ド・ラ・ポエルトに到着した日はそれなりに楽しんだが、返事が来る予定の2日めになると皆が退屈していた。観光客向けの街ではないから仕方がない。
それでも街の兵士たちは警戒を怠っていなかった。突然来た一行を警戒するのは当然だが、関係のない場所でもきっちりと仕事をしていた。興味をもってセシルが聞いてみると、これもビーストマン対策だという。
ビーストマンの軍勢は戦線にいるが、人間ではない彼らは思いがけない行動に出る。少数で村や街に現れたりと自分たちの安全も無視しているかのようらしい。ビーストマンにとって人間はどこまでも食料で、多く集まっている場所は料理の広げられたテーブルのように見えているのだろう。
話を聞いていると、レメディオスが共感をもって頷いていた。ローブル聖王国も亜人の領域から身を守るために長城を築いて、常に警戒していたのだ。もっともその末路はひどいものだったが。
冒険者としての任務以上に、そんな目に竜王国をあわせるわけにはいかないと固まっていく決意をセシルは気まずく聞くことしかできない。助けに来たというのは間違いではない。ただプラスでもマイナスでもない意図があることをセシルだけが知っている。
ある意味、魔導国の冒険者として染まりきっているのは彼だけだ。正しく尖兵として任務を果たしに来ている。
「また何か悩んでいるな」
「そう分かりやすいかな。ただ、“虹”の彼らが俺と同じように考える日が来ないように祈っているばかりさ。国に所属するということは楽だがキツいということを」
「私の剣である癖に、深く考えすぎではないか? 今回の仕事は人の助けになることだ。そこに嘘はないだろう? でなければお前が我々全員を連れてくるはずもない」
「まぁそれはそうなんだが。レメは俺が隠し事をしていても良いのか?」
「構わないに決まっているだろう。妹が裏で何をしていたかなぞ、私は知らないぞ。ただ付き合うだけだ。うむ、なんというか満更でもない仲だしな」
レメディオスに理屈で慰められるなど、いよいよ自分もどうかしているとセシルは苦笑するしかない。そう、嘘ではないのだ。苦境にあるこの国の援軍に来た。それは確かだ。
元々がこの国の問題。救い
「うっふっふふ。聞きましたよ。姉様もようやく人に気をつかえるようになりましたか。仕事を全て私とカル様に押し付けていたことが懐かしいですね?」
「何を言う。はっ!? 書類仕事はせんぞ!」
「仲が良いことは素晴らしいですが……向こうも受け入れることにしたようですよ。それとセシル様は夜に時間をあけておいてくださいね」
「なんか怖いぞ、カル……」
しかし宿の横に馬車が止まったのが窓から見えた。なるほど仕事の時間らしい。モックナックたちもまとめて外に出ると。黒塗りに竜王国の紋章が描かれた馬車が二台止まっていた。馬に乗った騎士たちとともに文官風の中年男性が地面に立って頭を下げた。
「お待たせしました。魔導国から派遣された冒険者の方々」
「はじめまして。アダマンタイト級冒険者“金鎖”のカルです。こうしていらしたということは我々の微力を受け取っていただけると考えても良いのでしょうか?」
「おお……アダマンタイト級とは頼もしい。陛下の考えを私が代弁することなぞできはしませんが、大変に喜ばしく感じられていたようだとは申し上げています」
歯の浮くような言い回しだな、と思いながらセシルはモックナックたちにこっそり頭を下げた。使者がアダマンタイト級が来たことだけを喜んでいるからだ。“虹”とてミスリル級冒険者であり、軽く見て良い存在ではない。
モックナックたちは手を振って『気にするな』としてくれたが、どうにもこの使者は細かいところまで気が回らないタイプのようだ。
馬車に乗るにもカルたちには自ら扉を開いたが、他は勝手に乗れという感じだ。世間的な評価そのままと言ってしまえばそのとおりだが……この国大丈夫かな、という疑問をセシルは抱いた。
セシルの懸念はおおよそ当たっていた。竜王国は長年ビーストマンに対抗するため予算の中で軍事費の比率が異常に高くなっていた。さらに他国の援助を期待してスレイン法国に多額の寄進をしてきた。さらにビーストマンの一大侵略が最近あったばかりだ。そこからの立て直しもある。
かけた金額通りの結果が出るわけではないが、それにしても文官の育成に金を大きく割くわけにはいかなかったのである。
「長年にわたって金を寄進してきたスレイン法国は手を貸してくれず。一方でアンデッドが王の魔導国はこちらに魔物傭兵を斡旋してくれて、今回に至ってはアダマンタイト級冒険者を無料で送ってきた……なんだかなー」
謁見の間としては控えめだが豪華な一室に幼い少女の声が響く。それを聞いているのは宰相についている男一人だけだった。
この少女が竜王国の君主ドラウディロン・オーリウクルスだった。もっとも姿を少女と大人で使い分けており、見た目通りの年齢ではない。
「魔導王の狙いはなんだ? 流石に完全な善意ではないだろうが……」
「スレイン法国に対抗するためとか、邪推はいくらでもできますが……結局は魔導王の頭の中にしか答えはないでしょう」
「頭に中身はないけどな」
王国や帝国から来た者の話が伝わり、魔導王が骸骨姿らしいことはドラウディロンも知っていた。恐ろしい智謀の持ち主という話も。
「帝国は魔導国の属国。最近では王国でもその方針で固まりつつあるそうじゃないか。まったくビーストマンに集中したいというのに……」
魔導国の支援が大きくなれば、スレイン法国はいい顔をしない。逆もまた然りだろう。魔導王が自国を選ぶように迫っているように見えて来て、少女の姿をした女王は頭を抱えた。
だが、今回の応援はありがたい。冒険者、それも人間種の者たちだ。気を遣われたのか、甘い蜜かは分からないが……なにせアダマンタイト級冒険者が送られて来ている。もしかするとビーストマンに奪われた都市の奪還も叶うかもしれない。流石にそれは望みが大き過ぎるが、一息つけるのは間違いない。
ドラウディロンは期待を抱いて援軍の到着を待つことにした。まさか魔導王が商売のための好感度上げというごく浅い考えでいることは知らずに。