朝日が昇り、作戦を実行するときが来た。といっても攻めるに容易い時間を待っていただけで、作戦もなにもあったものではないのだが……それは向こうも同じようだった。せっかく城壁が残っているのに見張りもろくにいないのだ。おかげで普通に閉ざされた城門まで接近できた。
「扉を開けてくる……
セシルはそういうとゆっくりと浮き上がり、城門を越え内側にたどり着いた。そこには二体のビーストマン。豹頭と獅子頭が槍を持っていた。
突如として現れた人間に驚いている。同胞に合図を出す暇をセシルは与えない。角笛を掴む前に素早く唐竹割りにした。
外には見張りがなく、内側にはいる。ああ、そうか。
遠くから蘇ってくる景色と現実を重ねながら、セシルは
「セシル様! お怪我は?」
「ないよ。思ったより道が広い。乱戦になったら面倒だな」
「そこはそれ。ちゃんと考えてありますよ。姉様とセシルさんはひたすら敵の数を減らしてください。私たちは比較的安全な場所にいますから」
「なにやら俺には想像もできん策があるようだなケラ」
「策というより小細工ですが。うっふっふ」
「……死ななきゃ何でも良い。さぁて、さっさとかたを付けようか」
セシルを先頭に一行は駆け出した。左右をレメディオスと“虹”に挟まれる形になっている。“虹”はチームでアダマンタイト級一人と自分たちを換算したようで、戦士職を盾にして付いてくる。
こちらから攻めたのが幸いだった。ビーストマンとは散発的にしか出くわさないのだ。かつて商店だったであろう路地で一部隊程度の人数と出会ったが、戦闘時間はごくわずかだった。
「なに? 人間が攻めてきただと? そんなわけがあるか。家畜にそんな勇敢さがあるわけもない。仮にそんな連中がいたとしても、さっさと潰せ。俺をわずらわせるな」
ここド・ラ・ノレステの市長室に腰掛ける指揮官であるボリバルはその報告を取るにたらないように聞いている。ボリバルは朝食である人間の足をかじっていた。大体人間の脆弱な軍隊は前進部隊を相手に、儚い抵抗を続けているはずなのだ。
それでもボリバルがここで前線に出ていれば、結果は何か変わっただろうか? そうとは思えなかった。
一方でその存在しないはずの敵は、快調そのもので敵を打ち倒していた。指揮官が動かないため、せいぜいが部族単位での迎撃になるのだ。加えてただの餌場としか見ていなかったため、街の地理も活かせてはいない。
「こいつら……! どれだけの人を食った……!」
「レメ……だが、こいつらがまだこの都市にいるということは生き残りが絶対にいるはずだ。そうでなければ……」
兵站が維持できない。その人を物扱いする言葉をセシルは飲み込んだ。セシルは長い年月を生きてきた。人間が食料とされていた時代も見ている。しかし、真っ直ぐなレメディオスと一緒にいると人間種に肩入れしたくなる。
街を知らないセシル達はおそらく街の中心であろう広場にたどり着いた。そこは地獄だった。街の噴水には誰かの上半身が突き刺さっている。街路は半乾きの血で滑っている。木々にはなにかの肉がぶら下がっている。
ああ、これはもう駄目だ。ここは奴らのダイニングとなってしまっている。朝食の最中に入ってきた不埒者たちをビーストマンたちが見つめて……それが昔見た光景にあまりに似ているから、セシルは数百年ぶりに頭に血をのぼらせた。殺し殺されるのは良いが、敬意の欠片もない……あのときのままだ。
セシルはかかってくる敵をひたすらに切り刻んだ。攻撃のために近付いてくる相手は勝手に間合いに入ってきてくれる。無限に湧いてくるような敵を一振りでなぎ倒す。
「セシル様! 一旦通路に!」
「このままじゃ囲まれますよっと!」
先ほど言っていた小細工とはこれのことか。カルカとケラルトは天使の背に乗り、そこから
久しぶりの興奮に気を取られても、理性を完全に失ったわけではないセシルは一旦、大きく飛び退いた。広場に通じる路地の前に立ち、元の陣形を取り直す。
「すまない。久しぶりに頭にきた。俺も人間種だったのだな」
「なにを今更。それに減点というほど、やらかしたわけでもない。むしろ、私の剣としては当然の反応だ」
「ただ、あの調子だと俺たちの出番までなくなりそうでしたね」
「違いない。後ろの警戒と補助は任せてください。
“虹”の
今のセシルは一人ではない。少なくともこの場において戦力に数えて良い仲間たちがいる。
「今度は無謀じゃなく少し前に出る! 抜けたやつはレメと“虹”に任せる! もし逃げるやつがいたらカルとケラで撃て!」
遠くに一回り大きい建物が見える。あれが怪しいなと思いながら、今度は効率的に直刀を振るう。当初の予定通り数を減らして、敵の勢いを殺していく。そこから抜け出ていくビーストマンも出るが陣形を組んだ“金鎖”と“虹”が迎え撃つ。
「部族長を狙え! 敵の動きが鈍るぞ!」
「了解! 派手な格好で助かる!」
まるで血の渦ができたような構図で、ビーストマンたちは数を減らしていく。ビーストマンのリーダであるボリバルはここでようやく自軍の危機に気付いた。市庁舎は広場に近く、窓からその惨状が見えたのだ。
「クソっ、家畜を相手になにをしているか」
ボリバルは豹頭を歪めながらハルバードを手に取った。そして直率の部隊とともに、まさに渦中へとたどり着いたが、市庁舎からここまでのわずかな距離で人間種の侵攻をさらに許していた。
「家畜にしてはやるようだが、ここまでだ。お前たちの肉はさぞ締まりがあって旨かろう」
ハルバードを突きつけるボリバル。周囲のビーストマンたちは戦いを応援するように、ボリバルの後ろに集結していく。応じるのはセシル。血溜まりを踏みつけながら問う。
「お前たちの言うところの【食料】はどこだ?」
「安心しろ。きちんと一箇所に集めてあるわ。鮮度が落ちてもいかんからな。餌もやっている」
「……人質にはしないのか?」
「貴様! やはり家畜は家畜。誇りというものを解さないようだな! 我らがそのような畜生の陰に隠れるような臆病者に思うてか」
「なるほど……光景からして野蛮なばかりだと思っていたが、亜人には亜人の正義か。魔導国、アダマンタイト級冒険者のセシルが相手をする」
「家畜に名乗る名など持っていないが……この地を狩る者ボリバル。今日は貴様の血肉を愉しむとしよう」
それは本当に最低限の礼儀だったのだろう。だが、セシルはボリバルが種族なりの矜持を持つと知って安心した。少なくとも、これは戦いだ。駆除ではない。
ボリバルは豹頭に恥じない速度でハルバードを構えて突進してきた。対するセシルは根を張ったように動かない。二人が交錯した瞬間、ボリバルのハルバードと胴体は両断された。
「アダマンタイト級冒険者、セシルがボリバルを討ち取った!」
戦場にビーストマンたちの切なげな遠吠えが響き渡った。それが鎮魂歌なのだろうか。終わるとビーストマンたちは再びこちらを狩らんと殺到してきた。
侵略軍と同じく彼らも最後まで降伏しなかった。畜生に対する態度を崩さなかったのだ。
ちょっと削ったけど
まだ戦闘描写過剰かな?