなのです」
「そう! 我々魔導国が来たことによってアンデッドに怯え、疎開する人々が多かったのです! その数、なんと三割!」
「そりゃヤバいな……リンゴ三個が一個減ってるな……」
「危機感を覚えるだけマシですが、十分の一どこへ行った。これは我々が最初に取り掛かり、最後まで駆け抜けて解決する問題です」
「つまり、三割の人に帰って来てもらうか。今いる住人に三割増しに金持ちになってもらうわけだな?」
「後者はそこまで単純じゃないですが、まぁそうです。っというか意外と真面目ですね」
「金貨十枚持ってるやつを切り殺すより、金貨百枚稼ぐ奴を毎年脅した方が良い」
ではどうするべきか。セシルはかすれた記憶を辿る。漫画とかそういうの。数百年前ならそれなりに思い出せていたかもしれないが……いまでは擦り切れかけた羊皮紙だ。
「よし、税収は一旦前年通りに進めておく。まずは……地図を作ろう」
「地図ならありますが……」
「そんな大雑把なものじゃない。偏執的に細かく書かれたものだ。農地に向いてる、向いていない。まだ出る鉱山。既存の地図にある道も調べ直す。水が出る地も重要だな。改革はそれからだ」
「まぁ確かに私たちの十八番でもありますし……道の整備なんかにも悪くないですが……」
昔読んだ記憶のある漫画データのやり方である。ナザリックの書庫に入らせて貰えれば、著作権切れの物が読めるかもしれない。
それから何をするんだっけ? とまた深く潜り始めたセシルの前にソーントンが手を挙げた。
「それなら、以前とん挫した村々の細かい住人録を作らせて貰えませんか? 彼らの生きる術でもありますが、誤魔化しが極めて多いのです」
「そうだな。ソーントンはここの仕事をこれまで通りやってくれ。各村などは俺とカルで回る。できるだけ見栄えのいい格好をしなければならないから、肩が凝るが」
セシルなら気配を読めるし、感覚強化系の武技の練習にもなる。カルカは元聖王女として慰問に赴く王族のような雰囲気が出せる。ようななのではなく、実際にそうであることは知られなくていい。
次は軍事だが、正直どちらにするかセシルは迷う。性格も一長一短だ。
「……レメディオスはエ・ペスペル市内の警護団を頼む。レイナースは各地の賊や魔物を退治する部隊を作り上げつつ、地理を把握する部隊を作って行動してくれ」
「実家でやっていたことですわ。ただ兵の中から選抜するのに性格なども大事ですから、編成に日数をいただきますが」
「ああ、俺たちも今日明日で動けるわけじゃないからな。それから一番大事なのはケラルトだ」
「うっふっふ。まぁ分かっていましたけどね……情報をまとめて形にするのと、いざという時の臨時指揮官ですね。セシルさんも定期的に帰って来て領主印ぐらいは押してくださいね……」
もう既に疲労し始めてるケラルトだが、彼女が一番頼りになるのだ。その代わり、デス・シリーズの半数はケラルトが預かることになる。いざという時の反則として。残りはセシルとカルカが村民にいたるまでアンデッドを見てもらうべく連れて回る。
これが基本的な役割だ。急いでやる気はセシルにもない。休息日なども決めないとなと思いつつ、ぬるくなった茶を飲んだ。こんな仕事を任せたアインズにはどれくらい文句を言っていいだろうか? 失敗した時こそ聖王国に逃げるチャンスかもしれなかった。
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大陸軍(グランダルメ)は世界最強ォォォ~ッ!