王都は静まり返っていた。外にアンデッドの大軍がいるとだけ聞いた住人たちは、ただ静かにしていれば嵐が過ぎ去ってくれると思っているようだった。
仕方のない反応だ。そうとしか思えない。彼らにとってアンデッドは命ある者全ての敵であることが常識だ。それを完全に統率できる者がいることも、下心があるにせよ自分たちを助けに来たとも到底思えまい。
「敵視してるなら、引きこもっている場合じゃないと思うんだがな。外の部隊が敵なら逃げるか、戦うしかないだろう」
「そういう風に行動できる者自体が、平時でも少ないじゃないですか。ごくごく自然の反応だと思いますよ。実際、何もかも捨てるなんてことはほぼ全ての人ができないんじゃないんですかね」
セシルはケラルトの説明にそういうものか、と少し驚いていた。彼自身が地位や立場などあっさり捨てられる者だからだし、そうしてきたからだ。
「セシルさんだって、地位や仕事……概ね安寧を約束してくれるような何かを奪い合う人々から逃げたんじゃありませんか?」
「名誉やお金を取り合うのだって、自分の幸福を確保するためだと思いますよ」
「それをあっさり捨てられるのはお前が強者だからに過ぎん。私達もお前と比べて規模は小さいが、身一つでやっていけるだけの強さがあったから国を捨てることができたんだ」
三人の口撃に参ったと手を上げるセシル。確かにそうだ。手に職というが何かしらの実力が無ければ、進むも退くも自分では決められない。
そうしているうちに高級住宅街に入り、自分たちの屋敷に戻ってきた。セシルは少しばかりの私物を置いただけの部屋が懐かしくなり、先程の話に出てきた捨てられない意味が分かったような気になった。
やがて思い思いの格好で、示し合わせたかのように居間に四人とも集まった。セシルとレメディオスは武装している。
「これからどうするか、という話を決めるために現在持っている情報を共有しようか」
「といっても私達は王子の護衛に付いていましたから……でも暗殺騒ぎがありました。どこからか入り込んだ貴族が国王を人質に立てこもったのです」
「立てこもった? やるならさっさとやった方が良いし、逃げられるのに……馬鹿なのかそいつは?」
「王国の尋問官によると本気で馬鹿なようです……ちょっと信じられませんけど」
セシルはそれを解決したのが三人ということも知った。作戦も立てたようであり、あらためて彼女達の強さを知った。自分がいなくとも大丈夫だろうと。
「俺の方は漆黒聖典とか言う連中に妨害じみた勧誘を受けた。お前たちにも話をしに行くそうだぞ」
「漆黒聖典……聖典ということは法国の部隊なのでしょう……漆黒聖典にどういう役割があるかは知りませんけど」
「偉そうだったから有名人かと思ったが、そうでもないんだな」
「法国と聖王国は交流がほとんど無いんです。それに法国は秘密が多くて……ケラでも知っていることは私とそう変わらないと思います」
「カル様の言うとーり。間に大森林がありますからね、貿易が途絶えているんです。ただ、漆黒聖典については噂程度ですが聞いています。全員が英雄の領域に達した者たちで構成されてるとか……」
英雄の領域がどの程度かピンとこないセシルだったが、相手をした感じでは脅威には思えなかった。しかし、この世界では強者なのだろう。王国が魔導国と関係を持つのが、それほど嫌だったらしい。
「それほどの連中なら勧誘に乗っても良いんじゃないか? 俺はしばらく魔導国の側に立って見ていることにするよ。どういう動きをするのか分からないしな」
「「「は?」」」
「なんだその息の合った疑問は……ザナック王子と魔導王の近くで事態の推移を見るだけだって」
「いえ、そうではなく……」
「まるで、法国に行っても構わないというような……」
「……」
セシルは手を出してはいけない話題を出してしまった気がしてきた。三人の中で無言なレメディオスが特に怖いオーラを放っている。
「いや、お前達が俺に守られるような人物ではないことは理解した。確かに生き返らせたのは俺だが、お前達は立派な人間だ。どこへ行ってもやっていけると思ったんだが……」
「そんな! セシルさん、そういう風に思って私達と一緒にいたんですか!?」
「なるほど、なるほど。それは逆に言えば私達もまた、貴方のことをその程度にしか見ていないと思っていたわけですが」
「……」
「いや、違う。優れた人間だからこそ、俺の手はもういらないと……」
「いい加減にしろ! この訓練兵!」
レメディオスが襟元を掴んで持ち上げる。セシルは抵抗が容易な状況でも黙って受け入れた。そこは抗弁するときでも、振り払うところでもないと、どうしてか感じたからだ。
「仲間というのは能力だけで評価するものではない! 一緒にいたいと思うからこそ仲間なんだろうが! 例えきっかけがなんだったのであれ、私達はお前と一緒にいたいと思ったから、ここまで来たんだ。お前のことが好きだから!」
「レメ……ん、好き?」
「そうではなくて……ああ、もう! 話にならん! しっかりと反省していろ! そしてチームを抜けることなど許さんからな!」
足音荒くレメディオスは二階に戻っていった。残ったカルカとケラルトは首を解放され、椅子に座り込んだセシルの手に優しく手を重ねた。
「そう。私達は貴方が好きだから一緒にいるのです」
「嫌だと言われても、ついていきますからね……」
セシルはずっと昔を思い出していた。仲間、好き、チーム。そんな理由で誰かと一緒にいたことがあっただろうか。
何のことはない……セシルはただ長い間さまよっている迷子に過ぎなかった。