レメディオスソード   作:傀儡兵C

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無双してばかりではアレなので


強敵

 カッツェ平野は常に薄霧を漂わせている。これにはアンデッドの反応があるため、感覚の鋭いセシルにとって居心地の悪い地域だった。

 確認されている建造物の残骸が残る地域を探索し、その文化様式を探るのも今回の任務の一つだ。崩れ落ちた尖塔などは王国のそれに似ていたが、飾り気のない印象を受ける。ケラルトが記録に残していくが、特筆して変わったところは無いという判断のようだ。

 

 だが、この数百年を経た石の塊にセシルは不思議と郷愁を覚えた。縁があるというほどハッキリしたものではないが、どこかで見たことがあるような気がした。

 

 

「意外だ。レメがスケッチが上手いとは……」

「悪かったな、意外で。ふふん、まぁ軍事と地図は切っても切れないものだからな」

「練習なんてしてないから感性によるものですよ。勉強していれば絵師にでもなっていたかもしれませんが、正確に写し取るのが姉様の特技ですねー」

 

 

 意外な人物が持つ特技にセシルは感嘆した。親密になっても知らないことは多いものだ。自分は戦闘関係の他にそんな才は無いという思いがある。

 

 

「カッツェ平野に点在してる残骸を見る限り、なんというか街だったのか? 小規模じゃないよな……でも城って感じもしないし」

「城塞都市か何かだったのでは無いでしょうか。どちらにせよ、こうまで跡形もなく消えるのはおかしい気がしますけど」

「カルの言う通りだな。ある日突然崩れ去ったって感じだ」

 

 

 それでも遺跡化していないのは奇妙だった。セシルがかつていた世界でも滅んだ都市などはその跡を残していた。だが、ここは文字通り平野だ。ポツンと塔や家が点在していたのはいくら何でも無いだろう。

 やはり、ここは期待が持てるとセシルの胸がわずかに高鳴る。あまりに長く生き続けた人間にとって刺激は数少ない。早々に見切りをつけただけに人間関係も刺激の一つとして残っていたのは嬉しい誤算だったが、それとは別の話だ。

 

 魔法で空を飛んでしまえる者に登山の素晴らしさを説いても意味が無いのと同じこと。セシルに楽しみをもたらしてくれるのは、人々が作り上げた未知である。

 絶景を楽しめない哀れな超人にとって、既知から未知へと変わってしまったものこそ救いだ。

 

 

「山を目指して進もう。きっとまだ見つかっていない遺跡なんかがあるはずだ」

「そこに怪物がいれば、なお嬉しいんでしょう? これだから戦士というのは」

「そう言うなケラ。私にも少しは分かる感情だ」

 

 

 レメディオスとセシルの間には大きな戦闘力の開きがあるが、それでも戦士には違いない。あまりに理不尽な手合はかつてのヤルダバオトで、もうゴメンだと思ってはいるが、強者同士の戦いというのが魅力的なことは分かる。

 

 一行は目印や資料を更新しながら、竜王国近辺へと足を進めていった。アンデッド多発地域での休止はいつもより神経を削ったが、レメディオスやセシルが見張りをしてくれるので、カルカとケラルトは充分に休むことができた。

 

 

「……なんだか、霧が濃くなってきたな」

「本当に。戦が行われる日には晴れると聞いたことはありますが、濃くなるというのは……」

「普通の人間にとっては良くない変化でしょーね」

 

 

 周りを警戒しようにも霧自体にアンデッドの要素があるので上手くいかない。そのまま誘われるように東へと足を進め続けた。

 

 

「なんだ、アレは」

 

 

 その果てにそこはあった。山と建物が融合したような奇妙な建造物。人目で建造物と分かるのは、それが直線で構成されているからだ。

 しかし、ここまで見た遺跡とは大分違っているのが一行に違和感をもたらしたが……まぁ奇妙なことには変わりない。

 

 カルカ達が高い建物を見上げているうちに、密かに振るわれた刃に反応できたのはセシルだけだった。鋼と鋼が噛み合い高い音を立てる。

 成立したのはその一撃だけだった。弾き返した衝撃で相手は面白いように吹き飛んでいった。

 

 

「……死の騎士(デス・ナイト)?」

 

 

 カッツェ平野がアンデッド多発地域とは言え、滅多に出てこないという伝説級のモンスター。いきなり斬りかかってきたあたり魔導国産のものでもないようだ。

 ならば倒しても問題あるまい。カル達に己一人でやると口にしようとしたその時、周囲が灰色に染まり、起き上がろうとしていたデス・ナイトの動きが止まった。

 

 

「なんだ、これは!?」

「セシルさん! 後ろに!」

 

 

 ああ、分かっている。そうセシルは思った。

 自分の所有していた武具を装備している3人は動けているが、デス・ナイトは止まったままだ。つまりはこれまでと違った敵がいる。

 少なくとも位階は互角。第10位階魔法、〈時間停止〉。それが使えるアンデッドとは……

 

 

死の支配者の時間王(オーバーロード・クロノスマスター)!」

 

 

 最低でもレベル80を超える強敵。骸骨の後ろに時計の針にも似た漆黒を背負い、こちらを睥睨していた。自然発生した個体なのか、建造物に関係があるのかは分からないがセシルは口角を歪めて強敵を受け入れた。

 

 

「すまないが、デス・ナイトは3人で相手をしていてくれ……俺は、コイツを相手にしなければならない」

 

 

 セシルも当然に時間停止対策はしている。灰色に染まった世界では攻撃は成立しない。そういう法則だ。世界が色を取り戻した瞬間、火蓋は切って落とされた。




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