急速に整備されつつあるエ・ペスペルの街。それを制御するには、領主館の力が必要不可欠だ。勝手に街を増改築されてはたまったものではないのだが……放っておくとそれは本当に起きる。
ある程度の規模がある街にスラムが必ずあるように、自然現象のように起きる。
そういうわけで統率者たちは実際に現場に見て回る必要がある。書類に埋もれた環境に加えて、監督まで加わると相当キツイ。
種族的に他よりは無茶がきくセシルはぼうっとした頭で、毎日街のいたるところに出現するのだ。
この日も塩鉱山の鉱夫街が拡大している様を、ケラルトと一緒に視察してきた。帰りは既に暗くなっている。
「城壁内だと場所が限られるが、あそこならそういう制限がないからな」
「自慢のようですが、エ・ランテルが完全な安定を選んでいる以上、成長を続けているのはエ・ペスペルだけですからね。儲け話に集まるのもそうですが、王国の脱走者もかなり多いです」
実際、この日に面会した違法鉱夫は、ボロボロの服で王国には戻さないでくれと泣いて頼んできた。そこで追い出すことができないのが、セシルの為政者としての限界値なのだろう。
塩泥棒をしなければなんでもいい、という側面もあるにはあったが……
「ここには代官をおいた方がいいが、人選がなぁ……」
「真面目な代官なんていませんよ。ある程度悪事を許容量でおさめられる、優秀な悪人が必要ですね。まぁそんな賢い者は転がっていないんですが」
「それにしても王国貴族はどんな統治をしているんだ? 逃散者なんてそうそうでないだろう?」
「それを言えるのは貴方がちゃんと脳みそを使っているからですよ。悪徳領主なんてのは、なにかを考えていません。まぁ行動力のある馬鹿という存在も稀にはいますけど」
ケラルトの言動には含蓄があった。そんな貴族をよく知っていると言わんばかりだ。実際、ケラルトは聖王国時代には謀略を担当していたので、見てきたのだ。
そんな彼女でも王国の貴族は少し目に余るので、かつてほど上手く立ち回れない。
「今、この瞬間もそういう馬鹿が暗躍しているというわけだ。ケラ、少し俺の後ろに張り付いていろ」
「何を」
続けようとしたケラルトの眼前でナイフが止まった。セシルが指で挟んで防いだのだ。そのまま無造作に投げ返すと、近くの屋根の上からカエルのような声が漏れた。
同時に前後から迫る黒い革鎧の集団。ケラルトは呆れたように呟いた。
「こういうことですか。私がやりましょうか?」
「油断はよくない。全部俺が片付けるから、できるだけ自分の身を優先しろ。こんな奴らの血でお前を汚すわけにもいかないからな」
敵もそれなりに備えてきたらしいが、二人がいる場所はもう城壁の中だ。数は十三人といったところか。そうあたりをつけたセシルがかき消える。
「変わった武装だな。王国の関係者か?」
「――!?」
屋根の上にいた賊は突然目の前に現れた男が、既に自分から武器であるボウガンを取り上げている様を見て動揺する。何も感じないままもぎ取られたことに心が追いつく前に、顔面に拳がめり込んだ。
「幸運な生存者一名に選出だ。後は時間をかける気はない」
再びかき消えたようにしか見えないセシル。彼は地上に戻っていつの間にか愛刀を抜き放っていた。挟み撃ちをしようとしていた敵は構わず突き進んだ。その覚悟は見事。
「〈領域〉」
剣豪ブレイン・アングラウスから習得した武技が起動する。間合いに入った敵を自動的に迎撃する後の先を取る武技は、セシルの超越した身体能力から一人ではなく複数を同時に相手どる。
斬り合いになると覚悟していた暗殺者たちは、まさか自分が意味もなく死ぬなどと考えていなかっただろう。投げた得物も合わせて、閃光に断ち切られる。
屋根の上にいた残り二名は冷静に撤退しようとしたが、その行動は首を斬られてとまった。
わざと生かしていた一人を抱えて、セシルは地上に戻ってきた。
「気の毒になりますね」
「毒にさえ気をつければ、レメでも同じ結果だろう。それにしても久しぶりに馬鹿が動いたな」
「うっふっふ。どんな黒幕がいるのやら。それはそれとして、一応領主館に急いで戻りましょうか。姉様がいるので大丈夫でしょうが、皆が心配です」
気絶した男を肩に担いで、セシルとケラルトは走り出した。先ほどの賊はまずケラルトを狙ってきた。ならば暗殺対象はセシルに限らない。あの程度の相手に後れをとるメンバーではないにせよ、だ。
領主館に戻ると、守備兵が二人倒れていた。どういうわけか息はある。薬物で眠らされたようだ。そこからのセシルは早かった。即座に扉を蹴破り、中に突撃する。
そこは戦場になっていた。倒した机を盾にレイナースが応戦しており、あたりには血にまみれた者たちの死骸がある。
セシルはボウガンを再発射しようとしていた、男の側頭部を殴り無力化させた。虚を突かれた残りの面子も片端から処理する。生かすか殺すかは意識の端にも載せない。運がよければ生きているだろう。
「お師匠様! ご無事でしたか! ともあれ、貴方のような存在はいないようで安心ですわ」
「レイナース。状況は?」
「見ての通り。これで正面から突破しようとした輩は全滅です。非戦闘員は上の執務室に集めてカル様とレメ様が警戒していますわ」
「よくやってくれた。お前がいなかったら危なかっただろう」
「戦闘で褒められるのは珍しいですね。ここは私が引き続き、防衛にあたりますから、お師匠様たちは上へ」
頷いて執務室へと駆け上がる。この階は驚くほど敵の気配がない。下の階を攻めている間に、油断したところで上の階を……ということでもないのか。
執務室の扉に近づき、ノックをする。返ってくるのは当然、誰何の声だ。
「何者だ!」
「俺だ、セシルだ。今戻ってきた……ケラも一緒だ」
「姉様。こちらも襲われて、急いで戻ってきたんです」
「そうか……いや、さては偽物だな! 魔法を使って声色を変えているんだろう!」
「真っ当な反応なのに、レメに言われると釈然としないのはなぜだろうか……」
「日頃の態度ですね……さて、どうすれば信用されますかね」
ここは無難に本人しか知らないことを、言うことにした。調べたと言われたら困るので、直近のことを。
「レメ。今からお前と俺しか知らないことを言うぞ」
「ふ。そんなものがあるものか。我々は同じ情報を共有している……」
「お前の今日の下着の色はあ――」
「うわぁぁぁああ! 今開ける!」
扉が開き、そこには剣を構えたレメディオスが立っていた。一応まだ警戒しているようだ。そこでインベントリからシチセイを取り出してみせる。
「ほら、俺の刀」
「さっさと入れ! 貴様何を考えてあんなことを……!」
「なぜ知っていたかは私も気になりますね」
「ふふふ。私はもっと気になります」
「あとにしてくれ。色んな意味で。こっちには敵は来ていないのか?」
集められた文官や侍女たちも全員無事だ。こうなったのはカルカたちの手際がよかったのもあるが、敵のお粗末さにあるだろう。門番を殺していなかったりと主義主張の可能性も捨てきれない。
「まぁいい。とりあえず今日は全員ここで夜を明かそう。夜番は俺がするが、部屋から出るときは必ず俺か、レメかレイナースと一緒に行くように」
用を足しになどの表現は避けた。セシルもそれぐらいの気遣いは身につけていた。
戦士の護衛の下、執務室にはパンやお湯が持ち込まれて、一気に賑やかになった。合宿のような雰囲気だ。そんなときカルカが耳に口を寄せてきた。
(メイドが一人増えています)
(どれか分かるか?)
カルカが目で示した相手にシャドウデーモンを張りつかせる。
翌日ナイフを握った姿でメイドが、シャドウデーモンに宙づりにされていた。
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