セシルが指さした先に、例の黒馬車が停めてあった。それも墓地の敷地内にだ。いくら貴人であっても、おかしなことだろう。墓石は綺麗に整列していて、雑多な印象は皆無だ。それらを統括するかのように霊廟が建っている。
「連中なんだが霊廟の中に入っていった。中にある仕掛け扉を弄るところまで見てから、ケラとレイナース殿を待っていたわけだ」
「そのまま付いて行かなかったんですか?」
「一緒に霊廟内に入るのですらバレそうだったんだよ。俺はレンジャーやシーフじゃないから隠蔽も完璧じゃない……さてどうするか。子どもはろくなことに使われないだろうが……いっそのこと正面から行くか?」
この問題の面倒なところは、帝国人以外は人間扱いされないところにある。つまり何をしても問題が無い。そう計算した上でやっている。
そして墓所という場所柄を考えれば……彼らが子どもたちをどう扱うかは容易に想像できた。
「姑息だな。張り倒したくなる」
枯れた怒りがくすぶるのをセシルは感じた。ビーストマンのように種族的な違いすら障がいにしない。事実として帝国の法に触れないように計画されていた。いざとなれば自分は無関係ですと言うための準備がされている。
「ん~、これって本当に帝国の法律に違反してないんですかね? もう言っちゃいますけど、過去にあった事例からすると邪教の生贄の儀式でしょう?」
「しかし使われるのは正式に購入された奴隷ですわ。帝国の民が交ざってもいない限り、ただ貴族の評判が悪くなるだけですわね」
「では神殿法ではどうでしょうか? 四大神信仰とはいえ、帝国では独立勢力になっていますよね。それを逆用して適用すれば……帝国と神殿の双方からの干渉が必要になりますが」
「それは……死者を出さずに裁かせる形に持っていけば何とかなりそうですわね……」
レイナースには呪いを解くために神殿勢力と交渉したコネクションもある。そして現在、魔導国の属国と化したことで帝国は神殿勢力と険悪になっている。つまり帝国貴族が愚かなことをしていたと知れば、喜んで攻撃材料にするということだ。
まさに逆用だ。仕えている国の立場を悪くすることで、事態の解決を図る。他の帝国四騎士なら絶対に選べない道だろうが……レイナースだけは違う。
「いいでしょう。ただし、条件がありますわ」
「帝国四騎士の出す条件……複雑そうですね。うっふっふ」
「いいえ、簡単ですわ。私を魔導国で受け入れてくれること。そして……セシル殿が私の呪いを解呪してくれること」
レイナースが金色の布を上げる。いや、布に見えていたのは美しい髪だった。だが、それで隠れていた顔には肉でできたフジツボのようなものや、活火山を思わせる肉腫があった。もう半分の顔は非常に美しいため、どこか冒涜的な印象さえ与えてくる。
これにはケラルトも驚き、同じ女性として同情さえした。だが、それは恐らくレイナースが最も嫌う感情だろう。ケラルトは内心を隠すため、セシルに視線をやると彼の目には多少の興味があるだけで、嫌悪感は全く無かった。
「……治せます? セシルさん」
「多分な。駄目でも我らが王様に紹介ぐらいはしてやれるよ。まぁそこまでする必要は無いだろうけど」
この人の魔導国での立ち位置もよく分からない……とケラルトは時々思う。だが、自分とカルカを原形を留めていない状態から復活させた人物だ。呪いを解けるという言葉に嘘があるとは思えない。セシルの力量に対する信頼はカルカに対する忠誠と同じくらい確かだった。
「では、できるだけ顔を覚えられないように。そして殺さないように行きましょう。相手はほとんど一般人も同然ですから」
馬車の御者も中に入っていったので、ここからはそれほど隠密に気をつかわなくていい。霊廟の石扉を開き、奥の方にある石の台座に近づく。
「これの下の方を弄って……音がするところまで押し込むと……おっ」
台座が動いて地下へと続く階段が姿を現した。レイナースが用心槍を抜き、ケラルトが杖を構える。
セシルはインベントリから訓練用の木剣を取り出す。これなら相手が死なないようにできるのはアインザック相手に経験済みだ。
「別にふざけているわけじゃないぞ」
「分かってます……それでも当たりどころが悪ければ死んでしまいそうですが……」
「ええ……頭に当てるのはやめた方が良いでしょうね」
ひどい言われようだ。結局、正面からいくことにしたのはケラルトだというのに。セシルはそう思ったが、言わないだけの分別は持っていた。代案など無いからだ。
出現した階段を降りていく、途中一度折れ曲がってはいたが結構な深さだ。ケラルトの言う邪教の住処にお似合いと言えるだろう。
ところどころにある魔法の光で、足元は十分に明るい。転倒したりはせずに済むだろう。降りきるとそこには空洞が広がっていた。壁のようなものはなく、むき出しの大空洞で天井が落ちてきたりはしないだろうかなどと思ってしまう。
奇怪なタペストリー、赤いロウソク、かすかに漂う血の臭い。良いところを探すのが難しい場所だ。
木の扉があり、追っていた貴族と御者はおそらくそちらにいるのだろう。だが、扉を開く前にセシルとレイナースは硬直した。扉の奥にある気配は一人や二人のものではない。耳を澄ませば奇怪な叫びも聞こえてくる。
どうやら邪教の儀式の日とやらに当たってしまったらしい。しかし好都合でもある。神殿勢力に訴える儀式の現場を押さえることができる上に、貴族たちは一箇所に集まってくれている。
「行くぞ」
扉を開くと真っ黒い神官服を着た男がいたが、木剣を腹に当てると動かなくなった。護衛の類はあまり充実していないらしい。一行は大義名分を満たすために儀式の場を、子どもたちを救うために囚われている場所を探すために動き出した。
ちょっとテンポ悪くなったか