“雷光”の異名を取る帝国四騎士バジウッドは愛用の黒い大剣を構えながら、左手で金色のあごひげをしごいた。彼は軽いノリを表に出す男だが、皇帝に対しては最も忠誠心のある騎士でもある。ゆえにこうして剣を抜いて立っているのだ。敬愛する主君が愚か者でないことを知るからこそ、立っていられる。
敵……と呼んで良いのかは分からないが、相手側で戦意を見せているのは一人だけだった。片刃の直刀を横に向けている剣士。まるで敵手を迎え入れるかのような構えだ。
「(ニンブルの言っていた超やべぇやつってのはコイツだな。一度会ってみたいと思っていたが、一度会えば十分だなこりゃ)」
その剣士から放たれる圧力。
かつて、訪れたナザリック地下大墳墓。そこで出会ったアインズ・ウール・ゴウンとその側近達を思い起こさせた。
さらには同じ人間種で、同じように剣士ということで生物としての格だけでなく、心技の差さえ見えてきてしまう。
「(構えからして我流。暴力沙汰に慣れた手合で手段も選ばねぇな。こういう場で出会わなかったら仲良くできそうな気がするが……そりゃ俺らの皇帝陛下次第か)」
我流ということは決して侮れる要素ではない。いわゆる型がないため回避や反撃では、流派を学ぶものたちに後れを取るが、攻撃の際は何をしてくるかまるで読めない。バジウッドも路地裏で生きてきた半生があるためよく知っている。その上で悪態をつきたくなる。
「(隙だらけなのに、隙がねぇってどういうことだよ。反則じゃねぇか?)」
セシルの構えは確かに我流だが、数百年の時を刻んだ我流なのだ。正調剣術? 人間とは違う体形の剣士? 全て経験している。大体どうすれば対応できるということを身につけた、理不尽の塊だった。
「(頼んだぜ、皇帝陛下。分かっていて、くちばしを突っ込んだってな)」
バジウッドは命をなげうつ覚悟ができている。そのうえで、ジルクニフに対して祈るように信頼を寄せる。どうか最後が下手をうった行動の果ではないようにと。
バジウッドは馬鹿な心配をしたと思った。皇帝は悠々と玉座に腰掛けて、顎を手で支えながら反応を待っていた。
「何か勘違いをさせてしまったようだな。双方、剣を収めてくれないか。何か冷たい飲み物でも持ってこさせよう」
ジルクニフの言で我を取り戻した侍従が走り去っていく。それと同時に、剣士たちの戦意も去った。セシルは何事も無かったかのように剣をインベントリへと戻した。応じてニンブルとバジウッドも剣を元の場所へと戻した。
ニンブルの額には玉のように汗が吹き出て、バジウッドはこれだけで肩が凝ったとアピールした。
「隠しても無駄なようですね」
「普通の相手ならそれで良かっただろうが、皇帝として他国の元首ぐらい調査させている。特に私は嫁取り前だからな。政略結婚も考えて似姿絵なども見ているのだよ。市井の暮らしに慣れすぎたなカルカ……いや、カル殿」
あくまで冒険者として扱うという発言に、カルカは胸を撫で下ろした。市販の
その時、侍女が三名入ってきて各人に飲み物を配っていく。上質の果実水でユグドラシル産の料理には劣るが、その冷たさが一行の緊張をほぐす。
「さて、私は魔導国の方針に口を出す気はない。あの魔導王陛下がカル殿の素性について知らないなどということもないだろう。そのうえで、なぜこの国に来たと問いたいのだ。あなたの存在は現聖王国の内乱の種になり得る存在だ。同時にいつ消されるかわからなくもある。失礼な言い方だが聖王女時代のあなたは八方美人だったからな。野心を持つ度胸もないはず」
言ってしまえばカルカは絶対に魔導国に逆らえないのだ。裏切る要素が潰されている女が、何を調べに来たのか。それをジルクニフは問うていた。
ジルクニフに悪意はない。軍団の一部をアンデッドへと再編制している時点で、逆らえないのはジルクニフも同じなのだ。だからこそ裏切りを疑われているのなら潔白を。期待されているのなら、それを果たさなければならない。
前者は無いだろうから後者だ。今度は何をせよと言われているのか……それが知りたい。
「あの……とても信じられないでしょうが……」
「うん?」
「純粋に冒険者としてここには来ているのです。考えてください。今、この場で誰が一番価値のあるものか……そして、その場合なぜ私がこのパーティにいるのかを」
ジルクニフは少し考えたが、カルカの耳が少し赤くなっているのを見つけた。いや、まさか……そんな理由で?
だとしたら傑作だ。冗談にしかならない。
「ハハハッ! “金鎖”か! なるほど! それなら理解できる! だが納得するには少し時間がかかりそうだ!
カル……殿が? それともお前たち全員か!」
この場で最も価値のあるもの。それが者ならば確かにその通り。“セシルという戦士”の価値が諸々の事情や、更には帝国よりも重ければ……そして、絶対に裏切れない三人の女がその弱点としたなら、これは途端に単純な話になる。
“金鎖”はセシルという男を縛り付ける。文字通りの鎖というわけだ。それにしてもセシルという男も物好きなことだと言わざるを得ない。わざわざ問題になりそうな者を大事にしているとは。それに加えて今回でレイナースもだ。さらに引き取る重犯罪者も女と聞いている。こういうのも女難といえば女難なのかもしれない。
「これほど笑ったのは久しぶりだ。そして、その男の価値もな。魔導王陛下が我が帝国よりも重いと判断されるほどとは。そんな存在の不興を買うのも面倒だな。この国では自由にするといい」
「ありがとうございます。陛下」
それまで黙っていた組合長二人も事態が落ち着いたと見て、声をかける。
「皇帝陛下。今回の調査は魔導国から東方に向けてのもの。カルサナス都市国家連合やトロールの国への往来も許可していただきたいのですが……」
「ああ……カルサナス都市国家連合へは通行手形を発行させよう。ただ、トロールの国とは当然、国交と呼べるものはない。備えている軍団への命令書ぐらいは出そう。それにしても……魔導王陛下はどこまで突き進むおつもりなのか。このまま続けて失礼をしては意味がない。書類は屋敷に届けさせるゆえ、もう退出されて結構だ」
「ありがとうございます。俺が言うのもなんですが……そんなに帝国を悪くいうようなことはしませんので、ご安心を」
「セシル殿はセシル殿で大変そうだな。信じさせてもらおう。それと……武運を祈るで良いのかな? この場合」
緊張の謁見は予想外に笑顔で終わった。一行は肩の荷をおろしたような心持ちで謁見の間を後にする。すると、退出して門衛が見えなくなった途端に声をかけられた。
「はぁぁぁぁ! あの、もしや師の遣いの方でしょうか!?」
髪もヒゲも白く長く、数々のマジックアイテムを身に着けた老人だった。この人物こそ世に名を知らしめている大魔法詠唱者、フールーダだと、セシルたちもこの時はまだ知りもしなかった。
セシル、おかしな人について行っちゃ駄目よ