物資集積所から一日足らず、レメディオスはセシルにもたれかかりながら午睡を楽しんでいた。しかし、突然パチリと目を開けて立ち上がった。セシルはまだうすぼんやりとしているが、レメディオスに揺り動かされた。
「おい、そろそろ我々の出番のようだぞ」
「まだ何も……いや、これは……」
セシルも遅れて気付いたが、それは臭いだった。鉄さびの臭い……つまりは血の臭いだ。恐るべきはレメディオスである。プレイヤーとして図抜けた感覚を持つセシルよりも先に、直感で気づいたのだ。さらに間違いではないと確信して。とにかく非凡な戦士二人は戦いにこうして気づいたのだった。
二人で目が覚めていない者を起こしていく。幸い時間は夜ではなく、昼だ。寝ていなかった者もいたし、カルカとケラルトも目覚めさせた。
カルカとケラルトはレメディオスの言葉を聞くと、すぐに杖を手に取った。これが良かった。もう既に戦場が近いというレメディオスの直感に二人は全幅の信頼を寄せていた。セシルも遅れて察知している。懐疑的な者たちもアダマンタイト級冒険者がこれほど警戒するなら……と信じてくれる。
〈
「本当だ! ここからそう遠くないところで争いのような動きが見える!」
その言葉に兵士たちがざわりと落ち着かなくなった。ビーストマンへの恐怖が蘇ってきたのだ。戦場に復帰するベテランの兵ほど動揺しているのが
「カル、ケラ! 天使を!」
頷いたカルカとケラルトの
だが、その異形自体がここでは頼もしさに変わる。天使たちを兵士の護衛につけるのだ。
「モックナック! “虹”は荷馬車と兵士を頼む! 俺たちは戦場に急ぐ! 荷馬車付きでは速度が出ないからな」
「任された!」
モックナックは躊躇なく答えた。戦線を抜けて来たり、別働隊がいた場合、正直兵士たちでは相手にならないだろう。それを理解していた。しかし、同時に大きく心を占めていたのはアダマンタイト級冒険者に対する信頼だった。彼が信頼するある冒険者に対するような……
「レメに合わせて速度を調整する。カルとケラは多少遅れても構わない」
「走る速度にはどうしても差が出ますからね。姉様のようにはいきません」
「話通りなら私達でも多少のビーストマンはどうにでもなるはずです。お気になさらず」
頷いてレメディオスとセシルは駆け出した。道は無視して草原を行き、その足が地面に触れる度に草は押し潰されていく。
「多少急ぐぞ。加減はするが、ついてこれるか?」
「は……剣に遅れる騎士がいるか!」
ビーストマン相手の戦闘はいつも地獄だ。そう兵士は思った。虎やライオンの顔をした二足歩行している時点で、もう見た目からして怖い。さらにこいつらは自分たちを殺しに来ているのではない。食いにきているのだ。
必死で繰り出した槍はあっさりと躱され、横にいた同僚の顔がビーストマンの爪でザクロのように弾けた。顔は違っても悪意というのは伝わるものだ。ビーストマンたちは明らかに兵士たちを
兵士は思う。自分も冒険者たちがいるところに配置されたかったと。彼らだけが人間でありながらビーストマンと互角以上に戦える。だが、彼らは空いた戦線を埋めに行ってしまった。
五人組を作って一体を相手取る。教わった通りに動くが、当たらない。たまに当たっても分厚い筋肉に阻まれて致命傷にならない。絶望を感じながら、とにかく基本に従う。ここより後ろなど無いのだから……敵が無造作に払った腕で槍を落とす。這いずって生命線の武器を取りに行く。その瞬間に自分の上を影が通っていった。
「ここが防衛線か。兵士たちが槍を突き出してるし」
「なんでも良い。今日は俺たちは人数外だから何しても得になる。さて仕事の時間だ」
飛び上がって兵士たちの前に出たのはレメディオスとセシルだった。敵のど真ん中で暢気に話している姿は竜王国側とビーストマン側の両方に困惑を覚えさせた。
しばらくしてからビーストマンが二人に掴みかかろうとした。セシルに向かったビーストマンは一瞬で細切れになった。レメディオスへと向かった者は頭から縦に半分となった。
「ざっと見た感じ、大物はいないな」
「レメ、左を任せていいか? とにかく数を減らすことを意識しよう」
「ああ、あまり離れるなよ」
「離れても問題ない気もするが……さて、俺のビルドでどこまで効率的に数を減らせるか……」
レメディオスとセシルを冒険者と同じく
「〈肉体向上〉、〈能力向上〉、〈防御強化〉……」
レメディオスは武技を発動させて聖剣サファルリシアを構えた。聖剣の輝きが誘蛾灯のように兵士と敵を魅了していく。特に兵士たちにとって、この瞬間のレメディオスは突然現れた戦乙女だ。聖王国の紋章を付けているわけにはいかなかったが、白を基調とした装備は戦場の色の中でひときわ目立っていた。
「〈ピアッシング〉」
一方のセシルは武技が使えないためスキルを発動させる。セイクリッド・フェンサーのスキルである〈ピアッシング〉は突きの動作を速くする。ユグドラシル時代は地味だが、相手の反射神経を振り切る王道スキルとされていた。セシルはレメディオスと対照的に静謐に集中を始めた。
ここに英雄たちによる殺戮の嵐が吹き荒れる。