安価で安住の地を見つける   作:ハンドルを右に

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 瞑想は嫌いではない。

 自然と一体化するなんて大層なことは言えないにせよ、自分が草木のようにいられる時間が心地良い。

 何も考えず、陽の光にあたりながら座るだけでも心が洗われていくようだ。

 

 そよ風が頬をなでるように通り抜け──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙ありいいいいいい!!」

 

 

 木の棒が脳天をすっぱ抜く。

 避けようと身を縮こませても、それを読まれていたかのように縦に振られ、激突した後は敢え無く意識を手放す。

 

 次に意識が浮上した頃には、既に太陽は傾いていた。

 また一日を無駄にしたと思いながらも、はだけた浴衣を正して炊事場へと向かう。僅かに見える真っ赤に燃えた空を見て、彼方遠くの世界へと語りかけた。

 

 

 拝啓、顔も名前も思い出せなくなった前世の父と母へ。

 ──────私は今生の実父より“お務め”という名の虐待を受けています。

 

 

 少年には前世の知識があった。

 記憶と言うにはかつてどのような生活をしていたのか曖昧すぎる。ただ、現代日本で生きていたと自覚できるくらいには常識と倫理を兼ね備えているあたり普通に一般的な家庭にはいたのだろうとは思う。故に、今世での生活は明らかに異常だと理解できた。

 

 まず、彼の住んでいる場所が挙げられる。

 家の縁側から見上げれば、まず出てくる感想は「空が狭い」だった。

 もはや崖の下にいると言った方が正確か、急勾配の岩山が蓋をするように周囲にそびえ立ち、三から四件の家屋と小さな渓流。村人も10人いるかいないかの、世界から切り離された限界集落。東西に伸びるように空が切り開かれているため、日照時間も保たれていて気候が穏やかなのは幸いか。しかしこんな場所に外から旅人なぞ来ることもないし、出る者もいない。

 そんな秘境が少年が住む村であった。

 

 それはまだ良い。

 老後みたいなものと割り切ってスローライフに勤しむこともできるから。

 もっと特異なのは、この村の習慣……もとい、村長的な立ち位置にいる彼の家であった。

 父の口癖とも言えるこのフレーズを初めて聞いたとき、彼は戦慄した。

 

 

「この家には神がおられるのだ。我々はその使いとして、かの神が目覚めるまで日々務めに励まねばならない」

 

 

 ──────あ、これやべぇ家に産まれちまったな、と。

 

 その予感は正しく、彼はろくに言葉も話せない時から“お務め”という名の仕打ちを受けることになった。

 例えば、食事中や睡眠中でも、何の前触れもなく父親が警策を持って襲い掛かってくることや、どこから持ってきたかわからない鉄塊にひたすら拳を打ち込ませることなど。

 とてもじゃないが、子供にやらせることではない。最近では、庭にある木偶人形を触れずに破壊しろなどと無茶を言われる始末。

 

 

「地獄では?」

 

 

 炊事場にある一人分の食事を口に放り込みながら人生を振り返っていると、ついそんな言葉がでてきた。

 お盆の上に視線をやれば、米と豆と野菜と豆と豆。今世では口にしたことのない動物性タンパク質に思い焦がれる。

 精進料理でも流石にここまで質素ではないだろうと思うが、それがこの家の──────この島の教えなのだから仕方ないと諦めていた。

 

 

「隙ありいいいいいいいいいい!!」

 

「オラ! 箸ガード!」

 

 

 机の下から出てきた不届者の警策を箸で受け止める。少しの間拮抗するものの、耐久面では勝てる道理もなし──────折られて額を叩かれる。

 

 この生活に耐えかねて何度も脱走を試みたこともあるが、成功したことは一度もない。そもそもこの土地自体が閉ざされているし、何よりこの集落のどこに隠れても父親に見つかるからだ。

 

 

「あら、また逃げ出したのかい?」

 

「おれかくまって! ころさえう!」

 

「でも、貴方のお父さんもう後ろにいるわよ?」

 

「アバーーーーッ!」

 

 

 このように他の村人に匿ってもらおうにも、彼らもまたこのイカれた家の教えを信仰しているため、決して悪い人はいないにしても当然皆グルである。土着信仰というものの恐ろしさを身に沁みて理解した少年の反骨心はもはやボロボロであった。

 

 

「テレビもねぇ、ラジオもねぇ、車なんてものある訳ねぇ、そもそもこの村には人の心がねぇ……」

 

 

 薄い布団の上でお決まりのフレーズを口ずさむ。精神の安定を保つルーティーンを始めるために、彼は目を閉じる。

 

 どぷり、と体が水に沈むような感覚。

 瞑想の時よりも深く──────自分という存在をこの世界から切り離すように意識すると見えてくる文字の羅列。

 

 はっきり言って書いてある内容の殆どがどうでもいいような中身のないものばかり。前世で覚えのあるスラングだったり、剣と魔法が蔓延る異世界の実況だったり。最近のお気に入りは“今まで転生者がほしいとか言ってきた特典で一番変態だったやつ挙げられたら優勝”というものだった。

 

 いつ、どこで、誰が書いているのかわからない。

 書いている者が同じ世界にいるのか、そもそも人間が書いているのかすらも眉唾もの。

 少年の前世で馴染みのあった“掲示板”がそこにある。

 

 けれど、そんな他愛のない書き込みを眺めることこそ、この閉ざされた世界に生きる少年が外の情報を得るための唯一の手段であり、娯楽であった。

 

 

「隙ありいいいいいいいいいい!!」

 

 

 まあそれも父親の夜襲で水をさされて、気がついたら朝を迎えることになるのだが。

 

 こんな生活を一体どれだけ過ごしたのだろうか。

 産まれてから太陽が昇った回数を150あたりまで数えてから諦めたため、正確な年数はわからない。

 おそらく産まれてから5年ほど経った頃だったか──────転機が訪れた。

 

 

「“務め”の成果を見せろ」

 

 

 父親に首根っこを掴まれてつれてこられたのは、集落にある高台の上。

 岩山の隙間から差し込む太陽の光がスポットライトのように少年を照らす。

 わけもわからないまま村人たちから衆目に晒され、父親から無茶振りを下される。

 

 この光景、少年は前世で覚えがあった──────上司や先輩たちに歓迎会と称してやらされるやつだ、と。

 

 いや絶対違うと理性が語るが、それは今の今まで燻っていた反骨心に押さえ込まれる。

 赤ん坊の時から刺激されたそれを止めることなぞできるわけもなし。こうなったらもう“むちゃくちゃにしてやる”と心中のストッパーが外れる。

 

 務めを果たせ、と言ったか。

 ならばとくと見よ、彼の答えを。

 

 

 

 

 

「……その後、上司が言ったのよォ。『光の速さで蹴られたことはあるかぁ〜い?』って。その人、潜入捜査のために犯罪者の振りしているのに酷いったらありゃしねぇ。力を持った軍は怖いねェ〜。これが本当の“パワハラ”ってやつかい。

 ──────御後がよろしいようで」

 

「………………」

 

 

 それは、宴会芸(・・・)だった。

 

 しかし返ってきたのは沈黙。

 逆張りの逆張りでやった芸は大失敗に終わる。

 

 偶々、昨夜に読んでいた書き込みをもとに即興の落語を作ってみたら見事に滑った。やはり和服を着た者たちには落語がいいと思ったが、横文字には馴染みが薄かったか。

 

 唖然とした村人たちの顔に居たたまれなくなり、少年は部屋へと駆ける。数時間程寝た後、自分が社会的に死んでしまったことを思い出し、また涙を流した。

 

 

 

 

 

 ふと、目が醒める。

 泣き疲れて眠ってしまったようだ。

 

 水を飲みに炊事場へ行こうとしたら、偶然にも父親が縁側に座っていた。バレないように抜き足差し足で通り抜けようとしても無駄のようで、呼び止められてしまう。

 

 

「お前、今日の話はどうやって知った(・・・・・・・・)?」

 

 

 やや質問のニュアンスに違和感を覚えた。

 落書きのことを説明しても理解してもらえないだろう。かといって論理的な証拠があるわけでもない。故に、こう答えるしかなかった。

 

 

「勘」

 

「勘……だとォ……!」

 

 

 ズンズンと近づいてくる父親。

 また叩かれると思い、目を閉じて頭を抱える。

 だが、降りてきたのはいつもの警策ではなかった。

 

 

「良くやった」

 

「え……」

 

 

 産まれて間もない頃ぶりか、そっと頭を撫でられた。

 撫でられて喜ぶような精神年齢でもないのに、体の方が涙を止めてくれなかった。

 

 次の日から父親だけでなく、村人たちからの扱いも変わった。元々風当たりが強かったわけではないが、持て囃されるようになったと言うべきだろうか、貢物とばかりに食べ物を恵んでくれるようになった。

 

 

「期待の神童だもの。たんとお食べ」

 

「そんなこと言われたって皆も生活苦しいでしょ──────ホアアアアアアアアアア肉ぅ!?!?!?!!」

 

 

 

 初めは遠慮したものの、食べ物の中に魚がいた時は変な声をあげたものだ。別に村全体で肉食を禁じているわけでなく、単に家の教育方針だったそうな。

 

 少年は貰った魚を全て平らげた後に父親へ戦いを挑んだ。必ずや、あの邪智暴虐の虐待親父を斃さねばならぬと心に決めた。

 立ち向かったことで手に入れた戦利品は、頭の上の瘤であった。

 

 そして、“お務め”も無茶苦茶ぶりに拍車がかかるようになった。

 日課の不意打ちは警策から真剣へと変わり、どこで用意したのかわからないような巨大な剣山に落とされたり。

 殺す気か、と父親に戦いを挑んでは返り討ちにされる。だが成し遂げた時には必ず褒めるようになったし、生活にどこか“温もり”のようなものが生まれた気がした。

 

 しばらくそんな日が続いた満月の夜。

 少年は改めて尋ねてみる。

 やはり自分はあの時、粗相をしてしまったのか、と。

 

 

「我らが神は何を祀っているのか知っているな?」

 

「いや知らんよ」

 

 

 前置きはバッサリと切り捨てる。

 こんな仕打ちをする家が信仰する神なんて絶対碌でもないと考えていたため、知ろうともしなかった。

 拳骨がひとつ飛んできた後、言葉を続けられる。

 

 

「私にもわからん」

 

「ほんといい加減にしろよクソ親父」

 

 

 もう一つ拳骨が飛んできた。

 団子状になった瘤を擦りながらも、話は強引に進められる。

 

 

「だが、お前の“お披露目”を見たとき──────これだ(・・・)、と思った。

 ただ神を護り続けるだけの装置になり果てた我らにとって、雷が落ちるような衝撃だった」

 

「え」

 

「我が村が失ったものを、お前は無意識に感じ取り、形にしてみせたのだ。私はお前の才能を末恐ろしく思う。代々、“お披露目”であんな小話をしたのはお前だけだ」

 

「お、おう」

 

 

 返事をした少年は怪訝な顔のままだ。

 あんな拙いクソみたいな落語に、村を変えるような衝撃的なことがあったのか。

 実はあの掲示板の書き込みに何か重要なことが書いてあったのだろうか。完全に前世で読んでいた漫画を読んでいる者向けの内輪ネタだったし、かなりの苦し紛れだったのだが。

 

 宴会芸ってすごい。掲示板ってすごい。

 見る(ROM)専の少年はすっかり信用してしまっていた。

 

 

「まあ代々と言っても私が開祖だから一人しかいないのだが」

 

「本当にお前なんなんだよ」

 

「父親に向かってなんだその口の利き方は!」

 

 

 三度、拳骨が飛んできた。

 

 その日はもう口を閉ざしておくことにした。

 これ以上、何か余計なことを言ってしまえば頭の上の瘤を積み重ねるだけになるだろう、と直感した。積み上がって嬉しいのは、前世で食べ慣れていた球体状の氷菓子だけなのだから。

 

 ふと、父親の脇に何か紙面が置いてあるのを見た。

 それは前世でも馴染み深い紙の束。話題を変えるにはうってつけのものを見つけて飛びかかった。

 

 

「あ、ここ新聞来るのか。見せろ見せろ」

 

「ええい触れるなっ!」

 

 

 丸まった新聞で叩かれると痛い。

 またひとつかしこくなったしょうねんだった。

 

 そんな平穏な生活がしばらく続いた。

 相変わらず親は物騒だが、村人たちは優しいし、念願の動物性タンパク質を得られるようになったし、娯楽は少ないにせよある程度満たされている。

 

 精神的な余裕ができたせいか、ふと魔が差した。

 この家にいる神様って何なのだろう、と。

 

 

 少年は家の奥にある祭殿にいた。

 視線の先には重々しい鉄製の扉──────この中に、神様はいるらしい。

 

 念の為、父親からは許可を取ってある。

 前世の知識から、『扉を開けたらなんか闇みたいなものが流れ出て化物が出てきて大惨事』という場面を想像できたからだ。

 見るだけなら大丈夫と言われたため心配はないはず。

 

 両腕を引き、隙間から中を覗く。

 外から差し込む光がそれを照らし、丸い輪郭が浮き彫りになる。

 中に鎮座していたのは、両手で抱えられるくらいの大きさの。

 

 

「え」

 

 

 

 ──────果物(・・)だった。

 

 

 

 

 

 轟音とともに少年の記憶はここで途切れる。

 次に目が醒めた頃には、頭から血を流した父親の顔が映る。つんと煙が気管を刺激して咳込んでしまいそうになるが、その眼力が許してくれなかった。

 

 

「よし、目が醒めたな。早速だがお前はこの箱を持ってここを逃げてもらう」

 

「な、何が……えほっ」

 

「棺桶みたいな作りで悪いが……ここから直接船で海には行けないからな。これなら渓流を流れて海に出れば浮くことができる。あとは誰にも目をつけられずに逃げのびろ。わかったな」

 

「ごほっ、わかんねぇって……おい!」

 

 

 有無も言わさず扉を閉められ、川に放り投げられる。天地が交互に入れ替わり、転がるように川を流れていく。

 あちこち体をぶつけながらも、やがて箱全体が上昇する感覚を覚えて、内側から扉を開ける。

 

 初めて外から見た故郷は燃えていた。

 時刻は既に夜。暗闇の空に、うっかり沈みそこねた太陽のように朱く輝いている。

 周りには何隻もの帆船に囲まれており、大砲の音が何度も鳴り響く。波の音に紛れて、品のない男の笑い声も聞こえる。

 

 船。大砲……夜でよく見えなかったが、帆には髑髏のような十字が描かれている。

 大砲の音があちこちから聞こえる。小さい部屋で四方八方から壁を叩かれていられるようだ。

 

 そして、祭壇で見たあの果物。

 繰り返しになるが、この島には外からの情報が入ってこない。新聞なんて読ませてもらったこともない。

 故に、少年が初めて己の生まれた世界を知ったのはこの瞬間だった。

 

 

 ここ、ONE PIECE(ワンピ)の世界なのか。

 

 

 ごうごうと燃やされる故郷を呆然と眺めながら流されていく。波の流れに抵抗する力は、当時の彼にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、色々とお世話になりました」

 

「いいってことよ。故郷、帰れるといいな!」

 

 

 それから十年ほど時が過ぎた今。

 近海の島々を転々と移りながら生き延びた少年は、世話になった漁師から譲り受けた船で、再び海に出た。

 自作の海図をもとに船を進めながら、彼はこれまでを振り返る。

 

 故郷から出てから幸運なことが三つあった。

 

 一つ目は、彼が抜け出してきた小舟の中には備蓄があった。食べ慣れた豆類や野菜は勿論、魚の干物などが敷き詰められており、食物が手に入らなくても当面は生き残れるほどはあった。

 干物にする暇あったら普通に食べさせてくれよ、とも思ったが、こればかりは大いに感謝した。

 

 二つ目は、彼がいた海が“東の海”であったこと。

 この大海賊時代、他の海賊から『最弱の海』なんて揶揄されることがあるが、かの英雄は『平和の象徴』と反論した場面を想起する。

 

 少年はまさに後者に同意した。

 海賊のような無法者は多くても、それに対して助け合って生きていく意識が根付いているのもあり、子供が困っていれば手を差し伸べてくれる人たちが多い。無償の愛なんて都合の良いものはないにしても、しっかり対価を払えば返してくれる。

 

 子供が払える対価? 

 そんなの、体で払う(・・・・)に決まっている。

 

 

「モノマネしまーす。旅行代理店をやっている王下七武海バーソロミュー・くま。

『……旅行するなら、どこに行きたい?』」

 

「「「うわぁ、本当にくまさん言いそうだな……」」」

 

 

 それは、宴会芸(・・・)だった。

 

 前世の知識や例の掲示板でネタを仕入れて、酒場に入り、タイミングを見て一発芸をしてお金をもらう。

 海軍相手にはセンゴク元帥や大将の赤犬や黄猿。

 海賊相手にはドフラミンゴやモリア、名を挙げたばかりのトラ男やギザ男。

 革命軍相手には有名人のくまやイワンコフ。

 相手によってモノマネのレパートリーを使い分けながらやると受けがいい。酒場もオーナーからも売上があがるため快諾してくれるし、喧嘩なども宴会芸で収まることもあるので中々に重宝される。

 

 やりすぎて名が広まるのもよくないので、ほどほどに稼いで酒場を転々とすることを心がけていた。ミホークのように人によってはしれっと東の海にいるから困るものだ。特にドフラミンゴに関しては、色々とスレスレなネタもやっている。

 

 倫理? 

 知らんわこちとら大海賊時代やぞ? 

 

 とはいえ、時と場所は本気で弁えないと各方面から襲われてもおかしくないが。

 

 とにかく、これが最も手っ取り早く稼げるのだから、本当にこの海は平和だと思う。

 この生活が板につきすぎて、やることが終わったら芸人で生計を立てようと本気で考えるほどに。

 

 そして、最も幸運なことは──────彼には過酷な環境でも生き抜くための力がついていたことだった。

 

 

「硬化」

 

 

 夜営の最中、少年よりも遥かに大きい原生生物からの襲撃を難なく避け、お返しとばかりに黒くなった手で掌底を叩き込む。

 獣は軽くうめき声をあげた後、脱兎のごとくその場を後にした。

 

 

「むぅ、仕留められないか。やっぱ腕力がないとどうにもいかないなぁ」

 

 

 相変わらずの細腕にため息が出る。

 いくら鍛えても前世で知っている人間よりも上回らない身体能力。理由はよくわからないが、どうにもこの体は他の人間と違って強くないらしい。

 

 再び腕が黒く染まり、近くの細木に向かって拳を突き出す。

 触れる寸前で止められたにもかかわらず、木は内側から裂けるようにメキメキと折れ、地面に落ちる。

 

 知る者が見れば感嘆することだろう。

 これはまごうことなき覇気による事象だから。

 しかも一部の者のみが辿り着く境地に至っていた。

 成長が乏しい身体能力と相殺されるような形で、この世界で最も重要な力の才能が備わっていた。

 

 元より土壌はあったのだ。

 度重なる父親の不意打ちは見聞色。

 鉄塊を殴らせられていたのは武装色。

 今までの“お務め”は、これらを鍛えるためにやっていたのだと。この世界の正体に気づき、ようやく点と点が線になって繋がった。

 

 特に、見聞色の成長は著しい。

 どうやら彼には数ある覇気の中でもそちらの才能が特出しているようだった。

 

 おかげで、普段通り酒場でドフラミンゴのモノマネを披露しようとした際に、海兵として遠征に来ていたヴェルゴの存在を感知して、寸前で留まることができたのだから。

 

 本気で死を覚悟したためか、あれ以来、数秒先の未来を視ることができるようになった。あとモノマネばかりでは敵を作るばかりなので、オリジナルの一発芸も考えるようになった。

 やはりこの世界は危険が多い。一瞬も油断ができない、と再び認識を改めた。

 

 閑話休題。

 

 こうしてすくすくと育った少年は、いよいよ旅立つことにした。

 全ては長年抱いた使命──────帰郷のために。

 

 別に、父親や村人たちが生きているとは思っていない。ただ、それでも墓参りくらいはしてあげないといけないとは考えていた。

 漁師たちにやんわりと聞き込みをしたことがあるが、やはり自分以外にあの島があることや人が住んでいたことを知る者はいないらしい。

 

 であれば、自分が行くしかないだろう。

 それをやってようやく、少年は自分の人生を歩めるのだから。

 

 

「あと謝らないとなあ。神様どっか行っちゃったし」

 

 

 初めに流れ着いた島で箱の中を開けると、中には何も入っていなかった。

 海に出るときには確認する暇がなかったが、おそらくあの中には例の果物が入っていたのだと思われる。それが、いつの間にかどこかへ姿を消していた。

 

 しかし彼は何も気に留めるどころか、逆に安堵した。

 元より少年に信仰心なんてものはない。

 故郷が襲われた理由が“これ”であるなら、持っている事自体がリスクにしかならない。

 

 ……そもそもの話、初めに彼の頭から“海軍に保護してもらう”という選択肢を浮かばせなかったのも、あの果物──────“悪魔の実”が原因だった。

 

 

「神と崇められる悪魔の実。誰も存在を知らない島。日課で覇気を鍛える一族。うーん」

 

 

 何もないはずがなく。

 最初の神様云々の時点で間違いなく厄ネタでした。本当にありがとうございました。

 

 下手に動けば件の“悪魔の子”の二の舞いになりかねないと判断した彼は、あの実に関しては墓場まで持っていく覚悟で無視を決め込むことにした。

 

 無論、この帰郷もかなりの危険性を孕んでいることは認識している。けれども、前述のとおり自分なりにケジメをつけるためにはいつかは行かないといけないと思っていた。

 故に、少年は準備を怠らず、じりじりと十年待ち──────こうして旅に出たのだ。

 

 

「っと、そろそろか。武装色硬化

 

 

 船底から振動を感知した少年は船に触れる。

 黒く染まった船は海流に乗り、岩と岩の隙間をぶつかり、時には滑走しながら進んでいく。

 何も知らないままこの海流を通り抜けようとすれば、何度も岩場に座礁し続けて船を大きく傷めてしまい、横転や、良くても竜骨を傷めて使い物にならなくなるだろう。これが外からの人間が来ない理由の真相であった。

 

 

「……帰ってきたんだ」

 

 

 遠目から、火山のように三角形に角ばった島が見えてきた。

 あれこそが彼の故郷。

 初めて見た時は襲撃されているときだったため、こうして明るいうちに見ると見方が変わってくる。

 

 これで空が晴れていれば尚の事映えただろうと残念がっていた時だった。

 

 

「──────人の気配だ(・・・・・)!」

 

 

 彼の鍛え上げられた見聞色が、人の存在を感知した。

 個人の特定はできないものの、およそ十数人が固まっている。

 

 あの時襲った海賊たちが根城にしているのか。

 それとも、生き延びた者たちが復興させたのか。

 何にせよ、とうに無人島になっていると思っていたため、人がいることに期待が募る。

 もし後者であればこれほど嬉しいことはない。

 神様を失ったことの謝罪と、自分だけ逃してくれたお礼をする機会に恵まれたのだから。

 

 必死にオールで漕いで上陸を目指す。

 天気が悪いのもあるが、気持ちが急いでしまう。

 

 次の瞬間、全身に鳥肌が立つ。

 本能が数秒先の未来を無理矢理頭の中に叩きつけてきた。

 

 

 

 

 

 

()()

 

「あ」

 

 

 振り返った時には、もう遅かった。

 空から落ちてきた極光が、島中を包み込む。

 

 地震が起きたかのように、津波が船を襲う。

 そんな中──────子供の頃と同じように──────呆然とその光景を眺める男がいた。

 

 

「あ、ああ」

 

 

 否、彼はあの時のように無力な子供ではない。

 成長して強くなった。()()()()()()()

 彼は目の前の事象にどうすることもできない。

 それどころか、島にいたはずの命が一瞬で消えていくのがわかってしまった。

 

 時に、人は災害や爆撃に対して声を上げる暇もなく死んでいく、と聞いたことがある。

 そんなの大嘘ではないか、と彼は語った。

 

 膝をつき、頭を抱える。

 無念に散っていく命の声が、頭の中に響く。

 

 知らない、こんなもの、自分は知らない。

 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 こんな悲鳴を聞くために、強くなったわけじゃない!

 

 

「うあ゛ぁあ゛あ゛ぁあぁ゛ああ゛!!!

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 

 彼の慟哭は津波とともに飲み込まれる。

 こうして彼の故郷は、地図上から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガヤガヤとした騒ぎに反応して目が開いた。

 ぼやけた視界にはみずぼらしい男たちに取り囲まれている様子が映る。

 

 

「なんの騒ぎだい?」

 

「へぇ、アルビダ様。何やら漁師の難破船があったもんで引き上げてみたらガキが乗っていたみたいで」

 

 

 アルビダ、アルビダ。

 どこかで聞いたような名前だ。

 少し考えれば、彼の知るあのアルビダだと思いついただろう。

 しかし、もはやそんな思考ができる精神状態ではなかった。

 

 

「へぇ、顔は……あまりいい顔はしてないねぇ。こんな死人みたいなヤツ、積荷だけ巻き上げて適当に捨てて──────」

 

「うるせぇよ」

 

 

 静かだった海に荒波が立ち、船が大きく揺れ始めた。

 ピリピリ、と甲板が軋む音もする。

 まるで空気も海も、この男に怯えているようだ。

 

 海賊たちは戦慄した。

 これは、果たして一人の男が出していい気迫ではないだろう、と。

 

 

「俺の機嫌は最悪なんだ。とっととこの船寄越せ。今なら近くの島でおろしてやる」

 

「な、なんだいこいつ偉そうに!」

 

 

 船長としての威厳を保つためにも、自分は気丈でいないといけないと判断したのか。女は汗をかきながらも、腰を抜かせてしまった部下に対して金棒を向ける。

 

 

「おいお前! たった一人のクソガキに何好き勝手言わせてるんだい! さっさと黙らせな!」

 

「え、ええ……オレですかい?」

 

「早くしなっ!」

 

 

 渋々、船長の癇癪に従う部下の男。

 少年が普通の精神状態であれば哀れんだことだろう。しかし、今の彼の目は相手を人として見ていない。

 

 

「……」

 

「ひっ、くるなっ……!」

 

 

 今にも逃げ出したくなる気持ちを抑え、手に持った棍棒を振り回すが、意に介さずに歩みを進める少年。

 互いに攻撃が届く距離にまで辿り着く。

 こうなればもはや先に手を出した方が勝ちだ。

 

 少年のやることは決まっている。

 腕を硬化させて頭をかち割るだけ。破れかぶれになって攻撃されても見聞色で避けられる。相手になるわけがないのだ。

 

 

「ん?」

 

 

 ふと、違和感が過る。

 腕が黒く染まらない。どこから攻撃が来るのかわからない。息をするようにできていたことが、なぜかできなくなっていた。

 

 いや、そもそも──────人ってどうやって殴るんだっけ? 

 

 

「う、う」

 

「?」

 

「ウオオオオオオオオオオ!!!!」

 

「うわあああああああああああ!!!!」

 

 

 雄叫びをあげて、腕を回しながら突撃する。

 部下は反射的に腕と腕の間に棍棒を振り下ろした。少年の脳天に吸い込まれた。

 

 

「きゅ〜」

 

「え、弱っ」

 

 

 こうして少年は意識を手放す。

 次に目醒める頃には酷い仕打ちが待っていた。

 手に持った鉄の棍棒で殴られ続ける。

 見聞色も武装色も使えなくなった少年はそれをただ甘んじて受けて──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルビダ船長のモノマネしまーす! 

 『うふん、この世で最も美しい女は誰だぁい♡』」

 

「いいぞいいぞー! もっとやれー!」

 

「おいコビー! お前こいつの先輩なんだから負けてんじゃねぇぞ! 一発かましてやれ!」

 

「ええええ!? ぼ、ぼくもですかぁ!?」

 

 

 ──────彼は雑用としてこき使われることを条件に何とか生きていた。

 

 惨めに媚びへつらいながら、泥水を啜りながらも、彼は生きることを決めた。

 あの場所に、あの島に、人がいたと証明できる人間は自分だけなのだから。

 

 以上が、ハジメという男が辿ってきた人生であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────で、俺がここにいるってわけ。

 どうっすか先輩。今度の宴会で話してみようと思うんですけど」

 

「いやそんな軽く話すことじゃないでしょう!?」

 

 

 一連の話を聞いたコビーは大声を上げてしまう。

 いけない、と口を塞いた後、甲板に落ちたブラシを拾い上げて掃除を再開させる。

 

 

「えー、せっかく笑い話になると思ったのに駄目っすかコビー先輩。聞かれると命が狙われそうな所は省いて話したからイマイチ臨場感が伝わらなかったのかな?」

 

「やめましょうよ! 笑い話になりませんからっ! そんな物騒な話、迂闊に口に出さないでくださいよもう!」

 

「はーい」

 

 

 そんな気の抜けた返事とともに、ハジメは手に持った雑巾を放り投げた。それは綺麗に放物線を描きながら宙を舞い、拾ってきた樽の上へと乗る。

 

 

「あわわ、ハジメさん。またアルビダ様にお仕置きされちゃいますよ」

 

「あー、大丈夫大丈夫。この船にいるのは今日で最後になるだろうし」

 

「へ?」

 

 

 素っ頓狂な返事を聞く前に、ハジメは雑巾の乗った樽へと近づき──────思いっきり蹴り上げた。

 当たりどころが悪かったらしく、足を押さえて蹲っている姿に「何をしているんだろう」と呆れるコビーだったが、彼はすぐにハジメの意図に気付かされることになる。

 

 

「よく寝たーーーーーー!!!!」

 

 

 樽から出てきたのは、麦わら帽子をかぶった少年。

 これが、後の大海賊とされる“モンキー・D・ルフィ”との出会いだった。

 

 後の出来事はハジメの知る“筋書き”通りだ。

 いともたやすくアルビダを殴り倒し、コビーとともに海軍基地のある島に辿り着く。

 そこで海賊狩りと言われる凄腕の剣士が捕まっていたところに立ち会った。

 

 

「おい、あのガキに伝えてくれねェか? 

 “うまかった。ごちそうさまでした”ってよ」

 

「やだよ」

 

「あァ!?」

 

「何がなんでも生き延びて、成し遂げたいことがあるんでしょ? 

 ならここから生きて出てから直接言いなよ。君の“成し遂げたい”ことって、そんなこともできないヤツに成れるほどちっぽけなものじゃないと思うけど」

 

「……テメェ。言うじゃねェか」

 

「……ししし! そうだな!」

 

 

 ハジメが助けられた恩を返すためにやったことは、決して大したことではない。

 ただ基地の中に潜入して、ゾロの刀を取ってきてあげた。やってもやらなくても、結局ルフィやコビーが解決できたことをやっただけ。

 

 それで貸し借りなしのチャラ。

 あとは頑張って新時代を作ってくれと、別れるはずだったのに。

 

 

 

「全員敬礼!」

 

「よし、せっかくだし敬礼しとこ──────え」

 

「はやくこいよハジメ! おれ達もう仲間だろ!」

 

「いや違うわあばばびばああああああああ

 

「は、ハジメさーーん! お元気でーー!」

 

「コビーせんぱーーい! たちけてーー!」

 

 

 なのに、えらく気に入られて旅に連れられてしまった。

 

 

「俺とシャンクスは昔同じ海賊団にいた。海賊見習い時代の“同志”ってやつだ。こんな汚え帽子なんてこうしてやる! ぺっ」

 

「へー、ならその帽子って元々シャンクスのものなの?」

 

「あん? 何だったっけな……確かアイツ、これは船長から……って、ギャーーーー!!?!!?!! やっちまったーーーー!!!!!!」

 

「よし、今だルフィ!」

 

「ゴムゴムの……バズーカ!!!」

 

 

 次の島でも、あくまで茶々を入れただけ。

 覇気の使えない自分など一般人よりも貧弱な人間なのだから、一緒にいて役に立つことなんてない。

 できることなんてこんなことくらいだ。

 

 でも、何もしないことだけはできなかった。

 

 

「すまん! 恩に着る!」

 

「俺も恩に着る! じゃあな!」

 

「気にすんな! 楽に行こう──────ハジメもな!」

 

「な……なんでェ?」

 

 

 

 コビーや先の島での海兵たちのように。

 あの村長のように。

 相手が海賊であってもしっかりとお礼を言える人たちを前に、つい、遠い記憶の彼らを思い出してはセンチな気持ちになってしまうから。

 

 

「ワン・ツー……」

 

「させるか、オラ! 催眠!

 

「くかー……」

 

えっ、効いたよ……い、今だウソップ!」

 

「よし! 必殺“火薬星”!」

 

 

 シロップ村でもそうだった。

 ウソップ海賊団の子どもたち。カヤ、メリーも。

 出会う人皆がどうしても故郷の皆と姿が重なる。

 それが“放っておいてもルフィたちが何とかしてくれる”という考えに至る前に手を貸してしまう。

 

 

「何言ってんだ? 早く乗れよ」

 

「おれたちもう仲間だろ?」

 

「え……」

 

「そうだぞ! 行ってこいウソップ!」

 

「お前にも言ってんだよ! しれっと降りようとすんな!」

 

「ゾロもおおおおお!?!?!」

 

 

 そうこうしているうちに、ルフィ以外も降ろしてくれなくなった。

 

 こうしてやってきたバラティエ。

 ゾロが目標と出会い、負けて、誓いをたてるあの瞬間。普段通り、冷静にやるべきことを淡々とやっているように見えただろう。

 

 けれど、見とれてしまうほどに気高い彼の姿が、ハジメの目を灼いていた。

 

 

「文句あるか、海賊王!!!」

 

「ししし、ない!」

 

「よし、もう大声出さないでよ、ゾロ。今手当する──────」

 

 

 ……ああ、やはり彼の仲間はあそこまでできる奴じゃないと務まらないんだな。

 諦観の果てに彼が()たのは、自分の胴体が宙に浮いている瞬間だった。

 

 

「──────あああああああ!!!!!」

 

 

 悪寒が走る。全身に鳥肌が立つ。

 本能的に腕が己の身を守ろうと動いていた。

 

 

「おい! ハジメになにしてんだ!」

 

「随分と窮屈にしていたようなのでな。少々荒療治(・・・)してやった。見るがいい」

 

「フー……フー……」

 

 

 息も絶え絶えで、顔中に脂汗がびっしりと貼り付いている。

 しかし彼の両腕は、かの黒刀を受け止めている。

 ハジメの両腕もまた黒く(・・)染まっていた。

 

 

「大剣豪の刀を、素手で受け止めたああああああああ!!!!?!?!?」

 

 

 ヨサクが、ジョニーが、サンジが、そしてルフィが。

 気を失ったゾロ以外、周りが受け止めたことに驚嘆していた。

 

 受け止めた? 

 初めから斬るつもりがなかっただけだろう。

 言い返す余裕がないため、心中で反論する。

 

 

「見事な“覇気”だ。より鍛錬を積めば後半の海でも上澄みの強者になれるだろうに」

 

「……やだよ。俺はもう疲れたんだ。こんな力があったって、人は簡単に死ぬんだよっ」

 

「……その折れた心までどうこうする義理もない、か。苦労するな、小僧よ」

 

 

 そこまで見透かされているのか。

 覇気が使えるようになっても、ハジメの心は晴れることはなかった。

 

 

 

「よくもナミを泣かしてくれたなァ……」

 

「ははははは! 残念だったなぁ! こいつはあの“鷹の眼”の刀を素手で受け止めた男なんだぞ!」

 

「おい、ウソップ。さすがにそれはハッタリってバレるだろ」

 

「いやマジだぞ」

 

「おれも見た」

 

「は?」

 

 

 しかし戦う力は手に入れた。

 アーロンパークにやってきた彼は戻った力を遺憾なく振るおうとする。

 

 

「ウオオオオオオオオオオ!!!!」

 

「フン!」

 

「ぐはっ」

 

「「「「ええええええ!?」」」」

 

 

 ほら見ろ。

 ちょっと頑張っても、名前も知らない魚人に叩かれて終わり。

 

 所詮自分なんてこんなものだ。

 ハジメは何度も自嘲した。

 

 ルフィのように叶えたい夢と、その果てがあるわけでもない。

 ゾロのようにストイックな強さと気高さがあるわけでもない。

 ナミのように虐げられても懸命に戦い続けられる美しさもない。

 ウソップのように嘘をつけないような絶対に譲れない誇りもない。

 サンジのように凄惨な生まれでも変わらず抱きつづけた優しさと誓いもない。

 

 それに比べて、自分はなんだ。

 折れてしまった枝木が、船を支えられるわけもない。近いうちに再び折れて、今度こそ薪にくべられるだけだろうに。

 

 

「あ、ルフィ。あそこの荷物取って」

 

「ん? これか?」

 

(ナンデ)ーーーー!?! (ナンデ)ーーーーー!?!」

 

「あっ、ハジメ! また降りようとしてたな!」

 

「ついでにスっちゃった♡」

 

ンン(ナミ)ーーーー!!!!?!?」

 

「じゃあね、みんな! 行ってくる!」

 

 

 なのに、誰一人見捨てようとしてくれない。

 もう頼むから放っといてくれ、と言っても誰も聞いてくれないだろう。

 

 だが──────嫌いなのか、と聞かれれば真っ先に否定する。

 

 行動は自分勝手でも、言ったことはやってくれる。

 弱くても対等に扱ってくれる。

 アホなことをやれば付き合ってくれる。

 

 口に貼られたテープ越しに大声を出してやった。

 

 ──────畜生、お前らなんか大好きだ。

 

 劣等感なんて抱くよりも先に、どこか静かな島で見守っていたいという感情が遥かに勝る。

 だから、ハジメはこうして仲良くしてくれている間にも離れるべきだと思っているのだ。

 

 

「よし、進水式でもやろうか!」

 

 

 とうとう偉大なる航路まで来てしまった。

 ここからはもう語るまでもないだろう。半ば自暴自棄に身を委ねて、打算まじりに我儘を貫いてきた結果がこれだ。

 

 血だまりになった砂の上で、この騒動における唯一の犠牲者として地に伏している。

 なんてことのない。今まで上手くいってしまった分、こうして痛いしっぺ返しを受けただけ。道化にはお似合いの末路だろう。

 

 まあ人も沢山助かったし、楽しかったからいいか。あとはルフィがやってくれる。

 一周回って清々しい気持ちのまま、彼は二度目の死に身を委ねようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────助けて」

 

 

 彼女の声が、現実へと引き戻した。

 

 目を閉じていてもわかる。

 場所は違えど、彼女は“筋書き”通りクロコダイルに首を掴まれている。この後はルフィが助けて、そのまま決戦へと向かう。その流れは概ね変わることはないはず。

 

 だが、その言葉をハジメは知らない。

 たとえ己が命の危機に晒されても一度も口にしなかった言葉を、他ならぬ彼女が口にしていた。

 

 ハジメは理解した。

 あの日──────故郷が無くなった時から口にしてはいけないと誓った言葉。自分の過去はオハラと同じようなものなのだから。きっと一度口にすれば、周りまで同じ目に遭ってしまうと思い、蓋をした気持ち。

 それを、彼女に言わせてしまったのだ。

 自分はどうなってもいいから彼を助けてくれ、なんて。

 

 ならばもう、やることは決まっている。

 この責任まで投げ出しては、故郷の皆に顔向けできそうにないから。

 

 それに──────

 

 

「──────ッ!」

 

 

 見栄を張るなら最後まで張ってやろう。

 彼女の前なら、それができそうだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「……あ?」

 

 

 不意に、クロコダイルの腕が弾かれた。

 気がつけば静電気に触れたときのように、無意識に手を引いてしまっていた。

 

 吊していたビビを受け止めたのは、他ならぬ先ほどまでクロコダイルが殺そうとしていた少年。

 涙で濡れたビビの視界には、瞳の輝きが戻ったハジメの姿がしっかりと見えていた。

 

 

「ハジメ……くん?」

 

「借りるね」

 

 

 じゃらり、と腕から刃のついた糸を見せる。

 孔雀スラッシャー。

 いつの間にか、ビビの武器が彼の手の中にあったそれをおもむろにクロコダイルへ投げつけた。

 

 黒く染まったそれは覇気を纏っている。

 当たれば自然系の能力者と言えど、実体を捉えて傷をつけられるものだ。

 しかし、そんな苦し紛れの攻撃に当たるほど王下七武海は甘くはない。

 

 

「……立っているのもやっとだからって、油断するとでも思ったのか?」

 

 

 クロコダイルは当たる部分だけを砂に変化させて変形することで回避する。死にかけでも何度も出し抜かれた目の前の男に対して油断はない。

 

 

「さっさと死ね、覇気使い」

 

 

 今度こそ、クロコダイルは彼の命を摘みに行く。

 フックのついた腕と反対側の腕。それは万物に“乾き”を与える必殺の腕。人に触れれば瞬く間に水分を吸収し、カラカラのミイラの出来上がりだ。

 まさに死神の鎌。ただでさえ血を流しすぎているハジメにとっては死を決定的にするものだった。

 

 

「やだよ」

 

「っ!?」

 

 

 パン、と音がする。

 ハジメの左手が窓のカーテンを開けるように軽い動作で、力一杯振りかぶったクロコダイルの腕を容易く弾いた。

 

 それだけではない。

 弾かれた方の腕がビリビリと痺れていた。

 いくら脳が動かそうと命令しても、全く言うことをきかない。

 

 覇気の中には、直接触れずに攻撃を弾くことができる技術がある。実際にクロコダイルは海軍のおかっぱ頭の海兵が使っているのを見たことがあった。

 内部破壊、という技術があることも知っている。彼が戦った白ひげ海賊団の中にも扱う者がいたはず。

 

 だが、クロコダイルは直感していた。

 目の前の男が使ったのはそれらだけではない。

 もっと先の、何かを掴んでいる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 余計なものを削りきったハジメの見聞色はかつてないほど冴え渡っていた。

 数秒先の未来はもちろんのこと、クロコダイルの体の節々にレーザーポインターを当てたように明るく()える部分がある。

 

 試しに覇気を流してみると、腕が痙攣したかのように震えている。

 成程──────あれは()()()()()()()()()

 たとえ非力な自分でも致命傷を与えられるような、生き物である以上は必ず存在する決定的な弱点なのだろう。

 

 すとん、と腑に落ちる。

 先ほどのように攻撃を予測し、弾きながらあれらの弱点をつく……これが自分の戦い方だとようやく理解した。

 ため息とともに笑みがこぼれる。

 もう少し早く開花していたら、自分でも奴と戦えただろうに、本当に残念で仕方がない。しかも、これからやることは全く真逆のことなのだから本当にツいていない。

 

 

「“砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)”!」

 

 

 次にやってくるのは遠距離攻撃。

 それは既に視ていたため、身を傾けて避けてもよかったが、後ろにいるビビ達に被害がいかないように弾くと、地面を割くほどの刃が呆気なく霧散した。

 

 そして次は接近戦だ。

 今度こそ、あの毒入りのフックで切りつけてくるだろう。

 

 

「いい加減死ね! 目障りだ!」

 

 

 ハジメはそれを待っていた。

 あれに仕込まれた毒。体感した身としてはかなり厄介だ。

 解毒薬をすでに使ってしまった以上、他の誰かが食らったら一巻の終わりである。

 

 故に、ここで破壊するしかない。

 クロコダイルの攻撃に合わせて、ハジメは拳を振りぬいた。

 

 

「だから、やだよって言ってんだよ!」

 

 

 互いの衝突は地面の砂を吹き飛ばす。

 筋力は明らかにクロコダイルの方が上。死にかけのハジメでは拮抗するはずもないのに、鍔迫り合いが起きてしまっていた。

 いや、そもそもクロコダイルのフックは届いていなかった。

 

 

触れられねェ(・・・・・・)……だと!」

 

 

 ハジメの拳から、さらに拳一個分の間隔が開いている。

 そして、拳から迸る赤雷。

 ああ──────これも見たことがある。

 

 

「白ひげ……!?」

 

 

 かつて、新世界にて戦った最強の海賊。

 あの巨体よりも大きい薙刀を受けた時の衝撃は、今もなおこの左手に感覚が残っているのだから。

 大きさは比べるべくもないが、それと同じ現象が目の前で起きている。

 

 そんな体で耐えられるわけが──────と考えたところで改めてハジメの体を見て驚愕した。

 腰に巻き付いている糸の数々。

 それは初めに投げた孔雀スラッシャーの糸の部分。糸の先を辿ると、クロコダイルの背後に伸びて地面に突き刺さっていた。

 まるで、自身を逃げられなくするように固定するための金具(アンカーボルト)のように。

 

 

『まさかお前!?』と驚く」

 

「まさかお前!?」

 

「残念だけど、もっと野蛮な力技だよ」

 

 

 ハジメの腕から、聞こえてはいけない音が聞こえるも、構わず彼はさらなる覇気を拳に込める。

 赤雷はやがて本当の雷のように轟き、上空へと昇っていった。

 

 

 

 

 

 

「───雷鳴八卦!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 轟音とともに、クロコダイルの身は吹き飛ぶ。

 折れたフックの破片とともに地面に何度も身をうちつけ、やがて宮殿の城壁へと叩きつけられる。

 

 彼本来の戦い方とは真逆のもの。

 当然、本家とは比べ物にならないほどに弱々しい。

 けれど、それはまごうことなき皇帝の技であった。

 

 

「……なんちゃって。一卦あれば良い方だよね」

 

「ハジメくん!?」

 

「ビビ、少しは気が晴れた?」

 

「そんなことより、腕がっ!?」

 

 

 駆け寄ってきたビビに倒れながら笑いかける。

 彼女が視線を腕に集中させてようやく、肩から下がぐしゃぐしゃになった腕に気づいたハジメはその場で蹲った。

 

 

「お、おおおおおおおお……!」

 

「大丈夫なの!?」

 

「だ、大丈夫大丈夫。痛くないし……!」

 

「すごくイタそう!」

 

 

 気が付かないうちに顔に出てしまっていたようだ。

 実際痛いのだから仕方ない。

 本来、あの技は何か武器に纏わせて放つもの。

 手元に武器がなかったために己の腕で代用したらこの様である。

 

 

「安心するのはまだ早いよ。まだアイツ倒せてないから」

 

「そんな……」

 

「こっちは肩から下がやられてるのに、あっちは肘から下しかやれなかったか。やっぱこの技向いてないんだな、俺って」

 

 

 遠く離れた先には、瓦礫を押しのけて立ち上がるクロコダイルの姿がある。

 あれだけの攻撃を受けて立ち上がるなんて、どれだけタフなのかと戦慄するビビ達。

 

 しかし、ハジメは不敵な笑みで応える。

 

 

「まあそうだね。そもそも倒せるなんて欠片も思っていない。けど、俺達の勝ち(・・・・・)だよ」

 

「えっ」

 

 

 そもそも、あのフックを破壊するだけならばあそこまでする派手な技を使う必要なんてなかったのだ。

 彼がそこまで体を張った理由は唯一つ。

 

 

「ハジメーーーー!!!」

 

「は、はやく……特にチョニキ、そろそろ死ぬ……」

 

「うおおお!!! ハジメが酷い傷だ! 誰か、医者アアアア!!!」

 

「お前だよ!!」

 

 

 仲間たちが駆け寄ってくる。

 皆、オフィサーエージェントたちを相手にして傷だらけではあるが、誰も欠けることなく無事でいてくれていた。

 

 

 ああ、ようやくビビは理解した。

 あの技はクロコダイルを倒すためのものではない。

 彼なりに体を張った布石と、SOSだったのだと。

 

 

「ふふっ、あはははは」

 

 

 こんな状況なのにビビはこらえきれずに笑ってしまった。

 だっておかしいだろう。“助けて”と言いたくないからと言って、あそこまでの大技をやるなんて誰が想像できるだろうか。とんでもない見栄っ張りがここにいたわけだ。

 

 だが、その甲斐もあって皆が揃った。

 ──────そして、彼が最も頼りにする男(・・・・・・・・)もまたそれに気づいて降り立つ。

 

 ハジメはチョッパーに手当されながら腕を空に掲げる。そのまま清々しいほどの笑顔を以て迎え入れた。

 助けて、とは言えない。

 でもこの言葉なら言える。

 

 

 

 

 

 

「後任せた、船長(キャプテン)

 

「───ああ、任せろ!」

 

 

 

 

 

 

 この先のことは語るまでもない。

 本来の筋書き通り、ルフィとクロコダイルの戦いは激戦を極め、舞台は歴史の本文(ポーネグリフ)が保管される神殿までもつれ込む。

 求めていた代物がないと知っても戦意は無くならず、最後まで戦いは拮抗したが、ルフィの決死の大技を以て斃された。

 

 しかし、広場に向けられた爆弾は麦わらの一味たちと、護衛隊副官のペルの活躍によってアルバーナ外に運ばれて爆破される。

 此度のアラバスタ国家転覆事件。首謀者たるクロコダイルの王下七武海の称号剥奪及び身柄の捕縛を以て終結することになった。

 

 これまでの内乱によって命を落とした者は少なくない。しかし、最も激化したこの日においてアラバスタ国民の犠牲者は──────ゼロ。

 夢見がちな理想だと嗤われた少女の願いは、こうして実現したのだ。

 

 

「あァ……3年ぶりの雨だ……」

 

 

 降りしきる雨。

 恵みの雨はアラバスタ国中……勿論、ユバにも潤いを与える。

 トトは、今だけはオアシスを掘る手を止め、空を仰ぎながら勝利を噛み締めていた。

 

 この雨は朝まで止むことはなかった。

 まるで、今日までに流れた血を洗い流すかのように、ずっと、ずっと降り続ける。






・ ハジメ(イッチ)
 折られた心を取り戻すためにケジメをつけに行ったら再び折られた男。割と宴会芸さえあればどこでも生きていけると思っている節がある人生ヤケクソ勢。ネタも各方面に喧嘩を売るスタイルで突き進む。メンタル強いのか弱いのかわかんねえな。
 そんな折れた木でも、ささくれが指に刺さる程度には戦えていたと思いたい。

・ ビビ
 合流した仲間たちとともに爆弾処理に奔走。パパから場所を聞いて、時計台にゾロサンジを連れて殴り込んでMr.7たちを一掃。あとはペルが爆弾を街の外に持っていって適当な場所に投下して完了。
 もう彼女に怖いものはなかった。
 
・ ルフィ
 あとは勝つだけ。そのために彼はここに来た。

・ サー・クロコダイル
 何もかも邪魔されてようやく辿り着いた歴史の本文を前に、目的のものがないと知らされた気分はどうだ! 感想を述べよ!

・ ハジメの父
 その突然生えた過去編……間違いない……
 ワノ国からの違法出国者にして三色の覇気の免許皆伝……
 悪魔の実を神と称し使える神官、ハジメの父……
 この者を説明するのに空白の100年を理解する必要がある。少し長くなるぞ。
 なぜ幼少から覇気の訓練をさせたのか? 色々あったが簡単に言うなら私欲のためだ。
 彼奴、ハジメの中に“才”を見た。見聞色とは心の目。つまり心眼だ。これを理解するのにはものすごく時間がかかるのだ。
 己の師に詳しく聞くといい。お前は物事をあせりすぎる。

・ 謎の光
 何の光!?



 結構がっつり過去編やってしまった問題。
 神様は何の実だったのか?
 村を襲ったのは本当に海賊だったのか?
 お前にもいずれわかる時が来よう。
 次号より新展開へ──────!

次回『絶対に船を降りようとするイッチvs絶対に船を降ろさせないルフィvs????』
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