「「うわっ」」
身体がぶつかる音がする。
倉橋が顔を上げると、そこにはウマ娘がいた。
「わ、すみません……」
「気を付けてください」
この子の名前を、倉橋は覚えていた。
「ボウハツフンジンさんじゃないですか? どうしてこんな遅くに事務室に?」
「……外出届を忘れてて」
「あ、はい、じゃあ、受け取りますね」
「……あ、でも」
「今受け取ったんじゃ、処理するのは明日だから、結局怒られちゃいます……」
アセアセと倉橋は目に見えて焦りだした。
「……怒られてもいいですよ、別に」
「うーん……」
そんななか、倉橋はポンと何かを思いついたようだ。
「書類の日付変えちゃいましょうか?」
「駄目に決まってるでしょ、事務員が書類を不正にいじったら」
「はい……」
ボウハツフンジンは知っていた。この倉橋という事務員が、学園で最も不甲斐ない事務員であることを。
「やっぱり、倉橋さんって変ですね」
「へ、変ですか? 何か、臭いとかしますか……?」
「いえ、匂いはしないんですけど」
「うわ〜! やっぱりだめです~! 毎日お風呂入ってるのに~!」
びーびーと倉橋は泣き出してしまった。
ボウハツフンジンは、彼女が泣くのを見るのは3回目だった。
「チッ」と彼女は舌打ちをした。
「……でも」と思い出した。
この人が最初に泣いたのを見たのは、初めてG1を制覇したときだったはずだ。
事務室にその知らせを持ち込んだとたん、応対していた彼女は泣き出したのだ。
それはもう驚いた。
「また人に嫌われてしまった……」
と倉橋は涙を浮かべている。
「はぁ」とボウハツフンジンはため息を吐いた。
「あなたの事は嫌いではありません、あなたがいい人だということは知っています」
「うぅ~」
「だから泣かないでくださいよ、警備員さん来ちゃいます」
倉橋は持っていたハンカチで涙を拭いた。
「そうですよね、ごめんなさい、取り乱しちゃって」
「とりあえず」
倉橋は落ち着いて、口を開いた。
「明日怒られるときは、一緒に怒られましょう」
ボウハツフンジンは彼女の笑顔を見た。
彼女の力のない誘いに、ボウハツフンジンはなんだか魔法をかけられた気になった。
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「まったく」とエアグルーヴは憤っていた。
「倉橋、貴様は何度失敗すれば学んでくれるのだ」
「すみません、エアグルーヴさん」
エアグルーヴは彼女の事が嫌いだった。
彼女は自分の意志で人生を歩めないタイプの人間であり、自意識が虫以下だった。
エアグルーヴは虫が嫌いだった。
「フンジン、貴様も貴様だ、連勝しているからといえ、書類は期限通りに出せ」
「ルールが無ければ獣と一緒だ」
エアグルーヴはそう告げて、彼女らを生徒会室から放り出した。
「……怒られちゃいましたね」
倉橋は申し訳なさそうにボウハツフンジンを見る。
「ふぅ」とボウハツフンジンはため息を吐いた。
これで何度目になるのだろう。
ボウハツフンジンは思っていた。
意外と、ため息や舌打ちを吐きながら生きるのも悪くないのかもしれない、なんて。
A-Ⅱ - 幸せ者