レイナースの件も方針が決まり、残る問題はクレマンティーヌだけとなった。アレは牢屋に入れておくのも難しい上に、監視にこちらの手が割かれ過ぎて身動きが取れない。
ケラルトが交渉でクレマンティーヌの身柄を魔導国に移すことに成功したのは、僥倖だった。だが、まず会談の終了を皇帝に告げなければならない。
「実際のリーダーはカルなんだが、ここに来て厄介なことになったな。この場合、どうすれば良いんだ?」
「たまたま先頭を歩いているのがセシルさんでした、で行きましょう。ある程度、実力のある方たちからは嫌でも注目されますから。カル様も髪型と色を変えて目立たないようにすればいいでしょう」
「色を変えるってどうやるんだ? 染め粉?」
「いえ、というかその辺は無知なんですね。
「ええ、でも髪質的には気になるんですよね。この際、仕方がありませんが」
ケラルトが取り出したのはゴムボールのような球体だった。色は真っ黒になっていて、コールタールのような印象を受ける。それを思い切りよくカルカの頭に投げると、生き物のようにカルカの髪だけを黒で覆った。
なるほど、“マジック”と付くだけあって実に都合の良い部分だけの色を変えている。
その髪を後ろでまとめ、前髪も分ければいつもとは違うカルカの完成だ。
「カル君はなぜそんなことをしているんだね」
「カル様にも事情があるんですよ。あまり根掘り葉掘り聞かないようにお願いしますね……うっふっふ」
アインザックの質問に暗い笑みで答えるケラルト。それに対してアインザックは苦笑で応じた。
元より冒険者などというのはおかしな人間の集まりだ。貴族が混ざっていることもある。カルカがそうした高貴な生まれというのは、ケラルトとレメディオスの態度で明らかだった。
「そもそもカルを連れて行かなければ問題ない気もするがな」
「そこはアダマンタイト級冒険者。人数もリーダーもしっかり伝わっていますからね。姉様がいない上にカル様までいないとなると、いくらなんでも人数が少なすぎます」
「組合長たちもいるんだし、心配しすぎだと思うがね……それに今回の目玉はレイナースだろう?」
帝国四騎士の座を捨て、冒険者になるというのだから注目度は高い。そのレイナースは進退を告げに、先に皇城に行っていた。実際にはとうに手続きをして、今日は気持ちに変化がないことを伝えただけだろう。
「まぁバレてもなにか出来ることはあるだろう。それじゃあ行くとしましょうか。ケラ、案内を頼む」
「はい。組合長たちは後ろでドンと構えててくださいね」
「俺たちの方が弱いから、なんとも言えない気分になるなぁ」
「責任者は一番前か一番後ろですからね。皇城に着いたら一番前をセシルさんがお願いします」
皇城は壮麗の一言だった。どこもかしこも磨き上げられ光沢を放っている。白と金をベースにした色合いは清潔感と豪華さを両立させている。
それが謁見の間になると突然、黒と金に変わり圧力をかけてくる。なるほど色々と考えるものだとセシルは感心しきりだった。
「魔導国冒険者一同、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
セシルは慌てて周囲と同じ姿勢を取る。ひざまずかずに立ったまま礼を示す。魔導国が宗主国ではあるが、挨拶をする者は立場が上ではないからこその半端な挨拶だろう。
それに対して皇帝も玉座からは立ち上がらずに、されど両手を広げるポーズを取った。あちらも迷った末の対応なのだ。
「高名な“金鎖”の面々に会えて、こちらも嬉しい。今回は帝国の恥部を見せたようで、全く申し訳ない。それに加えて手に負えない犯罪者を引き取って貰えるとか?」
「はい。あの人物を一般牢に入れていては監視に時間がかかりすぎて、こちらも身動きが取れないので……一刻も早く魔導国内に移送したいと思います」
「恥ずかしい話だが助かる。こちらの騎士からも報告は受けている……ところでこちらの騎士レイナースが移籍を願っているが……そちらとしては?」
「本人の希望とあらば受け入れる準備はあります」
ケラルトと皇帝ジルクニフの確認のための白々しい会話が続く。いつまでも続くその茶番を右から左へと流しつつ、セシルは周囲を目だけで追ったが、最初に会ったニンブルという騎士と、その反対側にいる偉丈夫を見つける。確かに彼らはセシルを注視していた。ケラルトの考えはなるほど当たっていたようだ。
ニンブルは警戒といった感じではあるが、巨漢の騎士……バジウッドは興味深くセシルを見ていた。精神的にタフなのだろう。恐怖も萎縮もない。セシルとしても好感が持てるタイプのようだ。
そんなことを考えていたのが隙になったのか、ジルクニフの話題が変わる。
「ところで……“金鎖”のリーダーは美しい金髪の女性という話だったが……見当たらないようだな。確か名前はカルといったか。是非お目にかかりたいと思っていたのだが……」
「勘違いではないでしょうか? カル様はこの通り黒髪のお方ですが……」
「それは染料だろう? 騎士たちの報告は受けていたし、風説も知っている。そして、ケラルト・カストディオと、今ここにいないレメディオス・カストディオの存在を考えれば自ずと正体は見えてくる……カルカ・ベサーレス。なぜこの帝国に来た」
甘すぎたか。レメディオスの名前もどこからか漏れている。監視任務中に何かあったのかもしれない。加えて属国になったということでジルクニフの能力を甘く見ていた。彼は圧倒的な力を持つ魔導国の前にはいくらでも下手に出るだろうが、ローブル聖王国にはそうではない。
ニンブルとバジウッドが悲壮な顔で剣を抜く。応じるようにセシルもシチセイを取り出した。一触即発。さて魔導国の気楽な冒険者稼業もこれで終わりかと思う。
そして、そんな修羅場を覗く白髪の老人がいた。
ジルクニフ君は最初から分かっていた感じ