呼気とともに自身の腕の長さと、刀の射程を正確に把握する。相手がそこに入ってきた瞬間、そこに全てを賭ける。後の先を無理やり先の先へと変えてのける。
すなわちそれは、結界にも等しい。踏み込んできたことを体で把握し……それめがけて刀の一撃を加える。その一閃は不可避の速度。
「〈秘剣・劣化虎落笛〉……!」
「なんというか……名前がどうしようもないな」
セシルの〈領域〉に踏み込んだ大熊が頭部を失って、血の噴水と化す。放った一撃は〈瞬閃〉だ。相手が熊なのは力量差も分からずに突っ込んできてくれる相手が欲しかったからである。
ブレイン・アングラウスが編み出した本来の〈秘剣・虎落笛〉は〈領域〉と〈神閃〉の複合武技だが、セシルの複合は〈領域〉と〈瞬閃〉だ。
武技はMPにも似た不思議なカウントを消費して放たれる。集中力と呼ばれているソレには限界があるのだ。ところがブレインは
セシルは青い髪の男に向き直った。前回のシャルティアとの会合から、セシルは王国へと行く機会を増やした。人脈作りと、亜人への偏見を小さくするのが表向きの目的だ。
実際にはこうしてブレイン・アングラウスから武技を習っている。目指すべき仮想敵……ナザリック階層守護者たちを相手に勝率を上げたいという秘すべき努力だ。
ブレインは呆れたように苦笑いして、戦闘力が上の弟子に対して評価を下す。
「まさか、三日で〈領域〉を習得されるとは思いもしなかった。規格外にも程があるって感じだな。そのまま〈領域〉の射程を伸ばして、相手の存在を感じ取れるようになれば〈神域〉となる。だが、お前ならさらに先を目指せるかもしれん」
「そうは言うが、俺は“集中力”で劣る。そこまでいけば、〈神域〉一つでいっぱいいっぱいになるだろう」
「武技を習得しだして、まだ一年目だろう? お前の限界なんてどこにあるのか、俺にも分からん。まぁやはり、鍛錬を続けて、自身に合う武技を身につけた方がいいさ」
結論は地味なものだ。そもそもブレインが〈秘剣・虎落笛〉を授けたのは、複合武技という可能性を示唆するため。ガゼフ・ストロノーフのように一つの武技を強力にするも良し、ブレインのように組み合わせても良し。
今、ブレインは単に強者としてのセシルを見るのではなく、真の戦士としての萌芽を見守っている。セシルが新たな武技を思いつけば、自分がそれを教えてもらうかもしれない。
「さて、さっさと帰ろうぜ。血抜きも済んだし、この熊を売った金で酒でも飲もうや」
「早く帰るのは同意だが、昼酒はなぁ。カルも待たせているし」
「おいおい。お姫様に会う前に身なりを気にしろよ。俺たち三日も山にこもってたんだぞ。他人からしたら獣と変わらん」
「そうか……ブレインは細かいことに気が回るな。俺はずっと森で暮らしていたからな」
「俺も山やら森にこもって修行、なんてことはしょっちゅうだが、ある程度したら拠点に戻るからな」
セシルは着ている平服の臭いを嗅いでみるが、いまいち分からない様子。だったのだが、街に入って周囲が避けていくのを見てようやく理解した。生活魔法の〈
もっとも今のところ彼は、危険を冒してでも習得したい有用な魔法を見ていないが……
ブレインとセシルはやがて、それなりの大きさの宿屋にたどり着き、風呂に入ることにした。
「銭湯……風呂屋?」
「違う。宿屋が主体だが、こういう店もあるんだ。荷物を盗られないという格式があってこそだから、汚れやすい貧乏人が入れないって本末転倒だがな」
セシルは服こそ預けたもののシチセイは念のため、インベントリに入れた。ちなみに熊も入っている。
「こういうのも良いな。気持ちが切り替わる気がする」
「だろう? それこそ
費用がかかるので富裕層しか利用できないサービスであることは間違いなかった。
かつての世界でも天然の温泉など、余程の上流階級のたしなみであったため、この機会にセシルはたっぷりと楽しんだ。
そして、風呂からあがったらエールである。流石は値が張る宿屋だけあって、異常に高値だが冷えたエールというものが頼めた。
元の世界でも楽しめない組み合わせに、野宿主義者のセシルも降参してしまった。
「……今も魔導国の監視は付いてるのか?」
「付いてるというか俺の影に潜んでいる。名目上も命令も俺に従うことだが、まぁ鵜呑みにするほど俺も楽観主義者じゃないな」
「じゃあ、魔導国の近況とか聞くのも無しか」
「別に構わんよ。そもそも俺自身、遠大な計画やら策が開示されていないからな。話そうにも話せん」
それからセシルは最近のエ・ペスペルの状況を話した。守備兵団の主力がアンデッドに切り替わったことや、物流のことまで。そもそも魔導国はその点を隠そうとはしていない。
むしろ、魔導国に魅力を感じて欲しいと思っている節がある。多少無理がある気がしないではないのだが、肝心要のアインズがその調子なのだ。
「そうか……武力じゃもうどうしようもないな。あとはスレイン法国がどう出るか、それだけだ」
「あそこについては俺にも情報が入ってこないな。俺は人間らしく、領民がいざという時に動ける態勢を作っておくだけだよ」
評議国も気になるが、敵対といえる態度なのは法国だけだ。かの国が落ちればめでたく魔導国はこの一帯の覇者になり、大陸中央に向かうだろう。
セシルもまさか、アインズがギルドメンバーを探していることなどは知りもしない。ただ、魔導国がある種の家族で支配する構図が、どの程度まで広まるのか興味はあった。まるでナポレオンのようだ。
「さて、じゃあ今回の修行はここまでだな」
「ああ。毎度すまないな。ここらへんで武技に精通している知り合いはブレインしかいなくてな……」
「王都までくればヴェスチャーの爺さんとかいるんだけどな」
「今度はクライム君の〈脳力解放〉が気になるな。俺がなんか編み出したら、交換で教えてくれ」
「ああ、伝えておく」
ブレインは名残惜しさなど感じさせずに、宿屋を出たらすぐに別れた。
気を遣われたかな、とセシルは思う。表向きの目的も果たさなければならないし、なによりカルカが待っている。“金鎖”のメンバー中自由に動けるのはカルカだけだ。
頻繁の同行にひと悶着あったこともセシルは知らない。
滞在している方の宿屋に向かいながらセシルは、改めて決意を固める。魔導国内での力関係で上位に行くため、階層守護者全員を一対一なら確殺できる実力を身につけることを。
そうなれば発言力は格段に上がる。家族と見なしたNPCたちをアインズは決して危険にさらさない。
宿に入ると食堂で物憂げな顔を見せているカルカがいた。入ってきたのがセシルと分かると顔が華やいだ。
「あっ、セシルさん!」
「ただいま。って領主館じゃないけどな。今日は出かけるか?」
「いえ、ここでゆっくりと過ごしたいです」
「じゃあ、このまま過ごすか。文明的な食事を期待したい。茶は……カルが淹れてくれたものの方が良いだろうな」
食事を注文する。豪勢な肉料理が運ばれてきたのを見て、熊がそのままだったことを思い出すセシルだった。
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続反抗期