ピンと糸を張ったような音が響いた。その音楽を奏でたのはセシルであり、相手は人間だった。貴族服の下にクロースアーマーを着込んだ連中は、貴族としては最も最下級であるはずの者たちだ。
勢力の巻き返しを謀るザナックを狙った刺客達である。勢力には人数が必要だが、誰彼構わずに取り込むとこういうことがまま起きる。
刺客として入り込んだは良いものの、絶対的な盾によって念入りに四肢と頭を切り刻まれて終わるとは彼らも思っていなかっただろう。
「人の死体を見るのに慣れていくのもどうかと思うな……親父のところは大丈夫か? すまんが、セシルが見てきてくれないか」
「一緒に行くなら。二箇所で同時に存在することはできない」
ザナックは少し青ざめた顔に、ニヤリと笑みを貼り付けて父王の部屋へと早歩きを開始した。
セシルがいる限り、ザナックは安全だ。事実としてセシルほど護衛という役目に長けた者はいないだろう。圧倒的な剣腕に加えて、信仰系の術者でもある彼がそばにいれば例え毒を盛られたとしても、すぐさま復帰することが可能だ。
果たして王の部屋にたどり着くと、丁度貴族が短剣を振り下ろそうとしているところだった。すぐさま、セシルが刺客を解体すると老体であるランポッサⅢ世は、軋むような動作で立ち上がるところだった。
貴族派閥との戦闘では堂々たる戦場より、こうした暗殺が恐ろしい。リ・エスティーゼ王国、国民900万とも言われるほどだが、つまりはそれだけ貴族の数が多いことも意味する。
ザナックがセシルを雇い、ラナーがブレインや蒼の薔薇と親しくしているのもそれだけの理由があるのだ。
「しかし、随分と直接的な行動に出てきたな……衛兵! 死体を片付けろ! 身許なぞどうでもいい!」
「陛下、王子。体調が悪いのならすぐに言ってください。治療しますので」
「いや、私は大丈夫だ。しかし、貴族たちがこのような手を使うとは……」
確かに恐ろしいが、外聞は悪い方法だ。これは貴族派閥も物資の調達に苦労していることを意味する。長期間の戦時体制には耐えられないのだ。
そのことをあめ玉のように口の中で転がしながら、ザナックは一旦自室に戻った。護衛の身としてはザナックだけ気にしてればいいのだが、要人を守るのに無防備すぎる城内をセシルはどうかと思った。
死体は短時間のうちに運び出されているが血は軽く拭かれただけだ。肝がすわってきたのか、ザナックはそんな部屋で仕事を開始した。
「貴族派閥も食糧に窮しているのは確かなようだ……元々、それを大義名分の一つにして起こった争いだから当然だ。ここはやはり……」
軍務尚書と内務尚書が騒ぎを聞いて訪れてきたが、四方に残る血の跡にぎょっとしていた。作ったセシルとしては仕事だと理解して欲しいところである。
「軍務尚書、内務尚書。ここはやはり、魔導国に支援を求める必要があると思う」
「王子! それは恐らく陛下が……」
「許さないと? だろうな。だが、俺と親父を暗殺者が襲った後だ。安全のためということで親父には
軍務尚書と内務尚書は顔を見合わせた。王国と国境を接している聖王国は現状、親魔導国だ。助けなど期待できないというよりは魔皇ヤルダバオトの一件の後で、その余裕もないだろう。他にも評議国があるが、同盟関係を結ぶに至っていない。
食糧を持ち、内乱の最中でそれを運ぶことができる国……それは皮肉にも敵国であるはずの魔導国しかいない。不承不承うなずいた。
「しかし、それではより大きな脅威を国内に呼び込むことに……」
「そうだな。だが、内乱で国を乗っ取られるよりは王族派閥は残る。二人には魔導国に対する見返りを考案して欲しい。最悪、属国となっても自治権をより大きく譲歩してもらえるように……どのみち、魔導国が攻めてきたのなら敗けるわけだしな」
王国の優秀な部分を残して落とし所をつける。セシルはそれを知っている身として、魔導国の思惑通りであることがどことなくむず痒い。
「セシル、金鎖に新しい依頼を頼みたい。魔導国への使者を護衛して欲しい」
「……貴族派閥よりも先に要請が届くように?」
セシルの返答に分かっているじゃないかと言わんばかりに、ザナックは笑った。となると、面識のあるレメディオス。表向きいないことになっているケラルト、カルカはマズい。
「俺が行こう。その間、王子の護衛は他の面子に頼む。倉庫街の護衛はそちらから出すことになるぞ」
「分かっている。支援を頼むのに魔導国の持ち物が略奪にあったらマズいからな」
ゲートを出してもらえば一瞬のことだが、それは行えない。ひどいマッチポンプだと思いながら、ザナックが親書を作り終えるのを待つ。
こういう時、無詠唱化した
(おーい、王国が援助を求めることが決まったぞ。表向き使者がエ・ランテルに到着するのはもう少し先になるだろうが)
(よし、そうか。食糧や簡単な装備を大量に用意する。ルーン武器も持っていこう)
いつもどおりだなコイツ……と思いながら無言の会話を終える。この時王国は貴族派閥との争いに集中するあまり忘れてしまっていた。新興派閥という第三者の存在を失念してしまっていたのだ。