しとしとと雨が降っている。最近は晴れの日が続いたので、農業を生業にしている人間にとってはありがたいぐらいだろう。一方で都市圏の人々にとっては憂鬱の種だ。
「雨やまないねウレイリカ」
「お外で遊べないねクーデリカ」
領主館の居住区画で双子の少女が嘆いた。引き取ったのがセシルということもあって、二人は貴族のような扱いを受けている。
セシルたちは貴族らしい要求をしないので肩の力を抜きがちだが、侍女やメイドはこの二人を相手に慎重に接していた。二人は没落していたとはいえ、実際に貴族の生まれなので、世話されることに慣れている。
なにより、この双子だけが領主代理一家で戦闘能力を持っていない。さらわれたり、事故にあってはとんでもないことだ。
そういった経緯でクーデリカとウレイリカはこの街の“お嬢様”だった。わがまま放題でもないので、ある種のマスコット化している。
「お嬢様、お勉強の時間ですよ」
「クーデリカ、お勉強嫌い!」
「ウレイリカ、街で勉強してる!」
侍女の呼びかけに二人は反論する。年かさの侍女の眉がちょっと上がった。
セシルたちは仕事に追われ、問題があれば実際に現場まで行ってしまう。領主としては美徳なのだろうが、双子に関しては若干放任主義的だ。
そういうわけで二人は街の孤児院などで、友達を作ったり、一緒に勉強をしてしまう。
侯爵領の侍女ともなれば彼女たちは貴族の生まれだ。自分たちの主人は立派ではあるが、教育には不適切であると言わざるを得ないと思っていた。
特にガヴァネス役のこの侍女は、自分の若いころは鞭で躾けられたものだと思い起していた。
「そのようなことを仰っても、無駄です。さ、行きますよ」
成長して大きくなった二人を苦も無く小脇に抱えて、侍女は勉強部屋に向かった。ちょうど下の階ではクーデリカとウレイリカについて話されているとは知らずに。
執務室では領主用の執務机にいつもの面子が集まっていた。王国貴族からある手紙が届いたのだ。
「クーデリカとウレイリカに縁談? 正気か、そいつらは? まだ六歳だぞ」
「セシルさんには色んな意味で縁遠い話でしたね。王侯貴族には時々ある話ですよ。と言っても若すぎることにはかわりありませんが。この年齢でとなると絶対破綻してはならないか、破談前提の繋がりです」
「なんか嫌味言われた気もしたが……そうなると、お前たちにもそういう話はあったのか?」
ケラルトの解説にセシルは気軽に反応したが、それを受けて空気は異常に重くなった。レメディオスがそれ以上続けるなら斬ると言っている気さえする。
「あー、すまん。話を戻そう。貴族の間でもそれほど多くはなさそうな年齢なんだな? 連中には目的があると見ていいわけだ」
「目的なんてセシルさんを通じての魔導国へ繋がることしかないでしょーに。この手の手合いはいつまでも消えませんねぇ」
「私としてはあの二人にどうして目をつけたのか、が気になります。養子としての登録もまだでしょう?」
カルカの指摘に頷く。
このあたりは魔導国の法整備がそこまで進んでいないためだ。王国法を適用しようにも、魔導国には爵位自体ないので財産管理なども含めてややこしいのだ。
加えて誰の養子にするかも悩みどころなのだ。カルカは前身が前身のため、枠から外れる。セシルは魔導国内の地位がはっきりしない。となるとケラルトかレメディオスか。
同じ没落貴族同士でレイナースが無難かもしれないが、彼女は冒険者としてはまだ駆け出しだ。
「まぁ。どちらにせよ却下だな」
そもそも王国との繋がりはザナック王子とで十分足りている。わざわざ弱みを抱え込むだけの策略につきあってやる義理もない。
なによりも、セシルとしては双子の人生は双子のものだ。縛り付けるのは性に合わない。
「本国との折衝も面倒ですし、それでよろしいかと」
「二人の立場は近いうちにハッキリとさせた方がいいですね。セシルさんの親戚になれると思われても困りますから」
「それなんだが……私が親代わりというのは駄目か」
それまで話に加わっていなかったレメディオスが、割って入る。基本的にややこしいことは妹任せにする彼女としては珍しい。
「姉様、そのこころは?」
「うむ。要は私の剣とカル様は置かれた状況として、親にはなれない。そうなると残りから選ばないといけない……そういう話だろう?」
「ちゃんと話を聞いていたのか……雨だからか?」
「黙れ。そうなるとケラか私だ。ただ背負うものは少ない方がいい。ケラは今後のため、神殿との繋がりを残している。そうなるとより身軽な私が適任ではないか?」
ひどく失礼なことに、室内の全員が『こいつ、本当にレメディオスか?』という目で見ている。
言っていることは実にもっともで、双子を孤児から解放するには真っ当な判断だ。おそらくレメディオスが一番、クーデリカとウレイリカに接してきていたので、真剣に考えていたのだろう。
確かに一番双子を愛せるのもレメディオスだろう。だからこそ、問わなければならないこともある。
「レメも街の守備兵団団長だ。もしもの時は切り捨てることができるか」
「いや、できん。全ての人々を救うのがカル様と私の正義だ。その状況になってもどちらも救う。それに……そうなるよう、私の剣が動いていると信じている」
呆れ、苦笑しながらもセシルは降参した。なぜなら彼も“金鎖”の仲間たちを切り捨てることなどできないからだ。一本取られたというやつで、賛意を示すしかない。
カルカとケラルトは感慨深い目でレメディオスを見ている。それは確かに成長した証だった。
「というわけで、ややこしいことはここまでだ! それにまぁなんだ。私の子になるということは結局はお前も面倒を見るということじゃないか?」
「まったく……軽く言ってくれる」
「でもレメらしいです」
「そうですね……まぁ未婚の母になるということは理解してなさそうですが」
執務机から便箋をいくつか引っ張り出して、机の上に置くセシル。本国への報告に、ザナック王子への説明文、申し出てきた貴族へのお断りの手紙と三つも書かなくてはならない。
「カル。文面を考えてくれるか」
「はい。お断りの文は強気に出て構わないでしょう。エ・ランテルへの報告は事務的に……王国へは優しく書いてみましょうか。気苦労も絶えないことでしょうから」
「私は縁談を送ってきた貴族について少し調べてみます。新興派閥なのか貴族派閥なのかで、今後の対応も違ってきます。王派閥は王子がきちんと掌握していると思いたいところです」
カルカが紡ぐ言葉を、セシルが紙に書き込んでいく。この生活でセシルの字も中々堂に入ったモノになっていた。他国の手紙と違うのは署名に名字がないこと。領主印を押して完成させる。
「まったく迷惑な一件だった。雨のせいか? 頭が痛くなった」
「内政に専念していたいのに、中々そうはさせてくれませんねぇ。だからこそ、私たちがいるんでしょうが……」
「一旦、お茶にしましょうか。お菓子も用意して、クーデリカちゃんとウレイリカちゃんも一緒に。なにせ当事者ですもの」
……セシルは気付いた。感心ばかりしていたが、レメディオスがここにずっといるということは、仕事を全部レイナースに押し付けてきていることに。
まぁ今日だけは許してやるか。そう思いつつ、レイナースにもなにか褒美を与えないといけないかと考える。
レメディオスが抜け出してこない体制作りが一番だろう。
雨は降り続けている。それでも領主館は動き続けていた。
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