領主館を襲った者のうち、息があった者は条約に従ってエ・ランテルに送り出されていった。エ・ランテルでは罪の証拠を暴くのに魔法を使う。
他国では信頼性が低いと思われている方法だが、それこそ心すら書き換えるナザリックの高位
ケラルトとセシルは移送の手続きを終えて、彼らを乗せた馬車を見送った。
「色々と不可解な事件だったなぁ」
「確かに。セシルさんを討つのには力不足でしたが、正規の訓練を受けた者たちに見えました。金ずくの人間にしては取り調べに耐えてしまいましたし」
「耐えない方がいいんだがな……そこは闇社会の仁義なのかもしれない」
魔導国で重罪と判断された場合、ナザリックで実験動物としての役目が待っている。それは酸鼻をきわめるもので、少なくともセシルは聞きたいとすら思わない。
領主館に戻ると、メイドや侍女が掃除に追われていた。そこを指揮していたのは意外にもレイナースだった。
「珍しいな。レイナースが館のことに関わるのは……カルがしているかと思った」
「お師匠様。侍女やメイドの腕力では調度品をもとに戻せませんから。倒して盾にしたのも私です。それにカル様に血の後始末などを期待するのは酷でしょう」
「なるほど。元々皇帝の下で働いていた者としては今回の襲撃を、どう思う」
レイナースは顎に指を当て、少し考えてから答えた。
「お師匠様を狙ったものではありませんわね。外の集団はケラ様を。ここへの襲撃はカル様を狙ってのものだと思いますわ」
「ふむ」
セシルは外で襲われたときを思い出した。最初に投げられたナイフはケラルトへ向かって放たれていた。内政と外交のケラルトと、館の内を整えるカルカ。政治役を狙って来たのか。
「それとお師匠様からは弱すぎて気付かなかったでしょうけれど、あの連中は一般の基準でいうとかなりの腕の持ち主たちでした。傭兵くずれを雇ったというより、きちんとした暗殺者を雇ったのでしょう。イジャニーヤなき今、どこが台頭しているかは存じませんけれども」
「そういえば失敗したら即座に撤退しようとしていたな。失敗したけど」
「問題は依頼主ですね。神殿か王国貴族か……うっふっふ、前者なら逃しませんけれど」
王国貴族にしてはよく分からない点が多い。セシルを味方につけようとしていた印象が強かったのだ。そんな連中が不快感を覚えさせるようなことをするだろうか?
ケラルトもそこを分かっているから神殿勢力を疑っているのだろう。神殿からすると、セシルたちは異端者同然だ。過激派が力を削ごうと、動き出したのか……
どちらもしっくりと来ないので気持ちの悪さをセシルは覚えた。こっちは真っ当に努力しようとしているのだから放っておいて欲しい。
「とりあえず、しばらくは様子見だな。ケラはレイナースと、カルはレメと一緒に行動して護衛にしよう。レイナースが腕のいいと言うなら、守備兵団にはまだ任せられないからな」
それきりセシルは思考を下水道工事に集中させて、その場は取り繕った。
後日、エ・ランテルからの連絡でセシルは意外な名前を聞くことになる。
「ぺスペア侯?」
「はい。先日の暗殺者たちはぺスペア侯に依頼されたと、記憶から読み取ったそうです」
「待て待て待て」
思案する羽目になったセシルだが、ケラルトも困惑している。カルカもだ。レメディオスは……いつも通りだった。それぐらい意外だったのだ。
「ちょっと整理させてくれ。カル、ケラ」
「おい。私はどうした」
ちょっと構っている場合ではないので、セシルはレメディオスを無視した。真実なら公私ともにショックだからだ。
「まず、かつてこの地を治めていたのが先代ぺスペア侯。王族派閥からも貴族派閥からも推されるほどの大物だったが、大虐殺で行方不明になる」
「はい」
「ただ、若くして優秀だったのが祟り、子息が領地を治められる年齢ではなかったため、代官が派遣される。このあたりで王国は魔導国寄りになり属国化を進め出した」
「合ってますよー」
「この代官がイマイチだったのと、エ・ランテルと接していたのでエ・ペスペルが割譲された。そして魔導国は領主代理として俺を派遣した」
一連の流れを説明すると、理解に間違いがないことを確認できた。戦にも出る以上仕方ないが……
「つまり、今のぺスペア侯は子どもだ。俺は子どもに暗殺者を仕掛けられるぐらい嫌われていたのか?」
「ま、まぁ。この街の規模を考えると、取られると惜しいと感じることも……とりあえず、私的な部分は置いておきましょう」
「そうですね。信じがたいですが、本当にぺスペア侯だとすると、王国と魔導国は一気に緊張関係です。これまでの折衝も全て無駄になり、魔導国が王国を蹂躙する可能性も……」
「最悪じゃないか……」
セシルはこれまで、王国に配慮して動いてきた。エ・ランテルのように完全な同居をあえて目指さず、古くから住んでいる人間種に分かりやすい形にしてきたのだ。
その努力もこれでパアである。加えて王国との戦争の場合、先鋒となるのはエ・ペスペルの方だ。まぁ最前線ぐらいの意味合いではあるものの……踏み絵として人間同士の争いになるかもしれない。
「困った……」
そう発言した人物は王国にもいた。ザナック王子とレエブン侯である。
王国は魔導国の属国を目指し、何事にも積極的に努力してきた。そのうち一つに連絡網がある。魔導国の機嫌を損ねないようにエ・ペスペルを通じて最新の情報を得ようとしてきた。
そのため、今回の事件も早く知ることができたのだが、彼らの情報網でも犯人は若きぺスペア侯と出てきたのだ。優秀さは受け継がれなかったのだろうか、などと現実逃避してみたが、これで魔導国の力を知らない若い貴族が盛り上がるのは絶対に避けたい。
「しかし……おかしくはないですかな」
「何がだ? いや、もう全部おかしいからどこがだ? というところだな」
「は。どのルートで情報を得ても確実にぺスペア侯に繋がるところがです。彼は少年とさえ言える年齢で、暗殺組織との人脈など持っていないはずなのですが……」
「完全なところがかえって怪しい。というわけか。確かに領地を失った分、補填は十分に行った。次期王も俺に内定したことで派閥も霧散した。これで、他所の暗殺を秘密裏に行えるような下地はないということか……」
ザナックは手癖で茶に砂糖を大量につぎ足していく。なにもかもおかしくないように見えるのが、おかしい。その疑問は当然のように感じられた。
「“蒼の薔薇”か“朱の雫”に依頼を出そう。それと妹にも助けを求める。この暗殺組織について徹底的に調べ上げる。そして、セシル殿に仲立ちを頼もう。彼も戦争は求めない人物だ。時間を稼いでくれる……はずだ」
「使者は? 正規の依頼を出しても、セシル殿が困るでしょう」
「これも妹に頼まなくてはな……ブレイン・アングラウスが良いだろう。友好関係にあると聞いている」
ザナックは突然やってきた絶望にも、毅然として対応した。いや毅然としていなければならなかった。今なら父王の苦悩が少しわかる。
「今のままでは最低でも子どもの首を刎ねなければならなくなる……」
そしてエ・ペスペルに立ち返る。
セシルが戦を望んでいないというのも確かで、この件にも何か微妙な違和感を覚えていた。
同時に自分の弱点を突かれて腹立たしいというのも、確かだが……彼女たちに安住の地を提供できなかった自責が大きい。
ともあれ、なんとかせねばならない。
人気のない場所に行き、セシルは久しぶりに〈
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日常ネタが尽きて不穏パートに