さて、では予定調和の戦いを始めるとしよう。
方法は前回と全く同じ、取り戻す都市の内側に入り込んで扉を開くことから始まる。今回はその役がセシルではなくセラブレイトであるという違いはあったので、実際に開くまで緊張感が高まっていた。
だが、その心配は杞憂であった。大きな軋みの音を立てて門は確かにその口を広げていった。
「全軍突撃ー!」
将軍の声とともに戦いが始まる。“クリスタル・ティア”が先陣を切り、少し下がって左右を他の冒険者たちが固めていく。典型的な矢の陣形だ。その中には“金鎖”もいるが、今回はセシルは兵の護衛に当たる。
セシルの胸中にある感情は心配というものだろうが、長い人生で形がはっきりしない。ともあれ、一拍遅れて都市になだれ込む兵士たちの先頭を走りながら彼も突入した。
「順調だな。この調子で最後まで行けるだろうな」
上から兵に向かって飛びかかってきたビーストマンを、剣風で突き殺してセシルはひとりごちる。実際、大半は野戦で死んでおり残っている兵数など大したものではないだろう。それでも兵士たちにとってビーストマンの身体能力は脅威であるため、そこは気が抜けないが……そこをフォローする以外に難しい点は特にない。
前線で“クリスタル・ティア”が部族長の首をあげたという声がする。その功績に隠れてセシルは兵から死者を出さず……第二の都市はあっさりと陥落した。
だから問題はその先だった。多くの戦士を送り出したビーストマンたち。彼らが拠点にしていた場所で何があったのか。
「ええい! そんなことがあってたまるか! もう一度探し直せ!」
「すでに三度探索しました、将軍……」
街の中央にあった領主の館で怒号が響いていた。彼が信じたくない気持ちは分かる。誰だってそうだろう。むしろ直に探した兵士たちが一番思っているに違いない。
セシルたち冒険者も街の中を歩いていて、次第に虚無感に囚われていった。人が忌む感情を得る機会の一つ、自分たちの努力が無駄だったという徒労。
「生存者無しか……野戦に出した軍に持たせたのか、ここの連中が食い尽くしたのか、両方か」
「くそっ! 亜人種共め!」
レメディオスは怒りで街路を蹴り上げた。しかし、セシルの考えは間違っていた。後日、何らかの肉が燻製にされて大量に吊り下げられているのが見つかったのだ。原形を留めていなかったので、正確な判別は不可能だったが間違いないだろう。
先の都市でいくらか住人が残っていたのは幸運だったのだ。都市は人あってこそというのがよく分かる。これでは建造物を取り戻しただけだ。
「人間を食う種族など見飽きたつもりでいたが……動揺しているな。先日もそうだったが、俺もやはり人間種なのだな。都市まるごととは……」
「聖王国でも、そんなことはありませんでした」
「防衛がしっかりしていましたからね。ですが、ここの相手は人より強く、そして占領されて長かった」
「許されることではない。この怒りはもう一つの都市に叩きつけてやる!」
“金鎖”の怒りは正しいのだろう。だがセシルは自分にその資格があるとは思えなかった。確かに許されることではないのかもしれない……ならば自分はどうだろうか。そのビーストマンたちを虐殺したのはセシルだった。
森を出て、人を愛する道を選んだのだ。今更降りることなどできるはずもない。現在の自分の立場に相応しい責任を果たさなければならない。
「カル、レメ、ケラ。戻ろう。次の都市に攻め入る話し合いだ」
三人を守ろう。だが……次の都市では生存者がいると良いな。そんなことを思う自分を受け止めながらセシルは都市の中央に戻り始めた。
話し合いではやはりこの都市の存在が問題になった。現状、ここには守るべき存在などいない。すでに奪われた後だ。しかし、一方でせっかく取り返した拠点を捨てるのはいかがなものか、そういう声も当然に出てきた。
「次に全力を注ぐべきだ。最後の都市はビーストマンの国と近い位置にある……ここを押さえれば侵入を防ぐ第一の盾が復活するわけだ。取り返した二つの都市はどうせすぐには復興できないのだから」
「しかし、この都市も合わせて三角の形をもって防いでいたのだ。敵に別働隊がいて奪い返されるのは実に惜しい……」
「とは言いますが、ビーストマンの戦士とこちらの兵士の力量差……これがある以上は半端な数を残していってしまえば、逆効果ですね」
主戦論を唱えるセシルを援護するように挟まれたケラルトの言葉に、将軍はぐっと声をつまらせた。そもそも奪われ、追い詰められて今までのようになっていたのだ。打開するには進軍でも防衛でも、全力をもって当たらなければならない。あるいはもう一つの方法。
「では冒険者全員で都市を奪還し、漏れ出た敵だけを兵士たちが相手にするかですね」
「セラブレイト……」
セラブレイトの言はまったくの誤りというわけではなかった。冒険者……特にミスリル以上ならばビーストマン以上なのだ。実際この街を取り返すときも、以前に野戦で形勢を逆転させたときも、言っては何だが兵士たちは守られていた。
それでも彼らが必要なのは広範囲をカバーするためだった。彼らが食い止め、我々が討つ。そうするためだ。
……言ってしまえば楽になるだろうか。セシルが一人で攻めればいいということを。だが、狂人扱いであろうし、そもそも“金鎖”はいつまでもこの国にいるわけではないのだ。せめて彼らの国に属する冒険者に覚悟を持ってほしい。
「……セラブレイトの言うことも一理ある。攻め落としてから考えれば良いことだしな。我々だけなら向こうの強者に蹂躙されることもない」
「では、意見の一致を見たということでいいのかな?」
「……ああ」
「ならば先鋒は我ら“クリスタル・ティア”が受け持とう! 諸君は安心してついてくると良い!」
「将軍もそれで?」
「もとより我々は君たちにすがるしかない立場だ……それにいつまでも言を戦わせても、この街の二の舞いを演じるだけだ。大丈夫だ、むしろ漏れ出たビーストマンを打ち漏らさないという責任が生じることも理解している……頼む、この国を救ってくれ」
それぞれが納得して部屋から出ようとする。セシルはケラルトに囁いた。
「せっかく、バランスを保ってくれたが……加減なしでいく。ここでの評判も、全て捨ててな」
「やれやれ。目立ちたくは無いのに英雄爆誕ですね。うっふっふ」
ケラルトもこの街の末路に思うところがあったのだろう。止めることはしなかった。セラブレイトには自分で輝いてもらうとしよう……そう思いながら廊下に出ると、今までいた部屋から声が響いた。
『申し上げます! 首都から応援が進発したとのこと……それと、ドラウディロン陛下のお言葉ですが“驚かないように”と!』