アインズに用意された部屋は、貴族趣味的なアンティーク調の部屋だった。部屋の間取りは広く、数人で生活できそうなほどだった。いかにも王国らしい部屋だ、というのが正直な感想であろう。格調高く見せようとしているようで、実用的にも思えない。
「こんな時にまで茶に誘われるとは思わなかった。飲めないのに趣味なのか?」
「と、言うよりは素でいられる時間が欲しいだけだ。実際、魔導王として振る舞うのは疲れる……今回のように他国でそうすべきときは特にそうだ。まぁ部下達の前よりはマシかもしれんが……」
やたら仰々しいローブ姿の骨が徐々に椅子へと沈んでいくさまはシュールだった。温泉にでも浸かった中年男性のようだ。
どうやら今回は完全にアインズがリラックスするためだけに、セシルは呼ばれたらしい。お茶も最初から用意されていたが、メイドのように付き従う者は誰もいない。
セシルも椅子の背もたれに深く身を預けながら、それらしい話題を提供していく。
「今回用意したルーン武器は好評だったぞ。フレイム・スペシャル・ソード・ハイパーとかより、ああいうシンプルな物の方が受けるんじゃないか?」
「え? マジで? 格好良くて派手な方が当然嬉しいかと……矢じりに使うための試験品に作ったものだし」
「普及させるならそこそこの代物が定番だろう……強力なものだと買えるのも相応の身分の者に限られるし、大衆化させるなら安価な物が無難だ」
情報の伝達が遅いこの世界では、よほど目撃者が多くない限り逸品を使っても宣伝効果が薄い。加えてプレイヤーは自分の基準でモノを考えがちだ。派手に活躍させる武器を譲ったりなどすれば、どうなるか分からない。
うーん、と唸りながらアインズは少し姿勢を持ち直した。
「そういえば会議はどうだった? どうせ進んでないだろうけど」
「片手間に話す内容か? まぁ想像通りどこまで譲るかでモメているよ。最悪は属国も考えているようではあるが」
「属国かー。そこまで行けば部下への面目も立つが、支援の見返りが国そのものって話の流れ的にどうよ? なんかおかしくない?」
「まぁ、言われてみればそんな気もするが……得するなら良いんじゃないか? ザナック王子なら上手くやってくれるだろうし」
「あー、少し話したが良いよな。ちょっと皮肉っぽいが常識あって。元の世界の上司もアレくらいだったら良かったのに」
「元の世界の人間なんて、もう顔も名前も思い出せん……それで? 今日は随分と気怠げじゃないか」
アインズは今度こそ姿勢を整えた。セシルもぬるくなった茶で口を湿らせた。
「うん。王国への影響力を最大のものにした後のことだ。セシル、魔導国に来ないか?」
「それは冒険者としての話か」
「そうだ。俺は冒険者はもっと世界を開拓していくような存在にしたいと思っている。エ・ランテルの組合長は個人的に賛成してくれたが、他の冒険者達はモンスターの掃除屋に甘んじている。そこでお前だ。アダマンタイト級冒険者として名声もあり、実力は確かで何より信頼がおける。魔導国風の真なる冒険者の先駆けになって欲しいのだ」
それはセシルにとって、意外なことに魅力的な提案に思えた。森に引きこもっていたセシルだったが、この頃は刺激的な体験を“悪くない”と思える程度には人間性が戻ってきていた。
なによりプレイヤーであるセシルにとって通常の討伐依頼などは弱い者いじめな感がある。刺激を感じているのも主に人間関係に起因するものばかりだ。
「そうだな。俺個人としては悪くない。地図を一から作るような探検か……だが俺は“金鎖”のメンバーだ。他の面子が断るようなら行けない」
「ああ、考えるだけでも頼む。この世界の情報がもっと欲しいのだ」
始まったときとは真逆の真剣さで互いの熱意を確認し、この日のお茶会は終了した。そしてセシルは自分達の拠点へと戻ったのだった。
セシルが魔導王と話をしていたのはもう王宮内に伝わっているだろう。はじき出されても仕方ないが、王国の動乱だけは顛末を見てみたいものだと考えながら……
屋敷に戻った時はもう深夜だった。屋敷内は静まり返って、どこか物悲しい雰囲気に包まれていた。流石にもう全員が眠りについたのだろう。セシルは猫のように足音を立てずに自分の部屋に戻ると、思わぬ先客がいた。
月の光でも輝く金髪をした女性……カルカだった。
「カル。まだ起きていたのか」
「仲間が仕事に出ていましたからね。飽きて、ここで待っていましたけど」
いたずらをした子供のように、カルカは笑っている。セシルは身につけていた装備を外してラックにかけた。
「それで、何のお話でしたか?」
「魔導王の軍勢の強さを聞かれただけだ……あと」
「魔導王に勧誘された?」
「見ていたのか?」
「まさか。ただ貴方のここまでの行動と、実力を考えればすぐに分かります」
「これまでの行動……なら気付いているだろう。俺は魔導国と繋がっていた。刺客を避けるため、同時に個人的な付き合いとして……追い出すべきだ」
「私達を守るため……でしょう? そこまで皆、気付いていますよ」
カルカはセシルの手を握って笑った。全てを受け入れた母親のように。
「良いですよ。王国での仕事が終わったら、魔導国へ行っても。私達はチームで、私がリーダーですからね。決定です」
「そこまでして、なぜ俺に合わせる……」
「続きを言ったら流石に怒りますよ? 理由についてもです……それとも、レメは良くても私は駄目ですか?」
カルカの少し暗い熱を帯びた目にセシルは吸い込まれていった。