憶持のオーバーロード   作:wash I/O

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第1話 森妖精(エルフ)を訪ねて

各員傾聴(かくいんけいちょう)!」

 

 二十余名の法服姿の隊員達を前に、()火滅聖典隊長ショーエンはそう声を(あら)らげて(みな)の注意を惹いたが、それが虚勢に過ぎないことはこの場に居る誰もが既に理解している。

 

 彼らの纏う魔法の込められた法服は、この大陸では決して彼ら以外には容易に手に入れることの叶わない稀な代物であることは疑いないが、最後に手入れがされたのはいつであったか、ショーエンを含め誰のそれもあちらこちらが綻び汚れが目立つ。込められた魔法の効果は変わらないのではあろうが、この姿で街を歩けばおさおさ粗略な扱いを決して受けることのなかった彼らが、かつての威勢を知らぬ者が見れば物乞いの集団と見間違えられそうな(てい)たらく。

 

「これより挑むは、神の威光を取り戻す長い歩みの第一歩となる……」

 

 ショーエンは敢えて言葉を切って(みな)の反応を窺うが、彼の言葉がいまひとつ響いていないのか、あるいは既に疲れ果てて応じる気力がないのか誰もがどこか上の空であることに気づき、彼自身ここしばらく食が足りぬゆえにすっかりこけた頬の上にただギラギラと戦意とも苛立ちともつかぬ色を湛えた目玉で、隊員たちの威圧を試みる。

 

 辛うじて、(みな)の背筋が伸びた。

 

 無論、ショーエンの檄に応じてのことではない。

 事ここに至っては、彼らには他にどう応じようもないゆえだ。

 

「……聖戦である!」

 

 言葉こそ勇ましいが、彼らがこれから臨まんとしているのは、実のところ略奪である。

 

 故国スレイン()国の領土を離れた南方(なんぽう)、エイヴァーシャー大森林の外縁を望む兵站村の外れに彼らは陣取っている。

 森妖精(エルフ)の王国との戦争が有耶無耶のまま終結した後も、六色聖典が一角、土塵聖典が人知れず維持してきた前線基地が、今や彼らに残された最後の生命線だ。その当地すら、最早本国からの補給は望むべくもなく、それどころか続々と遅れて加わるスレイン()国反主流派の亡命者によって、半月前からは十分な糧食の配給すらままならなくなった。

 糊口をしのぐ残された最後の手立ては、彼らが長く下等人種と蔑み続けてきた森妖精の村からの略奪以外にないことは明らかだ。

 

 ショーエンは苦々しくもここへ至る一年余の道のりを顧みる。

 

 ただただ忌々しいのは国家転覆の反逆者、神殺しの“人の子”を自称する汚らわしき混血森妖精(ハーフエルフ)、漆黒聖典番外席次絶死絶命。

 今ではシロクロ、と名乗る彼女が突如の政権転覆(クーデター)を決行した際、亜人討伐のために竜王国へ出向していたショーエンは、政変から一か月ほど遅れて帰国し事態を知った。その時点で、既に彼が率いた火滅聖典を含む六色聖典は解散が宣言されており、直上の上司となる火の神官長は、六色聖典の解散に異議を唱えた瞬間にシロクロの振るう戦鎌(ウォーサイス)に首刎ねられ、物言わぬ躯になり果てていた。

 ショーエンは、上司が殺害されたこと自体にはさして感情を動かされなかったが、いつか自分が就くはずであった法国における至高の地位と、火滅聖典を支えた潤沢な予算措置が不条理にもすべて奪い去られたことに対しては怒り心頭であり、今この瞬間もこれを思い出せば手の震えが止まらなくなるほどだ。

 

 さらに彼を苛立たせたのは、火の神官長と共に自身の上司となる光の神官長を煽ってシロクロの戦鎌の前に立たせたのが、かつての同輩、陽光聖典隊長ハチグン・ルーインであったことだ。

 シロクロの王位僭称時点、たまたま神都に居合わせたルーインは、たちまちにシロクロに反抗する術を持たなかった六神官長に対し、味方することを約す(てい)で近づいて決起を煽り、今しばらく事態を静観するよう(いさ)めた他四神官長を黙らせて、六色聖典解散の宣言に激昂した光と火の神官長を伴ってシロクロに対峙したのだそうだ。が、神殿から生きて退出したのはルーインのみで、開口一番「シロクロ様は頑迷な守旧派を手ずから御成敗(ごせいばい)なされた」とのたもうたと言うから、腹立たしさも振り切れて体中の血という血が逆流せんばかりだ。

 何のことはない、ルーインは(はな)からシロクロに取り入るつもりで六神官長の中からたちまちに叛意のある者を炙り出し、自身の栄達のための生贄に捧げたのである。こんな恥知らずな男が、栄えある六色聖典隊長として自身と席を並べていたとは!

 

 帰国して事態を把握したショーエンは、命の危機を覚えて敢えて神殿には出頭せず、反新体制の同志を募るべく火の神官所縁の町々を巡り、直属の部下や退役(リタイア)組の結集を図ったが、これがまったくうまくいかなかった。

 辛うじて麾下に、今ここにある二十余名の魔法詠唱者(マジックキャスター)を得てはいるが、その過程で幾多の裏切りに遭い、都度仲間を失って結果的にその戦力は帰国直後よりもむしろ目減りさえしている。

 誰も彼もがルーインに倣い、仲間を売って反逆者に取り入ることを良しとしたがゆえだろうか。神への信仰心で結びついた法国の選良(エリート)たちがこの(ごく)短期間にそこまで節を曲げたことに、ショーエンは驚きを隠すことが出来ない。

 

 にも増して、かつてショーエンたちに敬意の眼差しを欠かすことのなかった法国(ほうこく)々民(こくみん)の手の平を返した態度が、痛く彼の矜持を傷つけたことは否めない。訪ねたどの町でも、彼らの存在を認めるや当たり前のように当局に対する密告がなされ、そうでなくとも人々の冷ややかな視線は辛いものとなった。

 聞くところによれば、反逆者シロクロが権力奪取後最初におこなったことは、国税に加えて課されていた六大神に対する貢納廃止の宣言であったらしい。六色聖典の直接の財源でもあったそれが廃されたことにより、国民の負担は突如かつての七分の一に減じられた計算となるが、その一事を以て全国民が一息にかの簒奪者へ靡くほど、自分たち六色聖典は法国の民の支持をいつの間にやら失っていたものだろうか。我々は法国の崇高な使命に殉じる英雄として、尊敬されていたのではなかったか!

 

 結局彼らは、まだ中央の政変について詳しく伝わっていない周辺へ、周辺へと追いやられる形で南下を続け、三ヶ月ほど前にこの兵站村に至った。

 同様の道程を辿った者は彼らのみではなかったようで、最初のうちこそ数こそ多くはないが続々と合流する同志に心を励まされはしたものの、やって来るのは身も心も疲れ果てた逃亡者ばかりで、しかも何の物資も帯同していない。日に日に備蓄された糧食は霧消(むしょう)し、対してアッという間に頭数(あたまかず)は兵站村の生産量で養えるそれを大幅に超過した。

 法国の倫理観においては、建前上は地位の高いものほど質素倹約を要求されるため、ショーエンを含む幹部層はここしばらく野草の類しか口に出来てはいない。それも季節が冬に転じれば尽き果てるのは明らかで、しかも、僅かながらも今なお敗残兵の流入は続いている。

 

 ここに至ってショーエンは、活路を求めて森妖精の国への戦端を開くことを決断した。

 

 六大神の定め給うところによれば、人間種こそが神に選ばれた優良種であり、エイヴァーシャー大森林に住まう森妖精の(ごと)き亜人は、本来存在することも許されぬ祝福されざる者たちに過ぎない。

 思えば、反逆者に追い詰められた我々の目前に、豊かな食料を貯め込んだ森妖精どもがあることこそが、神の御導きなのではないか。かつてのスレイン法国の黄金の日々にあって、大森林が労働奴隷、性奴隷の一大供給地であったように。

 

 だがしかし。

 

 飢えに怯える略奪者へ身を()とすも厭わず、としたその決断を含め、シロクロに従うことのなかった彼らが反撃に転じる戦力を結集できぬまま、でありながら結果的に当地にて一堂に会したこの奇遇は、銘々の意思や判断とは無関係に、超越的な第三者によって巧みに思考誘導(ミスリード)された結果なのだ、という冷厳な事実を彼ら自身は(つゆ)とも知らぬ。

 

 

                    *

 

 

「あ……アレじゃないでしょうか?」

 

 妖精(エルフ)らしからぬ短く切りそろえた金髪のすらりと背の高い美青年が、その高貴なまでの存在感にそぐわぬオドオドとした口調でそう言った。

 どうしたことか、彼は女物の真っ白な外衣(ブラウス)丈の短い裳裾(ミニスカート)を身に纏っている。

 

「どうやらアイツらのようですねェ、アイン……おっとォ、失礼しましたァ!」

 

 もう一人の人物を挟んで反対側にいた、こちらも短金髪の女鹿(めじか)のように引き締まった肉体美を誇る美女もそれに同意する。

 こちらは対照的に男物のやはり白い洋袴(スラックス)狩猟胴着(ハンティングベスト)を羽織った出で立ちだ。

 

 そして、いささか倒錯的ながらも、でありながらこの世の者とは思えぬ美を誇る二人に挟まれ、その中央に屹立するは、漆黒の溝付全身甲冑(フリューテッドアーマー)

 一体どのようにして用いるものか、自身の背丈に届かんとするほど長大、かつ、斬撃器と呼ぶよりはむしろ粉砕器の呼び名が相応しく感じられるほどに重厚な両手剣(グレートソード)を、左右の手に一振りずつ握っている。

 

「あぁ……ベラ。まだ構わないぞ。」

 

 甲冑は、口にせぬと約した真名を危うく口に出しそうになって慌てた下僕(しもべ)を、普段は用いぬ二つ名(ミドルネーム)で呼んで気遣った。

 

「改めて言っておくが、戦略目標は連中を撤退させることで殲滅ではない。おまえたちの仕事は()()()が本番だから手出しは無用だ。いいな?」

 

「はィ!」

「は……はい!」

 

 三人は、ここを越えれば森妖精(エルフ)の王国の最も外側にある村へと至る小さな丘の上から、北方スレイン()国へと通じる小道を見下ろしている。並の視力の者には見えることはなかろうが、彼らの目は小道の遥か彼方、物乞いのような見窄(みすぼ)らしい身なりの集団を先頭に、こちらへ進軍する武器も防具も不揃いの三百名ほどの部隊を既に捉えていた。

 

(数人ぶった斬って逃げ去ってくれれば御の字か……)

 

 不似合いな甲冑の中に収まる我儘な骸骨、アインズ・ウール・ゴウンは、いささか自分らしくないな、と思いつつもそんなことを考えていた。

 

 死の支配者(オーバーロード)である彼にとって、(せい)ある者を屠ることは(せい)ある者にとっての呼吸がそうであるかの如く極々自然な営みに過ぎず、身の程知らずにも彼の元へと歩み来る乞食の集団を漏れなく討ち取ることを遠慮する理由は、本来的には存在しない。

 が、死の支配者モモンガであると同時に、ユグドラシルプレイヤー鈴木悟とその友であった至高の四十一人の記憶から顕現した存在であるアインズは、少なからず()であった時分の感性を受け継いでもいた。

 元より、政権を簒奪した新たな支配者に直接戦いを挑むでもなく、格下に見ている森妖精(エルフ)からの略奪で糊口をしのごうとする者たちにかける情けなど、アインズは持ち合わせてはいない。さりとて、今日の()()は彼にとって純粋な狩りでは決してないし、そもそも連中が簒奪者に国を追われるきっかけを作ったのは他ならぬアインズだ。それを思えば、問答無用の鏖殺(みなごろし)はいくらなんでもあんまりだよな、などと考えなくもない。

 

(デミウルゴスの口車にまんまと乗せられた感もあるが……あいつはあいつなりにオレのことを思ってやってくれていることでもあるしな。)

 

 この場でスレイン報国を追われた物乞い集団を待ち受ける設定(セッティング)をおこなったのが、ナザリック地下大墳墓の参謀にして狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスであることは論じるまでもないが、これとて、真に目的とするところに対してアインズが我儘を言ったがために次善策(ワークアラウンド)としてデミウルゴスが持ち出したものだ。

 デミウルゴスは満面の笑みを浮かべながら「かの(もの)たちは御身にとっては一人残らずいびり殺したくなる逸材で御座いましょう!」と総員殲滅を(あるじ)に勧めたが、言われたアインズは、その場でこそこれを聞き流したものの、今この場に至って「いや、そこまでせいでも」と、また我儘勝手なことを考えてしまっていて、その点ではデミウルゴスに対して申し訳ない、と思う気持ちもなくはないのだが、さりとて、あのデミウルゴスが土壇場でアインズがこのように考えるであろうことを見抜いていない、とも思えないので、はて、いったいオレたちはどちらが笛を吹いてどちらが踊らされているのやら、と軽い眩暈を覚えつつ神々しい件の緑の輝きすら放ってしまう。

 

 ペカー!

 

 そうこうするうちに、物乞いの……くたびれているだけで彼らからすれば列記とした()国の制式装備ではあるのだが……集団は、向こうからもこちらが視認できるほどの距離に近づいて来ていた。その歩みが止まったところを見ると、どうやらあちらもアインズたちの存在に気づいた様子。

 

 彼らの編成が、切り込み隊となる少数精鋭の先頭集団に、追って面制圧に加わる雑兵が続いたものであることは見るからに明らかだ。アインズは、即時戦闘となるにせよ何某(なにがし)かの交渉を経るにせよ、アインズの存在を認めた彼らの先頭集団の一部のみが、まずは様子見に自分の前へ進み出ると予測していた。

 三百人を超える軍団の前に一人……実際には三人だが……立ち塞がる者があるとすれば、数の差を埋めて余りある何らかの対抗手段を有しているものと考えるのは当然で、これを数を頼みに多勢で囲い込むと、即時退却しなければならない状況となった場合、大混乱に陥る危険性が高い。

 そんなことは集団戦のイロハのイだ、と少なくともアインズはそう考えているが、一旦歩みを止めたに見えた軍団は、何やら鬨の声を上げた後はさきほどまでと同じ調子で進軍を再開したものだから、否応なくアインズは深い溜息をついた。

 

(こちらの世界の()()()()する連中は、どうしてどいつもこいつも一様に、こうも無策無謀なのだろう?)

 

 ユグドラシルからの転移者の宿命として短期記憶を維持し続けることが出来ないアインズは、おそらく以前から自分は同じ疑問を(いだ)き続けて来たはずだ、と考えるが、今この瞬間、自身がそれに対する答えを持ち合わせていない、ということは、おそらくその答えは見つかっておらず、また、今後もそうだろう、ということを意味している。

 もしその答えが既にわかっているものであれば、繰り返し浮かび続けるそうした疑問に対しては、そこに意識が囚われすぎることのないよう何らかの対策……今回のような状況(ケース)であれば、月並(ベタ)ではあるが前腕部に簡易な書付(メモ)を貼っておくのが最も効果的だ……をおこなうことは、異世界転移から百余年を経たナザリックにおいては既に定石の一つだ。

 

 とまれ、闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)を従えたアインズは、二本の両手剣をこれ見よがしに両の手に握りしめたまま、件の軍団が目前まで迫るのを待った。

 

「何だぁ、貴様は?」

 

 軍団の先頭に立っていた男から浴びせられた第一声は、過分に礼儀を欠く口調のものだった。礼法など期待していたわけではもちろんないが、相手の力量も把握しないままこういう態度を採る輩の思考回路がアインズにはまったく理解できなかった。

 この世界に恐れる相手などいようはずもないアインズですら、事前にナザリックの目、ニグレドを通じて目前の烏合の衆の値踏みを終え、さらに周囲数キロ以内に別動隊がいないことまで確認した上で事に臨んでいると言うのに。

 

「おまえたちのような……無辜の民からの略奪を試みる恥知らずが嫌いな者、とでも言っておこうか。」

 

 アインズはさらりとそう答える。

 

 ズバリを突かれたがゆえか、一瞬男は言葉を詰まらせたが、すぐにその瞳に無駄に濃い闘志をたぎらせてこう応じる。

 

「振るえもせん両手剣(グレートソード)二刀流で我々を威圧できる、と考える恥知らずには負ける。」

 

(は?)

 

 (ヘルム)の中でアインズの骸骨の口がパカリと開いた。

 

 我ながらいささかハッタリ感を醸す出で立ちである、と考えなかったわけでもなかったが、よもや本当にただのハッタリだと解する御目出度(おめでた)い奴といきなり出会うことになろうとは思わなかった。

 

 本来魔法詠唱者(マジックキャスター)であるアインズが、魔法で仕立てたものとはいえ甲冑姿に帯剣して参じたのは、ここ百年各地で繰り広げたご乱行が思いの外大陸の人間社会に都市伝説として広まっていることに気づいたからだ。

 アインズの死の支配者(オーバーロード)としての本能を満たすべくおこなわれる()()は、大陸の人間たちからは悪人を問答無用に屠る髑髏(どくろ)様、あるいは闇から闇へ消し去る<神隠し>、として認知されている。実際のところ、アインズの仕業とされている事案の七、八割方は噂が噂を呼んだ濡れ衣ではないか、とアインズ自身は考えており、実際そうなのだが、一つ一つの狩りについての記憶をそもそも保持できないアインズには、それに抗弁する手段も、それ以上に動機もない。

 さりとて、旧スレイン法国の狂信者たちに付き纏われるのを厭うて絶死絶命改めシロクロに「神殺し」を送り名し新生スレイン報国を押し付けて間もない今、これまでと変わらず能天気に骸骨姿で狩りに出かけるほどアインズは身勝手ではなかった。シロクロの寿命が尽きるか、せめて次代へ実権を譲るまでくらいは髑髏様の御出座(おでま)しは遠慮あって然るべきだろう、と考える程度の分別はアインズにも備わっている。

 

 一方で、死の支配者(オーバーロード)の本能はアインズを狩りへと駆り立てずにはおかない。そこで、以前から密かに温めていた思いつき(アイデア)をこの際実行してしまえ……となったのがこの甲冑姿である。

 

 ユグドラシル以来、紛うことなき魔法詠唱者(マジックキャスター)であるアインズは白兵戦をしようなどと考えたこともなかったが、百レベル上限一杯(カンスト)の彼の()の肉体能力に対しては、こちらの世界で一流とされる戦士であっても遠く及ばないし、思えば今のアインズの背景(バックボーン)となっている至高の四十一人も三分の一ほどは近接戦闘職だ。やってやれなくはあるまい!

 と意を決するが早いか、たちまちにこの両手剣を両の手に携えた漆黒の全身甲冑姿が具現化されたのは、存外アインズは以前から……ひょっとするとユグドラシル時代、まだ人間鈴木悟であった時分から……成れるものであれば一度はこう成ってみたい、と願い続けていたのかも知れない。

 

 とまれ、名を問われたとき咄嗟に、ホニョペニョコ、などと後々困ったことになる無茶を口走ってしまわぬよう、元の()モモンガをもじって「モモン」と名乗ることまで決めてこの姿でいざ出陣に臨んだわけだが、その、自身の一つの理想形(りそうけい)として描いたところの立ち姿を「恥知らず」の一言で切り捨てられたことがショックではなかった、と言えば嘘になる。

 

 が、とは言え、この一事を以て切れ散らかすほどアインズは大人気(おとなげ)なくはなかった。

 

「……試してみるか?」

 

 アインズは左足を一歩踏み出すと共に、左手の剣を正眼に、右手のそれを上段鳥居に構える。常人からすれば、この得物をそのように構えられること自体が常識外れ甚だしくもあるが、食が足りず既にまともな思考が回っていないのであろうか、対する男はなおも怯まなかった。

 

「大した自信だが、我々をスレイン法国火滅聖典と知ってのことか?」

 

 ハッタリではないものをハッタリと思い込まれ、ハッタリにならないハッタリをかまされる……アインズの存在しない脳内でハッタリが形態(ゲシュタルト)崩壊しつつあることを知る由もない男は、喜び勇んで自らの処刑執行の引き金(トリガ)を引いた。

 

「今なら、その分不相応に引き連れた性奴隷二人で手を打ってやってもいいぞ。」

 

 そのときアインズは、耳元で妙に幼く、でありながら色っぽい女の煽り声を聴いた。

 

(サトルくん、()ってよし!)

 

 その後はいささか記憶が曖昧だ。

 

 ユグドラシルの魔法詠唱者(マジックキャスター)であるアインズは、この世界においては、知識として階層的に整理されている六百種を超す魔法の中から、コレと選んで発動を決断すれば、後は明示的には何を意識せずとも自動的に魔法の名を唱え、その効果を現すことが出来る。

 確かめる術はないが、たとえば、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの内のみならずユグドラシルにおいて近接戦最強の一人と自他ともに認めた世界王者(ワールドチャンピオン)たっち・みーがこちらに渡って来ていたとして、彼が秘奥義次元断切(ワールドブレイク)を用いるとしても、主観的体験は同じような感じなのではないか、とアインズは推測していた。

 対して、目下彼が試みているところの魔法詠唱者でありながら剣戟を振るう動作(モーション)は、アインズが操るところのユグドラシルで生み出されたモモンガの肉体に本来備わってはいないものであるがゆえに、日常の諸々の所作同様、アインズが自身の肉体と意識しておこなう他なく、主観的な体験としては人間が自らの体を操るそれと基本的には差がない。

 

(想像していた以上に面倒臭いな……)

 

 アインズは自身が周囲に巻き起こす血飛沫(しぶき)を楽しみつつも、一方で身勝手な億劫(おっくう)さを覚えてもいた。

 

 只今百レベルのモモンガの肉体の力に任せて演じているところの剣技(けんぎ)は、漆黒の甲冑戦士(モモン)()ると決めてから、ナザリック随一の剣士である蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスに手ほどきしてもらったものだ。

 

「ナカナカ(すじ)(よろ)シュウ御座(ござ)イマスゾ。」

 

との部下の褒め言葉が、世辞に過ぎぬことがわからぬほどアインズは阿呆ではない。実際、アインズの魔法と(せい)ある者に対しての殺意同様に、卓越した剣技を生得的にその本能に埋め込まれたコキュートスに、アインズは剣では手も足も出なかった。

 

 だがしかし。

 

 アインズが記憶している限り、鈴木悟にスポーツを(たしな)むような感性はなかったはずだが、繰り返し挑むに従いコツがわかっていく過程を彼は心底楽しんだし、コキュートスもまた(あるじ)とのこのひとときを存分に楽しんでくれていたように思う。例によって、しばらく時間を置くと折角身につけた体性感覚(たいせいかんかく)をすっかり忘れてしまうのが玉に瑕ではあるが、スポーツだって繰り返し練習しなければ技能を維持することは出来ないはずで、それと同じだと思えば苦にはならない。

 

 一方で、いざ実戦となれば話はいささか異なってくる。

 

 そもそもユグドラシル時代のモモンガ、そして転移後のアインズの意識は、戦略(ストラテジ)戦術(タクティクス)均衡(バランス)においては、戦略寄りに偏って焦点(フォーカス)されてきたと言ってよい。これは、実戦においても魔法詠唱者としての彼に求められることが、基本的には()()()()()()()()()()()であることにも通じている。

 また、ナザリック地下大墳墓の運営の視点においては、大方針を示した後は細部に口を出さず、原則として下僕(しもべ)に任せていることも同様と言えよう。本人としては、下僕たちへの信頼の(あかし)と合理化されている部分ではあるが、それがすべてか、と問えばそうではあるまい。

 言いを換えれば、アインズは物事を大雑把に捉え、大抵のことは力づくで解決してしまう決断主義の結果指向を常としている、ということでもある。本人の自覚の有無を別にして。

 

 対して、今おこなっているような無理繰りの肉弾戦は、そうした普段の彼の意識とは真逆の方向性を示す。基底(ベース)の能力に大きな差があるため、おさおさ逆撃を被ることこそないものの、相手を屠るには一挙手一投足とて疎かにすることは出来ない。

 相手の能力においてまったく回避不能な一振りであっても、そもそも誰もいない場所へ振るえば何も()()はしない。一撃ごとに、確かに相手を目で捉え、次の瞬間の立ち位置を予測し、そこへ向かって自らの体と剣を進めねばならず、一瞬でも気を抜けばそれは無駄な一振りとなるばかりでなく、無駄にした一振りの分を取り戻すためのひと手間が増える。

 並みの精神であれば耐え兼ねる仕儀であろうが、幸か不幸か種族特性で疲れをまったく知らぬアインズは、本人にその気がある限り機械であるかの如く黙々とこの作業を繰り返すことが出来た。ただただ面倒臭い、と感じ続けることを別として。

 

 疲れることも倦むことも飽きることもない殺戮。

 

 戦闘メイド(プレアデス)が一人、自動人形(オートマタ)のシズ・デルタが、デミウルゴスが日記の形で溜め込むナザリックの記憶から必要に応じて情報を引き出す神託娘(オラクル)の座に収まって久しいが、日記からの検索に臨む際のシズの主観体験もこんな感じなのだろうか、と逃げ惑う雑兵に大剣を振り下ろしながらアインズはぼんやり考えていた。

 一度シズに、長期休暇でもくれてやるべきだよなぁ。その間に調べ事の必要が生じても、(みな)で分担すればシズほど迅速ではないもののいつか答えは見つかるはずだし、実際、どうしても<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>から調べ事をせねばならない場合、アインズ自身がそれをやっている。そもそも、時間は無限にあるのだから急ぐ必要などまったくないのだ。

 

 で、次はどいつだ?

 

と視線を走らせるが、視野の中で動く者は最早満面の笑みで拍手喝采を送る闇妖精双子のみ。

 

「……え?」

 

 ようやくアインズは、考え事をしながら剣を振り回しているうちに三百余人いた物乞い集団を皆殺しにしてしまったことに気づく。もっとも、半数近くは密集隊形のまま乱戦に陥ったがゆえの同士討ちや圧殺によるものだが、アインズが齎した死であることに違いはない。

 

 等しくすべて同じ死だ。

 ただ、死の支配者(オーバーロード)の本能が、一仕事(ひとしごと)終えた後の麦酒(ビール)にも似た爽やかな清涼感を満喫する。

 

(ぶくぶく茶釜さん……お気持ちはわかりますけど、こういう煽りは勘弁してくださいよぉ。)

 

 殺戮へ没頭する直前に確かに聴いた内なる声に、アインズは独りしても仕方のない抗議をし、その己の行為に自らフフフと笑い、そしてすぐに、改めて意識を集中させた。

 

 彼の鋭敏な知覚が、期待していた観衆(オーディエンス)の気配を捉えたがゆえである。アインズが視線を送ると、その顔が兜に隠されているにもかかわらずアウラもマーレもすぐにそれに気づいて、こくこく、と頷いた。予てよりの手筈は心得ている、の意であろう。

 

(みな)さぁーん!」

 

 不意にアウラがエイヴァーシャー大森林の方へ振り返り大きな声を上げた。

 魔獣使い(ビーストテイマー)技能(スキル)による強制認識音声を無視できる生物はいない。

 

「皆さんの村を襲おうとした不埒な輩は、漆黒の英雄モモン様が成敗しましたァ!」

 

「み、皆さん。も、もう出て来ても大丈夫ですよぉ。」

 

 マーレもおどおどと姉に続いて声を上げるが、たちまちには何の反応もない。

 

 が、ややあって、草叢(くさむら)の陰から一人、また、一人と長弓(ロングボウ)で武装した森妖精(エルフ)の兵士たちが姿を現した。アインズが火滅聖典残存部隊と戦端を開いた辺りから、周囲に潜んだまま成り行きを見守っていたらしい。

 

 元よりアインズたちも彼らの存在を承知していて、むしろこちらこそが本命だ。

 

 森妖精たちは姿を現した後もしばらく遠巻きにアインズたちの様子を窺っていたが、ようやく意を決したのか一角の小集団の指揮者(リーダー)らしき男が、恐る恐るマーレに近づいて来た。マーレが空寒(そらさむ)いまでの愛想笑いで迎えるが、アインズとアウラ以外はそれが愛想笑いだとは気づかぬ模様。

 

「キミは耳を切られてはいないようだけれど、奴隷ではないのかい?」

 

 問われたマーレはたどたどしくも即答する。

 

「ボ、ボクはアイ……モモン様の下僕(しもべ)です。」

 

 嗚呼、この手の即興(アドリブ)はマーレにはキツいな、と遠目にアインズはやきもきするが、アウラが自然に二人に近づいて行くのを認めて今しばらく介入すまい、と(はら)を括る。

 

「こんにちわァ!私たちは漆黒の英雄モモン様の従者です。

 モモン様は、私たちと同じ妖精(エルフ)の皆さんを狙う不埒な輩に気づき、先手を討って成敗してくださいましたァ!」

 

 事前に取り決めていた筋書きとは言え、あまりに直球(ストレート)なアウラの売り込み口上に眩暈を覚えるアインズであったが、言われた森妖精はさほどそこには疑問を感じてはいないようだ。

 

「モモン……というのは、あちらの甲冑の?」

「モモン様!……です!」

 

 森妖精には甲冑を纏う習慣がないため、問うた男は火滅聖典をただ一人で殲滅した剛腕の戦士は、少なくとも同族の森妖精ではない、と判断しており、ゆえに敢えて敬称を用いなかったが、そこが気に入らないアウラは火でも噴きそうな剣幕でたちまちに訂正を求めた。

 

「……で、では、モモン……(さま)、とお呼びする。」

 

 気押された男は、違和感を覚えつつも素直に従う。

 

 曲がりなりにも会話が成立したことに安心したのか、後ろから続々と森妖精たちが合流してきた。皆、まだ警戒感があるのか強いてアインズには近づこうとせず、まずはマーレに近づいて行く。

 アインズは事前にデミウルゴスから、当地の森妖精が典型的な男尊女卑社会を構成しているとの調査結果を聞かされていたので、なるほどそういうものか、と得心していたが、同じ話を聞かされつつも心に落ちていないアウラは、マーレの周りにばかり森妖精が集っていく様に納得がいかないらしく、やや頬を膨らせて不満気だ。

 

 そうこうするうち、武装していないやや高齢の森妖精が人だかりに加わった。マーレを取り囲んで品定めをしていた弓手たちが自然と道を譲るところを見ると、結果的に窮地を脱した村の指導者だろう、とアインズは判断する。

 

「あなたはトブの大森林の闇妖精(ダークエルフ)とお見受けするが、そうかね?」

 

 やはり声をかけた相手はマーレだ。

 マーレも、自分たちはやや侮蔑的に(ブッシュ)と呼び習わす森が、現地人からそう呼ばれていることは承知しているので、こくこく、と頷いた。

 

「しかも、その虹彩異色(オッドアイ)は王族の証とされるものだ。」

 

 高齢の森妖精がマーレの顔を覗き込みながらそう言うと、周囲の戦士森妖精たちから「おぉ!」とどよめきが起こった。

 

「闇妖精の王族は随分と昔に絶えた、と伝え聞いていたのだが、あなたはその生き残りなのかね?」

 

 どう応じていいものやらわからず、見る見るうちに表情が曇っていくマーレに、アインズはそろそろ限界だろう、と意を決し、手にした二本の大剣を地面に突き立てて手放してから、マーレを取り囲む森妖精の輪へと歩み寄った。やはり自然と道が譲られるが、その理由は高齢の森妖精のときとはいささか異なるものだろう。

 

「ベロは私の従者であり……友でもある。」

 

 途端にパァとマーレの顔が明るくなるが「いや、おまえにそういう顔させたくて言ったんじゃねーよ」と内心アインズは毒づいた。

 同じ妖精(エルフ)の双子を伴えば円滑(スムース)最初の接触(ファーストコンタクト)を果たせるもの、と期待していたが、薄々予想はしていたものの、やはりこの子たちに対人交渉を任せるのは荷が重いようだ。

 

「従者であり友?

 奴隷ではなくて?」

 

 アインズに道を譲って距離を置いた兵士たちとは異なり、高齢の森妖精はマーレの(そば)(とど)まって近づいて来た漆黒の甲冑に対峙し、訝しそうな様子でそう尋ねた。

 

「無論だ、こちらのベラも同じくな。」

 

 アインズは、人だかりからあぶれて憮然とした表情のアウラにも森妖精の注意を喚起した。

 そして、まだ何か言いたそうな高齢の森妖精が口を開くよりも前に先手を取って気勢を制する。

 

「従者であり友、が理解できないとは、おまえたちは伝え聞いていたよりも卑屈な民なのだな。」

 

 そう言いながら歩み寄るアインズの左右にアウラとマーレがひょいと居並ぶ。高齢の森妖精はたちまちに返す言葉がない様子だ。

 

「ベロが何者であるか、奴隷であるのかないのか、よりも前に、言葉が通じる者同士、せねばならんことがあるのではないか?」

 

 更に詰め寄る漆黒の甲冑に、高齢の森妖精はハッと我に返った。

 

「仰せごもっとも。礼を失する振る舞いはお詫びしたい。

 我らの村の火急をお救いいただいたことには、深く感謝申し上げる。」

 

 アウラとマーレは胸を張って、うんうん、と頷く。

 

 アインズはと言えば「おまえら結局役に立ってねーじゃねーか!」と脳天気な双子に突っ込みたい気分でいっぱいではあるが、よくよく思えば、種族が近いだけで、ユグドラシル産の二人はこちらの森妖精と文化背景を共有しているわけではないのだから、そもそも双子に森妖精への橋渡し役を期待したこと自体が無茶振(むちゃぶ)りだ。

 

 敢えてそこには触れずにグッと飲み込む。

 

「何か謝礼を差し上げるべき、とは思うのだが……」

 

と高齢の森妖精は言い淀んだ。

 

 森妖精たちは、小綺麗にこそしているものの決して豊かな生活をしているようには見えない。

 

 デミウルゴスの内偵で、エイヴァーシャー大森林を支配する森妖精の王が、おしなべて支配下の民の保護に関心が薄く、外縁の村の防衛については各地の自助努力に任せていることは事前に把握済みだ。つまるところ、彼ら自身も食いつなぐのがやっとで、村を救った恩人とは言えたちまちに謝礼を差し出せる余裕など持ち合わせてはいないことをアインズは承知している。

 

「元より、友であるベラとベロに請われておこなったこと。

 報酬など期待してはいない。」

 

とアインズは言い切る。この態度は森妖精の兵士たちにも感銘を与えたようで、まばらにではあるが周囲から「おぉ!」と唸る声が聞こえた。

 

「だが!」

 

と、アインズは続けた。

 やはり何か要求されるのか、と森妖精たちの表情がこわばる。

 

「……敢えて礼をしたい、と言うのであれば、村の火急を救った義勇の士として、おまえたちの王に引き会わせてもらいたい。」

 

 途端、その場が静まり返った。

 あの……あの王との会見を望むとは、どういった了見からくるものか!

 

 辛うじて高齢の森妖精だけが、半ば義務感から言葉を返す。

 

「それで……それで御恩(ごおん)に報いることになる、との仰せであれば、取り次ぐことはやぶさかでないが……我らの王はモモン……(さま)に恩賞を下さるような(かた)ではないぞ。」

 

 しかし、漆黒の甲冑は森妖精の忠告を意に介さない。

 

「それはおまえたちの王が決めることであって、おまえたちが気にすることではあるまい。」

 

 もしや、と。

 

 この(もの)は……否、失われた闇妖精(ダークエルフ)の王族二人を友と呼んで連れ歩くこの御方(おかた)は、我らをかの暴君、森妖精(エルフ)王デケム・ホウガンから解放すべく現れた救世主なのやも知れぬ、と、森妖精たちは誰彼となくその胸に期待を(いだ)いた。

 が、それを口にする者はいない。漆黒の甲冑の真意が何処にあるかは未だ計り知れず、仮に王族の血筋にあると思しき二人をかの暴君に献じることが目的なのであれば、ここでそういった期待を言葉にすることは、どうにかしてここまで生き永らえた寿命を縮めることになりかねない。

 

「では、手筈を整えさせていただきますので、しばしお待ちくだされ。

 誰か、モモン様と友のお二人を村へご案内せよ。」

 

 高齢の森妖精は深々と礼を執った後、(きびす)を返して素早く立ち去った。

 対するアインズは、(ヘルム)の中でほくそ笑む。

 

(いささか不穏な空気が漂ってはいるが、ここまでは計画通りだな。)

 

と。

 

 

                    *

 

 

 結局アインズたちは、そのままこれと言って何もない村に五日ほど(とど)まる羽目になった。

 

 その間、アインズはアウラとマーレに「森妖精(エルフ)たちと交流してみてはどうか」と勧めてみたが、アウラは「こんな卑屈な連中、真っ平御免ですよォ!」と取り付く島もなく、マーレは素直に従って出かけようとしたものの、潰す気満々で杖の素振(すぶ)りをしながら歩きだしたのに気づいて慌てて引き留めた。

 そうこうするうちに、村の者たちよりは少しだけマシな恰好をした数人(すうにん)の森妖精が迎えにやって来て、アインズたちはエイヴァーシャー大森林の奥深く、森妖精の王が住まう王宮へと案内されることになった。

 

(アインズ様、間もなく問題の領域に入ります。)

 

 今この瞬間もアインズ一行の周囲を監視しているナザリックの目、ニグレドから届いた<伝言(メッセージ)>に、アインズは事前に取り決めていた符牒で「了解」の意を返す。

 

「今日はいい天気だな。」

 

 生憎の小雨の中を進んでいたので、漆黒の甲冑の独り言に気づいた先頭を歩いている森妖精が振り返って怪訝な表情を見せるが、そもそもこの人物はあの王との面会を求める変わり者なのだから自分たちとは価値基準が異なるのだろう、と勝手に自己解決して再び進行方向へ視線を戻す。

 

 エイヴァーシャー大森林の一部に、ニグレドの()を以てしても見通せない場所があることは、随分と昔から知られていた……らしい。予想通り、そこが森妖精の王が待つ王宮ということになるのだろう。今回の作戦は、そこへ()便()()侵入すべく企図されたものであり、ここまでは意図通り進行していることにアインズは満足している。

 ニグレドの支援(バックアップ)のない領域(フィールド)に足を踏み入れるのはここ百年でも初めて……のはず、で、流石のアインズも少しだけ、ほんの少しだけではあるが緊張を覚えていた。

 

「明日もいい天気であればいいが。」

 

 監視と<伝言>の終了を命じる符牒を口にしたアインズの耳元に「どうぞご武運を」との、いつものニグレドの返答が届き<伝言>が途切れた。ここからは、自身の索敵能力が頼りだ。もっとも、その点においてはナザリックでは並ぶものの居ないアウラを同道していることもあって、さほど心配しているわけではない。

 むしろ、今この瞬間のアインズの懸念は、これだけの手間をわざわざかけたからには、森妖精の王とやらが、せめて腐れ縁の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツアー程度には話の通じる相手であってもらわねば割に合わない、という思いだ。

 

「ベラ、ベロ、森妖精の王の前では、失礼のないよう大人しくしているんだぞ。」

 

と、アインズは念を押す。

 

「おまえたちにして欲しいことがあれば、ちゃんと伝えるからな。」

 

とも。

 

 出撃前の打合せ(ブリーフィング)でさんざん言い聞かせたことではあるが、万が一戦闘となった場合、基本的にはアインズは自身一人で対処するつもりでいる。

 

 森妖精の王の(レベル)は推定でシロクロとほぼ同等。白兵戦仕様を採っていて魔法の使用にも制約がある只今のアインズではまともには戦えない相手になるが、本来の死の支配者(オーバーロード)の姿に一瞬で戻る仕込みはもちろん済ませているし、他にもいくつか保険はかけてある。

 とは言え、戦端を開いた瞬間だけは不利な状況となることはわかっている。アインズが恐れるのは、その不利な状況そのものよりも、それを知っているがゆえにアウラ、マーレのどちらか一方であってもアインズが想定する範囲を逸脱する行動を先んじて取られると、その瞬間のアインズが彼らを抑える力を欠くがゆえに思いもよらない混乱に陥ることの方であった。

 

「わかっています、モモン様ァ!」

「か、勝手なことは、決してしません!」

 

 うーむ、どうにも不安が拭い切れないのは、一点の曇りもない愛と忠誠を捧げ続けてくれているこいつらに対して失礼だろうか。あるいは、オレの危険度(リスク)評価は、オレが考えている通り妥当だろうか。どちらが正解であっても……頭が痛いな。

 

 そうこうするうちに一行は、王宮、という言葉が思い浮かべさせるそれとはいささか趣の異なる空間へと足を踏み入れた。

 逗留した村もそうだったが、森妖精たちに人間のような建築物を造る習慣はないようで、根を張って生きている植物をそのまま編み上げた構造を住居としているようだ。王宮もその延長線上にあるが明らかに規模が異なり、それはさながら生きた城塞、とでも呼ぶべきものだ。

 加えて、それと関係があるのかは不明だが、ニグレドとの<伝言>を切った時分から異国情緒(エキゾチック)な音楽が聴こえてくるようになり、その音量が次第に大きくなっていくことからその発生源は王宮であるようだ。森妖精の王の趣味、なのだろうか?

 アインズは興味深くそれらを見聞しつつ進んだが、ややあって、やはり植物を編み上げた(アーチ)状の天蓋(ドーム)を有する広い空間へと導かれた。ここが謁見室、か何かなのだろう。ここまで導いた森妖精たちは、ただ「ここで御出ましを待つように」とだけ告げてそそくさと退散してしまい、席も何も用意されないのでアインズたちは天蓋中心のやや手前でしばしそのまま立ち尽くすしかなかった。

 

(まさかこのまま、また五日待たされたりはしないよなぁ……)

 

 思わずアインズは深い溜息をついたが、そう時間を置かずに一行からみてほぼ真正面の、やはり植物が編み上げられた壁が音もなく左右に開き、その中から、絹であろうか光沢を有する豪奢な装束を纏った、村の指導者と思われた人物よりもさらに高齢に見える銀髪の森妖精が姿を現す。

 

 彼が森妖精の王……なのだろうな。

 

 シロクロの()()目前(もくぜん)の森妖精の王の銀髪に由来するのだとすれば、こいつが無理矢理シロクロを孕ませたという法国の女はさぞや見事な(クロ)髪だったのだろう。

 とまれ、いささか自作自演(マッチポンプ)の感があるものの、少なくともアインズ自身は「森妖精の王国の村を略奪者から救った漆黒の英雄モモン」としてこの場を訪れているつもりなので、礼を執るのはまずあちらだろう、と考えて森妖精の王の初手を待ったが、謁見室に入るや否や森妖精の王はアインズに向かって右手を突き出し、ただ一言、思いもよらぬ言葉を発したのだった。

 

「<(デス)>!」

 

「……は?」





<次話予告>

「あ……アタシィ?」
「おまえ以外に誰が居る。
 着いて参り、(とぎ)をせよ。」

 アウラに迫る貞操の危機。

(サトルくん、()っておしまい!)

 内なる声に耳を澄まし、
 今だ、出すんだ、必殺技♪

「冥途の土産に出血大サービスだ。
 <あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」


 憶持のオーバーロード第2話『早すぎた埋葬(プレマチュア・ベリアル)


「そんな大きな悲鳴をあげて、流石のキミでも父の死の報は堪えるかね?」

 デミウルゴスの愛が絶死絶命(シロクロ)の心と体を侵食する。
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