カルカが職場へと復帰した。それ自体はまぁめでたいことだ。PTSDなどは和らぐことはあっても、完治することは無かったりもする。なにせ自分が死んだという特大級のトラウマだ。このあたりはこの世界ならではの事情となるだろう。
とりあえずはセシルに来た手紙に対する返事の代筆などをしている。セシルの字など、この世界で知っている者はごく限られているので問題は全くない。
「カル。病み上がりなんだから、あまり無理するなよ。ある意味どうでもいい手紙だからな。マナーをお前に習っても未だに付け焼き刃だからなぁ」
「今度はダンスをお教えしましょうか?」
「……力加減を間違えると、相手が吹っ飛ぶな」
ただ、カルカやケラルトと踊るのは、悪くないかも知れないとセシルは思う。レメディオスとでは果し合いじみたものになりそうだ。
「ただいま戻りましたわ。お師匠様、カル様」
「レイナース。守備兵団と探索隊の二足のわらじは大変だっただろう。迷惑をかけたな」
「いえ、これはこれで良い経験になりましたわ。後は訓練で返していただければ」
多少駄々をこねられたが、レメディオスはカルカの復帰と共に守備兵団の職務に戻された。行き過ぎた忠誠心というのはかえって厄介だ。
厄介ごとと言えば、とセシルは山積みの紙から一枚を抜き取って眺めた。近隣の王国貴族からの被害報告である。
「とうとう出てきたな盗賊団。いや、“
「私の経験からすれば、今までなかったことが不思議ですね。国を治めると、どうしても発生するものですし。スラム街と同じですね」
「いかがいたしましょう。私の探索隊では戦力不足なので、一人で行った方がマシというものですけれど」
エ・ランテルの方では魔物や賊などはでない。デス・ナイトたちが常に巡回しているからだ。そこに関してセシルは少しばかり意見が違っている。
できればエ・ペスペルの住人たち自身で解決して欲しいのだ。アルベドあたりに知られれば、敵対しかねないが……“金鎖”もデス・シリーズも外様だ。
自立心のある領地にしたいと思うのは魔導国に対する、ある種の反抗心かもしれない。
話を戻そう。盗賊団の母体は傭兵たちだ。塩を護送する役目を狙って、それなりの数の傭兵が集まった。ただ、国家的事業だけあって、素行の良い傭兵が選ばれるのは当然だ。それにあぶれた連中が賊となったのだ。
「同情はするがな。魔導国一強の時代では、戦争で傭兵が使われることなどない。情報を見る限り、法国は自前の戦力のみを信頼してるようだし」
戦争の可能性があるのはもはや魔導国と法国だけだ。魔導国に人間の傭兵など必要ない。法国も半端な兵など求めないとくれば……後は中央に進出した際、出会った国家と揉めた時ぐらいしか出番はない。
悲しいかな。傭兵という存在自体が時代遅れになりつつあるのだ。
「作りますか。攻撃用の部隊を」
「あくまで守備兵団の内部からな。独立部隊など、日頃は持て余す。それに本国への翻意などを疑われても困る」
かつての世界で言う特殊部隊のようなものだろうか? 守備兵たちは基本的に
だが、タガが外れた人間というのはそれなりに多い。十人に一人。殺し合いに適応する人間の割合だ。
それらをレメディオスが指揮すると考えると、不安だ。あくまで一時的な指揮に留めて、セシルの直轄部隊にするのが良いか。
カルカに率いさせるというのも考えないでもなかったが……荒療治に過ぎる。
「レメに選出させるよう、指示を出そう。レイナースのついでに稽古もつける」
こうして、エ・ペスペルに攻撃用の部隊ができた。有用かどうかは別として、その規模は次第に拡大していくことになるのだった。
レメディオスは馬鹿かどうかはともかく、頭を使うことを避けてきた。細かい仕事は全て副団長に任せてきたのも事実である。だが、それだけで聖騎士団団長が務まるものだろうか?
聖騎士団は攻守兼ねた組織だった。そう。自分から攻めることもある組織だったのだ。
「お前、お前。それから、お前もだな」
訓練場に整列させた守備兵たち。彼らの中からレメディオスは攻撃要員を選んでいった。だが、まるで無作為に選んでいるかのように素早かった。選ばれた者たちに共通点などない。現に年少の隊員まで選ばれている。
「良し! お前たちはこれから別の訓練を受けることになる。命をかけた任務があると心しておけ」
二十人ほどの兵たちにレメディオスは淡々と告げた。これからお前たちは死にに行くのだ。それを適当な注意事項であるかのように。
訓練は単純で過酷だった。ただ前に向かって走り、自分から斬りかかる。それだけだ。
基本的な型はレメディオスが教えてあり。どれでもいい。しかし、ただの一般兵がレメディオスに突撃すれば、どんな結果になるかは言うまでもないだろう。
訓練にセシルが加わってからはさらに異常な訓練となった。怪我をしようが、どうなろうが、魔法で即座に元通りになってしまう。痛みや高揚感に酔うことすら許されず、兵士たちはひたすら走って、叩きのめされた。
標的がセシルに代わってからは、斬りかかることすら困難になった。圧倒的な気配に兵士たちは、死そのものを見たのだ。彼らが後ずさりしなくなった時、訓練は終わりを迎えた。
盗賊団に名はない。職にあぶれた傭兵団とならず者たちの寄せ集めだからだ。彼らは近々、王国に移る計画を立てていた。エ・ペスペルも多少緩いとはいえ、魔導国だ。昔取った杵柄で、アンデッドの怖さを彼らはよく知っていた。
だが、長らく戦争から離れていた彼らは人間の怖さを忘れていた。
「よし、かかれ!」
盗賊団が根城にしていたのは、岩場だ。洞窟などあればよかったのだが、早々都合よくはいかなかったらしい。
それでも百人ほどの集団だ。その数で圧して彼らはどうにか食っていた。
そこに二十人ほどの部隊が斬りこんでいく。五倍の人数差相手に攻めるなど正気ではない。だが、エ・ペスペルの攻撃部隊は顔色一つ変えずに進んでいく。
この程度の圧力か。彼らの感想はその程度のものだった。
「一人も生かして返すな! 泣く者が出るぞ!」
レメディオスの指揮ぶりは堂に入ったものだった。これこそレメディオスが聖騎士団団長だったゆえん。部下を駆り立てる能力だった。
本人は馬で大きく迂回し、単身で敵の退路を塞いでいる。指揮官にそこまでされれば、攻撃隊の名が廃る。
時代遅れの集団はこの日、一人残らず死んだ。攻撃隊の被害はなかった。
「ちょっとやりすぎたかな。まぁそこはともかく、枷がないレメは優秀な指揮官だったな」
「まぁ、そうでなければ聖騎士団団長になれるわけもないですよ。姉様は人質とか取られると途端に駄目になりますが、平時は部下思いで戦時は鬼です」
そうか? とセシルは思う。前守備兵団団長をぼこぼこにしていた気がするが、平時から圧が強い気がしてならない。
平時と変わらずに他者を切り殺せるセシルの方が異常なことに気付かないまま。
「やはり、この地だけでやっていける仕組みが大事だからな。指揮官もいずれレメから交代できる人材を探さなければならない」
「本国の思惑からは外れますけどね。あちらは魔導国に、どっぷりと依存させるように誘導するみたいですし。将来的な反抗の芽を育てないようにするには、それで良いんでしょう。やはりエ・ランテルの指導者は優秀ですね。アルベド様でしたか」
アインズにそんな高度なことはできないだろうな。そう知っている自分だけ苦笑していると、レメディオスが領主館に入ってきた。
「そろそろ茶の時間だろう? 今日の菓子はカル様手製だといいな!」
殺戮の指導者はそう言って、平和を満喫するのだ。
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なんか気が付いたら最終話みたいな話を書いていて、一旦全部書き直しました。という遅くなった言い訳