憶持のオーバーロード   作:wash I/O

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第9話 暴かれる源流(ルーツ)

 わかってはいたことだが、超豪華な顔ぶれ(メンバー)で挑んだギルド遺構探索はあっけなかった。

 

 鉄砲水による土砂崩れで開口した遺構への侵入口は、長い回廊の中途だった。この時点でアインズは、ギルドが既に資金を枯渇させ機能停止していることを確信した。もし、ギルド拠点がまだ活きていれば、この程度の開口部は自然修復されていて然りである。

 

 それでも彼らは決して警戒を解くことなく慎重に先へと進んだが、最初に突き当たった円形の広間の中央に、早速お目当てのものが発見された。

 

 <ロゼッタの石碑(ピエール・ド・ロゼッタ)>!

 

 少なくとも七百年以上の長きに渡ってこの世界に<翻訳の神秘>をもたらしていた、ユグドラシルプレイヤー、エドモン・ウェルズの遺産。

 

 帝都アーウィンタールで黒鉄(くろがね)の竜王の傀儡(くぐつ)に一瞬で殺されるか眠らされるかした盗掘者三人組は、その顛末も含めてまったく強者には見えなかった。その彼らでもここまでは至れたには違いないのだから、このあっけなさは、当然といえば当然の結末と言えよう。アインズがいささか拍子抜け感を覚えたのは否めないが、一方で、ここからが本番だ、という思いもなくはない。

 

「おっしゃっていただければ、実験用に手頃な人間か亜人を拾って来ますがぁ?」

 

 アウラが、まるでドングリか何かを見つけてくるかのような口調でアインズにそう問うたが、既に鑑定魔法で真贋を確認済みのアインズは無用と応じた。応答したフレーバーテキストは当然フランス語で、意味こそわからないがこの上これが贋物などということはあり得まい。

 

「動作試験については別途考えているから必要ない。」

 

 アインズはアウラには簡潔にそう応じ、引き続き石碑を検分した。

 

 一見したところ、それは単にその場に置かれているだけで、ギルド拠点と何らかの接続を有しているようには見えなかったが、安易にこれを動かして破損でもしようものなら元も子もなくなってしまう。

 そう考えたアインズは、パンドラズ・アクターにナザリックへの搬送の可否の評価を主目的とした調査を命じ、助手として戦闘メイド(プレアデス)からナーベラル・ガンマとソリュシャン・イプシロンを呼び寄せ、自身は残る供回りを連れてさらなる探索をおこなうことにした。

 

 目指すところは、エドモン・ウェルズ及びそのギルドの群像推定(プロファイリング)である。

 

 盗掘者三人組が立ち入れたであろう範囲、つまり<石碑>の()から支障なく繋がった空間からは目ぼしいものは何も見つからなかった。彼らの遺留品からも他にユグドラシル由来のものは発見されていないので、これは元からなかったと考えるのが妥当だろう。

 ユグドラシルのギルド拠点について知識のない彼らが、円形の広間で発見した光る羊皮紙(巫女の布告)で満足したのは当然ではあるが、アインズとしては、少なくとも必ずあるはずの玉座の間、宝物殿を押さえずにはいられない。宝物殿についてはナザリック同様に別空間隔離されている可能性もなくはないが……どう見てもこのギルドの拠点レベルは千を下回っていてそれはない、とアインズは踏んでいる……入り口と繋がっていること(システム・ アリアドネ)が求められる玉座の間には必ず辿り着ける筈だ。

 

 果たせるかな、玉座の間の入り口は最初に侵入に用いた開口部の回廊の反対側にあった。かなりの石塊で埋もれていたため後回しにしたものだが、最奥に固く封印された扉が発見された。その前に真新しい蝋燭を燃やした痕が見つかったので、どうやら盗掘者も此処までは石塊の隙間を縫って辿り着いたようだが、彼らには扉を開く手立てがなかったのだろう。

 マーレが自然祭司(ドルイド)技能(スキル)で石塊を慎重に除去した後、コキュートスが一閃すれば容易に扉は斬り開かれた。<石碑>の()と回廊を通じて対面する玉座の間からは放射状に個室が連結されており、本来<石碑>の()はナザリックにおける円卓の間に相当するのだろう、とアインズは当たりをつけた。

 

 こちら側からは少しの遺留品が見つかった。

 

 回廊からの入り口と直面する玉座の間の背後が宝物殿になっていて、そこから元はギルド武器であったと思われる転法輪(チャクラム)と<換金箱(エクスチェンジボックス)>が発見された。

 神器(ゴッズ)級の転法輪は、この状況下でなければアインズを興奮の坩堝に陥れただろうが、崩壊したギルドにただ一つ遺されたそれは、今はむしろ寂寥感を漂わせるものでしかなかった。その(ほか)には、ユグドラシル金貨を含め何もない。ということは、エドモンは基本的にはギルド内にあったユグドラシル由来の品々の大半を<換金箱>に放り込んでギルド維持費に当てた、と考えるのが妥当だろう。

 

 プレイヤー向け個室と思われる空間のうち使用感があったのは一室だけで、一振りの聖遺物(レリック)級の戦槌(ウォーハンマー)が遺されていた。エドモンの得物だろうか。これだけが現存するところを見ると、エドモンは死の直前まで……よもやこれをここに遺したまま、今も何処かで生きているなどということはあるまい……これを使用することがあった、と考えざるを得ない。

 そして、他の個室に使われた形跡がまったく感じられないのは、エドモンにユグドラシル時代に仲間がいたかどうかは別にして、アインズがそうであるように彼は一人でこちらの世界に渡ってきたからだろう。

 

 アインズが考える筋立て(シナリオ)はこうだ。

 

 <ロゼッタの石碑>と<巫女(ヴォルヴァ)の布告>を組み合わせることで現地人との交流手段(コミュニケーション)を確立したエドモンは、ユグドラシル由来の当地においては突出した力を用いて、現在言うところの冒険者のようなことをして現地人から報酬を得ていたのではないか。が、この手段で得られる利益はギルド維持には到底足りず、手持ちの品々(アイテム)を逐次処分する羽目になった。

 もしエドモンが、アインズたちがやっているような持続可能(サスティナブル)な資源獲得方法を開発していたり、あるいは、八欲王のような無分別な略奪に乗り出していたのだとしたら、もう少し何かが遺されていて然りのはずだ。

 とすれば、エドモンは少なくともピーと同等か、それ以上の安定した人格を支える<日誌(ログブック)>を有していたことになる。現実(リアル)のエドモンが在野とはいえ研究者であったことを思えば、これは納得のいく話だ。おそらくは幾人かの仲間(ギルメン)に囲まれていて、だがその仲間たちはアインズ・ウール・ゴウン同様にユグドラシルの凋落と共に去り、自身の<翻訳>の研究に未練があったエドモンだけが終了日までギルドに居残って転移を迎えたのだろう。アインズ、当時のモモンガがそうであったように。

 得物である戦鎚(ウォーハンマー)がここに遺されたのは、エドモンが最期まで何らかの闘争をおこなっていたこと、そして、当地で寿命により死を迎えたことを示唆している。もし敗死したものであれば得物は死亡地点に残置されたはずだし、ここで戦闘がおこなわれたのであればその勝者によって荒らされた痕跡がないのはおかしい。

 

 パンドラズ・アクターがおこなった、先に屠った森妖精(エルフ)の王、デケム・ホウガンの遺留品の解析を通して、彼の誕生が六大神の降臨に前後するであろうこと、従ってその母親がこちらに渡って来たのは六大神よりもさらに遡るであろうことが判明していた。

 さらに、その母親が自分以外のユグドラシルプレイヤーを意識していたこともほぼ確実視されている。彼女が()()()を嫌った相手こそが、さらに先にこちらへ渡り来て<翻訳の神秘>を施したこのエドモンだろうか。一方で、遺された戦鎚(ウォーハンマー)はユグドラシルにおけるエドモンが少なくとも近接戦闘職であったことを示唆しており、ニグレド相当の探査能力を併せ持つと考えるのにはいささか無理があった。

 

 ちなみに。

 

 読み解かれた書付けの大半は、デケムがどんな種族の誰といかなる交配を試み……呆れたことに都々度々(つどつど)所要時間や前戯、体位までもが記録されていた……その結果得られた子がどうであったか、の記録であり、他のユグドラシルプレイヤーに関する情報は皆無であった。

 アインズの見るところ、その中にあってシロクロは突出した成功例であったようにも思われるが、身籠らせた女をスレイン法国に奪還された腹立ち紛れに、デケムはその子を出来損ないと決めつけることで折り合いをつけていたらしい。何とも愚かな話だ。

 

 とまれ。

 

 デケムの母親が意識していた相手がエドモンであるのだとすれば、ナザリックのニグレドに当たるNPC(しもべ)が居た、と考えざるを得ないが、果たしてエドモンはNPCを伴って渡って来たものだろうか。

 

 その答えは、最後に斬り開いた封印された個室から見つかった。

 

「こ……これは?」

 

 アインズは思わず息を呑んだ。

 

 

                    *

 

 

「かく言う私も、帝国人の振りをするのは苦手でねぇ……。

 あ、もうひとつ頼んでいぃ?」

 

「あぁ、遠慮は要らん。どんどん食べてくれ。」

 

 キーノとクレマンティーヌは、エ・レエブルの女性であれば知らぬ者はいない、澱粉質に水を加えて練った団子に木の実由来の蜜を垂らして食べる甘味を張り出し(カフェテラス)で味わっている。二人の言葉は店員にまったく通じなかったが、既に店員もこの状況に慣れつつあるようで、代金を先払いさえしてしまえば身振り手振りで目当ての甘味を注文することは容易に叶った。

 

「<翻訳の神秘>とか言うけどさー、やっぱり身についた教養とかは伝わっちゃうわけよ。」

 

「教養?

 ……おまえにか?」

 

「ム!

 ……まぁー、キーノちゃんは()鹿()正直なのが玉に(きず)よねー。」

 

 クレマンティーヌは、漆黒聖典がその長い歴史の中で培った工作活動のために他国人になりすます秘伝(ノウハウ)を惜しげもなく、半ば自慢でもするかのように語った。彼らは今から三百年前、キーノたち十三英雄が魔神を打ち倒した後の復興期、源流を(おな)じくする三国が運命を分かった時点から言語の分化が始まっていた、と考えていた。

 その説明によれば、帝国の話法は徹底的に理解の責任を聞き手に丸投げし、文脈に依存できることは省略し尽くすものであるらしい。逆にそうせず慎重に語彙を選び言葉を尽くす説明でもしようものなら、皇帝(ジルクニフ)でも気取っているのか、と揶揄されるのだとか。

 説明の責任を話者が背負い込むきらいのある法国の話法に通じたクレマンティーヌは、いくら誤魔化そうとしても帝国人から聞くと不必要な詳細(ディテール)が発言に加わってしまう。そして本人が言うには、その情報量と()()()()()不整合(ミスマッチ)が、帝国の一角(ひとかど)の人間であれば不信感を(いだ)くには十分なものになったのだそうだ。

 その点、体裁ばかりを重んじ内実を問うことがなかった旧王国人をちょろまかすのは簡単だった、ケケケ、とクレマンティーヌは笑う。

 

「美しさ、は罪よねー。」

 

(それはそういう意味じゃないと思うが、私が言葉の意味を取り違えているのだろうか?)

 

 生真面目なキーノは、どこから本気でどこまでが冗談かわからない法国人(ほうこくじん)らしからぬクレマンティーヌの言葉に翻弄されつつも、確かに自身が追い詰められていた隘路から出口へ至る光明を掴みつつあった。

 <バベルの災厄>……今回の事変がそう呼ばれるようになったことは、意味するところまでは承知していないもののキーノも聞き及んでいる……が始まった時点ではまったく途方に暮れ、言葉を学ぼうと決意した折も(ゼロ)からの出発に前途暗澹たる気分に陥っていたものだが、クレマンティーヌの示唆するところによれば、自分は既に足がかりは得ていることになる。この気付きだけでもキーノにとっては大きな助けになっていた。

 

「で、クレマンティーヌはやはり人の子に追われてこちらへ逃げて来たのか?」

 

 何の気なしに発したその疑問に、さきほどまでニコニコ顔で甘味を頬張っていたクレマンティーヌが突如真顔になったのに気づいて、キーノは、しまった、踏み込むべきでないところに踏み込んでしまったか、と焦ったが、しばし冷たい視線を投げかけていたその表情はややあって緩み、

 

「まー、それは話し始めると長い話になるわー。」

 

とクレマンティーヌは答えた。

 

 リ・エスティーゼで自身を養ってくれたプッシュグラム・アインザックなる好々爺から、故国スレイン法国で大きな政変があったことは聞いてはいたが、その詳細については知らないし、正直なところ興味もなかった。故国とは言え、百年も現世と隔絶していた彼女からすれば、最早それは縁遠い余所の国でしかない。

 何やかやと昔話を聞きたがったプッシュグラムは、言葉が通じなくなった途端冷淡になり、これ以上引き出せるものもないと判断したクレマンティーヌは出奔して折しもエ・レエブルに流入する難民に紛れたものだが、そもそもの発端、百年前に死んだはずの自分が何故今こうなっているのか、については、キーノに話したくないどころか自分自身が思い出したくない記憶だ。

 

「クレマンティーヌはその……シロクロを知っているのか?」

 

「シロクロ?なにそれ?」

 

 百年経っているのだから知らぬ名が出るのは当然だが、その名はクレマンティーヌには法国人の命名規則に則らない名前に聞こえる。

 

「知らないのか、スレイン報国の人の子シロクロ。新しい国家元首だよ。すらっと背の高い森妖精(エルフ)で、戦鎌(ウォーサイス)を振り回して、髪の毛が白と黒の二色分け(ツートーン)の。」

 

「はぇ?」

 

 クレマンティーヌは素っ頓狂な声を上げる。

 キーノの話が本当ならば、シロクロと呼ばれているのは自分の記憶の中ではまだキーノと同じような幼児体型だった漆黒聖典番外席次、絶死絶命だ。ヤバい奴だ、とは思っていたが、まさかアイツが謀反(クーデター)をやらかしたのか……案外見どころあるじゃん!

 

 いや、待て待て!

 

「キーノちゃんは、何でそのシロクロの容姿を知ってるわけ?」

 

 クレマンティーヌの知る限り、絶死絶命は大神殿の最奥に秘された法国の切り札中の切り札だったはずで、嘘かまことか世界北方に住まうという竜王(ドラゴンロード)と門外不出の協約まで交わしていたという噂もあった。百年の間に方針転換があったのか。それにしても、エ・レエブルではそれなりの有名人とはいえ一介の冒険者に過ぎないキーノがその容姿を見知っているのはどう考えても奇妙だ。

 逆に問われたキーノは、自身が余計なことを口走ってしまったことに気づいて慌てるがとき既に遅しだ。クレマンティーヌは武力においてはキーノからすれば屁でもない相手ではあるが、いささか人格破綻の気があるものの、元漆黒聖典というだけあって知力においてはなかなかの切れ者で、キーノが口八丁で誤魔化せるような相手ではない。

 

「あー、実は一度やり合ったことがあってな……」

 

「絶死絶命とやり合っただとぉ!

 オマエ、何で今生きてんだよぉ?」

 

 思わずクレマンティーヌは円卓(テーブル)に土足で乗り上げて叫び、周囲の注目を浴びた。幸い、キーノ以外に言葉を理解する者はいない。

 叫んでしまってから、紛うことなき不死者(アンデッド)に「なぜ生きている」とは我ながら間抜けなことを問うたものだ、と思わなくもないクレマンティーヌであったが、吸血鬼(ヴァンパイア)といえどもあの戦鎌に首刎ねられれば消滅は免れないはず。キーノが並の吸血鬼でないことには疾うに気づいてはいるが、自分の知る絶死絶命は更にその数段格上の化け物だ。

 

 だが、キーノはそこから生還し、今自分と共に甘味を食べている。

 そんなことがあり得るのか?

 

「た、確かにヤバい奴だったが……そんなにヤバいのか?」

 

「ありゃ、正真正銘の化け物さね。やり合ったんじゃねーのかよ?」

 

 クレマンティーヌの追求は止まない。キーノは、部々分々真実を織り交ぜながら話せば、核心には触れずに逃げおおせるのではないか、と考えた。

 

「ま、魔法の品(マジックアイテム)があってな!

 青白く光る玉なんだが、割ると転移門(ゲート)が開いて引き……いや、吸い込まれるんだ。」

 

「何処へ!」

 

「……ヤバい……ところだ!

 シロクロはこっちを舐めてかかっていたから、投げつけてやったら案の定何も警戒しないままに得物の()でその玉を割って、で、引き……いや吸い込まれて。

 

 ……それでおしまい。」

 

 なおもクレマンティーヌは訝しげな視線をキーノに注ぐ。が、妙に細かい詳細(ディテール)が信憑性を与えたものか、ややその表情は和らいできたようにも見える。

 

「何処での話?」

 

 クレマンティーヌの関心は、門外不出のはずの絶死絶命がキーノとかち合った場所へと移った模様。その声色には有無を言わさぬ迫力があり、キーノは真正直(ましょうじき)に答えてしまう。

 

「……ド・クロサマー王国。」

 

「は!……何だそりゃ?」

 

 えっ……結構有名じゃない?

 

 クレマンティーヌが同国建国を含む百年間、この世から退場させられていたことなど(つゆ)とも知らぬキーノは、このクレマンティーヌの即座の返しを不思議に思う。

 

「……知らない?

 髑髏(どくろ)様が作ったって言われてるちょっと変わった村の話。」

 

「ど……ど……髑髏様だぁ?」

 

 あれ、クレマンティーヌの(ひたい)から急に汗がだーだー流れ出しているのは、どうして?

 

「そう。金糸銀糸をあしらった漆黒の装束を纏ってて、指にはゴテゴテと悪趣味な指輪してて、傲慢で底意地悪くて忘れっぽい骸骨。」

 

 途中から、今回の事態の真犯人と疑っていることも手伝って悪口混じりになってしまったキーノであるが、急に黙り込んで目線に至ってはあらぬ方向へと漂わせているクレマンティーヌの口から、ぽこりぽこりと先程まで食べていた白玉が(こぼ)れだして仰天する。

 

 噛んで食えよ!

 いや、そーじゃなくて……。

 

 え!

 失神してる?

 

 

                    *

 

 

 こちらに転移してきた直後のアインズは、ギルド維持資金の蕩尽は拠点レベルから誕生した愛するNPC(しもべ)たちの消滅に繋がるのではないか、という点を最も危惧していた……はずで、これはさしものアインズも(くち)()に上せることも憚っていたのでデミウルゴスの日記にも記録はないが、少なくともユグドラシルにおいては、ギルド拠点の機能停止はNPCの消失(ロスト)を伴っていた。

 

 が、後にツアーから聞かされたところによれば、過去にはプレイヤーが死に絶えギルド拠点が崩壊した後、そこから溢れ出して世界を滅亡の危機に陥れた暴走NPC、通称魔神、がいたということだから、こちらの世界ではギルド拠点とNPCは運命共同体ではないことになる。

 アインズは、そのNPCに刻み込まれた忠誠の行方を示すギルド公開鍵の鋳型、ギルド崩壊と共にギルド武器から秘密鍵が消失することが魔神化の引き金(トリガ)なのだろう、と理解していた。決してナザリック地下大墳墓はそうはさせまい、と誓いつつ。

 

 もし、エドモンがNPCを連れていたのであれば、エドモンの死とそれに前後したであろうギルド拠点の機能停止を経て善悪いずれの方向にせよ魔神化したことになる。が、最後に斬り開いた部屋での意外な発見が、そんな者はいないと告げる一方で、別の問題の可能性を示唆していた。

 

 それは、透明の容器(ケース)に横たわるまったく同じ顔をした六体の少年忍者だった。

 

 アインズはたちまちにこの眠れる忍者たちが、ユグドラシルの末期に追加実装された課金支援部隊(ユニット)であることに気づいた。

 NPCの創造、錬成はそれなりに手間を要する作業であり、特に遅れてユグドラシルに加わったプレイヤーにとっては、NPCを準備する間もなく古参ギルドの餌食になる、ということはまま起こっていた。この間隙(ギャップ)を補うために追加実装されたのが課金支援部隊で、その名の通り入手には現実(リアル)での課金を要する。

 購入手続きを済ませると、今ちょうど目の前に転がっている連中のように容器梱包(ブリスターパック)状態でギルド拠点に出現する。この状態では何の意味も為さないが、レベルに応じたユグドラシル金貨を投じると活性化(アクティベート)され、NPC同様に拠点防衛戦力として活用することが可能になる代物だ。基本的には無個性な存在だが、識別の便(べん)のための命名は出来たはずである。

 

 非活性状態の忍者は品物(アイテム)扱いで、<道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>で値踏みすることが叶った。応答したフレーバーテキストは日本語だが、購入時に選択されたのであろう言語設定(モード)français(フランス語)になっている。

 レベルは六十。ユグドラシルの忍者としては最低限のそれになるが、一旦活性化すればニグレドのような探査特化型組上げ(ビルド)でもなければその実力を隠蔽することが可能で相手の油断を誘うことができ、さらには技能(スキル)として物理即死攻撃(クリティカルヒット)道連れ自爆(カミカゼアタック)を備えているから小規模拠点の防衛戦力としては決して馬鹿には出来ない。

 また、ニグレドなどとは比較にはならないもののささやかな情報収集支援機能が組み込まれていて、(あるじ)が問えば自動収拾された情報を基に戦況の要約などを報告してくれる優れものだ。この機能は、複数体を連携させることで相乗強化することも可能であるらしい。

 

 無論、自分たちの思いの丈を結晶させたNPCの錬成を心ゆくまで楽しんだアインズを含め、当時のモモンガたちはこんなものをなけなしの稼ぎを叩いて贖おうとは(つゆ)とも考えたことはなかったが、費用対効果(コストパフォーマンス)の良さから後発初心者(ビギナー)の間で大好評(ベストセラー)になっていることが、円卓の間で話題になっていた記憶がある。

 

 そして今、アインズを当惑させているのは二つの点だ。

 

 ひとつは一見人間種のように見えるこの忍者が、シズ・デルタ同様の自動人形(オートマトン)であること。つまり、事実上寿命がないこと。

 もうひとつは、梱包が開封されており本来は八体入りであったと思われること。つまり、活性化されたニ体があったはずだということ。

 

 アインズは推理を進める。

 

 エドモンが二体の忍者を活性化したのはいつであったか。おそらくは転移後だ。六体手つかずに遺っているのが何よりの証拠で、ユグドラシル金貨が心許なかったエドモンは、必要最低限の護衛しか目覚めさせることが出来なかったのだろう。

 何故二体なのか、は気になるところではある。丁度手持ちのユグドラシル金貨が二体の活性化に見合ったのだろうか。否、悉くユグドラシル由来の品々(アイテム)を換金せざるを得なかったエドモンが、金貨の許す限り支援部隊を目覚めさせた、とは考えにくい。

 エドモン自身のレベルは不明だが、百レベルに達(カウンターストップ)していなかったとしても、ユグドラシル終了時点までそこに居たプレイヤーがよもや九十レベル以下などということはないだろう。当時この世界にそれに拮抗する強者が存在した可能性もなくはないが、六十レベルの忍者を敢えて護衛として二体必要とする状況は想像し難かった。

 ひょっとすると、エドモンはアインズ同様に自身を含むユグドラシルから渡って来た者に宿命付けられた短期記憶の問題に気付いていて、二体の忍者の連携機能を利用して自身も含めた記憶の補完をおこなう問題回避策(ワークアラウンド)を編み出していた、ということはあるかも知れない。

 

 そして、もしエドモンにユグドラシルから共に渡り来たNPCが他に随伴していたのだとしたら、アインズが敢えてルベドやガルガンチュアを活性化しようとはしなかったのと同様に、なけなしのユグドラシル金貨を消費して二体もの忍者を目覚めさせる理由はないから、おそらくNPCはいない。

 エドモン自身はユグドラシルプレイヤーではあっても冒険遊戯(ゲーム)自体に関心があったようには思えず、ピーにとってユグドラシルが失った現実(リアル)の友人たちを再生する足場(プラットフォーム)であったように、エドモンにとっては脳神経科学上の関心事に取り組む実験場であったのは想像に難くない。

 そんなエドモンが手間隙かけてNPCを創造しようはずもなく、さりとて彼にとっては貴重な<ロゼッタの石碑>を擁するギルド拠点が無防備であるのも考えものなので、忍者八体セットを購入まではしたものの、危惧した襲撃がなかったので活性化されなかったのだろう。

 そして、ユグドラシル由来の品々が悉く<換金箱>に放り込まれたと思われるにも関わらず、未活性の六体の忍者……放り込めばそれなりのユグドラシル金貨には化けるはずだ……がここに遺されたのは、活性化した二体の忍者に対してエドモンが少なからず情を(いだ)いており、同じ顔をした他六体の現金化(シュレッド)を躊躇ったからに他あるまい。まぁ、やったところで焼け石に水、ではあったろうが。

 アインズがこちらに渡り来て以降、何はさておきナザリック地下大墳墓の維持費獲得に専念したのはNPCを守らんがためだが、エドモンには同様の動機はなかったことになる。一方で、エドモンにとってはギルド拠点こそが自身の最高傑作である<ロゼッタの石碑>の最終防衛線だったはずであり、こちらが拠点維持の真の動機だ。でありながら、無分別な略奪に乗り出さなかったところからすれば、エドモンは極めて理知的であったか、いずれ尽きる自身の寿命に自覚があったのだろう。

 

 以上の推論が正しければ、デケム・ホウガンの母親が覗き見を嫌った相手は、やはり別に存在したことになり、それについての興味は絶えないが、いずれも七百年以上も昔の話だ。今から探索して手掛かりが追えるかは望み薄というほかあるまい。

 

 暴走NPCが魔神と呼ばれるに至った要因は、そのNPCの(カルマ)値が(あく)側に設定されており、フレーバーテキストにも露悪趣味的な書き込みがあったからだ、とアインズは考えている。

 忠誠の対象を失えば、彼らはまさに業のままに力を解放することになる。自らの下僕(しもべ)とてその例外ではあるまい。アインズ、という重しを失ったデミウルゴスやシャルティアがこの世界で何をやらかすか、など考えたくもない。

 課金支援部隊は、(カルマ)的には中立(ニュートラル)でありフレーバーテキストも性能仕様書のみだから、自ら何かを積極的におこなう性向は有さないはずだ。エドモンの今際(いまわ)(きわ)まで二体の忍者が共にあったとすれば、その後の彼らの行動を決定付けるのはエドモンが最後に発した言葉、彼らの短期記憶(ワーキングメモリ)の中で木霊(エコーバック)し続ける遺言、ということになるだろうか。

 それが何であったかを知る方法は既にないが、アインズはいささかいたたまれない気持ちになった。今も二体の寿命のない忍者は亡き(あるじ)の姿を探し求めて世界の何処かを彷徨い歩いているのやも知れず、自身のNPC(しもべ)を愛して止まないアインズとしては、その心中をどうしても察せずにはいられなかったのである。

 

 まぁ、すぐに忘れちゃうのであるが。

 

(アインズ様。)

 

 <伝言(メッセージ)>が届く。この声はナーベラル・ガンマだ。

 

(パンドラズ・アクターより言伝てです。件の品を破損の危険(リスク)なく搬出するのは困難、現状残置をお勧めしたい、とのことで御座います。)

 

 やはりそうなるか。

 後にパンドラズ・アクターから直に説明を受けた話となるが、<ロゼッタの石碑>は実験段階の錬成物ということもあって、込められた性能データ量に比して物理特性のそれが不均衡(アンバランス)であり、ユグドラシルであればともかく、こちらの世界でその強度設定がどのように振る舞うかを事前予測することは難しい、とのことであった。

 

「承知した。

 こちらの探索もほぼ完了したので、追って合流する。」

 

 <翻訳>の力を元通り働かせるには、<巫女の布告>もまたここに据え置くことになる。曲りなりにも世界級(ワールド)アイテムをもはや何の防衛力も有しないギルド拠点遺構に置き去りにするなど、ユグドラシル的常識に照らせば愚策も愚策ではあるが、地下聖堂の王(クリプトロード)あたりを召喚し、幾許かの不死者(アンデッド)軍団を配下に与えれば、現地勢力におさおさ遅れは取るまい。

 その上で遺構はマーレにでも命じて跡形もなく埋めることになる。生き埋め、ならぬ()()埋め、だが、地下聖堂の王、としては面目躍如で不満には感じまい。たまに慰問に顔でも出してやるか、これも十中八九忘れるけど。

 

 詳細調査は追々進めるとして、いよいよ最後の大仕事に取り掛からざるを得ないな。

 

 ここからこそが、本当の意味でのアインズにとっての自身の史上最大の作戦、であるかも知れない。常ならば感じるはずの高揚感はそこになく、ただただ出来ることならば避けて通りたい、という面倒臭さだけが漂うのが何だかなぁ、ではあるが、腹を括るしかあるまいて。

 

 

                    *

 

 

 団子の食べ過ぎで気を失った……と、()でキーノはそう思っている……クレマンティーヌを介抱し、なんなら今夜はキーノの部屋に泊まるか、と訊けば、またも大汗をかいて断るので、仕方がなく彼女を件の商工会議所に送り届けた。

 クレマンティーヌからすれば、忘れたくとも忘れること叶わず、今なお夜半に悪夢に(うな)され飛び起きる羽目になるあの忌まわしい記憶、豪奢な装束を纏った骸骨姿の不死者(アンデッド)に喰らった蘇生(リザレクション)&鯖折り三連発(トリプルコンボ)を生々しくも思い出さされたのもさることながら、どうしたことかキーノはかの骸骨と面識ある口ぶりだ。

 そんな奴と一晩共に過ごすなど真っ平御免、とクレマンティーヌが考えたのは無理なからぬところではあるが、それはキーノには知る由もないことである。

 

 とまれ、定宿に戻った時分にはすっかり日は暮れていた。

 

 客も()けた食堂には灯りがあって、いつものCの字の席でリキウス、ギン、クゥイア、クゥイナが食台(テーブル)いっぱいに散らかした羊皮紙を見ながら何か言い合っていた。難民差配の仕事の相談だろう。まぁ、実際に会話しているのはリキウスとギン、ということにはなるのであるが。

 

 キーノが中に入ると気配に気づいたギンが片手を振り上げて会釈した。おかえり、のつもりなのだろう。議論が混み合っているのか、視線がこちらに向けられることはなかった。皆の横を通り抜けながら、キーノは若干の気恥ずかしさを覚えつつも思い切って口にしてみる。

 

只今(ただいま)帰参(きさん)致居候(いたしおりそうろう)!」

 

 ガタン、と席を立ち上がる音がして振り返ると、リキウスとギンが目をまん丸にしてこちらを向いていた。続いて何かをわーわーと言っているが、流石にまだ聞き取る(ほう)は難しい。キーノは手振りで筆談用の黒板を要求する。

 

<話し(かた)習い居り(そうろう)。我が意伝わる(かな)。聞き(かた)未だ慣れず(なり)。>

 

 リキウスもギンも、うんうんと頷き、キーノの側に寄ってきて肩をバンバンと叩いた。

 キーノが満面の笑顔で応えると、彼らも同様に笑顔になる。

 

 あぁ、クレマンティーヌに感謝だな!

 

 実用的な会話をおこなうにはまだまだ壁はあるだろうが、ともかく最初の一歩を踏み出すことは出来た。このまま<翻訳の神秘>が失われたままになろうとも、自分は決して孤独ではないのだ。

 リキウスとギンとはそのうち会話が通じるようになるだろうし、クレマンティーヌという新しい友達も得た。<バベルの災厄>がなかったら知り合うきっかけすらなかったかも知れないと思えば、むしろこれは喜ばしいことですらあるかも知れない。

 クゥイアとクゥイナ……は、言葉が通じても通じなくても、わからんモンはわからんよな!

 

「しかしあいつら……そもそもいったい何処(どこ)()なんだろうか?」

 

 

                    *

 

 

 白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンが目下取り組んでいるのは、新たな傀儡(くぐつ)の錬成である。

 

 数年前、いささか短絡的なユグドラシルプレイヤーに城ごと超位魔法で吹き飛ばされ、十三英雄の時代から愛用していたそれは失われてしまった。竜王の巨大な体躯を人目に晒すことを憚る理由は特にないが、それを決して自分が好まないことは十二分に承知している。そもそも、なんらかの冒険、探索をおこなう上では、この生まれながらの体はいくらなんでも目立ち過ぎだ。

 

 どうせ造り直すのであれば、先代の傀儡で失敗したな、と思っていた部分は改善したい、とツアーは考えている。

 

 以前のあれは、錬成当時に付き合いのあった亜人から見せてもらった絵巻物に描かれていた鎧武者を原型(モデル)にしていた。

 それが極めて理念的な姿絵であり、現実にはあんな重装備で日常出歩く者などこの世の何処にも居はしないのだ、ということに気づいたのは十三英雄とおこなった旅の終盤も終盤だ。死人使いリグリットが無遠慮にその事実に触れなかったら、今()って気づいていなかったかも知れない。

 

 竜王である彼は、人間種、亜人種の表情、というものが、その意味するところはわかっているつもりではあるが、本質的には実感を以て理解できない。よってこれを模倣することも難しい。なので、兜面(フルフェイス)を以て顔に代える、という基本方針はそのままにしよう、と思っている。色合いも、曲がりなりにも自分は白金の竜王であるのだから、傀儡もまた白金であって当然なのでそのままだ。

 問題は体型だ。結構気に入っていた先代のあれは、人間、亜人に言わせれば「ずんぐりむっくり」などと評される、必ずしも見目麗しいものではないらしい。なので次代のそれはもっとしゅっと格好いい(スマートな)感じにしたい。

 後は得物。手数(てかず)はいっぱいあった方がいいだろう、と自在に操れる刃物を多数ぶらさげていたが、あれも人間、亜人からすれば常識の埒外のもので、かなり違和感を憶えつつも十三英雄たちは……リグリットを除いて……ツアーが好きでやっていることに口出しはしない、という方針だったと随分(あと)になって聞かされた。まぁ、こちらも実体が竜王であることを長く内緒にしていたから偉そうなことは言えないが、もう少し早く助言してくれていても良かったような気は今でもしている。

 とまれ、人間、亜人は普通四肢で物を操作するから、両手に二本、両足に二本の計四本の刀剣ぐらいが控え目でいいだろうか。いや待て。足は歩くのに使うのが普通か。傀儡も飛べるから足からも刃物が生えていた方がいろいろと便利なような気もするが、そもそも足に刀剣を装備した人間、亜人はあまり見た憶えがないのも事実だ。となれば、両手に一本ずつだな。数が少ないのが心許ないが、出来るだけ長く分厚い刃物にすれば、その点は何とでも補えるだろう。

 

 難航しているのは素材集めだ。

 

 言葉が通じなくなったせいで、評議国の人員を使うことが出来なくなってしまった。そうなると自分で集めざるを得ないが、この小回りの効かない体でちまちまと稀少素材を探して飛び回るのは存外面倒臭い。日中飛び回るなど以ての外だから必然的に夜間に行動することになるが、何だろうか、そこはかとなく覚える惨めな感情は。こそ泥か何かに身を(おと)したような気分だ。

 本当は、言葉の問題が解決してから人を遣って探しに行かせたい。そうすれば余剰な量が集まって品質を厳選できるし、何か問題が生じた場合のための備蓄もできる。自分で探す分には、どうしても必要十分な量で採集を打ち切りがちだ。どうしてこうなるのだろう?

 だが、その願いが本末転倒であることは百も承知している。その、言葉の問題の真相を探るためにこそ傀儡が必要なのであるから。無論、竜王の姿のまま探索に出掛けても構わないのだ、それはわかっている。が、人間や亜人から見れば、言葉が通じなくなったこと……存外気づいていない者の方が(おお)かろう……よりも、白金の竜王が上空を昼夜となく飛び回る方が余程の大怪異ではないか。そんな恥ずかしい真似は真っ平御免だ。

 

 そんなことを考えながらツアーは再びウーンと唸る。

 今夜は出掛けようか、それとも面倒臭いから明晩にしようか。

 

 だいたいアインズが悪い!

 とツアーは責任を転嫁する。

 

 アインズが……厳密にはその配下の骸骨(スケルトン)石工(メーソン)たちが……建て直してくれた城は驚くほど居心地が良く、あれ以来微睡む時間が増えているような気がする。もう少し居心地の悪い城を建てていてくれたならば、こうも出掛けるのに悩むこともなかったはずだ。

 と、身勝手な悪態を人知れずついた報いか、数十年後、仕掛けた本人(アインズ)もすっかり失念した爆破機構が発動し、ツアーはお気に入りの城の瓦礫に生き埋めの憂き目に遭うのであるが、これはまた別のお話。これを自業自得と評すべきかは論の分かれるところ。

 

 とまれ、そんなことを考えているうちにまた眠くなってくる。傀儡の錬成にせよ、アインズへの責任転嫁にせよ、自身が最も根源的な問題から故意に目を(そら)している自覚は少なからずツアーにはある。が、悠久の時を生きる彼にとってはそれすらも急ぐ話でもなし。素材集めはまた明晩にしようか。などとウトウトしだしたところで、ツアーは馴染みの不穏な気配を感じた。

 

 <転移門(ゲート)>?

 

 言葉が通じない現象がどうやら全世界的なものであることは既にツアーも承知しており、アインズとてその例外ではないはずだが、やって来てどうしようというのだろうか。

 

 だが、いつもであればツアーの鼻先、ちょうど両目を寄り目にすればぴたりと合う地点に出現するアインズが、どうしたことか<転移門>から一向に出てくる気配がない。何の真似だろう、と訝しく待ち続けていると、やがてその禍々しい黒い渦の中から手だけが出てきた。

 

 骨の手。

 これみよがしにすべての指に恐ろしい魔力を秘めた指輪が嵌っている悪趣味さ加減は、アインズのそれに間違いない。

 

 その手がおもむろに、おいで、おいで、と招く。

 

 この時宜(タイミング)だから、おそらくは言葉が通じなくなった問題と何か関係があるのに違いないが、はて、素直に招きに応じたものだろうか。

 

 と呻吟していると、痺れを切らしたものか、にゅっとアインズの骸骨の顔が<転移門>から突き出て来た。何も言わないところを見ると、やはり言葉は通じないのだろうが、屹っとツアーの(ほう)を指さした後、着いて来いとばかりに手を振る。

 

 嗚呼、着いていかねば収まるまい。

 相手は言い出したら聞かない勝手気儘な骸骨だ。

 

 ようやくツアーは重い腰を上げて<転移門>にその身を委ねた。

 

「ん?」

 

 行き着く先はてっきりナザリック地下大墳墓の一時期居候させてもらっていた、空のある地下空間だとばかり思っていたが、辿り着いたのは何処ぞと知れぬ崖の上で、周囲には針葉樹の林が広がっている。植生から勘案するに、遥か東方……と言ってもツアーにとってはひとっ飛びの距離であるが……人間と亜人の都市が連合国家を営んでいる辺りではなかったか、とツアーは考えるが、

 

「よう、ツアー。久しぶりだな!」

 

と眼下から声をかけられて目を丸くした。

 

「アインズ!

 言葉が通じるのかい?」

 

「おまえのことだから異変に気づいていなくはない、とは思っていたが、であれば話は早いな。

 まぁ、座れ。」

 

 座れ、と勧められはしたが、ここは崖の上で、周囲には視線を遮るものがまったくなく落ち着かないことこの上ない。

 

「安心しろ。人払いは完全で、オレが許可するまで何人(なんぴと)も目の届く距離には立ち入れない。」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「でも、どうして此処なんだい?

 ナザリックの方が落ち着いて話しが出来そうなものだけれど。」

 

「そこは話が長くなる。

 まぁ、お互い時間に制約はないんだから、ゆっくり話そうじゃないか。」

 

とアインズは、崖先に足を中空に放り出すように腰掛けた。

 

 それを見て、ツアーもアインズの横にちょうど自身の顔が来るように(うずくま)る。

 

「さて、どこから話したものかな。」

 

 ツアーから見たアインズは、やたらと楽しそうな半面、何やら底知れぬ不安を抱えてそれを誤魔化そうとしているようでもあった。





<次話予告>

「今や、この世界の住人が言葉を取り戻すか否かは、オレの一存に委ねられたことになる。」

 世界の二強の直接会談の行方や如何に!

「わかるか、ツアー。
 愛がな……愛が重いんだよ、とてつもなく!」

「アインズ、それは間違っている。」


 憶持のオーバーロード第10話『言葉を得た獣』


Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!」
「聞こえてるよ、独逸語で!」
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