目の前にある魔導国の紙を見ながら、セシルは微妙な気分に陥った。これがここにあるということは、魔導国の智者たちも認めたということなのだから。それにしては随分と定番のイベントかつ、彼らがそこにどのような意味を見出したのか読めない。
対面に座る骸骨姿を見ても、困惑している。
「通ってしまった」
「通ってしまったって……発案者か!」
紙には『リ・エスティーゼ王国、アインズ・ウール・ゴウン魔導国交流試合』と書いてあった。やることは分かる。武術や魔法の発展度を披露する催し物だ。
一般的なイベントとも呼べるが、普通じゃないのは魔導国の側が圧倒的に有利だからだ。いや圧倒的という言葉すら生温い。ほぼ無理筋である。
例えば、デス・ナイトを試合に出したとしよう。その時点で戦えるのはブレイン・アングラウスと“蒼の薔薇”ぐらいになる。“朱の雫”は出るか分からないが……
しかしデス・ナイトは魔導国から見れば強めの雑兵ぐらいの感覚である。国家交流に相応しい面子を揃えれば、一方的な蹂躙だ。
哀れ王国となってしまう。
分からないのはなぜこのような行事が行われるか。
「魔導国の力を見せつけて、属国化反対勢力を黙らせるのが狙いか……?」
「さぁ……? 部下たちが絶賛していたので、それだけではないような気がするが……」
凡人二人が頭を悩ませても、答えが見つかるはずもない。まぁいいかとセシルは考えを打ち切った。どうせ自分には関係のないことだ……セシルの認識は甘かった。
「あ、“金鎖”はバランス取りのために王国側での参加だ」
「……色んな意味でなんで?」
「あまりこちらが勝ちすぎるのも、つまらないだろう。守護者たちも存分に腕を振るいたいそうだしな」
守護者たちも参戦する? そこに意図が隠されている気がする。単純に前回の意趣返し、という線も捨てきれないが……なぜ一応味方側の策を気にしなければならないのか。
とりあえずは強者の相手役かと、再びセシルは思考停止した。どんな思惑があろうと、断ることもできないのだから。
「場所は? まさかバハルス帝国でもないだろう?」
「リ・ロベロと王都の間にある荒野に作っている。マーレを直接行かせているので、作業も早いだろうからな……今のうちに時間を作っておくといい。書類仕事とか片付けてな」
「ああー、結局それか。一日捻出するのに何日かかるか、想像できるか?」
「よく分かっているよ……フフフ」
セシルが自分と同じ苦労をしているのを見て、アインズは形なき笑みを浮かべた。
この話によく反応したのはやはり、レメディオスだった。拳を高く突き上げて、気炎を吐いている。
「久々の戦いだ! あの骨や……陛下に目にもの見せてくれる!」
「姉様……成長したのか、してないのか分かりませんね……」
「それにしても王国側で戦え、というのは意味が分かりませんね」
カルカの困惑はほぼセシルと同じだ。対象は“金鎖”というか、セシルなのだろうが、そこには何かの意図が見え隠れする。
「深く考えすぎることもないだろう。裏の理由があるのは間違いないが、それに対処するような手札も俺たちにはないからな。ただ戦えばいい……ただ、ナメられるのも性に合わないから全力でな」
「よく言ったぞ訓練兵! そうと決まれば訓練あるのみだ。丁度いい標的もいるからな」
「そうか。試合に行く二日間を確保するために、書類仕事の前倒しがあるんだが……」
「では、行ってくる!」
書類の山を前に、レメディオスは逃げ出した。セシルとて本気で出したわけではない。レメディオスに書類仕事をさせれば間違いだらけになるだろうからだ。時々、レメディオスが本当に聖騎士団団長だったのか疑わしくなってくる。副隊長の胃が犠牲になっていたことを知る日は来るのだろうか。
「ではお仕事といきますか。警備計画の方もソーントンさんに回していいですね?」
「私ですか!? しかし、私は文官で、抱えている案件で手一杯なのですが……」
「それを言うなら俺は武官だし、なにより領主代理だぞ。通常業務を行っている時点で変だろ。まぁ無理なものは無理というのも分かる。そっちにカルを回そう」
「よろしくお願いしますね。ソーントンさん」
「は、はいぃ!」
カルカは罪な女だな。そうセシルは思った。ルックスのよさに加えて距離感が近いし、誰にでも優しい。そのうち勘違いする男も出てきそうだ。堅物のソーントンがこうなるのだから、配下の文官はもっとだろう。
まぁそれでやる気が出るなら、問題ない。ソーントンには俺たちが留守中デス・シリーズを率いるという、厄介な役目があるのだからと、セシルは多少の役得は譲った。
そうして一週間かけて二日を捻出した。疲労軽減があるセシル以外は全て死んだような様子だ。セシルとて万全とは言い難い。装備やスキルで状態異常を防いでも、仕事でストレスを溜めた期間というのはなくならないからだ。
一週間というのは闘技場を作るのには難しい。といっても、それは普通の手段を用いた場合だ。ナザリックの守護者たちが使う魔法なら、むしろ長いぐらいかもしれない。実際に〈
そして実際に招待状が届いたのは二日後だった。
「レイナースは本当に残るのか?」
「はい。守備兵団の団長役を、アンデッドにさせるわけには参りませんから。クーデリカとウレイリカのこともありますし……確かにお師匠様たちの戦いは見てみたいですが、そこは後で稽古をつけてもらいましょう」
「すまん。貧乏くじを引かせたようだな」
「いえ、それでは無事のお戻りを……」
セシルたちは馬車に乗り込んだ。やや北西に向けての旅路だったが、景色を楽しむことなく、カルカとケラルトは眠りについた。元気なのはレメディオスだけだ。しかし主君を起こすような真似はしないのか、窓側で警戒にあたっていた。
「ここで真面目になるのなら、書類仕事ぐらいできそうだがな」
「別にできないわけじゃないぞ……多分。ただ、それは私の役目ではないということだ」
結局逃げていることには変わらないが、机仕事からの逃避は邪魔にならないよう。という意味はあるらしい。突然の旅路はレメディオスとのデートのようになった。話題は尽きなかったが……とうとう、目的地に着いてしまう。
そこはローマのコロッセオじみた白亜の闘技場だった。魔導国という名前からすると正反対の印象を受ける。それに人の数もかなり多い。半端な位置での開催が、裕福層だけでなく近隣の村々からも人を集めているようだ。
「おい、セシル。こっちだ」
カルカたちを眠りから覚ましていると、ボサボサの青髪をした男が手招いていた。やはり、この男は出るらしい。
「ブレイン。一瞥以来だな」
「ああ、お前さん以外とは初対面だったな。俺はブレイン・アングラウス。王国のラナー王女付きの兵士だ」
「兵士? お前がか?」
レメディオスは怪訝な声を発した。自分と近い実力者なので、強さがよく分かるのだろう。それに対してブレインは肩をすくめた。
「誰だって出世したいわけじゃないさ。それに私兵扱いだしな」
「ふぅむ。王国もまだまだ強者がいるのだな」
「だが今日は王国側についてくれるということで、助かった。正直なところ、魔導王の側近たちは俺がどうこうできる相手じゃないからな」
ついて来てくれ、とブレインに促され、一行は従った。“蒼の薔薇”など王国側の控室には予想通りの面子が揃っていた。が一人姿が見えないのもいる。
「クライム少年は?」
「流石にここに出場させるわけにはいかんさ。貴賓席で王女様の護衛だ。試合は明日から始まる……今日はゆっくりと休んでくれ、お前たちだけが希望だからな」
どんな希望かは分かった。人間種の、というところだろう。まったく異界から来たというのに、セシルはすっかりと馴染んでしまっていた。
明日からの試合は色々な意味で楽しみだとセシルは考えている。つまり自分が反逆した場合、どの程度やれるかどうかである。
試合を告げる朝日が昇るまであっという間だった。
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