まず動いたのは剣士だったが、その攻撃を見れた者はいない。直刀をレイピアのように構えたままに見えたが、硬いものでも削るような音を立ててビーストマンたちが倒れた。見れば縦一直に頭部のあたりに大穴が空いていた。
それが神業でも何でも無いかのように、剣士は少し方向を変えていく。それだけでビーストマンたちの集団に亀裂が走っていく。
たった数十秒で兵士たちとビーストマンたちの間に、空白地帯を生み出してしまった。だというのに剣士は不満げに剣を振って血を落とした。
「一撃で十体から二十体といったところか……やはり多数相手に向いていないな。千回ぐらい振る羽目になりそうだ……」
一方の女騎士は襲いかかってくる敵を的確にさばいていた。剣を一振りすれば確実に一体敵が死ぬ。それでいてビーストマンたちは一体も彼女の横をすり抜けられない。それは騎士としての基本を突き詰めた技巧であり、地に足がついた強さであり、兵士たちの前に鉄壁となって防いでくれる。
「多少強い聖騎士ぐらいだな。立ち位置に気をつければ問題なく防げる。だが……鎧をつけたのがたまにいるな。精鋭か?」
「手間取りそうなのがいたら、こっちに回せ。サクッと片付けるから……にしても、指揮官らしいのはいないな」
「人を食らうような連中だ。いないのではないか?」
「何だと、貴様!」
迫力がありながらどこか高い声と共に鎧と武器を持ったビーストマンが現れた。顔はライオンに似ていて、たてがみを残していた。湾曲した剣に血を滴らせて、後ろに続く者たちもそれぞれ統一されてない鎧を身に着けている。
「驚いた。喋れるのか、貴様ら」
「家畜が口を利いている方が不思議だわい。多少はできるようだが我が部族が来たからには、もう好き勝手させぬぞ」
その言葉に周囲にいた半裸のビーストマンたちも声をあげて、檄を飛ばす。反面、竜王国の兵士たちは槍衾を作ったまま固まっていた。
「は。可愛い猫なら愛嬌があるものを。これでは飼ってやることもできないな。お前たちのようなのを害獣と呼ぶ」
レメディオスが嘲りを込めて笑う。元来、亜人種と敵対することの多かった聖王国に所属していた彼女は、差別的な一面がある。顔が整っているだけに、その罵倒は聞いている以上にこたえる。
「猫だと! 貴様はこのゴヨが無残な死をくれてやる!」
「食べるものはエサ箱から取るように躾けてやる」
レメディオスは聖剣を構えてゴヨというビーストマンと相対した。
口では挑発していたが、レメディオスはゴヨを侮ってはいない。剣を交えなければ感触はつかめないが、直感は自分に近い実力の持ち主だと告げている。
これが部族長クラスだと言うなら竜王国が長く苦しめられているわけだと納得が行く。
「レメ、俺がやろうか?」
「私で問題ない。お前は引き続き周囲の敵を蹴散らせ。我が剣ならば人食いなど一人も逃すな」
「了解……まぁもう始めちゃったんだが」
これまでと違い
「な、なんだ!? 貴様ら何をした!」
「それより……前に集中しろよ。俺は勝手にやってるから」
セシルはゴヨという敵をレメディオスが通さないと信じて、数を減らす作業に戻った。セシルの側に波乱は無い。ただ、このビーストマンという連中はよほど気位が高いのか、一向に逃げようとしない。楽といえばそうだが、こうなると少し不気味である。
「さぁ兵士たち! 俺ができるだけ援護する! 前に出て国を守れよ!」
自分たちだけ働かされるのはどうかと思い、セシルは叫んだ。すると、最初は恐る恐る、次第に大胆に兵士たちは前に出た。槍を懸命に突き立てていく。
「五人だと食われるなら、十人でかかれ! 外野にデカい顔をされたくなかったら突き崩せ!」
セシルに指揮能力はない。だから実際には尻を叩いただけである。それでも怯えが無くなれば人間種もそうそう捨てたものではない。
「セシルさん! 間に合いましたか!」
「神官が走るものじゃないですねぇ」
ちょうどいいタイミングでカルカとケラルトが到着した。セシルは剣風を巻き起こしながら、二人に声をかけた。
「助かる! 俺は一番前に行くから兵士たちのことは任せた!」
了解の代わりに
それにしても一向に崩れない反対側の竜王国指揮官は一体どんなやつなのかと、セシルは思った。
「「〈剛撃〉!」」
流れていく周囲から切り離されたようにレメディオスとゴヨの戦いは続いていた。奇しくも同じ武技を使いながら、撃ち合う。
レメディオスはかつてヴィジャーという亜人と戦ったときを思い出し、冷静に戦えていた。かつての猪武者はもういなかった。セシルという図抜けた戦士と親しくなったことも影響していた。
認めたくはないが亜人種は人間種よりも上の身体能力を持つことが多い。ならできるだけ回避する選択肢を選び、防御せざるを得ない場合は武技をもってする。
そして……
「はは! 大きな口を叩いたわりに防ぐだけか!」
……こいつらは人間種を
「アダマンタイト級冒険者、レメ! 部族長ゴヨを討ち取った!」
かつてと違う名乗りを上げると、敵にわずかなどよめきが走った。
「カル様! ケラ!」
「さすが姉様。ですが全体は崩れませんね。ここ一帯の指揮官であって全体の指揮官ではないのでしょう」
「セシル様に追いついて、敵をもっと追い込みましょう!」
カルカとケラルトに合流したレメディオスは頷いて、自分の剣を探しに駆け出した。