幾多の難関が立ちはだかっただろう。だが、ついにこの日がやってきた。エ・ペスペルの塩鉱山から出る塩の輸出がいよいよ解禁されたのだ。
通常の袋ではなく、木箱に塩が詰められたのは魔導国の紋章を大きくアピールするためだ。それがかつてのギルドメンバーに伝わるよう、というアインズの願いが込められていることをセシルは知らない。
解禁の式典には他でもないアインズ・ウール・ゴウン自身が参加した。なせかテープカット方式の祝典であり、アインズとセシルにリ・エスティーゼ王呼格からザナック王子。そして平民代表としてソーントンが同時にハサミをいれた。そこから屈強な輓馬が塩木箱を積み込んだ荷馬車を引いて王国へと向かっていく。
塩は一旦リ・エスティーゼ王国で預かり、そこからまた評議国と聖王国の分に王国自体と三つの国を旅する。これはセシルたちが初めてでぎた聖王国への援助でもあったのだ。
儀式はまさに荘厳な様子だった。エ・ペスペルの住人たちはアンデッドに慣れていない。ここで自分たちの新国王を見た者が多かった。神々しい衣装に身を包んだ骸骨というアンバランスさは彼らに強い印象を与えることに成功した……比例してセシルの人気も上がる。やはり主君は人間がいいという者も多かったのだ。
領主館の応接室は出戻りのメイドたちによって磨き抜かれ中々威厳が出ている。上座にアインズが腰かけた。これが力関係をそのまま示していた。
「どうぞ。かけてくれ……というのは君の館で図々しいかなセシル?」
「いいえ、陛下。私はあくまで代理ですから」
「私も王子の身ですからね……国主たる魔導王陛下と並べられると……」
「ふむ。ではあえて命じさせてもらおう。かけたまえ」
ようやく三人が座る。貴族位を持たないソーントンは膝をついたままだ。そこにアインズは目をやる。赤い眼光が平民を射抜いた。
「そこの君もかけてよろしい。王たる身で、と思われるかもしれんが忌憚なく意見を聞きたいのでな。立場が違うと面倒なことだ。特にザナック殿にはいささか申し訳なさもあるぐらいだ」
「いえ、正直なところを言えば、属国化を目指している立場。気を遣われるとかえって……」
「フハハ。目論見通りにいかなくなる、ということか。良いな、そうした剛毅さは私の好むところだ」
鷹揚に振る舞うアインズ。それをセシルだけが、コイツ多分無理してるんだろうなと思っている。
セシルはともかく、問題はザナック王子だ。見かけは高慢そうな貴族だが、礼儀を知り、そして事態を把握しようとする努力ができる男。迂闊なことを言えば深読みされてしまうだろう。
ソーントンをなぜ入れたのかはセシルにも分からない。平民だてらに文官になった男なので、当然頭が回る。ザナック王子と同じく深読みされかねない。
「それにしても……エ・ペスペルを割譲した時はこれほど発展の可能性を秘めていた、とはとても考えていませんでしたよ。以前会った時は冒険者だったが、為政者の才もあったのかなセシル殿?」
「殿はやめてください。私にそんなものはありませんよ。ただ、才がある者に頼っただけです」
「ふむ……時にはそれこそが最善の選択になり得るということだ。私も部下たちに助けられてばかりだ」
「またまた、ご冗談を。神算鬼謀の持ち主たる陛下は、部下を見守るばかりでしょう」
「そんなことはない。いや、本当に」
あ、ちょっと本音が出たとセシルは気付いた。思えばこういう場で一緒になるのは初めてであり、部下兼同郷者として話を上手くパスしていくのが役割だということにも。
「私は政治に関して、未だ初心者なのですが……塩の行き先はアーグランド評議国も含まれるのですよね? リ・エスティーゼ王国は評議国とも協定を結んでいるのですか?」
「結んでいるといっても簡潔なものだけだ。なにせ我が国は人間種の国で、あちらは亜人種国家だ。交流を最低限にせざるを得なかった。もっとも、魔導国の影響を受ければ一歩踏み込むこともあるだろう。属国化といっても悪い事ばかりではないのさ」
「その王国に立つ身でありながら、王子は亜人種との交流を良しとされるわけですか」
「俺も苦手ではあるぞ? ただ、それが優越感ではなく劣等感から。亜人種は生まれつき強いというところからきているだけだ。目をそらしてみても能力差は消えんからな。どうせなら友好関係の方がいい」
ザナックの知性はやや皮肉っぽい。そこから出た発言は異形種にも適用されるのだろう。暗に魔導国にも下手に出つつ友好関係を結びたいと言っているわけだ。支配されるにしても、され方というものがある。
アインズは口元を組んだ手で隠しつつ、頷いて見せた。これなら綺麗ごとで塗装できる。
「うむ。我が国も竜王国と親密な関係をきずいた。トロールの国も征服した……まぁバハルス帝国を間においた間接的な支配だが。血で血を洗うような関係より、握手できる関係がいいというのもそこから学んだつもりだ。それにしても不仲な国とも関係をきずけるという、塩の偉大さだな」
「魔法使いは田舎にはいませんからね。ただ、その常識が通じない相手も存在します」
「スレイン法国……」
「ああ。魔導国に頭を下げた時点で、我が王国も敵対的な相手と見なされただろう。この前、セシル殿が活躍した戦でも竜王国に援軍を送らなかった……態度が硬化しているな」
「私もあの国を警戒している。セシルもそのつもりでいてくれ」
「分かりました。ソーントン、記録しておいてくれ」
頷いてソーントンは羊皮紙に一連の発言を書き込む。魔導国は質の良い紙を使っているが、羊皮紙に書くのはこれが他の国でも重大な意味を持つということである。スレイン法国を王国も警戒することを了解したという意味が込められている。
その時、メイドが茶を淹れて持ってきたが、震えている。アインズの姿に恐れをなしているのだろう。そういう面では安全だと知らないのをセシルは気の毒に思った。
配膳されたとき匂いでカルカの淹れた茶だと分かったが、彼女が顔を出さないのには色々な理由があるだろう。しばらくザナックが茶に砂糖を入れる音だけが響いた。
「ふむ。いい香りだ。飲める身ではないのが惜しいな」
「これは失礼を……」
「いや、気にしないでくれ。フフフ、しかしこの身でもにおいだけは感じ取れるというのは、我ながら不思議なことだ」
明らかに難しい話が逸れて安堵しているアインズを、セシルは微妙な目で見た。しばらくは雑談にとどめるべきか? しかし、そうするには塩の価値は大きすぎた。
「エ・ペスペルの岩塩はピンク岩塩だったので、それなりに価値が出るのでは? 王子」
「そうだな。しかし、なぜピンク色なんだ?」
「大昔の鉄がわずかに含まれているからだそうです。普通の塩とは味も違いますね」
「ほーう。もっと深い理由でもあるのかと思っていたぞ。相場に色を付けることも検討すべきか? まさかマイナスには働くまい。ですが、そうなると戦略物資としての価値はますます上がりますな。陛下」
「う、うむ。昔から戦の際にはミソ……じゃなかった、塩が多く準備されるからな。色々と便利になるんじゃないか、な。ああ、そうだ! そろそろ本題に入ろうじゃないか」
「分かりました。これが連盟書です」
そう言ってザナック王子は頑丈そうな箱から、一枚の古ぼけた紙を取り出した。塩を不当に値上げしないことに関する条約に批准した国々の国璽が押してある。エルフの国やドワーフの国の紋章はない。彼らは独自のルートを持っているのだろうか。
アインズは空中から印を取り出し、力を込めて古い紙に新しい印を加えた。
「これで魔導国はまた一つ、国として認められたというわけだな」
「ははは、それを指摘できる国などありますまい」
こうしてエ・ペスペルとしても、一歩を踏み出したことになる。得た金額の何割が回ってくるか、分からないものの、ひと息つける。
あとはアインズがぼろを出さないように、セシルは懸命にサポートして会談は終わった。次回は王国に招待するというザナック王子を見送り、セシルの長い一日も終わった……と思っていたのだが、着替えに自室へ一旦戻ると〈
いつの間に帰ったのかも分からないが、ため息をついてセシルは門をくぐった。一日はまだ続きそうだ。
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思ったよりアインズが頭良さそうになった…