夜もふけ、高級住宅街は静かになった。ただし宮殿では官吏が走り回り、城壁に近い一般人は期待と恐怖が合わさって眠れぬ夜を過ごしているかも知れない。
アンデッドの軍勢がすぐそばにおり、しかもそれがなぜか支援物資を持っているのだ。物資の受け渡しなどで働く者達もいるだろう。静かなのはここだけだ。
それなりに高価な屋敷の廊下でも歩けば軋む音もする。その度に立ち止まりながらレメディオスは自問する。一体私は何をやっているんだと。行きたければ堂々と行けば良い。そうでないなら引き返せば良い。だというのに半端に足音を殺して忍び寄る始末。
(ええい、一体何をやっているんだ私! すぐそこだろう!)
一大決心をして部屋を出たのにこの体たらく。顔から火が出そうだ。目的地が目的地なので仕方ないが、昼間のこともあるので妙に意識してしまう。ええい、ままよ。女は度胸と、むしろ度胸が女の形になったレメディオスは勢いを付けて歩き出した。
目的地はほんのすぐそこという通り、本当にすぐたどり着いた。屋敷内だったので当然だ。
「よし!」
勢いよくドアノブに手を出すと、中の住人に断りもなく勢いよく扉を開いた。赤くなった顔を悟られないように、住人……セシルに声をかけた。
「く、訓練兵。反省は済んだか?」
「レメ? なんだこんな時間に……」
「いや、なんだ。昼は貴様の態度も悪かったが。少しばかり言いすぎたと思ってな……入っていいか?」
「……どうぞ」
セシルの私室に椅子は一つしかなかった。なぜかベッドに横並びに座って、水の入ったカップを口に運んでいる。
「酒も茶もなくてすまんな」
「いいい、いや構わん」
セシルは茶を好むが自分で淹れられる技術を持っているわけではない。薬草茶なら別だが、隠者暮らしの嗜好品は流石に持ち込んでいない。酒は元々なにかの集まりでしか飲まない。嗜む程度だ。
自然、客に出すのは魔法で作り出した水ということになってしまった。饗応としては落第だが、今のレメディオスにはそれがちょうど良かった。
(入ってきたはいいものの、ここからどうするか、皆目分からん!)
心臓の音のうるささを感じながら、レメディオスは何度も水を口に含んだ。そして、やや落ち着いたあたりでとりあえず話をすることにした。
「少しは仲間について理解したか? あれから私も考えたが、お前は優れ過ぎているんだ。周囲の反応が大きくて、それで一人でいることにして、そして慣れてしまった」
「そうだな……力の大小や精神性だけを考えれば、俺は魔導王とぐらいしか一緒にいれなくなるな。全く色気のないことだ」
「い、色気……だが、その通りだ。もちろん、私達はお前に比べれば弱いだろう。そんなことは最初から分かっていたはずだ。一緒にいるのに、そんなものは関係ない」
「ああ……それにカルのように人を惹きつける力もないし、ケラのように頭が良いわけでもない。レメのように勢いが良いわけでもない……誉めてるぞ」
窓から差し込む月明かりが一瞬、ロウソクの火を上回った。悩みはまるで子供のようだが、この男はどれだけ夜を一人で過ごしてきたのだろう。
「仲間か……俺はこの期に及んで関係ないことだと感じていたんだろうな。カルやケラを蘇らしたあの日から……いや、その前にお前と出会ってからずっと俺は世界と交わっていたのに」
「……夢のようだった」
「え?」
「カル様やケラを失った時は悪夢のようだったが、お前と出会って二人は帰ってきた。私の悪夢を、お前は良い夢に変えてくれたんだ」
レメディオスは手をわきわきと奇妙な動きをさせてから、セシルの手を握った。汗などで気持ち悪いと思われてないと良いなと考えながら。
「お願いだ。私の剣となってくれ。私には守らないといけない人と正義がある。そして、お前を握っている限り、敗北からでも立ち上がれると信じているから……」
「レメ……」
「セシル……で良いか?」
締まらないなと思いながらも時間は過ぎていった。
翌朝、レメディオスはギクシャクした動きで、居間にやってきた。セシルは落ち着いた様子でそれを見守っていた。カルカがなにかに気づいた顔をして、ケラルトがにやにやと笑っている。
「今日は魔導国の作業をザナック王子と見に行こう。民の暴発も防げるし、人間がいたほうが安心できるかもしれん」
「はいはーい。そういうと思って、ザナック王子の警護を引き続き受けられるよう依頼を出してもらいましたよ」
「流石だな。ケラ」
「ですが、私達全員で? 王の警護はあのままで大丈夫なのでしょうか」
「こういってはなんですが、何があってもなくても、じきにザナック王子が王になりますよ。それに、両方を守ろうとすると両方とも守れない……なんてこともありますしね」
セシルは魔導王、つまりはアインズと行動をともにするつもりでいた。彼の中でザナックがどう位置するのかは不明だが、第三者もいたほうが公平に見えるだろう。
それにルーン武器の使い方などで、実演を求められるかもしれない。
王国の先行きが定まりつつあった。