“金鎖”の面々の中では比較的遅くに起きるカルカは、今日は早めに目を覚ました。今日の寝床には同居人はいない。それを多少不満に思ったが、自分たちの関係はそういうものだったので、仕方ないと思い直す。
早く目が覚めたのは単純に暑かったからだ。時期的には暑くもなければ、寒くもない季節だったが、夏に向かって傾きつつあるのか。
「そう。もうこんな時期になるのですね……」
窓を開けて、新鮮な空気を味わう。今、自分たちが統治している街を見れば、作りかけの飾りが目に付く。収穫の季節になったのだ。
故郷では立場から、人々と同じ目線に立つことは許されなかったが、今年は違うだろう。少しだけ楽しみを覚えつつ平服に着替える。
領主館の裏庭に足を運べば、目当ての人物がいた。あまり目立つ容姿はしていないが、それは彼の能力を感じ取れない者の感想に過ぎない。
「おや、今日は早いな。カル」
「ええ目が覚めてしまって。セシルさんはこれから鍛錬ですよね。見ていてもよろしいでしょうか」
「あまり楽しいものじゃないけどなぁ」
そう言って思い人は刃引きされた剣を構えた。それを格好いいと思うのはひいき目だろうか?
内陸部にあるエ・ペスペルにとって、最も忙しい季節になっていた。
「まぁめでたいことは確かですけれどね。私たちにとってはそうでもないといいますか……多くの採取が開始になる時期でもあり、税金で恨まれる季節でもあります。というわけで」
ケラルトは仕事用に髪を後ろで束ねて、動きやすいズボン姿だ。体のラインに沿ってピッタリとあったソレは神官である彼女の節制の賜物だろう。
季節の始まりを告げるように執務室で、語るのは教授のソレだ。実際、役人としての能力は彼女がこの場で最も高い。
セシルは真面目さで補っているものの、能力はさほど高くない。邪魔にならないようミスを防ぐスタイルで仕事をする。そんな彼はケラルトの言葉を受け取って、噛み砕いていた。
「各地の代官の締め付けをまたするか? 農民に負担を押し付けるのは良くないから、鞭打っても仕方ないよな」
「確かに不正は問題ですが、今回の議題は収穫による収入ですね。元・王国であるここでは収穫した小麦を売りさばく時期であり、次の種をまく季節です。さて、ここで問題です。実はこれが結構面倒なことになっています。その理由は?」
「私に聞くなよ! 絶対だぞ!」
「姉様、なんのために会議に参加しているんですか……」
「無論、カル様の護衛だ」
姉であるレメディオスの発言を聞いて、ケラルトが眉間を少し揉んだ。後ろでは文官であるソーントンたちが粛々と書類を処理していて申し訳ない気分になったのであろう。
「魔導国の中でも本国のエ・ランテルで取れた小麦の量ですか?」
金髪の女騎士レイナースがそう答える。かつては呪われた顔半分を髪で隠していたが、今では大きく後ろに流していた。
同じ武官でもレイナースは貴族的な経歴があるので、レメディオスと違って考えることは苦にならない。そして出身国から、言い出しづらい話題をあげやすい。
「一番大きいのはそこですね。エ・ランテルではアンデッドを使って農作業をさせています。倫理的な問題を無視すれば大変効率的で、実際に成果に表れています。聖王国に対して救援物資として送る余裕があるほどに……」
聖王国に話が及ぶとカルカたちの顔に暗い影が落ちた。かつての故郷が魔導国に救われている様は、無力感を感じさせた。事情を知る者たちからすれば、さらに滑稽だっただろう。
事件の詳細を聞いて薄々、行われたであろう策を予想しているセシルにとっても、ただひたすらにいたたまれない。
当面の間、王国への玄関口として扱われるエ・ペスペルは、アンデッドを産業にほとんど関わらせていない。忌避感もそうだが、単純に大きな失業問題につながる。
「こちらも豊作ではあったから、領内の分は自給できた。余った分をどうするか、だな。値段はあちらが圧倒的に安い。人件費がかかっていないから当然だ。王国のアンデッド忌避層には売れるだろうが……エールに回すのも限界があるか?」
「名物的な物を作るのも悪くはありませんが……それでも余った分は、エ・ランテルと同額で放出するしかないでしょうね」
いっそのこと豊作でなかった方がマシではないかと思えてきた一同は、休憩を挟むことにした。ただし、セシルは書類を見て判を押しながらだ。仕事に時間がかかるので仕方ない。
カルカとケラルトが侍女たちと共に準備し、執務室は一旦和やかな雰囲気に包まれた。文官たちも休憩になって茶をともにする。身分差に対して緩いにもほどがある、ここだけの光景だ。
「お前たちはあんな、ややこしいことを良くもまぁ考え続けられるな。頭が痛くなってくる」
「それが仕事ですからね。レメ様とて守備兵団を指揮しているでしょう?」
レメディオスとソーントンとは珍しい組み合わせだ。文官と武官の代表格みたいな存在だが、相性は良いとは思えない。
セシルもレメディオスが他の男と仲が良かったら気分は良くないだろう。
「守備兵団で頭を使うことなぞ、巡回の組み合わせとか班の構成だのだからな。人間の相性を見て決めれば済むことだ」
「いえ、それは何より難しいのでは……」
「そうか? 訓練の様子とか見てれば難しいとは思わんぞ」
意外や意外。レメディオスは直感的な頭の使い方は悪くないらしい。元々彼女は聖騎士団団長だ。小集団を指揮することに長けているのだろう。
その点で言うとセシルはあまり大人数を指揮することはできない。領主業も大らかさと、任せられる人に任せているに過ぎない。
「そのレメから見て、余った小麦の使いみちは何かないか?」
「さぁ。今度の収穫祭で思いっきり消費すれば良いんじゃないか? エールにして遠くへ運ぶとか、後は……牛馬にでも食わせたらどうだ?」
これまた意外に意見がちゃんと出てきた。
ただし、侯爵級の領地で余った小麦を収穫祭で使い切ることはできない。ついでにエールは一年近くで駄目になる。ただ……馬に食わせるというのは一見、阿呆のような考えだが……
「最後は悪くないですね。本格的に牧畜へ手を出してみますか?」
「小麦が勿体なくありませんか。それにたまたま今年は豊作だったというだけですわ」
馬に食わせるのではなく、鶏や牛に豚。そういった家畜に食わせる。圧縮する手間がかかるが、高級志向の豚や鶏の飼い方だ。普通は野生の麦や大麦を食わせる。
「まさかのブランド家畜……」
セシルはかつての世界を思い出していた。あのような環境ではオーガニックな食品など上流階級の食い物だった。いや、それを言えばこの世界の食い物全てがそうか。自分は今、奇妙な状況にあると数百年越しに思った。
「でも言われてみれば、余ったものですから。はい、セシルさんお茶です」
「ああ、ありがとう。カル」
確かにこの世界では大規模牧場などない。村々で豚飼いや牛飼いが散発的に育てている状況だ。小麦は確かに勿体ないが、来年からは家畜専用の畑を作ればいい。幸いにして移民が増え続けていることもある。
「初年度は赤字と考えて良いが……確かに名物にはなるか。まさかレメの案が要検討になるとは……」
「おい、聞いて来たのはお前だぞ」
「まぁ、小麦の保存期間を過ぎるまでに資料が揃わなかったら駄目ですが。良い意見というのはどこから来るかわかりませんね。まさか姉様が……」
「妹にまで言われると、終いには泣くぞ」
「まぁまぁ。レメはできる子ですから。次は小麦の収穫祭について話し合いましょう」
まさかこれが大成功するとは、この時は誰も考えていなかったのである。
感想・評価励みになります