治安が完全にいいと言える都市を作るのは、かなり難しい。無理やりな方法でエ・ランテルは達成しているが、それは例外として。スラムの発生とギャングの出現を止めるのは不可能に近いだろう。
特に現在のエ・ペスペルは新しい人が出入りする新興状態にある。胡乱な者を止める手立てはない。
「というわけで公営の賭博場を作ってみました」
「事後報告! いや、いいけどさ。賭博場って普通はもっとカードゲームとかそういうのじゃない?」
「血の気が多い連中が、白黒はっきりつけられる場所として提供してますからね。バハルス帝国の闘技場とは違った形にしたかったですし」
ケラルトが作ったのはアームレスリングの会場と、拳闘闘技場だった。確かに八百長はいずれあるかもしれないが、反則は少ない競技だ。身一つで参戦する出場者自身には金銭的負担は無いので出場者は絶えない。
カジノなどのゲームはルールが難しく、田舎者は参加し辛いというのもあるだろう。その点、力比べと拳のぶつかり合いならルールを把握している必要はない。
「お、試合が始まるな」
「ですね。鉱山内で揉めて監督官に引き離された二人です。このように事前情報もある程度共有されます。事情が分かった方が面白いですからね」
「負けた方は悲惨だな。ところでこれ胴元は俺ら?」
「もちろん。胴元が一番儲かりますから」
上着を脱いで半裸になった男たちがにらみ合う。二人とも鉱夫に支給される粗末な木綿服だ。
「名前の割に学はない、殴られたら殴り返す! 赤コーナー、ペンドルトン! そして青コーナー、お袋の悪口は許さないラヴロック! 鉱山内でラヴロックの母親をあばずれ呼ばわりしたペンドルトン! その大口に見合う実力は果たしてあるのか!? オッズは同情評かラヴロックが有利です。賭け金の支払いはあと10分!」
体格ではペンドルトンの方がやや大きい。それでもラヴロックに票が集まったのは母の力か。どっちにしろ負けたら極めて恥ずかしい。見物人の感情なぞ風で揺れる船より移り気だ。ラヴロックが勝てば母親思い、負ければマザコン扱いだろう。
二人が中央に寄り、ゴングが鳴った。
「ああっとペンドルトン、いきなり飛び掛かっての先制攻撃だ! 体格に劣るラヴロックにこれは辛い。 いや、ラヴロック! これを待っていたと言わんばかりに体を密着させて何度もボディブローだ! 受けて立つペンドルトン! 激しい乱打戦になりました!」
「腹は後からくるんだよな。明日の仕事大丈夫かアイツら」
「密着状態になると体の一部が見えづらいですね……武技の使用を禁止するルールを追加しないと。というか、観客に守備隊員がいるのは体裁が悪いですね……せめて私服で来てほしいものです」
巡回ルートだとか理由をつけて見に来たのだろう。困ったものだとセシルは思うが、そういうことを思っているとより厄介な奴がくるものだ。
「セシル、ケラ。領主自ら視察か?」
「代理だ。それとなぜここにいるレメ」
「どうせサボって見に来ているやつがいるだろうと思ってな。私は違うぞ? 私としては剣技の方が好みだしな。それに賭け事は性に合わない」
「意外だな。すぐ熱くなって勢いに任せるお前が」
「戦士は勝った側も負けた側も勇者だ。優劣を外野が付けるのは好かん」
正直なところをいえば、セシルはレメディオスがここの常連にでもなるかと思っていた。だが、レメディオスはレメディオスなりの美意識があるようだ。最初出会った頃の横暴さも、まぁ許容範囲になったといえる。精神的に一番成長しているのはレメディオスだろう。
「ただまぁ、その辺で喧嘩されるよりはマシだな。観客間のもめ事を処理するなら守備兵も少しは許してやるか。交代制にして楽しめるようにしよう」
「まさか姉様が部下に気を遣うとは思いませんでした……」
「私を何だと思っているんだ。聖騎士と守備兵をいっしょに考えてはいけないと訓練期間中に分かったからな。さて守備兵に釘をさしてくるか」
レメディオスは、観客に混ざっている制服姿を目指して離れていった。試合会場に目を向けると、体格に勝るペンドルトンが順当に勝利を収めていた。セシルは心情的に逆であって欲しかったが……
「はぁ……アームレスリングを見に行くか」
「そうしましょう」
二人はアームレスリングの会場へと向かった。そこは大きめの酒場といった建物で、中からは笑い声が聞こえてくる。怒号と歓声の拳闘場とは大きな違いだ。
「待て、この酒場もしかして……」
「はい。公費で運営されています。常に平均価格で酒は提供され、ぼったくりもありませんので、そういった意味でも好評ですね。書類上は先ほどの拳闘場と同じく、遊戯施設になっています」
「安くもなければ高くもない酒場に需要があったのか……まぁ確かに安すぎると客層が悪くなるとかどこかで聞いたことがあるが……」
「ええ。安い酒場は客が悪い、高い酒場は店が悪いと申しまして。それに交易で入ってくる量の少ない酒などを売ることもできます。中に入ってみましょうか」
セシルとケラルトが中に入ると、そこは酒場にしてはしっかりとしている作りだった。頑丈な樫の木で作られた床に、掃除用のおがくずがのっている。奥のカウンターは黒塗りのシックなつくりで、マスターは初老だが体格が良い。ケラルトを見ると目を丸くしたが、すぐに切り替えてグラス拭きに戻った。
この印象を裏切るのが中央に置かれた大樽だ。赤ら顔になった紳士たちが二人、お立ち台に立って手をがしっと掴み合う。その勝負を見ようと集まった人々は左右の台帳に金額を書き込んでいく。そしてアームレスリングが始まると応援の声が飛び交う。
「これは参加者が力自慢以外でも、分かりやすく勝負できるな」
「それも狙いの一つです。私たちは座ってなにか飲みましょーか」
ケラルトを見て驚いていた、先の店主の前に行ってカウンター席に腰かける。後ろの勝負が見れるように回転するようになっていた。
「ワインをグラスで二つ」
「はい。補佐官様、今回は私用で?」
「半分はそうですね。もう半分は領主様に仕事の出来栄えを知ってもらおーと」
「ということは……そちらの方が……これは申し訳ありません」
「良いんだ。領主代理だしな。それにしても肝が据わっているじゃないか。ケラを見てもビビらないなんて」
「普通、自分を例にあげません? ここを任せるにあたって、面接は私が行ったんですよ。だから、顔見知りのようなものです。守備兵を引退した人から、わきまえた人を選んだんです」
なるほど。元守備兵ならそこらの客が暴れても、自分で対処できるというわけか。セシルは納得した。実際に目を凝らしてみれば金級冒険者ぐらいの力量を感じ取れる。兵士出身にしてはかなり上の方だろう。
「こいつは胡麻をすらなければいけませんな。二十年もののワインです。あの年はできがよかったんですよ。まぁ当時のお上はそれを活かせるような器量をお持ちじゃなかったんで、値段は大差ありませんがね。ここらあたりじゃ祝い事に出します」
「俺が来たことが祝い事か……生活はよくなったか?」
「まぁ生活は間違いなく。ただ王国民だったのに、突然魔導国なんで戸惑ってるやつは多いですな。正直、領主代理様が人間でなかったらどうなってたかは、わかりませんね」
〈
「……勝負がついたのに静かだな」
「ここの賭け事は上限額が決まってるんでさ。嬉しさも悔しさも、楽しさもそれなりの店です」
「なるほど。丁度いい店か……ケラ?」
「一気に飲んで寝ちまったみたいですね……」
「そうか。代金置くよ。今度はゆっくり時間があるときに」
「はい、お待ちしてまさ……料金を置いていくだけ、その辺の貴族よりはマシですよ」
後半は聞かなかったことにしてケラを背負う。背中に当たる感触を楽しんでいいのか、これに丁度いいところはないんだろうな。そのまま帰ったセシルはなぜかカルカに冷えた笑顔で迎えられた。
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あえて血生臭くない