何とも言えない関係性というのはあるものだ。それは大抵、過去に何かあっての上である。
白磁を思わせる指がカップを取り、静かに口元まで持っていき、唇を湿らせた。眼前の人物はそれにちょっと驚いた顔をした。
「あら、美味しいでありんすね。香りも悪くない。貴方が淹れなんしたか?」
「はい。ここで用意できるの精一杯のものです。魔導国の幹部たる方には物足りないと思いますが……」
カルカがへりくだっているようで、実はかなり自信のある態度で答えた。
シャルティア・ブラッドフォールン。今回の来客であり、仕事の話を詰めていかねばならない相手だ。セシルとしては実に面倒くさい相手だった。
銀髪を片方にまとめ、深紅の瞳をもつ美貌の少女……といった風であるが、ナザリック内における立ち位置は戦士。「総合力最強」を目指して創造されたNPCである。
シャルティアとセシルには因縁がある。アインズと距離が近すぎることから、シャルティアたち階層守護者は彼女とセシルを戦わせたのだ。その際、セシル優勢で終わったので、そこも気まずい。
「シャルティア様。今回の来訪、心から歓迎いたします」
「あら、貴方、そういう態度も取れるでありんすね。でも不要。過去の勝負はわたしの負け。おまけに貴方はアインズ様が友人と認めている。表向けの地位とナザリックの立場で相殺してとんとん、ということで」
意外な反応だった。セシルのシャルティアに対する印象は、猪武者のそれに近い。だが、彼女は何かあって成長を果たしている。それが人間関係にも表れているのだ。もっともシャルティアは人間ではない。吸血鬼だ。
表向きの立場では階層守護者であるシャルティアがかなり上だが、それだけ裏向きの地位というのは大きいのだった。
「あーじゃあ、多少砕けさせてもらいますよ。今回の用件はエ・ランテル側との行き来について、ですね」
「もっと言えば、支配下にあるフロスト・ドラゴンの空輸も計画してるでありんす。数は少ないけれど、それが無事に就航できたのなら、バハルス帝国との往復も叶うでありんす」
階層守護者というが、現在では本来の階層に詰めていることは少ない。シャルティアはドラゴンにおける空輸と、これからの陸送便の構築担当者である。
それが自分で来たとなると、セシルの裏側における地位もそれなりに高くなったのだろう。原因としては最近、コキュートス相手に勝利したのが大きいか。
応接間からカルカも下がっていって、いよいよセシルはこの難物と二人きりになってしまった。なるようになれ、と思うしかない。
「貴方は旧来のやり方にこだわりがあるようでありんすね」
「こちらに陛下はいませんからね。急に変えると路頭に迷う人間が多すぎる」
話はこちらの輸送手段に問題がある、と告げてきていた。現在エ・ペスペルは昔通りに荷馬車に護衛をつける形で運行している。それより効率的な手段が魔導国にはあるのはセシルも承知している。
だが、輸送一つに関わる職業のなんと多いことか。厩があればそこには博労がいて、御者がいればそこには小者がついてくる。護衛たちが街に落とす金だってある。さらにさらにと一事が万事。
長く続いた街の営みは大小の差はあれど、繋がっていない部分を探す方が簡単なぐらいだ。
アインズは考え無しではあるが、あそこまで都市の様相を一変させてしまうのは彼ならではだろう。アンデッドの肉体に引っ張られているのか、落伍者がでようと気にしない。それは確かに王の素質ではあるだろう。
「まぁ決定権がそちらにあるのも理解している。エ・ランテルとエ・ペスペル間の騎乗動物を変更するつもりであると、何に代える気ですかね?」
「
確かにその通りであるが、つまり博労は要らず、干し草は売れなくなり、御者の勤務形態が変わることを意味している。軽く言ってくれるとセシルは思うが、本国からの要請となれば否とはいえない。中間管理職の悲哀であった。
せめてセシルが事前にスレイプニールを用意できていれば、少しは違ったかもしれないが、そんな予算は無い。
「了解した。ただすぐに、とはいかない。アンデッドに御者と護衛が慣れるまで時間が欲しい」
「それぐらいは譲歩しなんしょう。一応言っておくでありんすが、本来はレンタル料のかかる
確かに経費は浮くが、その分は失業した者たちへの支援に充てる必要があるだろう。魔導国がエ・ペスペルを本格的に一体化させる第一歩だ。
もとは一領地であるエ・ペスペルが単独で成立するわけはない。物流から攻めてくるとはアルベドの指示か、あるいはあのデミウルゴスとかいう悪魔の一手か。
セシルは今から胃が痛くなってきた。せめて王国側への北街道は、通常の馬で運行させることを維持せねば。
「ドラゴンが発着できる場所の整備も加速させる。とりあえずはこんなところで良いだろう」
「とりあえずは、ということを忘れなければ、それでいいでありんしょう」
この流れは加速するということか。
守備兵はデス・シリーズのおまけとなり、文官も
だが、それでも一定数は人間種で埋めたいと考えるのは、セシルの種族ゆえか。
「さて、それではそろそろわたしは行きなんす。お見送りは結構」
「なんだ、前回の続きはしないのか?」
意趣返しにセシルは腰の直刀を鳴らしてみせた。初めてシャルティアの顔が引きつった。本当は雪辱を晴らしたいだろう? だが、ここで争いごとを起こしては折角戻り始めた自分の評価がまた下がることになる。
「コキュートスを倒した手腕。貴方をもう侮りはしない。次に刃を交えるときは……」
セシルが離反するか、シャルティアが絶対に勝てると考えた時。セシルは残念そうな顔をしてみせた。それで更にシャルティアの頬が歪む。もとが美形であるために余計に目立った。
「まぁ、陛下に許可を貰ってからだな」
「ええ……で・は! 今度こそ帰りなんす!」
シャルティアは今度こそ応接室から去っていった。ちょっと煽り過ぎたともセシルは感じたが、なんとなくシャルティアとの再戦は避けられない気もしている。
「もう出てきていいよ」
「我々が控えている意味はあったんでしょうか……」
「アンデッドが訓練兵になにをするか、分からんではないか!」
隣の部屋からレイナースとレメディオスが顔を出す。万が一の護衛という体だが、正直相手が相手なので意味はない。そうセシルも説得したのだが、効果はなかった。
レメディオスも戦闘では馬鹿ではない。勝てない相手ということは肌で感じていただろう。
「あれが我らが陛下の護りだ。突破できないな。まぁ俺の寿命も長い。気長に待つとしよう……現時点ではアインズと事を構える気にもならないしな」
この会談のためにセシルはシャドウデーモンを意味のない場所へ、張り付かせている。絶対の忠誠があるわけではないということは勘づかれない。アインズもそれぐらいは承知だが、部下がどうでるかは制御できないところがある。
「私は姉様と違って、寒気がしましたけどね。私が感じ取れた、ということはアンデッドでありながら信仰系の戦士なのですね」
「ああ。俺と完全に同タイプ。スキルの都合上、あっちの方が優れているか」
だがセシルには今、武技がある。前回のように逆上させなくとも対抗可能だろう。
カルカが茶の片付けにメイドたちとともに入ってきた。
「ですが、私のお茶は褒めてくれましたね」
「ああ、真っ向から勝ったのはカルだけだな。今度、少し贅沢して茶葉を取り寄せてみようか……」
ドラゴン便が動き出せば、それも可能になるだろう。帝国との行き来で変わった交流も増える。
とりあえずしばらくは忙しい。人事を頭でこねくり回しつつ、セシルも“金鎖”とともに仕事場へ戻った。
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セシル君反抗期