世の中、バランスとは難しい。エ・ペスペルは今、歓楽街が急成長している。領地が発展するのはいいことだが……
「ちょっと増えすぎたな」
「気合を入れてお仕事をやり過ぎましたね……」
意外なことに正規の手段を知っている業者が多すぎた。土地まで買っているのに、まさかやめろとは言えずに特に酒場が増えた。歓楽街では今、酒場の隣に酒場がある状態だ。
セシルはカルカと一緒に若干後悔していた。
逆に色街はそうでもない。鉱床のあるところに幾つかと、こちらに幾つか、という程度だ。移動する娼婦が少なかったのだろうとケラルトはみている。王国も魔導国も奴隷制度を廃止しているので、そこまで気軽に集められないのだ。
「それでも領民を売ろうという者が出るのが不愉快です」
「全員、レメに保護されたけどな」
正確には売ろうとしたものが国境近くでレメに殴り倒された。レメは現在、彼女たちの仕事を探してうろつき回っている。最悪、守備隊の下女にでもするのだろう。
「カル様、セシルさん、そろそろ戻ってください。会議の時間ですよ」
「分かった。戻ろうか、カル」
「はい……今日も長引きそうですね」
短い距離だったが手を取って、セシルはカルカをエスコートした。カルカはおかしそうに笑っている。領主代理が延期されたので、礼儀作法も勉強させられているのだ。似合わないことこの上ない。
「さて、今回はエ・ペスペルの鉱山街化計画についてです。生憎それで居てほしかったレイナースがいないのですが……話を戻しましょう。エ・ペスペルの観光資源などはほとんどありません」
「まぁ、魔導国だしな。おまけに就任前から若干寂れてたし」
「他国から来たいと思える要素は皆無でしょう。そこで我々は離れた村の農業と、鉱山の収入でやっていかなければなりません。幸い塩鉱山はいつの間にかエ・ランテルとセシルさんが協議して割合を決めていますし。魔導国の在り方を考えれば四割は上出来です」
同じ国で割り当てがあるのは、魔導国が魔導王のためにある国だからだ。こちらが不利になる理由もセシルは聞いてきていたので納得はできる。
「……ん? 鉱山の収入? 塩以外にも鉱山があるのか」
「採算で取らなくなった鉱山があります。アベリオン丘陵の小高い部分に接しているせいですかね。残念ながら銀はありませんが、鉄鉱山と銅鉱山があります」
「ああ……あの辺りですか。確かにありますが、赤字では掘る意味が無いのでは?」
ソーントンが実に真っ当なことを言う。資源というものは意外と転がっているものだ。だが、それで儲かるものとなると話は別になっていく。鉱山の場合、輸送費と人件費を払った状態で鉄や銅の価格がそれを上回れるかどうか。
損益分岐点とかあったなぁとセシルは思い出す。
その点、価格から費用まで決められている塩は深く考えずとも取引できるものだった。
「加工して売ります……金属鉱山自体が赤字でも開店休業している鍛冶師組合を黒字にできますからね」
「うーん。ここがこうなって、人件費と管理費用がこうだから……凄いギリギリで黒字。一歩間違えれば赤字転落だな。坑道の補修費に金を取られ過ぎてて、初期費用を消すまでに大分時間がかかるぞ」
「前から思ってましたが、計算は妙に早いですよね……ですが実際、これ以外の方法でとなると……鉱山街というイメージを補強できますし」
「営業外収益がなにかあればなぁ……って別に会社ではないか」
塩で収入が増えたので零細事業を増やしても問題はない。ただ、それは問題がないだけだ。プラスになる話とはあまり言えない。強いて言えば鉱夫が増えるので、人の動きが活発になるのはいいことだ。
「鉱山街と呼ばれたいのは、エ・ランテルとの差別化でしょうか?」
「そうです、カル様。あちらは農業がメインですし、確固たる差別化をして立ち位置を確立させていきたいのです」
ナザリックの存在を知るセシルとしては微妙な気分だ。あそこの存在たちからすればエ・ランテルは表向きの窓口に過ぎない。もちろん大事にはしているだろうが……最重要というわけではない。
「別に呼ばれなくとも構わないのではないでしょうか?」
「しかし、それでは……」
「ケラは居場所を作ろうと焦っている気がします。よく考えて……まずはお茶を淹れてきましょう」
珍しくカルカが反対意見を述べた。カルカがお茶を淹れている間、ソーントンと微妙な時間を過ごすことになったが、セシルはカルカとケラルト双方の言い分が分かる気がした。
ケラルトはレメディオスとカルカに安住の地を提供したかった。そういうことだろう。その政治的センスから、聖王国が魔導国の影響を大きく受けていることを察してしまった。邪魔をしないならレメディオスとケラルトは戻れるかもしれないがカルカだけはそうもいかない。既に新たな王が立っているのだ。
しかし、これは自分の不徳でもあるとセシルは感じる。功績をあげて三人を帰そうと思っていたが、聖王国の田舎ならセシルの忠誠と引き換えに叶わなくもない。自分が“金鎖”と離れたくないのかと言われたら、ぐうの音も出ない。
それと自意識過剰かもしれないが……自分が魔導国ではなく、ナザリックの一員となったら決定的な何かが壊れる気がするのだ。いつから自分が運命論者になったのかと、セシルは自身に少し呆れている。
「お茶が入りましたよ。ひと息いれましょう」
カルカが手ずから茶を淹れると、ケラルトは今でも恐縮したような感じを見せる。ソーントンは初日で慣れたようだ。俺は黙って適温になってから飲んだ。
「ケラが私たちのために頑張ってくれているのはわかります。レメもそうでしょう。ですが……この地を任された以上は大事なのはここに住まう人々です。私たちの功績のためではありません」
「それは……」
「責任ある立場で甘いと評されていた私の代わりに、強くあろうとしているのでしょう? もうそんなに急ぐ必要はないでしょう。私たちの居場所はとうにできていますから」
そう言ってカルカはセシルを見た。意味するところは明白だが、それを口にしては味気ないだろう。
「もっと自由に考えてみましょう。鉄も銅もいつまでもあるものじゃありませんもの」
「自由に……ねぇ。石工とかどうだ。王国は未だに首都も舗装されていない。輸出にも耐えるし、塩鉱山からの道にも使える」
「そうですね! 芸術家を保護して、観賞用にもいいかもしれません!」
「はぁ……石切り場が都合よくあればいいですけどね。私も力を抜きますか。まずは自給自足を目指しましょう。塩と同じくらい農夫を募って……」
その時、がしゃがしゃと金属音が鳴った。守備隊の制服を着たレメディオスだ。堅苦しい話が終わったのを察知してきたかのよう……とは言い過ぎだろうか。
「カル様、ただいま警らから戻りました!」
「お帰りなさいレメ。お茶を淹れなおしますね」
「姉様は悩みとかなさそうでいいですねぇ」
「いや、それが最近はそうでもない」
どっかと空いてる椅子に座り込んだレメディオスは意外なことを言った。レメディオスはストレスを誰かにぶつけるタイプなのが欠点だ。それがまずは口に出すとは。
「鉱夫というのはああしたものなのだろうが、喧嘩沙汰が絶えない。鉱山から歓楽街まで殴り合いがあって、守備隊は止めるのに苦労している。いちいち逮捕していては鉱山の人間が足りなくなるからな」
「これからもっと増えるだろうな。人間が3人集まれば派閥ができる、と言ったのは誰だったか。鉱山内でグループを作ってもめ事が起きるだろう」
「……それです、姉様」
「何がだ?」
「最初から派閥争いに一枚噛んで、娯楽施設を作りましょう」
こうして領主は腹黒くなっていくのだろうな、と思うセシルだった。
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