「予想通りだ」
俺を吹き飛ばしたヘラクレスは、その反動で大きく距離を取り床に着地―――せず蹴り抜いて姿を隠した。
ヘラクレスが通り抜けても霧の結界に穴は開かなかった。どころか床の傷まで修復し痕跡を消している。
おそらくこの霧の結界は俺たち転生者だけを通さないように作られているのだろう。俺でも内部を隔離するだけの結界にしか見えないように偽装するとか、どんだけ手が込んでるんだこの結界は。
「お前、狙われる側の立場になったことねぇだろ。警戒が杜撰だぜ」
下からの攻撃を警戒し宙に浮かんでいたが、今度は天井から出てきた。
冥界の駐車場はドラゴンや巨人でも乗れるような巨大な乗り物が泊まることもある施設なので相当距離があるさっきのような奇襲は受けなかった。
人間は悪魔と違い、自由自在に空を飛ぶことは難しい。なんとなくでできる悪魔と違い、重力とか慣性とか空気抵抗とか色々計算しながら魔法力を消費し術式を維持し続けないといけないからだ。余程優れた術者でもなければ放物線か直線の軌道で短時間の飛行が精々である。
なのでヘラクレスに向けて氷弾を放った。着地させず削り殺すことを目的とした弾幕だ。
だがこれも手や足で掴んだ空気を爆発させ推進力にすることで回避された。
なお反撃で棘は飛ばしてこない。変形時の気配の変化から察するに、禁手化を解いて攻撃した箇所の爆発だけに力を注いだのが今の姿なのだろう。
続けて氷弾を放ち続けるが、ヘラクレスは空中で跳ねまわり一向に当たらない。それどころか空気を爆発させての遠距離攻撃を何度も受けてしまっている。
「それに接戦の経験も少ねぇ! 今までは力押しでどうにかなる相手だったんだろうが、俺にろくに動きも読めてない攻撃が当たるかよッ!」
耳が痛い言葉である。反論のしようがない。
なにせソーナ姉さんの『女王』になったのはシトリー家と言う後ろ盾を得て狙われる側にならないようにする為であり、命の危険が高まる接戦は避け味方の助力を受けて圧殺してきた。ヘラクレスが指摘するような経験を積まないように過ごしてきたのだ。好き好んで危機に挑んでいくこいつとは戦闘経験に大きな差が生じて当然である。
それに加え、あいつは神器に眠る初代ヘラクレスの魂を引き継ぐことでいくらか経験も引き継げているのだろう。ギリシャ神話最大の英雄の戦闘経験はあいつを凄まじく強化しているはずだ。
それに引き換え、俺は魂を引き継げているとは言えない。元々4分の1が悪魔だった上に悪魔に転生したと言う時点で既に致命的なのだが、コカビエルとの戦いで『聖書の神』の死を知って神器の中のゲオルギウスは完全に抜け殻のようになってしまったようなのだ。神器に潜り話しかけたり魔法で魂の構成を解析したりして見ても何の反応もない。虚ろな目で虚空を見つめ、膝を抱えて座り込んだまま微動だにしなかった。当然協力を得られるはずもなく、どうにかゲオルギウスの能力だけは使えるようになったが、他はさっぱりだ。
戦闘技術や直感、戦術などで俺がヘラクレスに勝利するのは不可能だろう。だがそれは殺し合いに勝利できないと言うことではない。
身体能力や魔力、魔法力のスペック差で押し潰し、道具で敵に対して相性のいい能力を獲得し、それらが駄目なら他力本願を恥じないのが俺の戦い方。これが俺にとって最適で最強の戦法だと確信しているから、今回だって生き残るのは俺だ。
「“ふゆほたる”ッ!!!」
高速で自在に動き回るせいで捕らえきれず、障害物で足止めもできず、弱みを突くことを躊躇わず、自身の攻撃力と耐久力に絶対の自信を持つ敵。こういうやつに効くのは一撃必殺の火力を持った全方位へ放出するタイプの攻撃だ。
『凍結』の魔力、魔法に加え聖剣、魔剣のオーラを圧縮した雪を吹雪かせる、前世で読んだ作品のヒロインの能力を模した俺の最強技を放つ。
この雪は攻撃的なオーラの結晶であり、空間ごと凍らせ、砕き、切り裂き、削り取る。ただの一粒でも当たれば上級のドラゴンでも即死するレベルの破壊力を持った、まさに必殺技だ。
最大の欠点は燃費が最悪なことで、次点で制御不可能なところだ。全方位に降らせる以外の使用法は無い。雪の量と速度を調節できるくらいである。
だが現状では相手を空間ごと消滅させるつもりで放つんだからそれでいい。ともかくがむしゃらに吹雪かせ続ける。
霧の結界が砕け、駐車場が崩壊しても降り続けさせる。
辺りのモノが完全に見えなくなり、次元の狭間に放り出されてようやく雪を止めた。
「……………………死ぬ。こんなに魔力使ったのいつ振りだ…………?」
精根尽き果てる、とはこういう状態だろう。もはや指一本動かしたい気分ではない。だが『棺』や魔剣を持ちっぱなしだと本気で命に係わるので、頑張ってのろのろと異空間に収納した。
元いた場所へ転移するための魔力回復のため、仮眠をとろうと考えていたところで異変が起きた。
目の前で霧が渦巻く。
霧が晴れた後に現れたのは、右腕が喪失し凍って罅も入りズタボロになったもののまだ動けるヘラクレスだった。次元の狭間は色々不思議な空間で人間が生きられる環境ではないのだが、魔人化の影響か問題なく存在している。
「…………どういう理屈で生きてるんだお前? 霧で防いだくらいなら貫けるはずだし、位相のずれた異空間に逃れたくらいならそこごと破壊できたはず……単純に離れた場所に非難してたとかか? それにしたってゲオルクがこの場にいたとかでもなきゃ間に合わなかっただろうし……冥土の土産に教えてくんね?」
「冥土はテメェの現住所だろうが。悪魔が死んだら消えるだけなのに土産なんか貰ってどうする。それとも生き残るつもりか? さっさと死ね。それで俺の勝ちだ」
ヘラクレスの左腕が伸びてくる。魔力や魔法力、神器で防御できない今の俺がこの腕に掴まれれば確実に爆殺されるだろう。
だけど俺は死なない。死んでなんかやらない。生き残る勝算はあるんだ。だからまだ動くな。無駄に怯えて無駄な力を使うな。ヘラクレスから目を逸らすな。機は絶対やってくる。
そう自分に言い聞かせ、ヘラクレスを睨み続ける。
「これで終わり、だ?」
ヘラクレスの腕をどこからか超高速で飛んできた何かが吹き飛ばした。
急に腕がなくなり爆発が起こせなくなったことに戸惑っている。
「らあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
最後の魔力を振り絞り殴りつける。
普段のヘラクレスなら防ぐまでもなかった攻撃は、罅を一気に広げヘラクレスを粉々に打ち砕いた。
「ぜぇ、ぜぇ、お、そい、ぞ……ッ!」
「無茶言うな。俺は霧の結界が壊れた後に転移でこっちに来たから位置がずれてたんだよ。死ぬ前に来たんだから勘弁してくれ」
息切れしたまま呟いた言葉に、転移魔法でとんできた誠二が答える。
ヘラクレスの腕を吹き飛ばした『何か』は、おそらく超遠距離から隠密+遠視状態の誠二が放った弾速重視の魔弾だ。
“ふゆほたる”を使った時、誠二はヘラクレスよりずっと俺から離れた位置にいた。あの位置なら誠二は確実に生き残り、ダメージを負ったヘラクレスに止めを刺せると判断したからこそここまで全力を振り絞ることが出来たのだ。
結果、俺も誠二も生き残り、アンチモンスターも巻き添えで全滅させられた。ゲオルクの造った結界にも大穴が開いたはずだからソーナ姉さんたちも逃げ切れたかもしれない。この戦いは俺たちの完全勝利と言えるだろう。
とはいえその過程で問題がなかったわけではない。少し時間をかけ息を整えてから文句を言う。
「お前なら腕だけじゃなくてそのまま倒せただろうが。無駄に働かせやがって。俺が気を抜いてたらどうするつもりだったんだよ?」
「そこで気を抜かないあんただから腕でやめたんじゃんか。止めだけ刺して功績貰うのは嫌だし、あくまで俺は補佐でジョージの功績ってことで」
「もう上級悪魔に昇格決まってるようなもんだから功績とかいらねぇんだよ……。わかってやってるだろお前」
「なんのことかな? それよりいいタイミングで援護して功績たてさせてやったんだからお礼を要求する。俺らと『棺』になってるユーリ以外の転生者と話をする場とか用意してもらいたいな」
「それくらい普通に頼めよ……」
全く聞かれないから興味ないんだと思ってた。価値の高い情報だと思って恩を売れるのを待ってただけかよこいつ。
まぁ良く考えてみると、これについては俺にも責任があるのか? あいつと「積極的に情報を広めない」って契約―――聴かれたら話していいし、聞くように誘導してもいい程度のもの。絶対に喋るな、とかと比べると対価はかなり安く済む契約内容―――をしてたから、こっちから離すことは全くなかったもんな。高い情報と勘違いもありえるか?
「わかった。話は通しとく。俺は魔力回復のために仮眠取りたいんだが、警戒頼めるか?」
「それくらいはやるさ。今さらゲオルクが作ったフィールドに再突入は無駄だろうし、弾一発撃った以外にも何かしてないと部長に叱られる」
「そうか。んじゃお休み」