ド・ラ・ノレステの人々はかつて兵舎だった建物に閉じ込められていた。不幸中の幸いはビーストマンたちが彼らを飢えさせる気がなかったことだろう。全員が健康体だった。ただ、一日ごとに数を減らしていく状況に精神は疲弊しきっていた。
職業問わず詰め込まれていたため、しばらく休めさせてから何かの作業を割り振ることが話し合いで決まった。何かやることがあった方が精神的に楽だろう。
特に多かったのは兵士たちだ。彼らは肉が締まっている、という理由で珍味扱いされていたのだ。復帰早々に悪いが、働いてもらうことになった。
「伝令なんてさせて悪いが、俺たちはしばらくここの守りに入らねばならなくてな」
「いえ! 戦勝の報告を前線基地と王都に届けて参ります。それに、また馬に乗れることが嬉しくてたまらんのですよ」
装備を取り戻した兵士たちは見違えるように元気になった。もちろん全員ではないが……やはり職業的に訓練を受けた者は違うということだろう。
現状の街がどこまで使えるかの確認から始まり、バリケードの構築、掃除に葬式とやることはいくらでもあった。伝令もその一つだ。
「一気に燃え尽きてしまうでしょうから、合同葬儀は最後にしましょう。今はビーストマンの臭いをできるだけ消してもらうのが、市民にできる一番の仕事ですね。安心させるため、兵士の皆さんを整列させて巡回するようにしましょう。レメはそちらをお願い。ケラは神殿勢力の立て直しを図ってください」
流石というべきか、気づけばカルカが司令塔の役割に立っている。生憎と都市長がいなくなっていたため、全体の指揮を“金鎖”が執っている。三人はそれぞれの分野のエキスパートだ。短期間の指揮ならば問題なくこなせる。
結果として一番暇なのはセシルということになる。仕方がないのでビーストマンたちの死体を回収して埋めていく。死骸を放置しては疫病のもととなる。憎まれている存在を街中に残すのも嫌がられるだろうから、墓は街の城壁外に作ることになる。
「なにもセシル殿がやらなくても……」
「大半は俺がやっちゃったやつだし……恨みも無いのは俺だけだろう。それに鎧と武器の回収は任せているから」
兵士たちに混ざってビーストマンの死体を運ぶセシルだが、兵士たちが一体を苦労して運んでる横で持てるだけもって一度に五体ほど運んでいる。馬が引く荷台に載せられ満杯になれば街の外まで出発する。
鎧を剥ぎ、荷台に積んで、下ろして埋めるの繰り返しだ。臭いなどから下級兵士に任されている仕事だが、それをアダマンタイト級冒険者であるセシルが手伝うということが、兵たちからすれば信じられない。
「おばちゃんたちに混ざって街路の掃除をするのも、社交力的に厳しいものがあるし……他の仕事はカルに取られたんでここにいるわけだ」
「ああ……カル様良いですよね。せめて巡回組ならレメ様の近くにいれた……生臭坊主共めケラ様を独占しやがって」
「求められたくはないが、俺の目の前でよく喋れるな。俺には世辞も無しか?」
「あででで! お近づきになれて光栄です!」
周囲の兵から笑い声が起こる。竜王国の兵たちは逞しい。今のところ意識をきちんと切り替えられているようだ。それにしても“金鎖”の女性陣はアイドルじみてきているな、とセシルは思う。今の状態から目をそらすにはちょうどいいが、冒険者が都市運営とは笑えない。離れるときに面倒そうであった。
「さて、前線基地と王都はどうでるかな」
こちらの勝手を許すか許さないか。この都市の解放だけで満足はしないだろう。仕事というのは成果を上げれば上げるほど面倒くさくなっていくものだ。一応の線引である3都市の奪還で止まればいいのだが。
前線基地……“クリスタル・ティア”の幕舎は閉じている。その中にいるのはただ一人、長年竜王国を支え続けてきた『閃烈』の異名を持つセラブレイトだけだった。
王都からの物資が届いてから彼はずっとそこに閉じこもっている。正確にはドラウディロン……竜王国女王が前線の代表的なメンバーに送った手紙が届いてからずっとだ。“クリスタル・ティア”のメンバーも入ろうとしない。
セラブレイトは届いた手紙の開封を舌で行うという離れ業を見せてから、手紙の文面を時間の許す限り読み直し、封を閉じてからも頬ずりを欠かさない。
間違いなくあの少女からの思いが込められていると信じて疑わない。その証拠に彼へ送られた手紙は他の誰よりも分厚い。今回は敵の侵略部隊を排除したという偉業から特に、だ。
彼の脳内では戦が終わったあとの展開がめくるめく上映されていた。そんなリーダーのひとときを邪魔する勇気は仲間たちにも無かった。
手紙を貴重品箱にしまうと、セラブレイトの顔は真剣そのものになっていた。侵略部隊を排除したのは確かに大きいが、それだけで戦が終わるわけではない。ビーストマンの国側の都市を三つ奪われている以上、再びの襲来は近い。敵からすればあくまで攻勢の一波を止められたに過ぎないのだ。
外に出たセラブレイトだったが、彼の思考を戦闘から呼び戻す不快なものを目にしてしまった。ドラウディロンからの手紙……それが封を切られずに物資の上に二つも置きっぱなしになっているのだ。
「誰でしょうかね……このような不届き者は……っ!」
セラブレイトはある事実に気付いて戦慄した。二つある手紙の内一つ……己に届いたものより分厚くないか? いやきっと適当に詰め込まれただけだろう。そう己を安心させる。だがもし事実なら……女王よあなたの心を疑うような真似を許し給え。そう念じながら宛先を確認しようとした、まさにその時声が響いた。
「伝令ーーー! “金鎖”がド・ラ・ノレステの解放に成功しました!」
自分より活躍した者がいるその衝撃にセラブレイトは手紙を取り落とした。その封の宛先には“金鎖”と書かれていた。
セラブレイトへの手紙には甘い香水が軽くかけられています。