人間界に戻ってきて二年経ち、俺は中学三年生、ソーナ姉さんは無事に駒王学園の生徒になった。
正直なところ、この二年間「俺が来た意味はあったのか?」と思わなかった日はない。
まず職員や学校の運営陣。そこに悪魔関係者がいて先にフォローを入れてくれる。実際のところそんな気遣いはほぼ無用で、そのうち干渉しなくなったのだが、フォローが必要な間はしっかりと働いてくれた。おかげで俺に仕事はないため、ちょくちょく冥界に行ってそっちでしかできない仕事をこなせたのはラッキーだったな。
次に生徒。術者、混血、婿探し中の妖怪と裏の関係者がたくさんいる。裏関係者御用達の学校なので当然のことだ。こいつらも人間の常識とはズレた行動を取るのでソーナ姉さんが少々しくじっても誰も何も思わない。
最後に学校自体。原作の舞台である駒王学園と同じく、二次創作の麻帆良のごとき認識阻害結界が張られている。堕天使ほどの技術はないけど『明らかに異常』を『ちょっと変』くらいに抑える程度なら楽勝だ。デュラハンがマスコットキャラ扱いされ、テニヌを再現しても違和感を持たれないのはこれが理由だな。たぶん兵藤一誠たち変態三人組があきらかに犯罪なことしても退学にならなかったのもこれがあったから。これだけやって異常だと思われるには、それこそ兵藤一誠並の変態でないと無理だ。人間的には真面目なソーナ姉さんには不可能だろう。
そんな平和なある日の事、ソーナ姉さんから呼び出しが入った。
これは『悪魔の駒』の召喚機能を五分後に使用するという連絡で、一応決めておいたが緊急時には即召喚するし、それほどでなければ急いで向かうくらいで大丈夫なことが多かったために、人間界に来てからこれまで一度も使われていなかった奴だ。
何があったのやらと思いながら一応荒事だった場合に備えていつでも神器や武具を取り出せるように準備して待つ。
だが召喚された場所での光景は、予想とは大きく異なるものだった。
「……えっと、誰ですか、これ?」
ソーナ姉さんと、俺とは違う中学の男子生徒がいた。たぶん彼は俺と同い年だと思う。
その彼なんだが、なんだかやたらと目がキラキラしている。召喚を見てテンションが上がっているのだろうか?
「ああ、ジョージ。ちょっと彼の話を聞いて、色々と説明してあげてください。私は生徒会の仕事があるのでそちらに向かいます」
「あ、ちょっと待っ」
…………行ってしまった。
何が何やら全く分からないが、『王』からの指示だ。ともかく話を聞いて、説明してやらないといけない。
まずは名前を聞かないとな。
「あー、よくわからんがよろしくな。俺は支取譲治。お前は?」
「匙元士郎ですッ! よろしくお願いしますッ!!」
……確かこいつ、原作キャラじゃなかったっけ。なんでこんなとこにいる。
「はぁ、なるほど。要は恩が返しきれていない気がして追いかけて来たのか」
「ああ、対価に行動範囲の制限とか神器の使用制限とかされたけど、実際のところ俺をあの人の庇護下に置いてくれるってだけだからな。等価交換って言ってたし向こうも管理しやすくなっていいんだろうけど、俺としてはもらってばっかりな気がするんだよ。だから何か返したくてさ」
同い年だから敬語じゃなくていいと言った途端砕けた口調はともかく、匙の話ではこういうことだった。
匙はしばらく前から神器が不完全な覚醒状態にあり、触れた相手の生命力を自動で吸ってしまう状態だった。
ほんの少し触れただけで相手は疲れ切り、十数秒も触っていれば意識を失っていたとか。親しい人間が相手だと特に反応が顕著に現れ、両親なんかは近くにいるだけで昏倒していたほどだと言う。
そんな危険な自分に誰かを近寄らせるわけにはいかず、無理して不良のように振舞って人を遠ざけていたらしい。勿論家には帰えることもできず、特に親しくもない、犠牲になっても心の痛まないような連中のところで寝泊り、もしくは野宿をしていたそうだ。
だがあるチラシでソーナ姉さんを召喚したことで問題は解決した。
神器を完全に覚醒させることで制御が可能になり、誰かを無意識に傷つけることがなくなったのだ。
自分は生きていてはいけない人間なんじゃないかと真剣に悩み、自殺も考えていた匙にとってソーナ姉さんは救いの女神となったみたいだ。今話していた通り、対価が管理下に置くと言う名の保護だけだったのも理由の一つだろう。
それで、その時ソーナ姉さんが来ていた制服を頼りに必死になって探し、ようやく見つけたんだとか。
対価が重すぎるとごねる契約者の相手はともかく、軽すぎると言う相手がいるというのはさすがのソーナ姉さんも予想外だったみたいだな。俺からしてもこれは扱いに困る。
「つっても、あれって上から支給される機械に契約者と願いを入力して出てきた対価を請求してるからなぁ。裏で過剰に取ってるやつもいるみたいだけど、シトリー家にも関わってくるし勝手なことはできないんだよ。ソーナ姉さんは勿論、俺も『女王』として『王』がそんなことし始めたら諌める立場だからな」
「……『王』とか『女王』ってなんだ?」
そこに食いつくのか。って、そうか、よく考えたらただの神器所有者にこんなこと説明しないか。
悪魔の現状や『悪魔の駒』について簡単に説明する。すでに悪魔やそれ以外の人外種がいることは理解しているので話がこじれなくて楽だった。
「ふんふん、なるほど。つまり下僕悪魔ってのは貴族直属の部下のことなんだな。そんな立場でソーナさんの手助けができたら最高なんだけどなぁ……」
「無茶苦茶言うな。冥界の下級や中級の悪魔で下僕悪魔になりたいやつがどれだけいると思ってんだ。そんなに簡単になれるもんじゃないぞ」
「だよなぁ。……でも絶対に無理ってわけじゃないんだよな?」
「まぁ、そうだな」
特にソーナ姉さんは誰でも努力すれば強くなれるという考えの持ち主だから、熱意と根性を十分アピールできれば眷属入りすることは不可能ではないだろう。実際、原作でも匙は眷属入りしてたし。
こう考えると匙も幸運だよな。たまたまソーナ姉さんに助けてもらったから誠意をアピールするチャンスに恵まれた。冥界の下級、中級悪魔たちはいくらなりたくてもアピールするチャンスすらないんだからさ。
「じゃあ契約してくれないか? ソーナさんの役に立てるような奴になりたいんだ。そのために鍛えてほしい」
「んー、そういうことならこれでどうだ?」
カリカリと手紙を何通か書き、匙に手渡す。
「それはシトリー家と関わりのある武術家や魔法使いなんかへの紹介状だ。眷属になりたいって言ってたことはソーナ姉さんに伝えておいてやるから、そこでの頑張り次第では眷属入りできるんじゃないか?」
「おおっ! ありがとうッ! ……あ、でも対価は?」
「薦めた俺に恥かかせるようなことしなけりゃ、眷属入りできたときに何かおごってくれればそれでいいさ。お前は見込みがありそうだからな。先行投資みたいなもんだと思ってればいい。チラシを使った正規の契約じゃないから上手くいかなかったら対価もとったりしねぇよ。ただ俺の顔に泥塗るようなことしたら魔法具の開発に協力してもらう。タダ働きが何年になるかはやらかしたことの程度によるな」
「わかった。その条件で契約させてくれ! 俺は、ソーナさんの眷属になってみせるぞッ!!」
テンションが上がったまま、大声で叫ぶ匙。
手紙には「適当に苛めてまだやる根性があれば指導してやって下さい」と書いた。普通なら泣いて逃げ出すだろうがこれだけ元気なら大丈夫そうだな。
後日、匙の様子を紹介した人たちから聞いたときは修行メニューが人間にさせるには過酷過ぎてさすがの俺も引いた。頑張り屋なのでつい教えるのが楽しくなってしまったらしい。修行の合間に『黒い龍脈』で魔物や呪いの品から力を吸って回復しているとはいえ、これについていけた匙は本当に人間かと思う。