道路は順調に拡大していっている。だが、エ・ペスペルの街は広い。元が六大貴族の領地だっただけある。
アンデッドを起用したことで、確かにこれまでの作業速度から桁違いに完成速度は早まったものの、一朝一夕とはいかない。
とはいえ、こちらはもう開始された事業であり、予算も組んである。ならば次の事業を開始する頃合いだ。エ・ペスペルは領主がほとんど金を使わないため、黒字になった分全てが事業費に充てられるのである。
「なぜ中央と両端を違う高さにするのかと、思っていましたが……馬車のためだったのですね」
「地味だが事故を防げるローマ式……というのも変か。排水作業を考えてでもあるが、まぁそのためだ。お、来たな」
人々はおっかなびっくりやってきて、中に腰かける。利用者は中流層といったところか。
「いくら慣れたとはいえ、そう簡単に利用されないと思っていましたが……予想以上に盛況ですねぇ」
「ああ、それは簡単だ。運賃が銅貨二枚だからな」
「二枚!? それはちょっと安すぎるのでは……」
「それも考えたのだが、この馬車には人件費がかからない。安宿の素泊まりが銅貨五枚と考えると、そのぐらいだろう。それにこの馬車は街の中間で一度止まるだけで、あとは最北で終点だ。南と北を往復するだけなのだからな」
公共交通機関の良いところは安いところだ。
これで北に住む住人が南に仕事を持つことも、その逆も可能になる。
あとは荷物の輸送便なのだが、これは難航している。かつての世界では伝票と生体情報による本人確認で動いていたが、どちらかだけでも疑似再現には相当な手間がかかる。
魔法を使えば容易い気もしてくるが、〈
まぁ現状ではエ・ランテルとの物資やり取りのみで済ます。
あまり快適にし過ぎると、人々の仕事を奪いかねない結果につながる。仕事も増やすと言った手前、変化は慎重にだ。
「セシルさん、あの馬車の料金受取とアンデッドに指示を出してる方……」
カルカが指さした先には見覚えのある二人がいる。もっとも以前より清潔にしているし、服も文官たちのような地味なダブレット姿だ。
「以前、番号を
出発の時刻になった。アンデッドたちがその剛力で馬車を引っ張っていく。道路は無事に機能しており、馬車は軽快に進んでいった。
舗装が途切れてしまえば、また大揺れになるだろう。ここが完全舗装の帝国であれば良かったのだが……帝国と王国はかつて同じ国だったという。一体どこで差ができたのか。
「さて、カルとケラ。二人とも来てもらったのにはわけがあってな。ちょっと工房のある区画まで来てくれるか?」
「それは夜中にこっそりと書いていた紙の件ですか」
「ケラ、お前の情報網は時々怖いよ」
「予算ではなく、私費を投じての作業となれば、気にもなります」
「セシルさん。ただでさえ忙しいのですから、夜更かしは控えなければなりませんよ? 領主代理が疲労困憊では皆が不安になります」
「カルは別の方向から攻めてくるし」
話しながら行く最中、レメディオスと出くわした。彼女の後ろには、顔に青あざができている兵士たちが続いていた。
「レメ、お前は仕事ではなく、折檻の帰りか?」
「違う! 訓練だ!
「加減しろ、というか計画を立ててやれ。通常業務に支障が出ても困るのだからな」
一応、目標が設定されているだけマシか。と思いつつセシルは
領主代理に畏れ多いとか言っていたが、確実に女性から治療を受けたがっていただけである。セシルは今後、レメディオスの訓練に文句をつけないことにした。
「それで、カル様たちは何をしに行くのですか? ここから先は鍛冶や工房の区画で、治安は悪くなくとも耳を汚すような場所ですが」
「ええ。セシルさんが隠れて作っていたモノを、見学に」
そう言うと途端に怪しく聞こえるなと思った途端に、レメディオスが厳しい目を向けてきた。
「貴様、わた……カル様というものがありながら……」
「なんでそっちに話がいくのか分からんが、俺が作っている試作品の意見を聞きたいだけだからな?」
「怪しくないというなら私も同行しよう。お前たちは通常の警らに戻れ」
「なんでそうなる……」
「ふふっ。でも懐かしい顔ぶれではありませんか。レイナースには悪いですけれども、旅を始めた時はこうでした。思えば遠くまできたものです。こうして
「そうかもな……このエ・ペスペルが第二の故郷になれるよう力を尽くすか。などと話していたら着いたぞ」
そこは大きな借り倉庫だった。ただひたすらに家を広くしたらこうなるというような、シンプルでありながら雑な建造物だった。
中からは金槌の音が響き、十人ほどの気配がする。大きな扉を開いた先には筒を横に長くしたような、大きい物体があった。
「これですか?」
「うん。新型の乗り合い馬車だ。折角なので古代文明の“列車”というものから形をとってみたんだが、見た目だけだな。一応内部の仕組みも研究させているが、肝心の俺の知識が半分だから完成はしないだろう」
「領主様、そんなこと言わねぇでくだせぇ。説明を聞いて何となくは分かるんで、親方なんて毎日考え込んでいるんですよ」
「すまんすまん。まぁ中の仕組みはともかく、馬車鉄道になるだろう。うん、俺も完全には分かっていないから、ここの親方の方が理解度が高いくらいだ。そっちは形になる」
各人、それぞれに試作品を見て回る。価値があると見るかは人それぞれだろう。一応かつての世界での歴史では十六世紀末頃に誕生したモノなので、この世界では異物となる。
「なるほど。あらかじめ設置された鉄の道に沿って動くことで、動かしやすくするわけですね。それを見越して道路建設を……どうして隠れて設計を?」
「使えるか、使えないか分からん知識だからな。ただ、それでも無視できない利点があるから研究だけはしておきたかった」
「乗り合い馬車を何度も往復させればいいではないか。その利点とはなんだ」
「……あらかじめ作った道を走らせると、一度に十人から五十人ぐらい運べる」
全員が絶句した。あくまで知識としてだけだが本来の馬車鉄道は馬一頭で石炭をかなりの重さで動かせたというから、
無論、これは鉱山街となりつつある現在のエ・ペスペルでは採掘物を運ぶことにも使える。
「セシルさん、いえ領主代理。これは都市の計画として研究すべきです。多少の赤字が出ても、そうするだけの価値があります」
「やはり、そうなるか……問題は本国、エ・ランテルが良い顔をしないことだ。陛下たちは人間種が技術的に発展することを忌避する傾向がある」
「だが、それでも隠れて研究するぐらいなんだろう? どうせなら、やるだけやってみたらどうだ」
「そうだな……陛下に奏上するぐらいはしてみるべきか」
蒸気機関車はともかく、トロッコから馬車鉄道が生まれたのは現場での工夫だ。どうせいずれ自然発生する。それならば……とセシルは考えを決めた。
蒸気機関を研究し始めた工房の親方は、知らぬ間に命を賭ける研究に足を踏み入れていた。
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原作のディストピア考えると現代知識チートじゃなくて歴史チートですよね