リ・エスティーゼ王国の国王、ランポッサⅢ世は痛む膝を引きずり、椅子に腰かけてようやくため息をついた。先ほどまで会議が行われていたのだ。
王国が魔導国と同盟という名の実質的な従属関係を築いて、もう随分とたつ。大虐殺に加えて、貴族派閥連合軍と魔導国の援軍による戦闘を経て、貴族派閥は致命傷を受けた。
だからといって、王派閥が楽になったかというと、そうでもない。自身も王に推薦されていたぺスペア侯は、王派閥だったが、大虐殺で行方不明になったままだ。
ブルムラシュー侯も同様に。
その時、ノックの音がしてランポッサは顔をあげた。誰が来たかはすぐわかった。
「入ってよいぞ」
「会議の後に失礼いたします。父上」
ザナック王子だった。風采があがらぬ息子なれど、地道に成長している後継者がいることは救いだった。
「今日はレエブン侯はどうした? 一緒ではないのか」
「彼なりに忙しいのですよ。具体的に言うと、若い貴族たちとの人脈作りです。魔導国とのいざこざ以来、貴族派閥は歯抜けになった。ですが、後継者は当然いる。そして彼らは魔導国の力を見ていない……根回しと説得で依然と同じ立ち回りができるかどうか」
「歯抜けになったのはこちらもだ。しかし、抜けた歯が揃って重要な歯ばかりなのは偶然なのだろうか……」
貴族派閥では、徴兵制の王国において真っ当な軍勢を持っていたボウロロープ侯。
若いながら派閥を超えて後押しを受けていたぺスペア侯。
王派閥では最も裕福だったブルムラシュー侯。
皆が大虐殺前後で行方不明になっている。
「魔導国の関与を考えても仕方ありません。今、この瞬間も彼らの耳はここの音も拾っているでしょうからね」
「戦争だけでなく、情報でも負けている。それは確かだ。だがぺスペア侯は……」
ぺスペア侯はエ・ペスペルを治めていた人物だ。まだ若かったため死後、子どもが直接政治に乗り出せなかった。その結果として、魔導国への生贄として領土割譲できた点もあるが……代官が余程無能だったのか、魔導国の支配下で急速に発展している。
まるで最初から目をつけていたかのように。
「そなたはエ・ペスペルの現領主と親しくしておったな」
「セシル殿ですか? 本人に言わせると代理ですが、民の心を掴んでいますね。親しくできているかは……分かりません。とらえどころのない性格をしていますから」
「そのエ・ペスペルもついにアンデッドを導入し始めたと聞く。周囲の領主は次は自分たちの土地が割譲されるかと、不安で夜も眠れぬとか」
「その程度の土地など魔導国には不必要でしょうがね。要らぬ連中が騒ぎを起こして、あの様です」
先日、魔導国に干渉しようとした貴族は一掃された。当のセシルを利用して、神輿に利用しようとしたのだ。処刑に最後まで反対していたのが父であるランポッサであり、強行したのがザナック王子だった。
「私はもう……老いた。権勢もなくなり、懐刀もない。魔導国の属国化を防ぐことはできまい」
「父上……」
ランポッサは王としては優しすぎた。貴族たちを処罰できずに、台頭を許していた。たとえ魔導国がなくとも帝国との戦で疲弊し、破綻していたかもしれない。
今必要なのは対外的には下に出つつも、譲れぬ線を守る者。そして内部を引き締めることができる者だ。
「ザナックよ。徐々に実権をお前に移す。もっと早く取り掛かるべきであったな。身軽に動けるうちに、やれることはやっておくが良い。良い国をお前たちに残してやりたかったが、それも叶わぬ夢となった」
「そうでもないでしょう。少なくとも妹には自由をくれてやるつもりです」
「そうか。そんな約束もあったな……この混沌の最中でこそ叶うものも、あるか」
新興派閥、貴族派閥の代替わり、王派閥が強く出れるときは今しかない。それらはいずれザナックが直面する問題でもあるが……
この時代にゆっくりと後を継がせることの幸福をランポッサは思った。
それを受けて、エ・ペスペルの領主館に一人の来客があった。日に焼けた肌、しわがれた声が特徴の少年と青年の間にある人物。つまりはクライムであった。
「すまないな、待たせて。アンデッドを導入する際のゴタゴタであまり余裕がなくてなぁ……今日はどういう用件があるのかな? 武術に関してならいい気分転換になるんだが」
「すいません。実は……貴族になってしまったんです!」
「ふぅむ? また長い話になりそうだ」
そこからセシルは事情を聞かされた。要はブレインが国王との間の軽口めいたやりとりをしていたのだが、それが実現してしまったのだという。
最終目的はラナー王女との結婚。今から長い時間をかけて這い上がっていかなければならない。
「結構な話じゃないか。嫌いじゃないんだろう? いや、今は貴族なんだから敬語を使うべきか? 魔導国には爵位がないから、こういう時は困るな」
「いえ、お気になさらないでください。セシルさんほどの方に気を遣われては、困ります」
「しかし、準男爵……騎士爵はないんだったか……で、ラナー王女と結婚できるものなのか? こういう時は、俺よりカルかレメの方が良いだろう。レメは駄目だ」
しかし、ザナック王子も粋なはからいをするとセシルは思った。聞けばわざわざ没落した貴族家の系図に無理やりクライムをぶち込んだという。
ただ、セシルはラナー王女に対してあまりいい感情を持っていないので、微妙な気分に陥ってもいた。
「お呼びでしょーか」
「失礼します、お茶を運んできました」
「恐縮です!」
ケラルトとカルカが応接間に入ってきた。どうもカルカは茶を淹れるのが趣味になってきている気がする。
それはともかくとして、これまでの経緯を二人に質問するとカルカは顔を輝かせ、ケラルトは難しそうな表情になる。
「素晴らしい、愛のお話ですね! ですが、私はここではただの領主補佐、準男爵ともあろう方があまり下手に出てはいけませんよ?」
「一応、言っておくがカルが貴族出なのは内密に頼む」
ラナー王女には正体がバレていたし、今更な話ではあるがセシルは一応口止めをした。まぁ本来は貴族出どころではなく王族なのだが。
「しかし……王女と結婚となると最低でも伯爵が常識ですね。準男爵から伯爵となると、そう簡単な話じゃないですから……表向きは別の人物と結婚して、実際は、というところでしょう」
「ザナック王子が通してくれたのなら、なにか方法を既に思いついているだろうな」
「はぁ、しかし、その、自分のような者がラナー様と結婚などと、貴族というだけでも現実味がないのです……」
その言葉を受けて、カルカがくわっと真剣な顔になり、身を乗り出した。凄まじい気迫で言い聞かせるように言う。
「クライム様がそのような弱気でどうするのですか! 良いですか! 絶対に、最低でも! 二十歳までには結婚するのです!」
「ハードルが凄い高くなったな……」
あと数年で伯爵まで駆け上がるのか……別に正式な結婚でなければ抜け道はいくらかありそうだが、カルカにとっては正式な夫婦というのが大きいらしい。セシルもこの話題は結構、耳が痛い。
「まぁ出世と結婚に関してはザナック王子と話す機会がもてるように、俺からも一筆書いておく。クライム君なら俺が後ろについてるとか適当に言っていい。だが、マナーとかを学ぶのは結構難しいぞ。俺もカルから習っているが未だに操り人形めいている。その辺も頼んでおこう」
「ありがとうございます!」
「折角預かっている権力だ。私情にも使わないとな」
「なんだか、もう一波乱ありそうな気がしますけどねぇ」
ケラルトが嫌なことを呟く。政争に明け暮れていた彼女には見える何かがあるのだろう。ただ、王族絡みなので意外とアドバイスなどはしなかった。
その後は、不安のはけ口になればいいと、セシルは聞き手に回った。いずれ、武技を教えてもらう約束をしてクライムと別れることとなった。
「それにしても結婚か……神様は認めてくれるものかね?」
ある意味、クライム以上に複雑なわが身をセシルは省みた。
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マジで