エ・ペスペルの領主館。その執務室では全員が目の下に隈を作っていた。連日徹夜で作業していたせいである。議題はもちろんアンデッドの扱いについて。
特に何体作られていたか分からない、
「領主代理は発想が凄いですね」
「そうか? 全部、古代知識と旅で見たものの転用だ。発案者ではあるが、発明家ではないよ」
「ですけれど、普通はあの威容を見て、管理しようという発想は出てきません。戦士としてアレらの上からモノを見れるセシルさんならではですね」
「まぁ実行してからだな。まずは第一歩とするべく、思わぬ仕事が民にいきわたったのを良しとしよう」
久しぶりに三時間ほど眠った翌日、セシルたちは住民に対して依頼を張り出した。それはこの世界ではあまり見ない類だった。
領主館の前の通りに出された高札に大きく文字が書かれている。
「なんて書いてあるんだ?」
「仕事の依頼だ。こうしちゃいられねぇ、家に戻らねぇと」
「なんだよ、教えてくれてもいいじゃねぇか。なぁアンタなんて書いてあるんだ」
「ああ。臨時収入としちゃ良い依頼だな。カミさん次第だが」
「だからなんて」
「布に数字を刺繍すれば一セットにつき銅貨五枚だってよ! お袋にも頼まねぇと!」
ここ、エ・ペスペルは元々王国領だ。女性の社会進出には少し出遅れているといっていい。それが現金収入を得られる仕事になるのだ。それも銅貨五枚、安宿なら一泊できる金額だ。
高札は徐々に増えていき、糸と布も支給品だと知られると侍女が受付している領主館前は大混雑になった。最終的にはメイドたちも駆り出された。
「銅貨三枚でもよかったですね」
「まぁ、あんまり金が回らないのもな。仕事にあぶれる者まで出てきそうな勢いだ。まだまだ俺も見通しが甘いな」
セシルはケラルトに苦笑して見せた。
「普通はアンデッドの戸籍、なんて作ろうとは思いませんよ」
「番号だけだから、物品リストに近いがな」
エ・ランテルから送られてきた
重要なのはこの番号がどちらかというと、民衆のためにあるということだ。
「名前がないということは恐ろしいものですからね。それに名を与えると恐怖は少し薄れる。領主館がきちんと管理しているという証明にもなりますし」
「度胸がある奴が出てきたら、更に有用な数字に変わる。そっちが本命だがな……それにしても刺繍ができる人数って多いんだな。甘く見てた」
「まぁ花嫁修業としては定番ですから」
「ほう、ケラの腕前は?」
「……普通より少し下ぐらいです」
セシルはそれ以上、追及するのをやめた。蛇が出てくると分かっている藪をつつくわけにもいかなかった。
数日後、セシルたちは
だが、二人でも勇気を持った者が現れたのは、喜ばしいことで、セシルは彼らを雇った。それはこれから始まる事業に必要な人材だったからだ。
街がアンデッドたちに対して静かな脅えをたたえている最中、セシルは布告を出した。それは仰々しい文章だったが要はこう書かれていた。『アンデッドはインフラにしか使いません』。
住民はただアンデッドの武力にばかり、脅えていたわけではない。自分の仕事を奪う相手としても見られていた。
馬が
しかし、領主代理はそれを否定した。
仕事は奪わない。むしろ増やしさえするのだ、と宣言してのけた。
「カル。石工たちに会いに行く。準備を頼む」
「はい。そうなると戦士風の装いの方がいいですね。気性の荒い方たちですから」
平服でも組み合わせ次第でそこまで変わるのかと、セシルは疑問に思ったが口には出さなかった。そして当然のようについてくるカルカは、少し硬めのドレス姿だった。
こういった場合の作法は分からない……そう思いながら、セシルは石工の親方たちに会った。
こういった力自慢の職につく人間は、反骨心がつきものだが、街の拡大で度々その身体能力を披露していたセシルには、あまり強く出れない。
それでも彼らは親方。徒弟たちのためにも全て頷くわけにはいかなかった。
「石工たちに大きな仕事を依頼したい。大量の石材が必要だ」
「それは構わねぇですが……何に使われるんで?」
「エ・ペスペルの街、全ての道を舗装する。一応、見本を持ってきたが、こんな感じの石だ」
セシルは長方形の石材を台の上に出した。それは大した大きさではなく、大雑把な仕事ではなく、細かな仕事であることがうかがえた。確かにこれは自分たちにしかできない。
「途方もねぇ話です。何年かかるか……」
「いや、試算では遥かに短くて済む。敷設して踏み固める作業はアンデッドにやらせるからだ」
「へっ!?」
「皆、これまでアンデッドに仕事を奪われないかと脅えていたと思う。だが、逆にする。料金は通常どおりだが、親方たち現場の人間がアンデッドに指示を出す。測量も設計も全て人がやり、アンデッドはあくまで単純作業だけだ」
あの恐ろしい死者たちが自分たちの下につく。そんなことが可能なのだろうか? だが……もし、仮に本当だとしたら腰も痛まないし怪我とは無縁に働ける。
「舗装道路の形状については口は出す。それとも……石工は自由に動けないアンデッドにそれほど脅えるか? このカルですら
「冗談じゃねぇ! 俺たちだって荒くれ者をこき使って来たんだ! そこまで言われたらあとにはひけねぇな!」
「なら商談成立だ。試験的に一画で早速試してみよう」
こうして作業が始まった。測量されてから完成した石材だけが積みあがっていく。本当にこれをあの悍ましい死者たちが奴隷のように敷き詰めて回るのか、疑問視されながら。
「とりあえずは作業してくれているな。あとは命令だけだが……」
「お人が悪いですね。だから作業にきた方を雇ったんでしょう?」
「まぁ最悪に備えてな。通訳みたいなものだ」
一区画分の石材ができあがって即、
親方たちは腕組みをしているが、わずかに指先が震えていた。そこを女のカルカが促す。
「さあ、親方さんたち。
「お、おう。お、お前ら! まずこの
徒弟たちが驚嘆しながら呟く。
「本当に親方の言うことを聞いてるよ……領主様、コレ! 俺たちが言うことも聞くんですか!?」
「代理な。そう設定してあるから次はお前たちがやってみるといい」
作業を終えた
「よ、ようし。お前ら、次はこの石材をここからここまで、みっちりと詰めてから踏み固めるんだ! 良いな!?」
目を赤く光らせた
圧倒的強者が自分の下についている。彼らはその気になれば、自分など一振りで引きちぎれる存在だというのに。
「日が傾いてきた。まぁ今日のところはこれで解散でいいだろう。あとは命令に少しずつ慣れていくだけだ」
領主の言うことに従って、夢でも見ていたかのように石工たちは散り散りになっていった。
翌日の朝……徒弟が親方の部屋に飛び込んできた。
「お、親方。大変です!」
「なんだ!? やっぱり駄目だったか?」
「いえ、逆です! 道ができあがっています!」
昨日の現場に急いで向かった石工の親方は呆然とした。
道が寸分の狂いもなく、舗装されている。
「一週間はかかる作業だぞ……」
この日から石材を削り出す音が、止まることはなくなった。
「親方ぁ! こっちに何体か寄越してくだせぇ!」
「よし! 十番と十四番はあっちに回れ! 九番はこっちだ!」
その頃、セシルは羊皮紙に描かれた設計図を見て、ひとりごちた。
「さて、道路が完成すれば、これの出番かな……」
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