憶持のオーバーロード   作:wash I/O

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第2話 早すぎた埋葬(プレマチュア・ベリアル)

 没入型仮想現実遊戯(DMMO RPG)ユグドラシルのサービス終了日、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンはその拠点ナザリック地下大墳墓と諸共に異世界へ転移した。

 

 ゲームの設定そのままの力とフレーバーテキストに応じた人格を得て顕現したNPCたち。そしてその(あるじ)として君臨するは、ログインしたままサービス終了を迎えたユグドラシル非公式ラスボスとまで呼ばれたモモンガの体に、ユグドラシルの隠し機能<日誌(ログブック)>が蓄えた至高の四十一人の記憶を上書き(オーバーロード)された死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン。

 

 転移者の宿命として短期記憶を維持することが叶わない彼らは、種族特性から定期的に(せい)ある(もの)を屠ることを欲するアインズを満足させつつ、知っては忘れ、知っては忘れを繰り返しながら、この百余年の間ナザリック地下大墳墓を維持し続けてきた。

 

 一年ほど前、ちょっとした()()によりこの世界におけるナザリック地下大墳墓への初の侵入者となった旧スレイン()国漆黒聖典番外席次、絶死絶命を懐柔し、シロクロの名を与えて新生スレイン()国の王に据えたアインズは、これで金輪際ユグドラシルプレイヤーを神と崇める狂信者と関わらずに済む、と(たか)を括っていたが、厄介事の種は尽きることがないようで。

 

 

 

「ユグドラシルプレイヤーの……子孫?」

 

 少し時間を遡り、どのような経緯でアインズが森妖精(エルフ)の王を自ら訪ねる気になったのか、を振り返ってみよう。

 

「左様で御座います、アインズ様。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスイート)執務室で、アインズは守護者統括アルベドと共にデミウルゴスの報告に耳を傾けていた。

 

「シロクロが、当地の人型種族としては突出した力を有していることはご承知のこととは存じますが、私が睦言(ピロートーク)にてかの(もの)から訊き出したところによりますと、かの(もの)の父であるエイヴァーシャー大森林の森妖精の王デケム・ホウガンなる(もの)は、ユグドラシルプレイヤーの忘れ形見であるようです。」

 

 自身、子を成すことが種族特性上あり得ないアインズは、自分に先んじてこの世界へやって来たユグドラシルプレイヤーが子孫を遺している、などという可能性を今このときまで考えたこともなかった……セバスが人間の女に子どもを産ませた逸話(エピソード)など、疾うの昔に忘却の彼方へと消え去っている……のだが、そのアインズも、そしてアルベドも、シロクロがユグドラシルプレイヤーの孫に当たるらしい、という驚愕の事実よりも、デミウルゴスがこの話を()()として訊き出した、という部分に全神経が持っていかれてしまい、しばしどう言葉を返せばよいものか、と困惑の表情を浮かべていた。

 

「……いかがなさいましたか、アインズ様?

 それにアルベドまでそんな顔をして、何か私が申し上げたことにおかしな部分があったかね?」

 

 当の本人だけは、偉大なる我が(あるじ)も、自身とともにナザリックの双璧と認める同僚も、何故たちまちにこの興味深い話題に食いついては来ないのか、不思議に感じている様子。

 

 逆にアインズとアルベドは、どうしてこいつ(デミウルゴス)はいつもこうなのか、とやはり不思議に感じている様子。

 

 このままでは話が進まない、と怜悧な思考を最初に取り戻したのはアルベドだった。

 

「デミウルゴスの話が本当であるとすれば、人間どもがエイヴァーシャーと呼ぶ森の中に姉さん(ニグレド)の力を以てしても覗き見出来ない領域があることについての、説明にはなりますわね。」

 

 この問題は、デミウルゴスがナザリック周辺の知的種族の動向調査を始めた百余年前から認知されていたものだったが、そもそもエイヴァーシャーの森がナザリックから見てニグレドの探査可能範囲ギリギリに位置していて何らかの誤差と解することもできたこと、また、外形的には一枚岩の単純な専制を敷いている森妖精の王国はアインズの食指が動くような話題に乏しかったこともあり、今日の今日まで誰の深い関心を呼ぶこともなく放置されていたものとなる。

 

「シロクロ自身はホウガンの元で養育を受けたわけではないため、その祖父母のいずれが、あるいはその両方がユグドラシルプレイヤーであったか、までは承知しておらぬようですが、その(もの)たちが既に寿命を迎えた故人であることは間違いないようです。

 ニグレドの件も合わせて考えれば、それが何らかの魔法の装備(マジックアイテム)であるのか、それとも知識や技術の類であるのかはともかく、ホウガンなる者の手元には我々にとっても有益な何かが()()されている可能性が高い、と愚考いたします。

 つきましては、お命じいただければニグレドの目を拒む結界へ決死隊を投入し、即刻に引っ捕らえて参りたく思いますが、いかがでしょうか?」

 

 あぁ、こいつは今日も変わらず()まず(たゆ)まずデミウルゴスだよな、とアインズは軽くペカる。

 

「ま、待て待て、デミウルゴス!

 確かに興味をそそられる話ではある。話ではあるが、ナザリックに敵対したわけでもあるまいに、決死隊だの引っ捕らえてだのと、いきなり……物騒じゃないか?」

 

「「は?」」

 

 アインズの反応に対し、デミウルゴスとアルベドがほぼ同時に、(あるじ)の真意がわからない、という態度を示した。

 表向きは神を殺した、とされているシロクロへの……正しくはそれを操る傀儡廻したるデミウルゴスへの……配慮もあってここしばらく遠慮気味でこそあるものの、東にムカつく者あれば千切(ちぎ)って投げ、西にイラ立たせる者あれば呪って屠るアインズ・ウール・ゴウンともあろう御方が、今更「物騒」とは何事ぞ?と言ったところか。

 

 言っているアインズ本人ですら、この世界で最も物騒な存在である自分が何を言っているんだ、と思わないわけではなかったが、だからこそ……その気になれば容易に世界を蹂躙できてしまうナザリックを率いる自分であるからこそ、あまりに安易にその力を濫用することには躊躇もある。

 

 さて、どうやってこの場を収めたものか。

 

「……とりあえずオレが()ってこよう。」

 

 苦し紛れにアインズがそう言うと、思った通りアルベドに噛みつかれた。

 

「御冗談を、アインズ様!

 姉さんの目も届かぬ領域に至高の御身(おんみ)自ら突入するなど……」

「待て待て、アルベド!

 誰も突入する……とは言ってないぞ。」

 

 アインズは、傍らに寄り添うように立つ(きさき)へ向けて骨の手の平をひらひらと振りながら釈明した。

 

「プレイヤーの子孫、ということであれば、オレたちのように記憶の制約も受けていないだろうから、いろいろと有益な情報を持っているかも知れないだろ。であれば、まずは友好関係を築き、会話でそれを聞き出す(ほう)が簡単だし……それをもっとも上手くやり通せるのは、オレ……だとは、思わないか?」

 

「それは……おっしゃる通りですが。」

 

 愛の軛に縛られた彼女は、愛する(あるじ)が自ら危険を承知で未知の領域へ乗り込む案にたちまちには納得できない様子。仕方がないのでアインズは、少しだけ良心……(カルマ)値が悪に全振りの彼にだって僅かながらあるのだ……の痛みを覚えつつも切り札を使う。

 

「これは……そう、オレの我儘だ。

 プレイヤーの直接の子どもと会って話がしてみたい、というな。

 

 おまえたちは、オレの我儘を……叶えてくれるのだろう?」

 

「アインズ様ァ、そのおっしゃり(よう)は……ずるぅ御座います。」

 

 アルベドとて、エイヴァーシャー大森林に潜在する危険(リスク)をさほど高く評価しているわけでは元よりない。そして、その未知の領域を自ら踏破する、と速やかに決断する……実際には苦し紛れ、に過ぎないのではあるが……愛する(あるじ)の姿に、(おとこ)の矜持を覚えてうっとりしないわけでもなく、頬を赤らめつつ鉾を収めた。

 

 一方のデミウルゴスはと言えば、

 

「そういうことであれば、舞台設定(セッティング)はこのデミウルゴスにお任せいただけませんでしょうか。必ずやアインズ様のご期待に応える、最上の演出をご用意いたしましょう!」

 

と、得意の胸を張り両手を大きく開いた姿勢(ポーズ)で陶酔したかのような声を上げた。

 

 デミウルゴスが一旦話を持ち帰ることなく、その場で代案を即座に示したのは、そもそもこの話題に対してアインズがどう反応するかを予め読み切っていて、代案に思われたそれこそが実は彼が(あるじ)を導きたかった正案なのではないか、ということにアインズが思い至ったのは、対面した森妖精の王デケム・ホウガンに、挨拶も済まさぬうちにいきなり即死魔法を浴びせかけられた、まさにその瞬間のことであった!

 

 

                    *

 

 

「<(デス)>!」

 

「は?」

 

 再びアインズの骸骨の口が、(ヘルム)の中でパカリと開く。

 

(子が(シロクロ)なら、親も親、という……やつなのだろうか?)

 

 あまりにも意味も脈絡もない森妖精の王の行為に、呆れを通り越してそこで思考が麻痺してしまったがゆえである。即死攻撃ではなく、麻痺攻撃としてなら有効打ではあったのかも知れない。

 

「死んでも倒れぬとは、頑丈な甲冑だの。」

 

 対する森妖精の王は、自身の放った即死魔法の効果を(つゆ)とも疑ってはいない様子。そして……

 

「そこの者。」

 

と、仁王立ちのまま即死した……と彼が勝手に思い込んでいる甲冑戦士の傍らに控えていたアウラに視線を向ける。

 

「あ……アタシィ?」

 

 言われたアウラもまた、アインズに向かって即死魔法を放つ、などという、まるで火事の鎮火に燃油(ガソリン)を注ぐかの如き想像の埒外の愚行にいっとき意識が飛んでいたが、ここまで他の森妖精の男たちからはほぼ無視に近い扱いを受けてきたのにも関わらず、ここに至って突然自身に声をかけられたことに驚いて素っ頓狂な声を上げた。

 

「おまえ以外に誰が居る。

 着いて参り、(とぎ)をせよ。」

「はァ?」

 

 あまりに堂々と発せられた無思慮(セクハラ)発言にアウラはいきり立ったが、体裁だけは王に対する表敬訪問の形を採ったアインズに対し挨拶も交わさぬうちに攻撃魔法を放ったことも含め、(いか)りが振り切ってしまって言葉を継ぐことが出来ない。

 対するホウガンは、顔を真っ赤にしたアウラの様子を恥ずかしがっているものとお目出度くも勘違いしたものか、

 

「何を恥ずかしがっておる。

 女の仕事は男の精を受け子を成すもの、と決まっておろう。」

 

と応じるや、勝手にアウラが後に続くものと思い込んだか、身を翻し自身が現れた壁の穴に向けて歩き始めた。

 

「フフ。」

 

「……ん?」

 

 背後から、忍び漏れる微かな笑い声を聞いてホウガンは立ち止まる。

 

「フフフ。」

 

 再びの笑い声に振り返るが、伽を命じた女は相変わらず恥ずかしげに顔を真っ赤にして立ち尽くしているだけ。共に居た男……なぜこいつは女物の衣服を纏っているのだ、気色の悪い……は、内股気味に不安げな視線を女に向けるのみで、声を上げて笑っている様子はない。

 

 では、笑い声はどこから?

 

「フフフ……ワハハハハハッ!」

 

 忍び笑いは突如として哄笑に転じた。

 ここに至って、ホウガンも笑いの(ぬし)が、さきほど自身が即死させた甲冑の戦士であることに気づく。

 

「貴様!生きておるのか?」

 

「このオレに向かって即死魔法とは……ここ百年で一番の冗談(ジョーク)だぞ!

 ……多分。」

 

 魔王然(まおうぜん)とした煽り文句を口にしつつも、いや、百余年もあったんだからもっと面白いことは他にもあったかも知れない、などと馬鹿正直に考えてしまうアインズは、ひょっとして本質的にそもそも自分には魔王(ロール)は向いていないのではないだろうか、と何を今更なことが頭に浮かび、いやいや、今はそういうときじゃないだろ!と自分に言い聞かせて(われ)に戻った。

 

「ふんっ!」

 

 母衣(マント)でも翻すかのように両手を高く振り上げると、身にまとった漆黒の甲冑は光の粒となって(はじ)け散った。ホウガンはその眩い輝きに一瞬目を細めたが、やがてその光の中から現れた、金糸銀糸を随所にあしらった豪奢な漆黒の装束(ローブ)を纏うアインズの真の姿に気づいて息を呑んだ。

 

「ア……不死者(アンデッド)だと!」

 

「死霊系魔法を操りながら、目前の相手が生きているか死んでいるかもわからんとは間抜けにも……」

 

 アインズが言い終わらぬうちに、ホウガンは手にしていた錫杖(ロッド)を振りかざしアインズに向かって踏み込んだ。骸骨(スケルトン)系の不死者に対して殴打攻撃が有効、との判断自体は間違ってはいないが、相手の力量をまったく読み違えている点は褒められたものではない。

 もっとも、アインズの能力は各種の隠蔽措置(コンシール)によってこちらの世界の大半の者の知覚の届かぬものであるのだから、そこを責めるのは酷、と思わないでもないが、相手の能力が把握できていないにも関わらず一方的に攻撃が通ると思い込んで仕掛ける軽挙の(せき)は問われて然りだろう。

 

「な……馬鹿な!」

 

 死者の魔法使い(エルダーリッチ)(ごと)き一撃で粉砕できるもの、と振り下ろした錫杖は骨の手の平に軽々と受け止められ、握られた後は押せども引けどもピクリとも動かない。

 

「まさか……貴様はプレイヤーなのか!」

 

「ほぅ。」

 

 アインズは、期せずして発せられた鍵語(キーワード)に色めき立つが、決してそれを(おもて)には出さなかった。もらえる情報はいただくが与える必要のない情報は与えない、は百余年貫いてきた……つもりのナザリックの基本方針の一つである。

 

「であれば(ほこ)を収めよ。」

 

「あーん?

 いきなり仕掛けて来ておいて、言葉遣いがなってないんじゃないかぁ?」

 

 錫杖を受け止めた手の平には、未だ脱力せず()きあらばもう一撃加えんとするホウガンの力が伝わって来ている。本来の姿に戻ったアインズとしてはさして驚異にならない程度の腕力ではあるが、それでも油断のならないものだ。なのでアインズは、敢えて煽り言葉で返して相手の出方を見守った。

 が、ホウガンは格の差に気づかないのか、あるいは、わかってはいても素直に認めることが出来ないのか……

 

「貴様こそ、正体を隠して王たる私に謁見を試みておいて何を言うか!」

 

と強気の言葉を返すものの、アインズには響かない。

 

「詭弁だな。オレがこの姿のまま現れていれば、おまえは神聖魔法で仕掛けて来ていただけのこと。負け惜しみにしてももう少し言い様があるんじゃないか?」

 

 真を射抜かれたがためか、ぐぬぬ、とホウガンは言葉を淀ませたが、なおも錫杖に力を込めつつこう(つづ)けた。

 

「……わかった、それは不問に付してもよい。」

 

(……ホンっと、親子揃ってどういう神経なんだ?)

 

 アインズは内心苦笑しつつ、念のため無詠唱(サイレント)でいくつかの防御魔法を自らに施す。この自称王はまったく信用ならない人物で、何をしてくるかわかったものではないからだ。

 

 だが、ホウガンの次の一手は打撃でも魔法でもなく言葉で、しかも自らの死刑執行命令書に署名するかの(ごと)き悪手中の悪手だった。

 

「貴様の連れた、その牝鹿(めじか)のような性奴隷で手を打とうじゃないか。」

 

 最早、内から聴こえるぶくぶく茶釜の声を待つことなく、アインズはホウガンを蹴り飛ばした。奥手へ向かって転がり去る醜く哀れなその体躯を眺めつつ、アインズの実体として何処に存在しているのか今ひとつよくわからない頭脳は、誅殺の方程式を演算する。

 

 隠し扉を通してとは言え、己の足で歩いて現れた王。おそらく<転移(テレポーテーション)>は使えまい。

 村や道中の案内役の様子から察すれば、この男には信望がなく力づくで民を従わせているだけで、救援や後詰めが現れる可能性もほぼ皆無。再充填時間(リキャストタイム)を顧慮する必要もなし……か。

 

 ならば!

 

「おまえには、特別に死霊系魔法の真髄を見せてやろう。」

 

 アインズは両の手を八の字に大きく開いた。

 

「冥途の土産に出血大サービスだ。

 <あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

 

 ようやく体を起こしたホウガンは、目前(もくぜん)の不死者の背後に突如出現した機械仕掛けの時計に眼を見張るが、次の瞬間、視界が奪われたと錯覚する。実際には、超高速で歩み寄ったアインズが手の届く距離に現れ彼の体に影を落としたからだが、彼の瞳孔がそれに反応するよりも早く、アインズは連続技(コンボ)を完成させていた。

 

「生きながら死ね、<早すぎた埋葬(プレマチュア・ベリアル)>!」

 

 詠唱と共にホウガンへふわっ、と骨の手を触れると、直立不動のまま推移を見守っていたアウラとマーレの間、少し後ろへと、やはり目にも留まらぬ速度で立ち位置を戻す。

 

「無用かとは思うが……ベラ、ベロ。満願成就まで(12秒間)オレを守れ。」

 

 アウラもマーレも、一旦(あるじ)に命じられればその真意を問わず闇雲に従う性質(たち)だ。ただ言われるがまま、互いに半歩アインズの前に歩み出てそれぞれの得物をホウガンに向かって構えた。構えられたホウガンは、あまりの展開の速さについていけず、目を白黒させるのみ、ここでも親子だ。いや、シロクロの名を与えたのはアインズだったか?

 

 その間にも、アインズの背後の時計の針は無情にも時を刻み、ゴーン、ゴーン、と鐘の鳴る音が響き渡る。

 

「な……何も起こらんじゃないか!」

 

 しばし立ち尽くしていたホウガンが、苛立たしげにそう言い放ったのと時計の針が発動(ゼロ)を指したのはほぼ同時だった。

 

「<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>で計っていないから正確なところはわからんが、()って一分、と言ったところじゃないか?」

 

「……(なに)がだ?」

 

「おまえの余命だよ。」

 

 アインズの冷酷なその声を聞いた瞬間、ホウガンは自身の体が金縛りにあったかの(ごと)くピクリとも動かなくなったことに気づいた。同時に、体のあちらこちらからじわじわと疼痛が走り始める。かろうじて動く目玉だけを動かして自身の体を確認すると、どうしたことか、指先の肉がぐずぐずと崩れ始め、あろうことか蛆虫までが湧き始めているではないか!

 

 第十位階死霊系攻撃魔法<早すぎた埋葬(プレマチュア・ベリアル)>は、ユグドラシルにおいては微妙に使い所のない魔法だった。

 その効果は、被術者の身体の自由を奪い、その生命力(HP)をすべて奪い去るまで一定時間毎に腐敗の被害(ダメージ)を与え続けること。ただし、その都度即死判定がおこなわれ、途中で一度でも抵抗(レジスト)に成功すればその時点で魔法は無効化される。

 この位階(レベル)の魔法を以て対峙する相手であれば、それが一時的なものであれ永続的なものであれ即死対策をおこなっているのは当然のことで、アインズの有する(エクリプス)技能(スキル)との組み合わせがあって始めて成立する()即死攻撃であり、ギルド結成以降、PvPと言えば対立ギルドとの集団戦が主だったアインズにとっては、趣味的に習得こそしたものの終ぞ実戦(じっせん)使用する機会に恵まれなかった魔法の一つとなる。

 とまれ、この連続技(コンボ)が一旦決まれば、被術者の主観においてはまったく対抗の手段がないにも関わらずじりじりと生命力が尽きるのを待たされる体験をすることになる。言うなればこの魔法は、肉体(アバター)を消滅させるためのものではなく、(プレイヤー)を折るためのもの、と言うことになろうか。

 

 まさに。

 

 まさにこの局面で、こういうクソに対して用いるのが相応しい!

 

「な……な……」

 

 ホウガンは己の肉体が生きたまま腐っていく過程に(おそ)(おのの)いた。

 (とき)すでに遅いが、喉を振り絞って慌てて助命を乞う。

 

「た、助けてくれ、私は強い子を遺さねばならぬ……」

 

「スレイン報国の白黒頭のおまえの娘は、オレが立派な王に押し上げてやる。安心して死ね。」

 

 自分らしからぬことを言っているな、と思いつつも、アインズはホウガンの助命嘆願にそう答えた。

 

 が、

 

「あ、あんな出来損ないではなく……!」

 

とのホウガンの言葉と同時に、今再び自身の内なる声を聴くことになった。

 

(サトルくん、()っておしまい!)

 

 結局ホウガンは、魔法の効果による全身腐敗を待つことなく、アインズ渾身の右直殴打(ストレート)で頭部を吹き飛ばされ絶命した。

 

「やまいこさん……言われずとも()りますとも。」

 

 シロクロは、愚かで幼くはあったが、真正面から正々堂々アインズに戦いを挑んだし諭された後は礼も執った。たとえアレの実親であろうとも、この()に及んで助命を求めるようなクソに、シロクロを出来損ない呼ばわりする資格などあってたまるか!

 

 そして、命を屠る瞬間に覚えたその苛立ちは、そのまま死の支配者(オーバーロード)の本能を直撃する陶酔にも似た快楽に転じる。ぷっはー、堪らんなぁ!

 

(プレイヤーの子は()ってこんなに気持ちいいんだ!

 この分だと孫も多分きっと……)

 

 ペカー!

 

 いかん、いかん!

 オレは何を考えてるんだ!

 

「しかし……結局、()っちゃったなぁ。」

 

 まずは友好関係を築く?

 会話で聞き出す(ほう)が簡単?

 

 偉そうなことを言っておいて、とどのつまりはコレだ。

 デミウルゴスはともかく、アルベドに合わせる顔がないな。

 

 究極的には彼女がアインズを拒絶することは決してない、と知っているだけに、返って申し訳なさが募る。アルベドから捧げられる無条件の愛は、アインズにとっては、彼女の期待を裏切る真似だけは決してすまい、と己に定める強固な内的規範になっていた。

 

 これは、アインズがアルベドに捧げる愛、の別の言いでもある。

 

「万が一こうなった場合にどうするか……たしかデミウルゴスがメモをくれていたような。」

 

 アインズはごそごそと所持品(インベントリ)を漁って小さな紙片を取り出した。ザッと目を通してみると、()()()森妖精の王が会話が成立しない相手で、止む無く殺害に至った後の事態収拾の最善手が、簡潔にわかりやすくまとめられていた。

 

 言葉の上では「万が一」となってはいるが、どう考えてもデミウルゴスは、こうなることを事前に見通していた、としか思えない。

 

「……用意周到にもほどがある。

 完全にオレはデミウルゴスに踊らされているな。」

 

 よもやデミウルゴスにアインズに対する悪意があるとも思えないが、さりとてあまりに整い過ぎた脚本(シナリオ)に、自然と出もしない溜息が漏れる。

 

「……ま、いっか。」

 

 こうなってしまった以上、踊れるところまで踊るしかあるまい。

 なーに、今に始まったことじゃないさ……多分。

 

 アインズはアウラを傍らへ呼び寄せて指示を与えると共に、自身は、<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>を使用して再び漆黒の甲冑姿に戻る準備を始めた。

 

 

                    *

 

 

「そうそう、キミの父上が身罷(みまか)ったよ。」

 

「……え?

 くぅ……あ…ぁ……いやぁぁぁぁー!」

 

 デミウルゴスが森妖精(エルフ)の王の訃報をシロクロに伝えたのは、彼女の後背にあって両手を手羽(チキンウィング)に捻じりあげながら終局(フィニッシュ)に向けて抽挿を早めた、まさにそのときだった。返された嬌声から達したと判じた彼もまた精を放つが、デミウルゴスにとっては単なる作業の一手順(ワンステップ)に過ぎず、特に感慨を催すようなことではない。

 

 むしろ彼が嗜むのは、肉体を犯すのみならず心をも犯すこと。

 

「そんな大きな悲鳴をあげて、流石のキミでも父の死の報は堪えるかね?」

 

 問われたシロクロはまだ肩で息を整えており、火照りきった気怠(けだる)い体はたちまちに返答することが叶わない。達すると同時に知った父の死に、倒錯的な、あまりに倒錯的な、常より深い絶頂(エクスタシー)を覚えなかった、と言えば嘘になるだろう。

 

「はぁ……はぁ……

 そんなわけないのは承知でしょう、ナモン。」

 

 ナモン、というのは、()もなき非常勤政治顧(モン)、を略したもので、スレイン報国の統治者、人の子シロクロの教師であり愛人でもあるデミウルゴスが、シロクロにのみ許した自身の呼び名だ。

 

「本当に意地の悪いナモン。」

 

 ようやく整った息の下、心身ともに深い満足を覚えながら溜息をつきつつシロクロはそう言う。

 心も体も、今の彼女は犯されるがままに彼の虜だ。

 

「当然だよ。

 私は最上位悪魔(アーチデヴィル)なのだからね。」

 

 着衣のまま事に及んでいたデミウルゴスは、既にその乱れを整え常の彼に戻っている。

 

「……やはり至高の御方(おんかた)御手(みて)にかかってのことなのかしら?」

 

 シロクロは、デミウルゴスがその真名を決して口にしないことを憚って、愛人の主人に当たるアインズのことを「至高の御方」と呼ぶ。

 

「それを知ってどうする?

 仇討(あだう)ちでも申し入れるのかね?」

 

「本当に意地悪なナモン……そんなわけないじゃない。

 でも、敢えて御礼は申し上げないわ。本当は自分の手で殺してやりたかったもの。」

 

 敷布(シーツ)を着衣代わりに纏って臥榻(ベッド)に腰掛けたシロクロは、そう言いながら自身の手の平をまじまじと見つめた。その瞳から最奥に揺蕩(たゆた)う感情を読み取ることは難しい。

 

「我が至高の(あるじ)に、父上の<蘇生(リザレクション)>を願い出てみるかね?」

 

 対するデミウルゴスは楽し気に……本当に楽し気にそう尋ねた。

 まるで、明日は散策(ピクニック)にでも出かけるかね、と恋人の意向を確かめるかのような口調で。

 

「え?」

 

「無論、最低位の復活魔法をお使いいただくのだよ。そうすれば、辛うじて拮抗するかに思えたキミと父上の実力差は復活に伴う弱体化(レベルダウン)で逆転し、容易く首刈ることが出来るだろう。我ながら魅惑の提案だと思うがねえ。」

 

 しばしシロクロは自身の手の平へ視線を落としたまま沈思黙考を続けたが、

 

「……遠慮しておくわ。」

 

とデミウルゴスに向き直った。

 

「自分の手で殺してやりたかったのではないのかね?

 そういった愚かしい欲望を叶えてやることもまた、悪魔たる私の望むところではあるのだよ。」

 

「人の子は、悪魔の誘惑には屈しないのよ。」

 

 にこり、とシロクロは悪戯(いたずら)げに微笑む。

 その様子に、デミウルゴスはいっとき思案する様子を見せたが、

 

「もう()()いかがかな……との誘いであってもかね?」

 

と、淫靡に腰を突き出す動作を見せた。

 

「もちろん……それは話が別だわ。」

 

 シロクロは纏った敷布(シーツ)をかなぐり捨てる。

 あんなクソのことなど最早どうでもいい話だ。

 

 私は既に望んだものを得ているのだから。

 

 

                    *

 

 

 スレイン報国の一般国民にはほとんど知られぬまま進んでいる話になるが、エイヴァーシャー大森林はスレイン報国庇護下の自治領に編入される方向で細部の調整がおこなわれている。

 

 アインズが森妖精(エルフ)の王デケム・ホウガンを屠った事実は、速やかにアウラとマーレにより「漆黒の英雄モモンによる暴君からの解放」として大森林の森妖精たちに喧伝された。想定通り、反発はまったくなかった。

 想定外だったのは……無論、作戦起草者(デミウルゴス)はこれを読み切っていたのだが……森妖精たちが虹彩異色(オッドアイ)闇妖精(ダークエルフ)マーレ・ベロ・フィオーレを新たな王として切望したことだった。森妖精たちは、アウラたちが語るモモンの英雄譚を、闇妖精の貴種マーレが妖精たちの正当な王として帰参即位すべく傭兵を連れて戻ったもの、と解釈したからだ。

 これに対してマーレは、これまた脚本家(デミウルゴス)の仕立てた筋書き(シナリオ)に従い、アウラと共にエイヴァーシャー大森林の村々を巡って、自分たちには闇妖精の国を再興する使命があり彼らの要望には応じられないこと、先にスレイン法国を報国へと改めた人の子シロクロもまた虹彩異色の王族の血筋を引く妖精であり、彼女の庇護を求めることが得策であることを説いて歩いた。

 

 かくして森妖精たちは、アウラ、マーレ、シロクロを、失われたトブの大森林の王族末裔三兄弟と解釈し、彼らの企図により自分たちは、暴虐の王とかつて奴隷狩りと戦争で苦しめられた隣国の双方から救われるに至ったのだ、と理解するに至った。

 シロクロは、報国の建国とほぼ同時に、六大神から伝わったとされる人間種優遇を否定する意味合いから奴隷解放宣言を発しており、対するエイヴァーシャー大森林側は、そもそもホウガンが国の統治にはほとんど関心を有しておらず、実務は村々の自治に任されていたこともあって、国家統合の障壁は思いの外低いようである。

 無論、双方が歴史的に積み上げた差別、反目(はんもく)の感情は根深いので、細部においては難題山積であることは否めないが、報国には、老害共が掃き清められたことにより生じた権力の空席を狙う()()()な若手人材が()()()()()()()()溢れており、彼らに任せておけば遅かれ早かれ実体は後からついてくることになるだろう。

 

 この新しい潮流を拒むもの、乗れないものは、人知れず戦鎌(ウォーサイス)に首刈られるだけの話だ。

 

 

 

「で、どうだ?」

 

とアインズが尋ねた相手は、彼の事実上の息子、パンドラズ・アクターである。

 

 パンドラズ・アクターは、ここしばらくはいくらかの新奇ではあるがさして貴重でもない魔法の品(マジックアイテム)と、大量の紙片に埋もれつつナザリック地下大墳墓の宝物殿に籠もっている。助手として戦闘メイド(プレアデス)のシズ・デルタを伴っており、がために、一般メイドから怨嗟の声の的となっていることは、当人にとってはどうでもよいことであるらしい。

 

「ハッ、父上。

 未だ正確な年譜の再現……までには至ってはおりません。

 が!

 少なくとも……デケム・ホウガン、なる者の母親!

 ……と思われるプレイヤーがこちらの世界に渡って参ったのが……件の六大神のそれよりもさらに遡ることは確実……で御座います。」

 

 ホウガンを殺害した後、アインズはアウラ、マーレに森妖精の王国々民への宣撫を委ねる一方、パンドラズ・アクターを隊長に、戦闘メイド(プレアデス)のソリュシャン・イプシロンを副長に据え、多数の自然湧き(ポップ)骸骨(スケルトン)を従えた王宮調査隊を呼び寄せた。誰の外聞を憚ってか、調査隊、ということになってはいるものの、実態としては戦利品回収班である。

 

 ここにパンドラズ・アクターが抜擢されたのは、第一義的にはニグレドの目を阻んだ魔法の品の特定が最優先課題であったことによる。

 ホウガンが死んでも変わらずニグレドの探査が阻まれたことから、その要因が永続的な領域(フィールド)効果を有する、少なくとも遺産級(レガシー)級に分類される逸品であることはほぼ確実視されていた。アインズが自ら鑑定魔法を用いる場合を除けば、魔法の品に最も精通している下僕(しもべ)がパンドラズ・アクターであることは問うまでもない。

 

 無論、ここ数十年来財政が安定しているナザリックにおいて、パンドラズ・アクターが長く無聊を託っていた、というのもある。

 

 問題の品は存外簡単に見つかったが、いささか想定外の要素を含んでいた。

 

 ホウガンの執務室と思われる空間から、上級アイテム<淑女の日傘(プライバシーパラソル)>が発見された。本来はこの品から半径5メートルほどに対し探査魔法無効の領域を生じさせるもので、その名が示す通り無遠慮な探査を試みてくる男性プレイヤーからの視線を阻害することを目的に女性プレイヤー……背後にいたプレイヤーが生物学的に真に女性であったかは別として……全般に愛好された極々ありふれた品に過ぎない。

 これを並ならぬ品に押し上げていたのは、日傘と共にあった伝説(レジェンド)級アイテム<鍵盤打楽(ガムラン)人形>だった。外見上は、打楽器を持った人形(ミニチュア)が数体並んだ飾り台でありそれ自身は何の力も発揮しないが、ここに伝説級未満の領域効果を有するアイテムを設置すると、王宮に近づくにつれて聴こえてきたあの異国情緒(エキゾチック)な演奏が開始され、領域効果が音楽が聴こえる範囲……およそ半径200メートルといったところか……まで拡張される、という代物だ。

 

 パンドラズ・アクターは、この発見からさらに一歩進んだ推理をおこなっていた。

 

「旧スレイン法国を除き、我々が鉄壁の防御にて常に備えを怠らずにいるにも関わらず!

 ……ナザリックを探査魔法で探ろうと試みた現地勢力は、これまで……確認されておりません。

 

 これは!

 現地人たちの間では探査魔法があまり重用されていないことを意味し、彼らが基本的に<伝言(メッセージ)>を信用しないことも……これを裏付けておりましょう。

 

 にもかかわらず!

 ホウガン、あるいはその母親が、これらの品を以て探査魔法対策をしていた……ということは!

 少なくとも彼らがエイヴァーシャー大森林に王宮を構えた時点で……彼らを探査魔法で探らんとするユグドラシル勢が他に存在したことを示唆するもの……と考えますが。

 ……いかがですかな、父上?」

 

 スレイン報国首都に六大神のものと思われるギルドが埋没しているのに対し、ホウガンの王宮からはそういったものが見つからなかった。

 

 ユグドラシルプレイヤーがこちらに顕現するに際し、そのフレーバーテキストとして<ギルドの日誌(ログブック)>を必要とする以上、ホウガンの母親がその身一つで転移して来たとは考えられず、彼女はそのギルドを何らかの理由で放棄してエイヴァーシャー大森林へ移って来たと考えるのが妥当だろう。

 そして、王宮から見つかったユグドラシル由来と思われる品は、<淑女の日傘>と<鍵盤打楽人形>の他にはホウガンが身につけていたさして興味を惹くでもないいくつかの装備のみ。ということは、ホウガンの母親は自身のギルドを放棄するに際し、何はさておきこの二つを優先的に持ち出したことになる。

 

 これが、パンドラズ・アクターの推理の背景にあることは、そう言われればアインズにもすんなりと理解できたが、パンドラズ・アクターに言われるまではそこまで深読みしていなかったのも事実だ。我が息子……ながら、どうして優秀で頼もしいやつ、とほくそ笑むも、

 

(これで……普通の調子で喋ってくれれば文句ないんだけどな!)

 

と、彼にそれを強いているのがかつての自分自身が与えた設定であることを棚上げして、内心身勝手な悪態をつくアインズ。

 

「……ゴホンッ!

 見事だ、パンドラよ。オレもおまえの見解通りだと思う。」

 

「お褒めのお言葉を賜り……光栄で御座いますーーーっ、んぁアインズ様ァ!」

 

(暑苦しい……)

 

「では……引き続き真相に迫るべく、解読作業を進めたく思いますが……(よろ)しゅう御座いますな?」

 

(……近いよ!)

 

 一気に距離を詰め、アインズの鼻先数センチのところで作業続行の許可を求める息子に、アインズは無言のままこくこくと頷いて同意を与えた。

 

 パンドラズ・アクターが取り組んでいるのは、ホウガンの王宮から同じく接収された大量の書き付けの解読である。

 

 ホウガンの母親は、おそらくは母語を日本語とし、森妖精(エルフ)またはその近縁種をアバターに選択したプレイヤー、の成れの果て、と想定されているが、王宮からは日本語を含む<現実(リアル)>で用いられた文字で書かれたものは何一つみつからなかった。

 対して、大森林の森妖精固有の文字、と思われるもので記された書き付けが膨大な量存在し、その大半がおそらくはホウガン本人しか立ち入れないであろう領域から見つかったため、書いたのも当人で間違いなかろう、と判断されている。保存状態から推定して古いものは云百年の昔となる彼の青年期にまで遡れそうな勢いだ。

 厄介なことには、ホウガンがあまりに野放図に国家を支配していたため、現存する森妖精たちの識字率はすこぶる低く、仮に発声は出来たとしても含意まで理解できるかはかなり怪しかった。また、読み解いてみるまでどんな爆弾を抱えているやもわからぬ情報を一般の森妖精の目に入れることは憚られたし、ましてや読み上げさせた後に口封じする、などといった対応はアインズの矜持に触る。

 

 そのような次第で、パンドラズ・アクターはこの解けるやら解けぬやら見当もつかぬ謎解き(パズル)に、ナザリックが誇る()ける超電算機(スーパーコンピュータ)シズ・デルタの演算能力の支援(サポート)を受けながら挑むことになった。

 

 森妖精の王国が、いわゆる官僚機構的な政治機関を有しておらず、事実上(じじつじょう)ホウガンの独裁(ワンマン)運営であったことは想像に難くなく、となればこれらの書き付けから王国の歴史までを再現することは難しかろう、とは考えられているが、それでも、ホウガンが何かを熱心に記録し続けていたことは確かであり、これを解読できればユグドラシルからの来訪者の歴史に、新たな光が差し込まれることになる可能性はある。

 正直なところ、アインズ自身にその点にさほど強い関心があるわけではなかったが、ホウガンの母親が存在を意識していたと思われるプレイヤー……よもや今日(こんにち)まで生き永らえどこかに潜んでいるとも思われないが……についての知識を得ることは決して無駄ではないし、何より、パンドラズ・アクターが存外この仕事に楽しそうに取り組んでいることが微笑ましく「好きなようにやってみろ」と全権を委ねたもの、といったところが真相だ。

 

「念のため繰り返し言っておくが、この(けん)の優先度はそれほど高くはない。

 あまりシズを酷使し過ぎないよう、配慮はしてくれよ。」

 

「承知して……おりますともぉーーー、父上!」

 

(……ホントにわかってんのかなぁ?)

 

 アインズとナザリック地下大墳墓に対する忠誠、という点において、下僕(しもべ)たちが徹頭徹尾加減というものを知らないことについて痛いほど理解しているアインズは、若干の不安を(いだ)きつつもパンドラズ・アクターに軽く会釈して宝物殿を後にした。

 

 この父に似て優秀な息子の趣味とも道楽ともつかぬ取り組みが、これから世界を呑み込む大異変の背景に少なからず関わって来ようとは、さしものアインズもこの時点では知る由もなかったのである。





<次話予告>

 旧王国貴族領を舞台に、傲慢不遜な骸骨が暗躍を開始する。

「たった二人で数十騎の騎馬を返り討ち……だと?」

「街は<漆黒の英雄>の噂で持ち切り。」

 キーノ・インベルンの脳裏を占めるは、
 百年来大陸の闇に蠢く比類なき化け物集団(ナザリック)への漠たる不安。

「そういうことなら、それは私が請け負おう!」


 憶持のオーバーロード第3話『噂の漆黒』


「ソノ所業ニ治安維持ヲ期待スルノハ……。
 絶対者ニヨル支配ヲ求メテイル、トイウコトニハナラナイカ?」

 混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)の赤い瞳が混沌(カオス)な未来を予見する。
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