チャリ、という音を立てて
銅でできたプレートには魔導国の紋章が刻まれている。これは魔導国の冒険者の独自性によるもので、公務員の証とも言える。他の国の冒険者にはそんな縛りはなく、河岸を変えたりもするが、魔導国の冒険者は魔導国の意向によってのみ動く。
この冒険者プレートは賛否両論だ。他所の冒険者の中にはアンデッドの国に仕える者かと捉える者もいれば、国家が後ろにある以上無体な真似をすることもないだろうと見る者もいるわけだ。
アインザックとラケシルがいたのは幸運だった。異国の地でも魔導国の冒険者登録ができたのだから。
「すまないが、規則でね。いきなりアダマンタイトというわけにはいかない。特に魔導国の冒険者は昇格の審査も厳しくなることが、予想される。今までのように一気に飛び越して昇格……というのも難しいだろう。“金鎖”に同行するのは問題ない」
「君ならオリハルコン級でもおかしくはないんだが……」
「いいえ、自分の立場は分かっていますわ。それに呪いが解けてから少し弱くなった気がしますの。もちろん、あの顔に戻るのはゴメンですけれど」
帝国四騎士から最下級の冒険者という凋落を、レイナースは意外に楽しんでいるようだった。装備もあの真っ黒な魔化された全身鎧を返却して、自分の財産から出して仕立てた白を基調とした装備になっている。武器は短槍より少し長めのいわゆる用心槍という歩兵じみた物だ。
「それにしても魔導国初の新入りじゃないか? エ・ランテルにいる連中含めて俺たちは移籍だの単に居残ってただけだったりするし」
「お前の訓練兵時代が懐かしいな……あの頃はただの胡散臭いやつだったが……」
「おや、今の俺は胡散臭くないわけだ。どうしてかな」
「いや、それはだな……そう! 人間的になったからだ! 決して他意はないぞ!」
レメディオスも楽しんでいた。しばらくの間、クレマンティーヌの監視という任務があったため、ほとんどセシルと顔を合わせることがなかったのだ。
しかし、実際にセシルも人間味が出てきた。相変わらず表情の変化は乏しいものの、言葉は場に沿ったものになりつつあった。
「はい、はーい。皆さん、これからの行動方針を決めますよ。集まってくださいー、というか組合長の仕事じゃないんですかね。こういうのって」
「ケラが取り仕切った方が真面目な雰囲気になりますよ」
「カル様……カル様がリーダーなので素直に喜べないのですが……」
ケラルトがテーブルの上に大きく広げた地図のもとに皆が集まる。大雑把だが近隣諸国とわずかに中央の国が載っている。どこから用意してきたのかケラルトは刺繍に使うピンのようなものを刺していく。赤い玉が付いた針が帝国の位置に突き刺された。
「まぁ今更説明するまでもありませんが……我々は現在、帝都アーウィンタールを中心に活動しています。これまで冒険者組合で把握していなかった山脈や森林などの調査は八割方完了しています。念の為、残りも調査する予定ですが……まぁ大したものも出ないでしょう」
これらの調査記録は帝国にも提出済み。特に隠さないといけないような場所は見つかっていない。もちろん希少な薬草などはあったが、場所さえ把握しておけば問題ない。だが、大したことがないというのは早計だ。そちらの可能性が圧倒的に高くともだ。
石橋は叩きすぎて悪いことはない。
「そっちも慎重にしよう。時間がかからないことは確かだが、手を抜くのは良くない。我々はいわば地図と辞典のくっついたものを作ろうとしてるわけだしな」
ユグドラシル時代には
いわば自分たちはそれを作ろうとしているのだ。それも多くの人に閲覧可能な状態で。ならば出来の良いものにしなければ冒険者の称号が立ち行かないだろう。
もっとも、それが良いことであるかはセシルには分からない。アインズは冒険者のあり方として未知を既知に変える存在として冒険者組織を再編した。だが知識とは力だ。自分たちが得た知識を広く分け与えた結果がどうなるかは想像がつかない。もしかするとこの世界の人々がプレイヤーを追い越す日もいずれ来るやもしれない。その時アインズやセシルのような不老存在がどう動くかも分からないことだ。
だからセシルは思うのだ。逆に“分からない”で良いのではないかと。知識と武力を分かち合っていけば環境は変わり続ける。未知は永遠に途切れない。
「変なところで真面目になりますね。ではそれはそれで進めるとして……次はどこを調査するかという問題が残っていますね。カルサナス都市国家連合とトロールの国、どちらへ進むかということですが」
「無難に行くならカルサナス都市国家連合だろうな……」
セシルは控えめに発言した。どちらも魔導国とは現在、縁のない国だ。ならば近しい文明のある都市国家連合と親交を結ぶべきではないかと考えたのだ。
冒険者組合もあることだし、丁度いいだろうと。
「ううーん、トロールの国へ行くべきだろうな」
「まぁトロールの国の方が未知数なところが多いですからね」
「問題は人間種が奴隷か家畜として扱われているところですね。隠密行動が基本になりますか」
「確かにどうせ切るなら敵対種族が良いな。この頃は聖剣が夜泣きしている」
「私は多数決に従いますわ」
あれ? とセシルは首を傾げた。自分の意見に同調している者が一人もいない。いつもなら、むしろセシルがトロールの国を希望して、皆に止められるところだ。
訳が分からないとセシルが困惑していると、ラケシルが小声で話しかけてきた。
「カルサナス都市国家連合はキチンと統治された国家だ。そこに我々が魔導国で一番乗りしてしまえば、外交部門と面倒なことになりかねない。竜王国は救援だったし、帝国は属国だったが次回に都市国家連合へと進んでしまえば魔導王陛下の政策に影響が出る可能性がある……ということだよ」
「うっ! レメが分かっていることを俺は……」
「なにか凄まじく失礼なことを考えていないか?」
一人事情がわかってそうなケラルトがニヤニヤと視線を送ってくる。こうして結局、次回はトロールの国の偵察となった。偵察というのは、彼らと同盟などの友好関係を築くのは果てしなく難しいからだ。なので基本的に都市から離れて行動することになる。
「糧食と水を大量に仕入れておくか……」
「デタラメな量が入りますものね……一体、どうなってるんですかソレ」
「聞かないほうが良いこともある」
ケラルトの追求を軽く流したセシルだったが、課金していたプレイヤーとこの世界の人々が持てる量にはかなりの差がある。でなければ荷駄隊など不要だっただろう。プレイヤーというのはあらゆる分野で性能が規格外という証明だ。
「組合長、遠征費は経費で落ちるんですよね?」
「露骨に無駄遣いと見なさなければ……どうしたんだね」
「金を貯めておきたいのが一つで、クーデリカとウレイリカの世話を見る人を探すので二つ。後者は最悪で俺の持ち物を売りますけど」
「ああー、連れて行くわけにはいかないものなぁ」
世話を長い間任せてしまったので、カルカに随分と懐いてしまった二人だ。しっかりとした世話役を探さなければならないし、本人たちを説得するのも大変である。彼女たちの姉という人物が見つかれば一番良いのだが……当然心当たりなどない。
「お金を貯める、というのはなんでしょうセシルさん? 現状あまり困っていませんが……」
「グリーンクリスタルメタル製の予備防具はもう無いし、レメディオスの剣もレベルについて行けなくなってくる頃合いだし、レイナースの装備もな。これ以上となると国に頼まないといけないからな。材料は持参で、加工費だけ持っていくという形にしたいんだよ」
レメディオスの剣は四大聖剣の一つらしいが、性能はユグドラシル産に劣る。レイナースにいたってはごく標準的な騎士の装備だ。
仲間の戦力をどう上げていくかという、普通の冒険者らしい悩みを抱えながら次の遠征に備える一行だった。
またオリジナル展開
基本書籍にWEB版混ぜてますがアルシェどうするかな…