山の頂上から見渡す景色は雄大だったが、セシルの興味はそこにはない。魔導国が打ち出したように未知をこそ求めている。滑落による死亡への恐怖はあったが、既に知っている感覚だ。怖いということと見飽きたという感覚は両立する。ある意味それが一番の恐怖だろう。
「ハルピュイアにギガントイーグル……生態はアゼルリシア山脈のソレと似ているな。見たことがないやつはいない」
「それはモンスターにばかり目を向けてたらそうでしょうよ。動物なんかだと新種がいるかも知れませんよ?」
丁寧に地面の草や花、樹を見聞するケラルトはそう言い放つ。姉や主君と異なり、セシルと精神的な距離を保ったままのケラルトからすれば、この男は面倒臭さの極地のようだった。
山を登りきった一行は、フィールドワークをケラルトに任せて周囲の警戒を続けている。薬草毒草希少植物……それらを見抜くには知識が必要だ。一行の中でこの役割ができるのはケラルトしかいない。カルカが持つ知識とはまた違った分野だからだ。
もっとも完全な専門家では無いので、ケラルトも判断がつかない物は街へと持ち帰るしかないが、まず持ち帰る物の選定に知識が必要だった。
「動物とモンスターも変わらないだろう」
「小動物や虫とかまで、貴方は見ないでしょう。なんだかんだと言って、貴方の興味には傾向があるんですよ。強さとか、刺激とか。一歩間違えれば危険人物ですね。この草は私も図鑑ですら見たことが無いですが、どうだっていいでしょう?」
ケラルトの発言に意表をつかれたセシルは、ケラルトの手元にある草をじっと見た。草を凝視すること自体久しぶりな気がした。いや、したこと自体あったかどうか……森で長く暮らしていたというのに。
「まぁ対人関係には多少興味があるようですから、それでギリギリ人間らしいですね。はぁ……」
それは何に対してのため息か。何にせよよく思われていない部分があるようだと、セシルは感じ取った。ケラルトの姉との距離だろうか、主君との関係だろうか? 思い当たるフシが多すぎた。
「今日はここで野宿することになりそうか?」
「そうですね。一旦街に戻ることになりそうですから、それなりの量を持って帰らないと」
「……この山は有望そうか?」
あとになってみないと分からないと返されて、セシルはインベントリから簡易テントを取り出した。夜番として一人で物思いにふけるのも悪くない。
それなりに高い山だ。夜は少しばかり冷え込む。火に枯れ枝を放り投げていると、カルカがやってきた。横倒しにした木に座っていたセシルの横に滑り込むようだった。
「セシルさんは、これからどうするお積もりです?」
「どうと言われてもな。今回は役割があるから、世界の広さを見に行くよ。魔導王との約束もあるしな」
「私は……静かに暮らすのも良いと思うのですが……小さな家でも買って、貴方と一緒に……」
「俺にとっては気が付けば百年経ってそうだな……っと悪い。難癖じゃないぞ」
パチパチと枝が弾ける音だけが残った薄明かりの中で、カルカがセシルに身を寄せようとして……逆方向に急速に離れた。
「カル様。抜け駆け禁止です」
「最初に抜け駆けしたのはレメの方じゃありませんか……」
「こういうのも男の果報かね……それとこれからどうするって話だが、とりあえず宣伝も兼ねてここらの山の探索をして見せて、他の冒険者達を触発させる。それが“金鎖”としての活動だ。それでいいと言ったのはカルだろう?」
魔導国に引っ越してきた時にした会議を思い起こさせると、カルカが頬をふくらませるように黙った。その隙にレメディオスも木に座った。
「だが、あの時お前もなにか言っていたな……目的地の話だったか」
「ああ、このあたりの本格的な探索は、他の冒険者に譲ってカッツェ平野と竜王国の間にある山を調査したい。個人的な欲求だがな」
なるほど。確かに自分は未知と言っても危険を好むのは確からしいと、ケラルトに指摘された点をセシルは思い起こして苦笑した。以前は森で隠者として暮らしていたのだが……世に出るとこうらしい。
カッツェ平野はアンデッド多発地域であり、この世界でも危険な存在を生み出しているという。アンデッドは放っておけば放っておくほど強力な存在が生み出される。もし、セシルを楽しませるほどの敵がいるとしたら、カッツェ平野の中で更に放置されている場所に期待が持てる。
ユグドラシルの世界では強力なアンデッドもいたものだ。それと同格なら文句なしだ。
「まぁ期待薄だが、仕事と両立できるなら良いだろう」
「確かにセシルさんが苦戦してるところは想像できませんね……」
プレイヤーであるセシルと同格など、アインズとその配下ぐらいしか存在しないはずだ。カルカとレメディオスの考えも当然と言える。特に魔導王と接したことのあるレメディオスはそう思っている。
だが、セシルは何か予感めいたものがあった。きっと自分はこの新天地で思いがけない敵と出会える気がするのだ。
いつの間にか自分にもたれかかって寝てしまっている二人に苦笑しながら、こういう出会では無いだろうなと思う。火が消えかかっていたので再び枯れ枝を投げた。