“武器戦闘最強”……ナザリックにおける蟲王、コキュートスの異名である。人間には決してできない異形も相まって、この世界で彼に比肩する戦士はいない、はずであった。
そのコキュートスが愛用の白銀のハルバードを両腕で振りかぶり、副腕はメイスとブロードソードを握りしめている。性格まで武人めいた彼をして容易に討てない存在が現れたからである。
「今度は魔導国同士の争いだー! 最強の武人の名をほしいままにする戦士、コキュートスと……」
観客は余りの対比に目を疑いそうになる。王国側から出てきたのはどうみても“人間”だったのだから。
「領主の仕事はどうした!? エ・ペスペル領主代理セシル!」
「いやお前らが決めたんだろ……」
呆れと共に出てきたのは巨漢でも何でもない戦士だった。ただ、既に刀は抜きはらっている。セシルからしてもコキュートスは容易ならざる相手なのだから。
巨大な異形と普通の人間が戦う。観客たちは既に人間が負けると諦めていた。持てる武器の本数すら違うのだ。どう考えても結果は明らかだ。
そんな周囲には左右されず、セシルはあくまで自然体だ。舐めているのではなく、三本の武器に対処する構えだった。
コキュートスも落ち着いている。いや、高揚感を抱いていた。この世界に来てからヒトの持つ輝きに魅了されてきたが、物理的な面で彼を満足させた存在はいない。その機会が今訪れている。
「配慮ハ致シマセンゾ」
「最初から期待してないけど、少しぐらい手加減してくれればいいのに……」
ジト目で見るのはコキュートスが持つ武器だ。全て最高級品、
まぁ装備は概ね対等といっていいだろう。後は相性と技と……運で決まる。
「試合開始ーー!」
死戦の開幕には間の抜けたホイッスル音が響き渡り、両者は動いた。様子見も膠着も無しだ。速攻で決める。
先を取ったのはセシルだった。武技〈加速〉を用いた突撃でコキュートスの懐に潜り込む。だが妙だ。確かにハルバードの刃先からは逃れているが残りの副腕が、相手を捕らえている。まるで抱き包むような体勢は、自殺行為にしか見えなかった。
しかし、それは覆される。
「〈三光連斬〉!」
同時に放たれる不条理の三連撃は、コキュートスの武器を弾いて、胸部に裂傷を刻んだ。
ただ、セシルからすれば思ったよりダメージが与えられなかったと、思わざるを得ない。同じ戦士といってもタイプが違う。セシルは敏捷型でコキュートスは耐久型だ。小さな有利はあっさりと覆される可能性がある。
「コノ痺レ……久シク忘レテイタ死ガ迫ル感覚。今、正シク闘争ノ中ニアル……」
蒸気のような吐息がコキュートスの口から漏れ出る。高揚しているのだろう。戦士にとって強敵と矛を交わす喜びに勝るものはない。もっともコキュートスからすれば忠義が上回るだろうが、それでも嬉しいのだ。
それに対してセシルは微妙な反応だった。確かに同格との戦いは悪くない。この世界に来てからはほとんど格下相手。いわば弱い者いじめに通じるものがあった。だからといって楽しいかと言われればそうでもない。多少の余裕をもってことに当たりたいのだ。
プレイスタイルの違いと言ってしまえばそれまでだ。
「こちらに回復手段がある以上、スキルによる一撃負けは無いと思いたいが……やはり武技で攻めるしかないか」
「〈
コキュートスの背後に不動明王が顕現し、その右手にある剣を振り下ろしてきた。不動明王の利剣は迷いを断つとされ、このスキルは相手のカルマ値を参照し、それがマイナスであればあるほど威力を増す。
(さて賭けだ。コキュートス自身の攻撃とスキルによる攻撃、どちらが強力か……ええい、大穴狙いだ!)
セシルはアインズと違って、あらゆるスキルや魔法の効果を記憶しているわけではない。ゆえにこれは純粋な運任せ。セシルは向かってくるコキュートスに刃を向けて……〈倶利伽羅剣〉には〈要塞〉を発動した。
「コヒュっ……ああっ、〈瞬閃〉!」
「俺の武技を!?」
セシルのカルマ値はマイナスではない。といっても、さほど高いわけでもない。それでもこの世界で積んだ善行の影響か、〈倶利伽羅剣〉はセシルを断ち切ることはできず。
セシルは胃からこみ上げてきそうな感覚を抑えて、反撃に武技をお見舞いした。観戦していたブレインが驚いたように〈瞬閃〉はブレインオリジナルの武技である。その効果は一閃を知覚不可な速度で放つ技だが、レベル百のセシルが使ったそれは、コキュートスの予想すら超えた。
防御のためのわずかな動きすら許されず、再びコキュートスの肉体にダメージを与える。
これがこの世界と接続して、開花しつつあるセシルの
「あばらが逝ったか……〈
実際はHPも回復しているし、内臓の損傷も治癒されている。それでも突然驚かされた衝撃はすぐには戻らない。
ここまでは賭けに勝ったこともあり、セシルの優勢だ。HPに差があっても、二度直撃させたのは大きい。
さてこの勝負、どこまで続くか? 幹部であるコキュートスを殺してしまうのは許されないだろう。となると……
「首元ニ刃ヲ突キ付ケタ方ガ、勝チトナル……」
「分かりやすくていいな」
互いに歩み寄っていく。
観客たちはこれまでの勝負をほとんど理解できていないだろう。戦士の心得があるものだけが、この試合のレベルの高さを感じ取れている。わずかな者たちは知らず知らずのうちに息を飲んだ。
先手は長いハルバードを持つコキュートスだ。間合いに入った途端、動いた。弧を描くようなフルスイングに対し、セシルはシンプルに〈斬撃〉で迎え撃つ。衝撃波が奔り、闘技場を揺らす。そこで観客たちはようやく薄氷の上に立っていたと知る。
副腕を警戒するセシルが次に狙うは〈三光連斬〉だろう。だが、コキュートスはなんとメイスとブロードソードを捨て去った。全ての腕でハルバードを押し込み、次の機会を与えない腹積もりか。
二本の腕に対して四本の腕。このままでは負けるという状況が、セシルに新たな境地をもたらした。
「〈能力向上〉……!」
これまで試みたことのなかった武技を無理やり発動させる。圧力がわずかに拮抗したその瞬間に……
「〈剛撃〉……!」
わずか数ミリの間隔に新たな武技をねじ込んだ。それは奇しくも彼と最も親しい人物の得意技だった。その場で立ち上がる竜巻……それが晴れた瞬間に立っていたのは。
「私ノ敗北カ……」
「勝った気が全然しないぞ……」
コキュートスが片膝をつき、その首元にはセシルの直刀があった。同時にコキュートスのハルバードの柄がセシルの腰にある。
最後の力任せによってセシルの攻撃はハルバードの刃を滑り、相手の身に入り込むように届いたのだ。
「勝者、セシル――!」
会場の空気が一気に爆発した。人間種が魔導国の幹部に勝利したのだ。それは希望の芽生えた瞬間だった。それを遠くから観察していた女は薄く笑った。
「滑稽ね。その人間も魔導国の傘下だというのに」
「希望こそが転落への近道だよ……全てはアインズ様のお考えの通りに、これで彼らは餌を待つ衆愚となった。どうやったところで、その男のようにはなれないというのにね」
勝利を近づいて見る者。遠くから俯瞰して見る者。果たして愚者はどちらなのか……
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ちょっと遅れて申し訳ない