登山
エ・ランテルにほど近い山脈。そこは誰の手も入っていないし、道などがあるわけでもない。ただ単に山と呼ばれるだけの代物だ。都市とこれほど近い山々でありながら、鉱山を期待した形跡すら無い。あるのは申し訳程度に生えた木々だけだ。
王国と法国を阻む山脈の一つとしてしか、その価値は無いようだった。だが、今はそこに人がいる。白髪で陣羽織のような服装をした剣士と、茶髪の白い甲冑をした女騎士だ。
「試したことは無かったが、こうなると中々怖いものだな。まぁ滑落の危機ぐらい無くては冒険と言えないだろうが……レメ! そっちはどうだ!?」
「少し待て! お前は速すぎる! こっちの方が上に開けた場所がありそうだ!」
山師や鉱夫がいればその光景に度肝を抜かれただろう。彼らがいるのは崖だった。そこを岩塩を求めて進むヤギのごとく人が立っている。しかも、どう見ても山登りに向いた格好ではない、重そうな装備を着込んだ上でだ。
その光景を茶髪の女騎士によく似た女性……ケラルトと、金の髪が光輪のように美しいカルカという女性が上を眺めて見守っていた。
「姉様をつかまえて言うのもなんですけど……あの方達は先祖が猿やヤギなのかと思ってしまいます」
「まぁ、それでは貴方もそうなってしまうでしょう? レメの妹なんですから……能力的には私達も可能なはずなんですが」
同じだけの敏捷性を持っていても白い岩肌の崖を、
「というか
「途中にも何かないか探しているのでは無いでしょうか? まぁセシル様のやること……なんだか意味がない気がしてきました」
女騎士レメディオスは時折休んでいるが、剣士セシルはほとんど休み無く飛び回っている。かなり高い山なのだが、もう登りきってしまいそうだ。セシルは単純に身体能力がレメディオスとは比較にならないほど高いのだ。
「斜めになっている部位なら足をかけて立てるな……この肉体の馬鹿馬鹿しい強さをあらためて思い知る……よっと」
今度はどこからか粗末な剣を二本取り出して、セシルは反り返った壁に突き立てて登っていく。時には足場として使ったりとやりたい放題である。
「ズルいぞ! 私は聖剣しか持ってきていない!」
「いや、別に競争しているわけじゃないんだが……そっちは安全なルートを探して登ってこい!」
叫んだ後、セシルは山の頂上へとたどり着いた。そこは台座のように平べったくなっていて、何かを建造するにもいい場所に思えた。だが、それ以上に達成感がセシルの身を包んでいた。登山家はこのような気分を味わうために生きているのだろうか?
しかし、目を凝らすとここは山脈の中の一つに過ぎないことが分かる。
「調査依頼……少し見くびっていたかな?」
アダマンタイト級冒険者“金鎖”は現在、魔導国に所属している。他国の冒険者がモンスター退治を主とするのに対して、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は未知を既知に変えることを目的としている。この方針が打ち出されてからはまだ日が浅く、魔導王アインズの肝いりである“金鎖”が先駆けとして活動を始めたのだ。
この山は都市エ・ランテルの近くでありながら調査が進んでいない絶好のポイントというわけだ。
しばらくすると、多少息を乱しながらレメディオスが姿を現した。その目は少し非難めいている。
「回り込んで登った方がずっと楽だったぞ……」
「そうか。俺は単純にこちら側がエ・ランテルの方向に向いていた……というだけで選んだからな。登山ルートになりそうな場所は見つかったか?」
レメディオスはどうしようもない、といった感じで肩をすくめるポーズを取った後、考え始めた。猪武者ならぬ猪騎士であるレメディオスにとって頭を使うのは随分と集中力を消費するのだ。
「ある程度の実力者なら登れそうなところもあったが……一般人ではとても無理だな」
「そうか。なら道を作らないとな」
セシルは耳に指を当てて、
周囲を見渡すと、頂上の台座は意外と植物が豊かだった。調査依頼である以上、主役は崖を登った二人ではなく知恵者であるケラルトだ。
「
「結局使うのか!? ここまでの苦労はなんだったんだ!」
「いやぁ単なる仕事に楽しみを見出してみただけだ。レメ、俺とお前で登山道を作るぞ」
「道? どうやって……」
「そりゃお前さん……剣で崖を綺麗に斬りきざんでだ」
飛行でこれまでの行程を逆再生するようにしながら、取り出した鋭利な直剣で崖を階段状に斬っていく。彼の前には岩肌など熱されたバターのようなものだ。
「粗いところはレメが上から整えていってくれ。お前だって岩ぐらい切れるだろう?」
「それは切れるが、聖剣をこんなことに使うのは……」
言ったところ、青い美しい剣がレメディオスの前に投げ出された。セシルが魔導王アインズに貰ったルーン武器だ。
「頼りにしてるぞ。良い感じに仕上げてくれ」
「えへっ。そうか、そんなに期待しているか。なら仕方がないな」
「あと大声で下にいる二人に警告してくれ、岩が降ってくるからな」
下ではカルカとケラルトが落ちてくる岩から急いで退避していた。あの二人はまったく! といった具合に顔を渋くしている。
「これで強敵とでも出会えればな……というのは不謹慎か」
未踏の地に爪痕を残しながら、彼らの旅は再開された。行くべき場所は多く、この山脈だけではない。多少の予想外というのはあるものだが、ソレと出くわすのはもう少し先の話になる。