【一区切り】レメディオスソード   作:傀儡兵C

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それぞれの役割

 セシルは別に書類仕事が嫌いなわけではない。ただ、真面目に資料を読み込んでも、頭に入ってこないことがある。“かつての世界”にいた頃は、暗記するだけの試験の点数は高かった。それを線で結ぶような応用になると途端に脳が思考を放棄しようとしてくる。しかしながら政治は線で結ぶなど基礎の基礎というようなもので、顔をしかめて机に載った紙を読み込もうとしている。

 そんな様子をソーントンは少し感心しながら見ていた。貴族の仕事など手紙を書くだけ、という家は珍しくもないのだ。とりあえず真面目に理解しようとして、自分の意見を押し通そうとしないだけ前領主より遥かにマシだった。

 不思議なのはセシルを含めた面子が姓を名乗らないことだった。人間種で姓がないことはほとんどない。幾つついているかで身分の目安となるからだ。唯一レイナースのみは帝国風の姓を名乗っていたが、魔導国ならではの風習なのだろうか、と思う。

 

 

「んん? 税率は一律なのか。田舎の村とか、それでやっていけるのか?」

「ああ……恥ずかしながら前任者の方針でして。なんでも、高低を設けると不平等だろうと……まぁそれも理屈としてはあっていますが。現実問題……」

「まさか餓死者は出てないよな?」

「流石にそこまでは。ですが不満が高まっているのも事実です。いかがいたしましょうか」

「お前に丸投げしたくなるが……戸籍を作り直したら買取は以前と同じで、現物支給の補助制度にするとか? とりあえず腹を満たすぐらいはないと洒落にならないだろう」

「王国では、生かさず殺さずなど小領ではさほど珍しくもないですがね」

 

 

 基本的に作物は小麦だ。土壌を休ませている間だけ別の作物を作ったりもするが……主食を税として大量に持っていかれれば生活はお察しである。幸いエ・ペスペルは大都市なので、何とかなっているが腐敗している代官は多い。

 実は新領主就任によって宝石や芸術品などが既に領主館に届いている。その素早さは確かに凄いが、有能さと見るには悪辣過ぎる。

 

 

「うっふっふ。自分から不良だと申告してくるなど殊勝ではないですか。代わりになる人材を見つければ、すぐ物理的に挿げ替えましょう」

「ケラが納得できるような人材がすぐに見つかるか? とても、そうは思えんが……」

「そうですねー。確かにそういった適性がある人はそういません。統治とは基本的に貴族と民衆の化かし合いですから。善人には務まらず、悪人でも駄目。どちらかと言えば中間層が大事になります。そういう意味でいえば、セシルさんは領主より代官の方が適性がありますね」

 

 

 善人では裏を見抜けず、悪人ではもはや言うまでもない。さらに人の労力を養分にする才能が求められる以上、切り捨てるときは切り捨てられる人間が適している。

 

 

「私は恥ずかしながら、そのあたりで駄目でしたね。手ぬるいと何度いわれたことか……」

「カルは規模が違うから、また違う才能だろうな。あー、視察に行く前準備の方が時間がかかる……」

 

 

 カルカが王として優れていないとみなされていたのは、その思想からくるものだ。優しい、という人間にとっての長所が乱世の王としてはマイナスになってしまう。その不条理は人間社会の宿命だ。結果だけを求めるなら清濁併せ吞む必要がある。

 逆に今の地位が低くなったカルカは、優秀な人材となってしまうのが皮肉なところだ。

 

 

「ソーントン、村の視察にいけるのはどれぐらい先になる?」

「本来ならばいくらでも時間をかけてほしいのですが……まぁ一週間ぐらいは資料を読み込んでください。村もその程度の時間で悪だくみはできないでしょうから」

「ぬぅ……レメとレイナースの方が早そうだな……専業兵士が思ったより多かったのは収穫だが」

「今頃、姉様に理不尽な目にあわされているでしょう」

 

 

 王国は基本的に徴兵制だ。だが、それでは本業に大きく差し支える。ところが、エ・ペスペルは大都市ということもあってか専業兵士が王国にしては多くいたのだ。あくまで守備兵ではあるが。

 それには理由があった。バハルス帝国との定期的な戦争のために徴兵される農民と違って、領主の財産である都市を守るため。要は最前線に出なくていいということで非常に人気が高い職だったのだ。

 彼らは今、大きな岐路に立たされていた。所属する国が代わり、そして上官も替わった。

 

 

「新しくエ・ペスペルの守備団長になったレメだ! お前たち訓練兵をありがたくも鍛えてやる! 昨日までの団長はこのようにうれし泣きしながら訓練兵からやり直すことを誓ったぞ!」

 

 

 彼女の横には顔が膨れ上がり、目も開いていない男がいた。誰も彼が、昨日まで仕事を他人任せにしながら偉ぶっていた男だとは思わないだろう。装飾の施された鎧はどこにもなく、民兵が着る胸当てだけ装備していた。

 

 

「それでは訓練を始める! 多少加減はしてやるが、ついてこられん者はいらんぞ!」

 

 

 そこから地獄の日々が幕を開けた。最初は手を抜いていた者がほとんどだったが、レメディオスと直接試合をして物分かりがよくなった。レメディオスは確かに人間的な成長を遂げてもいたが、気性は変わっていない。ただでさえ聖王国の聖騎士に劣る彼らにとって最悪の団長となった。あくまで彼らにとって、ではある。

 この日、守備兵は人気の職ではなくなった。だが、訓練に耐えて残った兵は街の住人にとって、頼りがいのある存在となったのである。

 

 

「そうです。古着などで馬に匂いを覚えさせるのです。最初は歩調を馬に任せても構いませんが、方向だけは指示できるよう手綱を握って……」

 

 

 一方、レイナースに選ばれた兵たちは慣れない騎馬に四苦八苦していた。彼女が選んだのは兵士として力量がある兵ではなく、方向感覚に優れた者や絵心がある者たちである。落ちこぼれ扱いされていた者もいて、なぜ選ばれたか分かっていないようでもあった。

 レイナースは最初から戦闘能力など期待していない。あくまで地図作りのために必要な素養がある者のみ選んでいる。もちろん多少の稽古は付けるが、それだけだ。ある意味で最も厳しい選抜と言えよう。

 

 そうして全員の作業が一段落し、いよいよ視察に出発する日がやってきた。領主館はソーントンとケラルトに任せてある。レメディオスは粗を探すように都市内を警備しているし、レイナースは試しに多少の遠出をする予定になっている。

 

 

「さて、じゃあ全員行動開始だな。それぞれが上手くいくよう……祈っても仕方ないか」

「今は冒険者ではないことを忘れずに、では出発しますね」

「ハッ! カル様あとはお任せを!」

「姉様が言うとちょっと心配になりますね……レイナースさんも気を付けて」

「いざとなったら逃げるまでですわ」

 

 

 こうして視察の旅が始まった。といっても、定期的に帰ってくるので小旅行のようなものだ。セシルはフル装備で、カルカは白を基調とした見栄え重視の装備だ。その威厳に加えて、後ろをデス・シリーズが二小隊ついてくるので、海を割るがごとく進んでいった。

 

 

「馬はイマイチ慣れないな。それに比べてカルは堂々としていて、格好いいな」

「セシルさん、女性に格好いいは……場合によりますか。レイナースさんとかは格好いい女性ですし……」

「よく似合っていると言いたかったんだ。カルは白が映える」

「フフッ、ありがとうございます。セシルさんは……似合っているという以前に装備の価値がとんでもない雰囲気ですね……」

「これでも魔導国の連中に比べればそうでもないんだがな。だが今回は悪役だ。威厳はあった方が良い」

 

 

 最初の目的地は北西のスコーチ村だ。資料を見る限りではあまり豊かとはいえない。苦い経験になりそうだった。セシルは心を鬼にする。少なくともカルカにはやらせないようにとの考えだ。北風と太陽。セシルは北風でいい。




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