「なぁ」とサンデーサイレンスは聞いた。
「もし、自分が自分以外だったら」
「お前はどう思う?」
サンデーサイレンスは、満席のカフェテリアで相席したウマ娘に聞く。
目の前のウマ娘は、ふと考えてみせる。
目の前のサラダをいったん置いて、それで考えても分からなかったようだ。
「よくわかりません、自分が自分以外だなんて」
サンデーサイレンスはズーズーと氷水を啜った後に口を開いた。
彼女の顔には生々しい傷が沢山あった。
「なぁ、リーバ、もしもの話だぞ?」
彼女はもしもの話をした。まるで見てきたかのように。
「もしも、俺が寝ている間別人になって、このトレセンに対していろいろなイタズラをしていたとしよう」
「その時裁かれるべきなのは、俺か? それとも、もう一人の自分を呼び出して殴りつけるべきなのか?」
「問題は責任が体にあるか人格にあるかってことなんだよ」
リーバはそのことについて考えず、「わかりません」と答えた。
「思考放棄だ、それが一番正しいのかもな」
リーバは面倒くさいものを見る目で彼女を見た。
事実、リーバにとってこの話は面倒くさく、目の前のサラダを片付けるほうが優先だった。
「俺よりサラダの方が上かよ」
「1回キリのサラダより、俺との会話は大事じゃないっていうのか?」
リーバはやはりウザったく思っていた。
最近、年上であることを利用してなのか、サンデーサイレンスはリーバの目の前によく現われる。
そして、こんな禅問答のような話を続けてくるのだ。
リーバにとっては彼女はうっとうしかった。
「もっと問題を真剣に考えてみろよ、そうすれば……」
「……そうすれば、なんですか?」
リーバは彼女が言葉に詰まったので聞き返した。
「お前の、デジャブが解決するかもしれないんだぜ?」
リーバにはその、デジャブという言葉に心当たりがあった。
”サイレンススズカ二代目”とか”新生サイレンススズカ”と言われてしまうことが、彼女にとっては重責であり、同時に邪魔な瓦礫でもあった。
確かに彼女の残した成績は素晴らしい、素晴らしいが、彼女は私ではない。
リーバはそのことについて悩んでいた。私は彼女の後追いではない。
独立した、一個の人格なんだ。一人のウマ娘なんだ。
リーバ自身、成績を残すために進む道が、誰かの作った道であることに不満を感じていた。
「思い当たる節はあるんじゃねぇか?」
サンデーサイレンスは笑っていた。邪悪な笑みだった。
「私は真剣に物事を考えているつもりです」
「いや、そういう意味じゃないんだよな」
「俺がお前に考えてほしいのは、もっと、根幹にかかわることだ」
「分かるか、もっと、心の根っこの、土に埋もれた部分について考えてくれ」
「夢とか理想とか、そういうキラキラした所に本質はねーんだ」
「蓮の花は泥水に咲くんだよ、意味わかるよな?」
「まぁ」とリーバはつぶやいた。
「アンタに聞きたいことがあるんだ」
サンデーサイレンスは指を立ててリーバに聞いた。
「あんたは、何になりたいんだ?」
「……」
リーバは直ぐに答えられなかった。
サンデーサイレンスはその答えに満足していた。
「そうだな、普通ならすぐには答えられねぇ。普通ならそうだ」
「じゃあ、俺に聞いてみろ」
サンデーサイレンスは自身を指差し、リーバに尋ねるように言う。
「……あなたは、何になりたいんですか?」
サンデーサイレンスは間髪を入れずに答えた。
「俺は、変わりたい」
「才能があって、自由奔放。自分の意志で歩くことのできる人間だ」
「自分の意志で人生を選べない人間は虫以下だぜ」
「俺はいつか世界を変える、お前もそれを見ることになる」
サンデーサイレンスの顔は真剣味を増していた。
リーバは、彼女は本気で、何かをしようとしていることを感じ取った。
「誰にもできないことをやってみたくないか?」
「お前以外の誰にも代替できない、お前しかできないことを」
「俺はやるつもりだ」
リーバは察した。
「それが世界を革命するってことなの?」
「革命か、面白いな」
「面白いけど、革命なんて良い言葉じゃねぇ、俺が目指すのは崩壊だ」
「お前にはできるか? 全部を破壊して、地の底に叩き落すことが」
リーバにはよくわからなかった。
「よくわかりません」
「誰にも止められなきゃ、じきに分かるさ」
「いつだって、一番怖いのは自分だな」
「私はあなたの事が怖いですよ」
「そうか」
サンデーサイレンスは生傷まみれの身体を起こす。
飲み終えた氷水の入ったカップを投げ捨て、誰かわからない生徒に当てる。
その生徒はニヤリと笑い、サンデーサイレンスも同様の邪悪な笑みを浮かべた。
リーバは彼女が何者なのか、見当がつかなくなってきた。
「あなたは何者なの?」
彼女は切れて血の滲んだ口を歪ませて答えた。
「タイラー・ダーデン」
サンデーサイレンスはその場を去る前に、一言残した。
「お前以外でも、お前になれちゃだめだぜ」
彼女はヨレヨレの制服のままどこかに歩いていく。
リーバが瞬きする間に、彼女はどこかに消えていた。
彼女は机に学生証を置いていってしまっていた。
リーバはそれをのぞき込む。そこには「マンハッタンカフェ」と書かれていた。
異様な違和感がリーバに走り抜けていく。
何かが始まるような予感が、彼女の元にはあった。
その予感が良いものであるように、彼女は祈る。
心の中で、一通り祈り終えた後は、彼女は既に鮮度を失ったサラダに口を付けた。
そのサラダに、彼女は少し同情していていた。
リーバは呟いた。
「……私以外、私じゃないのよ」
ゲスの極み乙女。 - 私以外私じゃないの