サクラスペラッドは憂鬱だった。
今日の模擬レースであまり好きではない相手と勝負しなければならないことが、ただただ憂鬱だった。
今のところ、彼女に今日の模擬レースを走る理由がない。そんなレースを走らなければならないことが不満だった。
サクラスペラッドがカフェテリアに向かおうとしていると、背の小さい可愛らしい女性が何やら立ち台に立って演説をしているのを見た。
サクラスペラッドはその様子を遠くから眺めてみた。話を聞くに、彼女はトレーナーであることが分かった。
「いいか、オレには実戦経験というものがない! これが意味するところはだな」
「今までに類を見ない、最も最先端で、最も先鋭的な指導ができるということなのだ!」
「だぁから! オレについてこい!」
サクラスペラッドはそれを妄言だと思った。
春になると変な人が出てくるから気を付けなさい。と母に言われていたのを思い出す。
間違いなくあの彼女はその変な人だった。
目を逸らそうとした。それがまずかった。
立ち台に立っていた彼女と目が合ってしまった。
その瞬間彼女は猛スピードでこちらに向かってくる。
「おい、キミ! 名前はなんていうんだ!!!」
サクラスペラッドは言い淀んだ。
「恥ずかしがらなくていい!!! キミの名前を言いたまえ!!!」
「あ~分かった、オレが名乗っていないから名乗らないのだな! いいだろう!」
彼女は小さな胸を張って大声を張り上げる。
「オレをムーちゃん先生と呼べ!!!!」
ムーちゃん先生と名乗った彼女は指をさしてサクラスペラッドを見る。
「これで知らない間柄ではないだろう? 名乗ったのだから!」
サクラスペラッドは名乗らなければこの状況から逃れられないと考えた。
「……サクラスペラッド」
「ふーん、サクラか、いいな!!!!」
「君の名前からは咲き誇る桜のような美しさを感じるぞ!!!!」
「ありがとうございます」
と述べてサクラスペラッドはその場から逃れようとした。
離れようとすると、彼女は袖を掴んで離さない。
振り向いて彼女の顔を見ると、顔立ちが良く、美しい人形のようにも思えた。
喋らなければ美人だろうな、とサクラスペラッドは思った。
「キミ! キミの才能を開花させてやる!」
「だからオレを最高のトレーナーにしてくれ!」
サクラスペラッドは彼女に魅力を感じたが、それは魔性なものに思えた。
この人についていったらどうなるだろうと一瞬考えた。
この人についていったら、先ほどの妄言のように、いろいろ無茶苦茶なことをさせられて、勝つことができないかもしれないと考えた。
サクラスペラッドはそういう無茶苦茶なトレーニングが合う性ではなかった。
「やめておきます」
「なーぜだぁ!!!!」
泣きじゃくるムーちゃん先生。
「……あなたは私の走りすら見ていないじゃないですか、そんな人に何が分かるんですか?」
「理解るのだ!」
「オレには分かる、君は秋華賞を! 宝塚記念を! 天皇賞春を取る! 有馬記念は2回勝つだろう!」
「そんな才能をみすみす逃すわけにいくものか!」
そんな妄言を聞いて、サクラスペラッドはとらぬ狸のなんとやらという言葉を思い出した。
「才能があると言ってくれるのは嬉しいですけど、そういうのはいいです」
「なんだと~!」
「じゃあこうしよう」とムーちゃん先生は案を述べる。
曰く、”今日の模擬レースで、キミが1着を取れたら、オレは君を諦める”
ばかばかしいとサクラスペラッドは思った。
「約束しなきゃオレはキミを地の果てまで追いかけるぞ!」
彼女の目はキラキラと輝いていて、本気だった。
「わかりました」とサクラスペラッドは了承した。
ニッコニコの笑顔を浮かべたムーちゃん先生。
「勝てよ!」と言って彼女は去っていった。
勝ったらあなたが不利でしょうに、と思いながらサクラスペラッドは苦笑いを浮かべた。
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模擬レース。
サクラスペラッドの苦手な相手との勝負となるだろう。
ゲートが開いて全員がレースという戦場に吐き出される。
やはり、追いつけない。
サクラスペラッドの前方に居るウマ娘が、進路を防いで進めない。
抜けない、そう思ったとき、第3コーナーを超えるとき、サクラスペラッドは見た。
ムーちゃん先生が、彼女が私を嗤っている。
”ここで勝てないこと”をか?
何かに火が付くような感覚がした。
負けてたまるかという思いが、既に限界な足をさらに輪転させる。
ついには、前方のウマ娘を追い抜いて、ゴール板の向こう側にたどり着いた。
走り終わった後、ムーちゃん先生はどこかに居なくなっていた。
びゅうと、風が吹いて、桜の花びらが散っていく。
いつの間にか、僕の周りには人だかりができていた。
皆サクラスペラッドをスカウトしようと皆躍起になっている。
彼女ははニヤけてしまった。
自身の才能が知らしめられたことに。
自身の才能がバレたことに。
なんだか、ちょっと面倒くさいなと思ってしまった節が、彼女にはあった。
後で聞いた話だ。
サクラスペラッドはムーちゃん先生に、何故最後自分が勝つ方に賭けたのか聞いてみようと、会うことにした。
有馬記念2連勝の報告も兼ねていたのだが、調べてみると、ムーちゃん先生なんてトレーナーはもう居なかった。
数年前に病気でトレーナー業を引退し、その後亡くなったと聞く。
じゃあ、あのムーちゃん先生は何だったのだろうか?
ふと見てみると、折れた枝に桜が一輪咲いていた。
暖かったからだろうか?サクラスペラッドはその枝を拾う。
もしかすると、彼女は桜の見せた幻影だったのかもしれない。
そう思って、サクラスペラッドは、あり得ないなと一蹴し、歩みを進めた。
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