階段に足をかけて、慎重に登っていくセシル。臆病なようにも見えるが、踏んで発動するギミックなども〈ユグドラシル〉には存在した。それ専用のアイテムを作るプレイヤーもいたほどだ。
セシルは遥か昔の記憶が鮮明に残っていることにクスリと小さな笑みを浮かべた。もうこの世界にいる方が長いのに、故郷はあの時代だと心に未だに引っかかっている。
郷愁は置いておいて、現在に意識を戻す。このあたりの切り替えがセシルは非常に上手かった。
覚悟を決めて足を進めて、次の階へと行く。決心してしまえば、行動は果断に。幸い防御面でも重装備には劣るが、低い方では無い。リカバリーは効く。
あっさりと半端な長さの階段を踏破して2階へと足を踏み入れた。
2階の内装は相変わらず可愛らしい雰囲気だが、黒を基調とした……そう服飾におけるゴスロリに似たフリルやレースをふんだんに使った代物だった。
「どなたか、いらっしゃいませんか~?」
友好的であることのアピールにわざと声をあげながら進んでいく。
「今日の仕事も終わりニャ。キレイに片付けた。シーはキレイに片付けた。明日になればきっとご主人は褒めてくれるニャ」
「……ニャ、ね」
部屋に建つ4本の柱。そのカゲに隠れた中央から声が聞こえてくる。その言葉はセシルに向けられたものでもない。威圧的でも無い。
だというのに、セシルにおぞけを注ぎ込んだ。その声はつい最近までの自分と同じもの。
姿が見えた。人間の半分ほどの大きさの猫がマントをたなびかせ、その背中には翼が生えている。確か、ケットシーという獣人種族の一つだと記憶が蘇る。
彼、もしくは彼女は浮いたまま、ブツブツと呟いていていて話ができるような状態には見えないが、とりあえず声を投げかけなければ始まらない。
「すいません。ちょっと良いですか?」
「……誰ニャ。シーの知らない人間がここにいる。ここにいるのはご主人達だけのはずニャ。ああ、でもお客様には愛想よく。もてなして語らい、猫の偉大さを広める。でも、ここにいるのはシーだけ。他の奴らも呼ぶかニャ。いや、でも……」
「あの……」
セシルは確かにコミュニケーション能力が高い方とはいえないだろう。だがそれを差し引いても異常な会話だった。いや、これは会話ではない。ただ眼の前の存在が独り言を呟いているだけだ。
セシルの脳内にアインズ配下のNPC達の姿が浮かぶ。絶対的な忠誠心。そして、設定に基づいた確固たる性格。仮に、そんな
そう。単純に、狂う。
セシルは知らないことだが、そうした存在はこれまでの歴史の中で幾たびか出現して、社会への圧倒的な敵として立ちはだかったり、崇拝の対象となった。
「ああ……そうかニャ。お前、ご主人達のことを何か知っているニャ? そうじゃなければ現れない。それなら帰って来ないのも分かるニャ」
鬼気が溢れ出す。数少ない拠点NPCとして力を注がれて創造された存在が、よく分からない理屈のままに行動を開始した。
「ちょっと待て。俺は敵じゃないし、ここへは調査に来ただけだ! 落ち着くんだ、俺は猫嫌いってわけでもない!」
「シーはご主人を守る。ここにはいないご主人を。お前を殺せばご主人は帰って来る」
「なぜ、そうなる!?」
吐く言葉に理屈など無い。一つのギルドの拠点NPC。すなわちレベルだけ見れば自分と同等の存在が、襲ってくる。
この戦いの生死に意味など無い。ケットシーは壊れていた。