大会の締めくくりは集団戦だ。“蒼の薔薇”と“金鎖”が出てくるのを、セシルは不安げに見守った。魔導国側はデス・シリーズを主体としているが司令官に
王国に花を持たせても、勝利までは譲る気はないという考えの表れだろう。
「貴賓席にお邪魔しますよ」
「セシル殿、見事な勝利だったな」
「いえ、ザナック殿下。賭けがハマったというところでして」
「――うむ。だが、その掛け金もただの戦士には払えない額だ。魔導国対魔導国なのが惜しいほどだったな」
「陛下」
一番高いところにある席にセシルはやってきていた。これは交流試合だ。それゆえ、アインズとザナックがいることに不思議はない。領主代理であるセシルが場違いなくらいだ。
多少は親しくなった身だ。アインズの目と手ぶりから『なんでコキュートスに勝ててんの』という心の声が聞こえた。それに対してセシルは『こいつ……』というジト目を返す。
自我を持ったNPCはプレイヤーと遜色ない性能を発揮する。その観点で言えば、セシルは逆の惜敗が筋だろう。
同時に、コキュートスが出場した背景に関わっているのは、階層守護者ということもセシルは感じ取る。アインズが神算鬼謀……などという言葉から遠いと知るのは世界で彼だけだ。まぁそれゆえ、はかりごとの中身まではセシルにも分からないのだが。
「戦場の華ですね」
「まぁ、華というには厳つい薔薇も一本混ざっているようだが」
「ふむ。やはり人間というのは侮りがたい。戦力差からすればとうに敗北していてもおかしくはないのだが……」
その発言に人間であるザナックは顔を引きつらせる。アダマンタイト級冒険者というものを少しは知っている彼からすれば、それを子供のようにあしらうアンデッドというものは単純に恐ろしい。
眼下を見る。観客たちは恐れながらも美女たちが苦悶する様を楽しんでいた。自分があそこにいれば一瞬で逆転できる。だが、それは許されないという事実にセシルは自虐するしかない。
形の上では同数同士の戦いだが、戦力に差があり過ぎる。それが未だ崩れていないのはレメディオスとガガーランが三体を食い止めているからだった。この二人を盾に他の全員が支援に回る。それで維持しているだけか?
違った。ラキュースが一気に前に出る。敵の司令官たる
「超技!
黒い光が奔る。それは確かに効果的ではあった。
「効いて……」
効いてはいる。効いてはいるが。
「惜しいな。レベルが三十は離れていては一撃必殺とは、いくわけもない」
アインズが呟いた通り、
耐えて耐えて隙をついた一撃がこれだったのだ。同じ手を使うには、再び同じ労力をかけねばならないのは自然なこと。
再び同じ態勢に戻った一同を、
第九位階魔法までは使わなかったのは手加減だろう。だが、全員死亡していておかしくない一撃だ。
「ふむ。これは面白いな。全員が塵となるはずだが……位階魔法で手加減ができるのか。感覚としては理解できるが、実行可能かと言われれば否だな。恐らく
敗因をつらつらと語るアインズが今は憎い。セシルは仲間が傷つけられたことに怒り、同時に手加減されたことに感謝もしていた。感情がもつれてどうにかなりそうだった。
「……仲間たちを治療してきます」
「ああ、それが、いいだろう、な」
ザナックに目礼だけしたあと、セシルは貴賓席から一気に控室まで飛んだ。途中見た観客たちは静まり返っていた。絶望の中でこそ光はよく見えるものだ。セシルは自分にいくらか視線が突き刺さるのを感じた。
俺に何をしろというのか。俺の両腕はそんなに長くない。セシルは控室へ入った。
控室の中は焦げた肉の臭いがした。こんな時に無償の治癒は許されないという法が鬱陶しいが、“蒼の薔薇”は元々セシルにとってそこまで重要ではない。
ただ死なれるとさすがに気分が悪いので彼女たちの回復役である、ラキュースだけ治療することにした。
「
その言葉一つで、焦げた人肉が活力を取り戻していく。こちらに最低限の義理は果たした。後は自分の仲間に丹念な治療を施すだけだ。
“金鎖”の中で最も優れた癒し手はセシル自身だ。響く
それは世界との接続による予感だったのかもしれない。ただの
それでも彼女たちが目覚めるには時間が必要だった。丸焦げだった上に電撃だったのだ。それは傷を修復しても体が反応してしまう。
結局セシルは閉会式を欠席して、身内に寄り添い続けた。
「セシル。彼女たちはどうだ?」
「ああ……奇跡的に良くなったな。あの魔法なら本来、蘇生魔法になるところだったが……一体何だったのか」
自分の調子を取り戻したブレインが、水袋を差しだしてくれる。セシル自身の体調に変化はないが、驚くほど喉が潤った。一気に飲み干してしまったぐらいだ。
しばらくすると、“蒼の薔薇”の面々が次第に起き始めた。
「おお……なんで生きてんだ?」
「きっとガガーランが人間からクラスチェンジした」
「鬼ボスの治療」
「ごめんなさいね。治療に時間がかかってしまったわ。冒険者としてはセシルさんに頼めなかったし」
「死んでないんだからいいじゃねーか」
あちらは無事に済んだようだ。他人事ながら良かったと思う。それぐらいの感覚はセシルにもあった。
「……あれ。そうか、私たちは負けたのか……」
「レメ!」
レメディオスが目覚めて、記憶の混濁以外は無事なことを確認するとセシルは思わずレメディオスを抱きしめた。頭を手で包み本当に良かったと示していた。
「な、なな。こんなところで何を!」
「姉様、相変わらず寝起きがいいですね。セシルさん、私たちは蘇生されたのですか?」
「ケラ! ああ、いや。単なる治療で済んだ。どうしてかは分からないが……」
「確かに。あの異常な倦怠感も無いですね。どうなったかも覚えていませんが……私には良いんですよ!」
レメディオスを抱擁していた腕で、今度はケラルトを抱きしめる。この世界では死も一つの状態に過ぎないが、セシルは無性に嬉しかった。
レメディオスは赤面からむすっとした状態に戻り、今度はケラルトが慌てている。
「こうなると、今度はカル様ですが……若干心配ですね。セシルさん、
「ああ……そんなに位階高くないし、使えるはずだ。習得したきり、使ったことは無いが」
「準備をしていてください。姉様はカル様のそばで支える役割です」
「何が……」
レメディオスが疑問を呈そうとした瞬間、カルカがばね仕掛けのようにガバっと跳ね起きた。そして、足を震わせて、顔を抑える。
「火、火が……火傷がぁ!」
「カル様、落ち着いてください!」
「こういうことか!
セシルが魔法をかけると叫び声は止まったが、カルカの呼吸は荒いままだ。聖王国で受けた炎が、未だに彼女の身を苛んでいるのだ。
それからずっと三人でカルカを囲んで、落ち着かせた。
「もう大丈夫だから、帰りましょう……少しでも早く……」
こうして交流試合は幕を閉じた。ブレインたちへの挨拶もそこそこにセシルたちは帰途につけるよう手配する。位階魔法の変化。セシルの武技。何かが挟まったかように、徐々に世界は変わりつつあった。
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