レメディオス・カストディオは良くも悪くも有名な人物である。先代聖王女カルカの両翼の生き残りであり、カルカ亡き後はその苛烈さで知られてきた。
聖王カスポンドはその彼女が戻ってきていないという報告を受けて、眉をひそめる。実はこのカスポンドは魔導国が用意したドッペルゲンガーであり、彼の地の王のために働いている。
あれが聖廟に無理やり押し入ったという話を聞いた後で、この未帰還である。既に聖騎士団団長で無いにせよ、レメディオスは一定期間内に首都へ帰り、首尾を報告する義務がある。
カルカを失った彼女は精神的に異常を来しており、ある程度の暴走はあり得る。しかし、タイミングが良すぎる。
「ハンゾウ殿、お願いできますか」
和風の服装をした人間型モンスターが一瞬で消え去る。レベル的にもドッペルゲンガーとは遥かに差がある存在であり、諜報に特化している。
聖廟から何かの情報を持ち帰り、あるいはそれをもとに追跡までやってのけるだろう。
カスポンド・ドッペルは念のため、上司に計画の修正をする必要があるかと問う考えを練り始めた。
一方で復活したカルカ達一行は如何にして、リ・エスティーゼ王国へと向かうか思案していた。一番近い都市はリ・ロベルで、聖王国との航路もある。
しかし、レメディオスを除いた一行は身一つで、出国のための鑑札なども何も持っていない。と、なればいささか情けないが陸路を取って、自分たちの国の砦をすり抜けて行くしかない。信仰系魔法なら、以前使ったように
「出奔については何とかなりそうだな。しかし、お前さん方は無事向こうに付いたとして、どうやって生きて行くんだ?」
セシルは元の通り隠者暮らしで構わないが、この三人はそうもいかないだろう。かといって身分を明かすのもはばかられる。
「そうですね……偽名で冒険者や
「なんだ、その冒険者っていうのは」
「これだから世捨て人気取りは……常識というものが無いな」
「いえ、セシルさんも姉様には言われたくないと思いますが……冒険者やワーカーは依頼を受けてモンスターの討伐をしたり、貴重な品物を獲得する職業ですね。それで得た報酬で生活する者たちです」
「ほうほう。まぁそれなら腕前があれば大丈夫だろうが……」
セシルは説明を受けて理解はしたが、微妙な気分になる。レメディオス達のレベルは大体が30程度。レベル100のセシルからすると、不安に思えて仕方がない。セシルはこの世界の基準を思い出せなくなってきていた。
「カルカ様にそのような仕事をさせることはできん。何不自由無い暮らしをするまでは私と訓練兵が戦えばいいことだ」
「素で巻き込んできたな……俺が断るとは考えないのか」
「なに? 断るだと? 聖王国の民として、そんなことが許されると思っているのか」
「だから俺は聖王国の民じゃないって……」
一行は徒歩でリ・ロベルまでの道のりを行くことにした。馬を買うというのも考えたが、そのための資金にはセシルが手持ちのアイテムを売らねばならない。
手伝う気は段々と起こってきていたが、損をするつもりはない。加えてセシルのアイテムはこちら側の世界の物とは違う。ユグドラシル産のアイテムを売れば足がつくだろう。
こうして、必要最低限の物だけ持った旅になった。カルカ達三人はフード付きのマントで姿を隠しながら歩いている。
そうした生活が3日ほども経った頃だろうか? セシルはピタリと足を止めた。首筋にひやりとするような感覚がある。これはスキルでも何でも無く、長く生きたことによる感覚だ。
「お前さん方、できるだけ走ってここから離れろ」
「何か、セシルさん?」
ケラルトが訝しげに問うてくるが、説明している暇は限られていた。
「追手だ。それもかなり強い。レメディオスも意地でも連れて行け、こっちに残られると邪魔だ」
ケラルト達が走り出したのを見届けた後、セシルはしばらくその場に留まった。気配はこちらの警戒ぎりぎりの位置にいる。隠密に長けた相手のようだ。
わざわざこの一行を追ってきた上に、人数を知られた。ひょっとすると方角から行き先を予想されるかもしれない。
こうなると相手の手は逃げの手を打つだろう。ならば――
「正解か分からないが、排除させてもらおう」
セシルは気配の方向に向けて、全力疾走を開始した。相手の気配が離れるような動作が感じられた。隠密職が本気で隠れたならば見つけるのは難しい。
「とでも思ったか。生憎、隠れている場所を当てるのは得意なんだ」
平野にぽつんとある林。
「こいつ、確かユグドラシルの……!」
レベル80台のヒューマノイド系モンスター。だが、隠密に特化した反面、同レベル帯のモンスターより戦闘能力は低い。
互いに身動きが限られた状況で、セシルはハンゾウを視認した。
同刻――遥か彼方の地である人物が呟いた。
「ハンゾウの反応が消えた?」