わかってはいたことだが、超豪華な
鉄砲水による土砂崩れで開口した遺構への侵入口は、長い回廊の中途だった。この時点でアインズは、ギルドが既に資金を枯渇させ機能停止していることを確信した。もし、ギルド拠点がまだ活きていれば、この程度の開口部は自然修復されていて然りである。
それでも彼らは決して警戒を解くことなく慎重に先へと進んだが、最初に突き当たった円形の広間の中央に、早速お目当てのものが発見された。
<
少なくとも七百年以上の長きに渡ってこの世界に<翻訳の神秘>をもたらしていた、ユグドラシルプレイヤー、エドモン・ウェルズの遺産。
帝都アーウィンタールで
「おっしゃっていただければ、実験用に手頃な人間か亜人を拾って来ますがぁ?」
アウラが、まるでドングリか何かを見つけてくるかのような口調でアインズにそう問うたが、既に鑑定魔法で真贋を確認済みのアインズは無用と応じた。応答したフレーバーテキストは当然フランス語で、意味こそわからないがこの上これが贋物などということはあり得まい。
「動作試験については別途考えているから必要ない。」
アインズはアウラには簡潔にそう応じ、引き続き石碑を検分した。
一見したところ、それは単にその場に置かれているだけで、ギルド拠点と何らかの接続を有しているようには見えなかったが、安易にこれを動かして破損でもしようものなら元も子もなくなってしまう。
そう考えたアインズは、パンドラズ・アクターにナザリックへの搬送の可否の評価を主目的とした調査を命じ、助手として
目指すところは、エドモン・ウェルズ及びそのギルドの
盗掘者三人組が立ち入れたであろう範囲、つまり<石碑>の
ユグドラシルのギルド拠点について知識のない彼らが、円形の広間で発見した
果たせるかな、玉座の間の入り口は最初に侵入に用いた開口部の回廊の反対側にあった。かなりの石塊で埋もれていたため後回しにしたものだが、最奥に固く封印された扉が発見された。その前に真新しい蝋燭を燃やした痕が見つかったので、どうやら盗掘者も此処までは石塊の隙間を縫って辿り着いたようだが、彼らには扉を開く手立てがなかったのだろう。
マーレが
こちら側からは少しの遺留品が見つかった。
回廊からの入り口と直面する玉座の間の背後が宝物殿になっていて、そこから元はギルド武器であったと思われる
プレイヤー向け個室と思われる空間のうち使用感があったのは一室だけで、一振りの
そして、他の個室に使われた形跡がまったく感じられないのは、エドモンにユグドラシル時代に仲間がいたかどうかは別にして、アインズがそうであるように彼は一人でこちらの世界に渡ってきたからだろう。
アインズが考える
<ロゼッタの石碑>と<
もしエドモンが、アインズたちがやっているような
とすれば、エドモンは少なくともピーと同等か、それ以上の安定した人格を支える<
得物である
パンドラズ・アクターがおこなった、先に屠った
さらに、その母親が自分以外のユグドラシルプレイヤーを意識していたこともほぼ確実視されている。彼女が
ちなみに。
読み解かれた書付けの大半は、デケムがどんな種族の誰といかなる交配を試み……呆れたことに
アインズの見るところ、その中にあってシロクロは突出した成功例であったようにも思われるが、身籠らせた女をスレイン法国に奪還された腹立ち紛れに、デケムはその子を出来損ないと決めつけることで折り合いをつけていたらしい。何とも愚かな話だ。
とまれ。
デケムの母親が意識していた相手がエドモンであるのだとすれば、ナザリックのニグレドに当たる
その答えは、最後に斬り開いた封印された個室から見つかった。
「こ……これは?」
アインズは思わず息を呑んだ。
*
「かく言う私も、帝国人の振りをするのは苦手でねぇ……。
あ、もうひとつ頼んでいぃ?」
「あぁ、遠慮は要らん。どんどん食べてくれ。」
キーノとクレマンティーヌは、エ・レエブルの女性であれば知らぬ者はいない、澱粉質に水を加えて練った団子に木の実由来の蜜を垂らして食べる甘味を
「<翻訳の神秘>とか言うけどさー、やっぱり身についた教養とかは伝わっちゃうわけよ。」
「教養?
……おまえにか?」
「ム!
……まぁー、キーノちゃんは
クレマンティーヌは、漆黒聖典がその長い歴史の中で培った工作活動のために他国人になりすます
その説明によれば、帝国の話法は徹底的に理解の責任を聞き手に丸投げし、文脈に依存できることは省略し尽くすものであるらしい。逆にそうせず慎重に語彙を選び言葉を尽くす説明でもしようものなら、
説明の責任を話者が背負い込むきらいのある法国の話法に通じたクレマンティーヌは、いくら誤魔化そうとしても帝国人から聞くと不必要な
その点、体裁ばかりを重んじ内実を問うことがなかった旧王国人をちょろまかすのは簡単だった、ケケケ、とクレマンティーヌは笑う。
「美しさ、は罪よねー。」
(それはそういう意味じゃないと思うが、私が言葉の意味を取り違えているのだろうか?)
生真面目なキーノは、どこから本気でどこまでが冗談かわからない
<バベルの災厄>……今回の事変がそう呼ばれるようになったことは、意味するところまでは承知していないもののキーノも聞き及んでいる……が始まった時点ではまったく途方に暮れ、言葉を学ぼうと決意した折も
「で、クレマンティーヌはやはり人の子に追われてこちらへ逃げて来たのか?」
何の気なしに発したその疑問に、さきほどまでニコニコ顔で甘味を頬張っていたクレマンティーヌが突如真顔になったのに気づいて、キーノは、しまった、踏み込むべきでないところに踏み込んでしまったか、と焦ったが、しばし冷たい視線を投げかけていたその表情はややあって緩み、
「まー、それは話し始めると長い話になるわー。」
とクレマンティーヌは答えた。
リ・エスティーゼで自身を養ってくれたプッシュグラム・アインザックなる好々爺から、故国スレイン法国で大きな政変があったことは聞いてはいたが、その詳細については知らないし、正直なところ興味もなかった。故国とは言え、百年も現世と隔絶していた彼女からすれば、最早それは縁遠い余所の国でしかない。
何やかやと昔話を聞きたがったプッシュグラムは、言葉が通じなくなった途端冷淡になり、これ以上引き出せるものもないと判断したクレマンティーヌは出奔して折しもエ・レエブルに流入する難民に紛れたものだが、そもそもの発端、百年前に死んだはずの自分が何故今こうなっているのか、については、キーノに話したくないどころか自分自身が思い出したくない記憶だ。
「クレマンティーヌはその……シロクロを知っているのか?」
「シロクロ?なにそれ?」
百年経っているのだから知らぬ名が出るのは当然だが、その名はクレマンティーヌには法国人の命名規則に則らない名前に聞こえる。
「知らないのか、スレイン報国の人の子シロクロ。新しい国家元首だよ。すらっと背の高い
「はぇ?」
クレマンティーヌは素っ頓狂な声を上げる。
キーノの話が本当ならば、シロクロと呼ばれているのは自分の記憶の中ではまだキーノと同じような幼児体型だった漆黒聖典番外席次、絶死絶命だ。ヤバい奴だ、とは思っていたが、まさかアイツが
いや、待て待て!
「キーノちゃんは、何でそのシロクロの容姿を知ってるわけ?」
クレマンティーヌの知る限り、絶死絶命は大神殿の最奥に秘された法国の切り札中の切り札だったはずで、嘘かまことか世界北方に住まうという
逆に問われたキーノは、自身が余計なことを口走ってしまったことに気づいて慌てるがとき既に遅しだ。クレマンティーヌは武力においてはキーノからすれば屁でもない相手ではあるが、いささか人格破綻の気があるものの、元漆黒聖典というだけあって知力においてはなかなかの切れ者で、キーノが口八丁で誤魔化せるような相手ではない。
「あー、実は一度やり合ったことがあってな……」
「絶死絶命とやり合っただとぉ!
オマエ、何で今生きてんだよぉ?」
思わずクレマンティーヌは
叫んでしまってから、紛うことなき
だが、キーノはそこから生還し、今自分と共に甘味を食べている。
そんなことがあり得るのか?
「た、確かにヤバい奴だったが……そんなにヤバいのか?」
「ありゃ、正真正銘の化け物さね。やり合ったんじゃねーのかよ?」
クレマンティーヌの追求は止まない。キーノは、部々分々真実を織り交ぜながら話せば、核心には触れずに逃げおおせるのではないか、と考えた。
「ま、
青白く光る玉なんだが、割ると
「何処へ!」
「……ヤバい……ところだ!
シロクロはこっちを舐めてかかっていたから、投げつけてやったら案の定何も警戒しないままに得物の
……それでおしまい。」
なおもクレマンティーヌは訝しげな視線をキーノに注ぐ。が、妙に細かい
「何処での話?」
クレマンティーヌの関心は、門外不出のはずの絶死絶命がキーノとかち合った場所へと移った模様。その声色には有無を言わさぬ迫力があり、キーノは
「……ド・クロサマー王国。」
「は!……何だそりゃ?」
えっ……結構有名じゃない?
クレマンティーヌが同国建国を含む百年間、この世から退場させられていたことなど
「……知らない?
「ど……ど……髑髏様だぁ?」
あれ、クレマンティーヌの
「そう。金糸銀糸をあしらった漆黒の装束を纏ってて、指にはゴテゴテと悪趣味な指輪してて、傲慢で底意地悪くて忘れっぽい骸骨。」
途中から、今回の事態の真犯人と疑っていることも手伝って悪口混じりになってしまったキーノであるが、急に黙り込んで目線に至ってはあらぬ方向へと漂わせているクレマンティーヌの口から、ぽこりぽこりと先程まで食べていた白玉が
噛んで食えよ!
いや、そーじゃなくて……。
え!
失神してる?
*
こちらに転移してきた直後のアインズは、ギルド維持資金の蕩尽は拠点レベルから誕生した愛する
が、後にツアーから聞かされたところによれば、過去にはプレイヤーが死に絶えギルド拠点が崩壊した後、そこから溢れ出して世界を滅亡の危機に陥れた暴走NPC、通称魔神、がいたということだから、こちらの世界ではギルド拠点とNPCは運命共同体ではないことになる。
アインズは、そのNPCに刻み込まれた忠誠の行方を示すギルド公開鍵の鋳型、ギルド崩壊と共にギルド武器から秘密鍵が消失することが魔神化の
もし、エドモンがNPCを連れていたのであれば、エドモンの死とそれに前後したであろうギルド拠点の機能停止を経て善悪いずれの方向にせよ魔神化したことになる。が、最後に斬り開いた部屋での意外な発見が、そんな者はいないと告げる一方で、別の問題の可能性を示唆していた。
それは、透明の
アインズはたちまちにこの眠れる忍者たちが、ユグドラシルの末期に追加実装された課金支援
NPCの創造、錬成はそれなりに手間を要する作業であり、特に遅れてユグドラシルに加わったプレイヤーにとっては、NPCを準備する間もなく古参ギルドの餌食になる、ということはまま起こっていた。この
購入手続きを済ませると、今ちょうど目の前に転がっている連中のように
非活性状態の忍者は
レベルは六十。ユグドラシルの忍者としては最低限のそれになるが、一旦活性化すればニグレドのような探査特化型
また、ニグレドなどとは比較にはならないもののささやかな情報収集支援機能が組み込まれていて、
無論、自分たちの思いの丈を結晶させたNPCの錬成を心ゆくまで楽しんだアインズを含め、当時のモモンガたちはこんなものをなけなしの稼ぎを叩いて贖おうとは
そして今、アインズを当惑させているのは二つの点だ。
ひとつは一見人間種のように見えるこの忍者が、シズ・デルタ同様の
もうひとつは、梱包が開封されており本来は八体入りであったと思われること。つまり、活性化されたニ体があったはずだということ。
アインズは推理を進める。
エドモンが二体の忍者を活性化したのはいつであったか。おそらくは転移後だ。六体手つかずに遺っているのが何よりの証拠で、ユグドラシル金貨が心許なかったエドモンは、必要最低限の護衛しか目覚めさせることが出来なかったのだろう。
何故二体なのか、は気になるところではある。丁度手持ちのユグドラシル金貨が二体の活性化に見合ったのだろうか。否、悉くユグドラシル由来の
エドモン自身のレベルは不明だが、
ひょっとすると、エドモンはアインズ同様に自身を含むユグドラシルから渡って来た者に宿命付けられた短期記憶の問題に気付いていて、二体の忍者の連携機能を利用して自身も含めた記憶の補完をおこなう
そして、もしエドモンにユグドラシルから共に渡り来たNPCが他に随伴していたのだとしたら、アインズが敢えてルベドやガルガンチュアを活性化しようとはしなかったのと同様に、なけなしのユグドラシル金貨を消費して二体もの忍者を目覚めさせる理由はないから、おそらくNPCはいない。
エドモン自身はユグドラシルプレイヤーではあっても
そんなエドモンが手間隙かけてNPCを創造しようはずもなく、さりとて彼にとっては貴重な<ロゼッタの石碑>を擁するギルド拠点が無防備であるのも考えものなので、忍者八体セットを購入まではしたものの、危惧した襲撃がなかったので活性化されなかったのだろう。
そして、ユグドラシル由来の品々が悉く<換金箱>に放り込まれたと思われるにも関わらず、未活性の六体の忍者……放り込めばそれなりのユグドラシル金貨には化けるはずだ……がここに遺されたのは、活性化した二体の忍者に対してエドモンが少なからず情を
アインズがこちらに渡り来て以降、何はさておきナザリック地下大墳墓の維持費獲得に専念したのはNPCを守らんがためだが、エドモンには同様の動機はなかったことになる。一方で、エドモンにとってはギルド拠点こそが自身の最高傑作である<ロゼッタの石碑>の最終防衛線だったはずであり、こちらが拠点維持の真の動機だ。でありながら、無分別な略奪に乗り出さなかったところからすれば、エドモンは極めて理知的であったか、いずれ尽きる自身の寿命に自覚があったのだろう。
以上の推論が正しければ、デケム・ホウガンの母親が覗き見を嫌った相手は、やはり別に存在したことになり、それについての興味は絶えないが、いずれも七百年以上も昔の話だ。今から探索して手掛かりが追えるかは望み薄というほかあるまい。
暴走NPCが魔神と呼ばれるに至った要因は、そのNPCの
忠誠の対象を失えば、彼らはまさに業のままに力を解放することになる。自らの
課金支援部隊は、
それが何であったかを知る方法は既にないが、アインズはいささかいたたまれない気持ちになった。今も二体の寿命のない忍者は亡き
まぁ、すぐに忘れちゃうのであるが。
(アインズ様。)
<
(パンドラズ・アクターより言伝てです。件の品を破損の
やはりそうなるか。
後にパンドラズ・アクターから直に説明を受けた話となるが、<ロゼッタの石碑>は実験段階の錬成物ということもあって、込められた性能データ量に比して物理特性のそれが
「承知した。
こちらの探索もほぼ完了したので、追って合流する。」
<翻訳>の力を元通り働かせるには、<巫女の布告>もまたここに据え置くことになる。曲りなりにも
その上で遺構はマーレにでも命じて跡形もなく埋めることになる。生き埋め、ならぬ
詳細調査は追々進めるとして、いよいよ最後の大仕事に取り掛からざるを得ないな。
ここからこそが、本当の意味でのアインズにとっての自身の史上最大の作戦、であるかも知れない。常ならば感じるはずの高揚感はそこになく、ただただ出来ることならば避けて通りたい、という面倒臭さだけが漂うのが何だかなぁ、ではあるが、腹を括るしかあるまいて。
*
団子の食べ過ぎで気を失った……と、
クレマンティーヌからすれば、忘れたくとも忘れること叶わず、今なお夜半に悪夢に
そんな奴と一晩共に過ごすなど真っ平御免、とクレマンティーヌが考えたのは無理なからぬところではあるが、それはキーノには知る由もないことである。
とまれ、定宿に戻った時分にはすっかり日は暮れていた。
客も
キーノが中に入ると気配に気づいたギンが片手を振り上げて会釈した。おかえり、のつもりなのだろう。議論が混み合っているのか、視線がこちらに向けられることはなかった。皆の横を通り抜けながら、キーノは若干の気恥ずかしさを覚えつつも思い切って口にしてみる。
「
ガタン、と席を立ち上がる音がして振り返ると、リキウスとギンが目をまん丸にしてこちらを向いていた。続いて何かをわーわーと言っているが、流石にまだ聞き取る
<話し
リキウスもギンも、うんうんと頷き、キーノの側に寄ってきて肩をバンバンと叩いた。
キーノが満面の笑顔で応えると、彼らも同様に笑顔になる。
あぁ、クレマンティーヌに感謝だな!
実用的な会話をおこなうにはまだまだ壁はあるだろうが、ともかく最初の一歩を踏み出すことは出来た。このまま<翻訳の神秘>が失われたままになろうとも、自分は決して孤独ではないのだ。
リキウスとギンとはそのうち会話が通じるようになるだろうし、クレマンティーヌという新しい友達も得た。<バベルの災厄>がなかったら知り合うきっかけすらなかったかも知れないと思えば、むしろこれは喜ばしいことですらあるかも知れない。
クゥイアとクゥイナ……は、言葉が通じても通じなくても、わからんモンはわからんよな!
「しかしあいつら……そもそもいったい
*
数年前、いささか短絡的なユグドラシルプレイヤーに城ごと超位魔法で吹き飛ばされ、十三英雄の時代から愛用していたそれは失われてしまった。竜王の巨大な体躯を人目に晒すことを憚る理由は特にないが、それを決して自分が好まないことは十二分に承知している。そもそも、なんらかの冒険、探索をおこなう上では、この生まれながらの体はいくらなんでも目立ち過ぎだ。
どうせ造り直すのであれば、先代の傀儡で失敗したな、と思っていた部分は改善したい、とツアーは考えている。
以前のあれは、錬成当時に付き合いのあった亜人から見せてもらった絵巻物に描かれていた鎧武者を
それが極めて理念的な姿絵であり、現実にはあんな重装備で日常出歩く者などこの世の何処にも居はしないのだ、ということに気づいたのは十三英雄とおこなった旅の終盤も終盤だ。死人使いリグリットが無遠慮にその事実に触れなかったら、今
竜王である彼は、人間種、亜人種の表情、というものが、その意味するところはわかっているつもりではあるが、本質的には実感を以て理解できない。よってこれを模倣することも難しい。なので、
問題は体型だ。結構気に入っていた先代のあれは、人間、亜人に言わせれば「ずんぐりむっくり」などと評される、必ずしも見目麗しいものではないらしい。なので次代のそれはもっとしゅっと
後は得物。
とまれ、人間、亜人は普通四肢で物を操作するから、両手に二本、両足に二本の計四本の刀剣ぐらいが控え目でいいだろうか。いや待て。足は歩くのに使うのが普通か。傀儡も飛べるから足からも刃物が生えていた方がいろいろと便利なような気もするが、そもそも足に刀剣を装備した人間、亜人はあまり見た憶えがないのも事実だ。となれば、両手に一本ずつだな。数が少ないのが心許ないが、出来るだけ長く分厚い刃物にすれば、その点は何とでも補えるだろう。
難航しているのは素材集めだ。
言葉が通じなくなったせいで、評議国の人員を使うことが出来なくなってしまった。そうなると自分で集めざるを得ないが、この小回りの効かない体でちまちまと稀少素材を探して飛び回るのは存外面倒臭い。日中飛び回るなど以ての外だから必然的に夜間に行動することになるが、何だろうか、そこはかとなく覚える惨めな感情は。こそ泥か何かに身を
本当は、言葉の問題が解決してから人を遣って探しに行かせたい。そうすれば余剰な量が集まって品質を厳選できるし、何か問題が生じた場合のための備蓄もできる。自分で探す分には、どうしても必要十分な量で採集を打ち切りがちだ。どうしてこうなるのだろう?
だが、その願いが本末転倒であることは百も承知している。その、言葉の問題の真相を探るためにこそ傀儡が必要なのであるから。無論、竜王の姿のまま探索に出掛けても構わないのだ、それはわかっている。が、人間や亜人から見れば、言葉が通じなくなったこと……存外気づいていない者の方が
そんなことを考えながらツアーは再びウーンと唸る。
今夜は出掛けようか、それとも面倒臭いから明晩にしようか。
だいたいアインズが悪い!
とツアーは責任を転嫁する。
アインズが……厳密にはその配下の
と、身勝手な悪態を人知れずついた報いか、数十年後、仕掛けた
とまれ、そんなことを考えているうちにまた眠くなってくる。傀儡の錬成にせよ、アインズへの責任転嫁にせよ、自身が最も根源的な問題から故意に目を
<
言葉が通じない現象がどうやら全世界的なものであることは既にツアーも承知しており、アインズとてその例外ではないはずだが、やって来てどうしようというのだろうか。
だが、いつもであればツアーの鼻先、ちょうど両目を寄り目にすればぴたりと合う地点に出現するアインズが、どうしたことか<転移門>から一向に出てくる気配がない。何の真似だろう、と訝しく待ち続けていると、やがてその禍々しい黒い渦の中から手だけが出てきた。
骨の手。
これみよがしにすべての指に恐ろしい魔力を秘めた指輪が嵌っている悪趣味さ加減は、アインズのそれに間違いない。
その手がおもむろに、おいで、おいで、と招く。
この
と呻吟していると、痺れを切らしたものか、にゅっとアインズの骸骨の顔が<転移門>から突き出て来た。何も言わないところを見ると、やはり言葉は通じないのだろうが、屹っとツアーの
嗚呼、着いていかねば収まるまい。
相手は言い出したら聞かない勝手気儘な骸骨だ。
ようやくツアーは重い腰を上げて<転移門>にその身を委ねた。
「ん?」
行き着く先はてっきりナザリック地下大墳墓の一時期居候させてもらっていた、空のある地下空間だとばかり思っていたが、辿り着いたのは何処ぞと知れぬ崖の上で、周囲には針葉樹の林が広がっている。植生から勘案するに、遥か東方……と言ってもツアーにとってはひとっ飛びの距離であるが……人間と亜人の都市が連合国家を営んでいる辺りではなかったか、とツアーは考えるが、
「よう、ツアー。久しぶりだな!」
と眼下から声をかけられて目を丸くした。
「アインズ!
言葉が通じるのかい?」
「おまえのことだから異変に気づいていなくはない、とは思っていたが、であれば話は早いな。
まぁ、座れ。」
座れ、と勧められはしたが、ここは崖の上で、周囲には視線を遮るものがまったくなく落ち着かないことこの上ない。
「安心しろ。人払いは完全で、オレが許可するまで
なるほど、そういうことか。
「でも、どうして此処なんだい?
ナザリックの方が落ち着いて話しが出来そうなものだけれど。」
「そこは話が長くなる。
まぁ、お互い時間に制約はないんだから、ゆっくり話そうじゃないか。」
とアインズは、崖先に足を中空に放り出すように腰掛けた。
それを見て、ツアーもアインズの横にちょうど自身の顔が来るように
「さて、どこから話したものかな。」
ツアーから見たアインズは、やたらと楽しそうな半面、何やら底知れぬ不安を抱えてそれを誤魔化そうとしているようでもあった。
<次話予告>
「今や、この世界の住人が言葉を取り戻すか否かは、オレの一存に委ねられたことになる。」
世界の二強の直接会談の行方や如何に!
「わかるか、ツアー。
愛がな……愛が重いんだよ、とてつもなく!」
「アインズ、それは間違っている。」
憶持のオーバーロード第10話『言葉を得た獣』
「
「聞こえてるよ、独逸語で!」