時折うめき声があがる執務室で、ソーントンと旧来の文官たち、ケラルト、カルカ、そしてセシルが書類に埋まっていた。理由は簡単で、セシルたちは短期間で成果をあげすぎたのだ。
戸籍の管理による住人と簡単なプロフィールの山と、塩鉱山に必要な物資の報告書、陳情書などが一気に押し寄せて処理能力を超えてしまった。領主館は今や立派なブラック企業だ。セシル自身残業が何日めかなど覚えていない。
セシルの仕事は書類を読んで、領主印を押すだけだが、時折奇妙な文書が交ざってくるので気が抜けない。村の視察に行っている間は領主印をケラルトに預けていたが、アレは例外的な処置であり本来許されないのだ。
「塩鉱山が見つかってから書類が一気に増えたなぁ……人員を管理するのはやり過ぎたか?」
「いえ、式典までは国家間での取引は行われないにしろ目ざとい商人は入り込んでいます。我が国の成り立ちからして細工などがされないようにしておかねばなりません」
ソーントンはいつの間にか魔導国を我が国と呼ぶようになっていた。勤務体制はアレだが、それに応じて十分な給与を支払っているからだろう。前任者は深く考えずに給金を設定していたので、ケラルトが修正したのだ。おかげでメイドなども戻ってきてくれている。
「それにしても……鉱夫に子どもがやけに多いな」
「貧しい農村などでは労働力として子どもを増やす場合も多いですからね。良いことか分かりませんが、そのせいで大人顔負けの力自慢もいますよ」
「だからといって少女まで採用する気はないがな……何か引っかかるが、調べている時間は無いか……」
「女である私が言うのもなんですが、色街じみた店の開店は止められませんよー。特にここの労働者はちゃんとした鉱夫として雇っていますからね。給金は他国の奴隷じみた扱いとは比較になりませんので……財布のひもが緩むのは致し方ないかと」
「とは言うが、採掘村の建設速度は異常だろう。もう内部補強の木材を陳情する書類が来てるぞ」
それも材木店を調査してからなのだから時間と手間がかかる。いっそのことセシルが木をぶった切って運んだ方が安上がりだ。しかし領内の循環を邪魔するわけにはいかない。
「レイナースにエ・ランテルからのドラゴン便が発着できる場所を探してもらってる。それが作り終わるまで領内でどうにかする他ないか……」
魔導国はトブの大森林を押さえている。木材に関しては最終的に心配いらないはずだ。
「条約締結までの都市内販路と貯蔵所の警備が問題ですね。警備といえばレメは?」
「カル様……姉様にこの部屋で落ち着くのは無理です。それにその方が何か成果があがりそうですしね」
レメディオスは珍しく部下を連れずに市内を見回っていた。理由は何か騒動が転がっていないか調べるためだ。レメディオスは功績に飢えていた。ここしばらく目を引くような戦果をあげていない。直近では貧困層に最低限の筋力をつけさせて塩鉱山に送り込むなどしているのだが、彼女にとってはどうにも地味に感じる。
塩鉱山に関しては、後輩のレイナースがあげた手柄というのが大きく感じてしまうのだ。どうにも地味な功績を積み上げるのに向いていない。
面白くない、と内心で思った瞬間、レメディオスは壁に張り付いた。ケラルトの手足となって悪人を捕まえていた時代に覚えた感覚だ。
武技〈知覚強化〉を使い、耳を澄ます。
「良いか? お前らのやることは簡単だ。鉱夫になって働く。そして給金が出れば俺のところまで持ってくる。ほら簡単だ。逃げ出したりタレこんだりした場合はお前らの家族がどうなるか、分かってるよな?」
(コイツ……!)
路地裏の空き地をのぞき込めば、痩せぎすなチンピラが男たちを脅しているところだった。男と言ってもまだ少年と青年の間にある者が多い。鉱夫を募る時に貧しい者の顔はあらかた見たが、ここにいる者は誰も見覚えがない。
チンピラの後ろには身なりと恰幅のいい男が、笑いながら葉巻をふかしている。レメディオスは一気に踏み込もうとしたが寸前で留まった。
(待て待て、ここで突っ込むから妹に猪武者だの言われるんじゃないか? やつらが何か決定的な証拠を出すまで……いやどこの者かわかるまで待つんだ。あの豚は商人のような気がするしな)
隠密系のジョブではないレメディオスだが、武芸をたしなむ者であることに変わりはない。気配を消すぐらいならやってのける。
「そら、これがお前たちの名前と出身だ。いやぁ戸籍の再調査がいいタイミングで始まりましたなぁ。貧しい村のリストに紛れ込ませるのは楽でしたよ」
「へへ……旦那はこれからも魔導国で商売するんでしょう? 今後もお付き合い願いたいですねぇ」
「ああ……王国の商人はもう落ち目だ。それに比べて魔導国はのぼり龍だというのに、アンデッドが怖いとかで踏み込もうとしない腰抜けばかりですよ。金払いのいい国に違いはないんですがなぁ」
嫌いな“骨野郎”の国だというのに、レメディオスはなぜだかムカついてきた。どうやらこいつらは王国の連中らしい。しかし、どうするべきか。ここでこの二人を捕らえるのは簡単だ。だが、集められた若い衆の家族がどうなるかを考えなければならない。
最悪、というかほとんど確定で彼らの故郷を治める貴族と繋がっているだろう。理想の正義がある国を求めてきた自分たちだからこそ分かっている。貴族が平民をどう扱うかなど。
レメディオスは額に青筋を浮かべてこらえつつ、彼らをつけ回して宿まで特定してのけた。商会名が分かれば対処できる。タイミングはあの二人が別れた後になる。
どうやらチンピラは地元の人間らしい。しばらくすると、宿から出てきた。騒ぎ立てられると面倒になる。チンピラが再び裏路地に入ったところで腹に一撃加えて気絶させる。
(ようやくスカッとした……)
そのあたりにあったぼろ切れを被せて肩にのせ、レメディオスは領主館へと戻った。
「なんというか……よく姉様が我慢できましたね」
「あぁ! 二度とごめんだ! こうしてる間にもあの豚が寛いでいるかと思うと、全く腹立たしい! あの場であいつも捕まえておけばよかった!」
「そこは俺が夜にどうにかしよう。貴族の名を聞き出したら、そのまま両方とも暗殺する。ケラ、商会の後処理を頼めるか? できるだけ噂が広まらないようにしたい」
「うっふっふ。得意分野ですね。恐らく貴族は隣接している小領主でしょうね」
「連れてこられた方たちも保護しませんといけませんが、王国と少しやり取りをする必要がありそうですね。領主に手を下さないのなら噂は広めてもいいぐらいでしょうが……」
「はぁ……それも俺の仕事か。まぁザナック王子と面識はあるから頼んでみる」
その夜、エ・ペスペルに隣接する小領主が落馬して死亡。魔導国を訪れていた商人が病死した。姓名を偽って鉱夫に応募してきた者たちは出身地へ追い出されることになる。
「まさか、戸籍の再調査を利用されるとはな……俺、領主に向いていないかも知れない」
「そうですか? まぁそうだとしても周囲の言葉に傾ける耳があれば、ある程度まではいけるものですよ。不敬になりますが領主なんてそんなものです」
「確かにレメがあそこまで機転をきかせるとは、誰も思っていなかったからな。ケラの説得も効果があったわけだ」
「なんだ? 鍛え直すか、訓練兵?」
「褒めてるんだよ。領主代理を脅す守備兵団団長がいるか」
それにしても小金目当てで誰も彼も良くやるものである。鉱夫募集の段階でこれなら、正式に他国とのやり取りが始まったらどれだけ面倒か。
セシルは今日も徹夜だなと思いながら、カルカの淹れてくれた茶を口に含んだ。
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やることがみみっちい…! これぐらいの規模なら毎週起こりそうですね。