「ああ、居た居た」
ミカワグレイは水橋に声をかけられた。
「ミカワグレイちゃんだよね~」
「そうですが、何か」
「うーん? 悩み事があると聞いてきたんだけど」
「そんなもの、私にはありませんが」
「いや、あるね」
「悩み事のない人間なんていないよ、大きい悩みほど見つけられないものだよ」
「エレファント・イン・ザ・ルーム」
ミカワグレイはポカンとした。
目の前のウマ娘がトレーナーのバッジをつけていること。
彼女が非常にラフな格好であること。
勤務時間中なのに酒を飲んでいること。
「意味わかる?」
「分からないわ」
「みんな知ってるのに誰も口に出さないってこと」
「立ち話も難だし、カフェテリアにでも行こうよ」
「君の中の象を見つけたげる」
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ミカワグレイは緑茶を、水橋は持ち込んだ酒を飲んでいる。
既に水橋からはヒト気が無くなっている。
「アタシがなんでお酒飲むかわかる?」
「好きだから?」
「違う、一人になれるから、環境的にも、心情的にも」
「アタシうるさいのきらいなの~」
「では、一人になればいいんじゃないかしら?」
「それは寂しいからいやなの~」
「当ててあげよっか、君が何を悩んでいるのか」
水橋はうーんと唸って考えている。
「そう、簡単に当てられたら悩みと言えるの?」
「みーんな持ってる、小さい悩みがあるもんだよ。抱えてるもんがない人なんていない。重りが積まれない船は、どっか流れて行っちゃうから」
「時間という川の流れに流されてどっか行っちゃうからさ」
「あ、分かった」
水橋は指を立ててミカワを差した。
「君、自分がウマ娘であることに悩んでるでしょ」
「……」
「沈黙は肯定だよ~?」
「まぁ、それは自分が人間であることについて悩むようなもので、皆が抱える疑問だと思いますけどね」
「何言ってんの、随分大きな象じゃないか、誰も指摘しない」
「だからアタシが指摘してあげる、オカシなひととしてね」
「集団には異端が必要なんだよ。それを許容できなければ、排斥するようになってしまったら、多分、ゴロゴロと川に流されて行って、削れて、無くなっちゃうんだ」
「船頭多くして船山に登るという言葉もありますが」
「それはリーダーが居ないから、その集団がバカなだけ」
「結局意思決定っていうのは一人の人間に任されちゃうんだよね~、皆、肩に歴史を背負ってるんだよ、その自覚がないよね~」
「その意見には、少々同意しますわ」
「ムーちゃん先生が言ってたわ、そんなこと」
「誰ですか? それは」
「アタシの親友のトレーナー、歴史好きなところとか君と似てる」
「いつかあってみたいですね」
「だめだめ、あんな人と会ったら、脳みそ食べられちゃうよ」
「あの人はおかしい人だから」
「あなたの親類というのなら、おかしい人であることも同意できます」
水橋は酒に口を付けた。
「でさ」
「君はウマ娘であることに悩んでるんでしょ?」
ミカワグレイは沈黙した。
「やっぱり黙った。沈黙は肯定なんだってば」
「悩んでいいよ~ いっぱい悩んで、いっぱい考えよう」
「どんどん悩んでいいんだ」
「でも、これだけは忘れないで」
水橋トレーナーは真面目な顔をした。
ミカワグレイには、彼女が少し不気味に映った。
「周りにみんながいること、皆が君の舵に、錨に、竜骨になっていること。人生は雄大な川下りなんだ」
「いつかみんなで、海に行こう。君という船で、海に出て、遠くまで一緒に行こうよ」
「歴史の河は、だれにも止められないのさ、流れていくしかない」
「ならばせめて、皆で流れていこう」
ミカワグレイはその話を聞いて、ため息を吐いた。
「それが、私の悩みを解決してくれる、と?」
「多分ね」
ミカワグレイは考える素振りをした。
素振りをしただけで、答えはもう決まっていた。
「川の流れは、いつか必ず、大河になり、そして海に出ます」
「私もいつか、雄大な歴史の流れとなって見せましょう」
「その時はアタシにも見せてよ、君の雄大さ」
「それは考えておきます」
「いいよ、考えておいて」
ミカワグレイは緑茶を飲み終えて席を立った。
水橋は席を立たずに、外を眺めた。
時の流れに身を任せる、船頭のように。
FENCE OF DEFENCE - 時の河