カッツェ平野での活動はなかなかに刺激的ではあったが、魔導国にとってはあまり利益のない探索ではなかったかとセシルは思う。アインズの中身を知る身としては彼にとって良い息抜きになったとも感じる。
“金鎖”としては純粋に仕事だった。魔導国の冒険者は自由ではあるが、国家に取り込まれている。セシルを貸し出したのも役割の一つである。
もっとも知名度としては“金鎖”の中でも見目麗しいカルカなどの方が上だ。セシルが多少遠出をしても揺るがなかったのはそのためだろう。
帰還してもスムーズに日常は取り戻された。セシルとしても三人に合流できるのは喜ばしいことだ……多くの意味で。
「お前の腕で苦戦する相手がいるというのも、信じがたいな。そんなやつが気軽にいては世界が危うい」
「なんだ、剣の言う事を信じないのか? 大体そういった存在がいるというのは、魔導王やモモンが証明しているだろう。それに噛み合わせ次第では俺でもあっさりと負けるぞ」
「一応こういった場では魔導王“陛下”と呼んだ方が良いんじゃないですかねー。それと仕事してください。うっふふふふ、私ばかりなぜこんなに処理済みになっている紙があるんでしょうね」
あー、と冒険者組合の中で無気力な同意が広まり皆がのろのろと動き始めた。国の機関になるにあたって冒険者は自由だが、報告などの手間は増加した。そこで半冒険者ともいうべき“職員”が誕生した。彼らには一定額の手当が支給されるが、いかんせん向き不向きというものはあった。
そんな中、純粋に冒険者であるはずのケラルトがなぜか腕をふるうことになっていた。
「それはな、ケラ。俺達が一枚書いてる間に、お前は三枚終わらせているからだよ」
「いえ、そもそもー、なんで“金鎖”が手伝っているんですかというわけで!」
意外に読み書きできる冒険者は多いものだが、国へ提出する作業だ。書式作りから始めており、ぶっちゃけ現在の体制自体作り上げたのはカルカとケラルトだ。なので皆が目をそらした。レメディオスもそらしている。
「はぁ……セシルさんが意外にできているのが不思議ですが。速度は遅いですが丁寧な文章なので、やり直しがなくて助かります」
「人に歴史ありというか……ほとんど忘れていたんだが、体は動くもんだ。アインザックさん“職員”の教育を早めてくださいよ。ラケシルさんでもいいですけど」
元々冒険者組合長だったアインザックと、魔術師組合長であるラケシル。非公開だが聖王女だったカルカと神官団団長をつとめていたケラルト。ついでに元の世界での記憶をうろ覚えで持っているセシル。都合五名の車輪である。
「魔術師組合はもう解散したも同然だ。一人二人は手伝いに回しても良いかもな」
「実際、早くしないとケラが動けないので、そうしてくれると助かる。冒険者の呼び戻しの方は上手くいっていますか?」
「いや、やはりというか……こればかりは仕方ない。戻りたい者もいるようだが、一度移籍した手前……というのもあるようだな」
冒険者養成所の草案は後回しでも良いか、などと言い合いながら仕事を進めていく。奇妙な一体感は心地よいが、これが常態化するのは避けねばならないことをセシルは知っている。人はかつてそれをブラック企業と呼んだ。
「やれるところまではやりますが、明日からはカルとケラは返してもらいますよ。元々我々は探索の一番槍として雇われたわけですし」
「むむ。我々もこれではいつ復帰できるか分からんし、仕方ないか」
結局、仕事は夜まで続いた。セシルたちは冒険者組合からそう遠くないところに、一般的な住居を借り上げている。高位冒険者が使うような黄金の輝き亭に毎回泊まるよりこちらの方が気が楽だ。アダマンタイト級冒険者なのにせこいと思われそうだが、カルカたちは自国へ戻ることができない身。そのため自分たちだけのスペースが欲しかったのだ。
夜中、居間でケラルトは一人で眠れずにいた。誰かが起きていると動き出すセシルがそれを感知して、やってきた。
「姉様かカルカ様のところにいなくて良いんですか?」
「失敬な。純粋に眠れないやつを見舞いに来ただけだ」
「それはそれは……私はそう簡単には落ちませんからね、うっふっふっふ」
「まぁ努力してみよう。眠れない理由は故郷の聖王国か?」
「そうですね……正確には東のアベリオン丘陵の書類があったからですが……いまさらですが、私達はあそこへの調査依頼は受けられないでしょうね。親魔導国になった聖王国ではかつての権力者は邪魔でしかないのですから」
言葉には出さなかったが、セシルがそうした密約を取り付けることで生かされていることも察しているのだろう。頭が良いことも考えものだった。カルではなくカルカというのもあえて呼んでいるのだろう。
「それ以前に死人だしな。受け入れられるわけもない。直接確認したわけではないが、聖王国は魔導国にとって都合の良い国に変えられていくのだろう」
「……カルカ様の理想についてよく三人で話し合ったものです。途方もない夢でした。もう私たちにとって夢ですらなくなったと思うと……笑えますね」
セシルは座ったケラルトを後ろから抱きしめる。身内にだけ愛情を向ける彼女にも郷愁の念はあったのだ。
「俺にも国をどうにかする力はない……できるのは枠組みの中でお前たちを守ることだけだ。それでも功績をあげて、いずれ故郷の土が踏めるよう努力してみよう。魔導王の犬である俺が言うことを信じてもらうのは難しいだろうが……」
「うっふっふっふ、信じていますよ。あなたがお人好しということは……私の趣味は人間観察なんですよ」